最強の黒竜、弱き人間になる。~より強く成長するために人間になりましたが、バレずに人間やるのは思ったよりも大変でした~ 作:緋乃元田中之三郎
◇ ◇ ◇
「……お父さん」
「ヒメカか」
鍛錬場で一人佇んでいたお父さんは、まるで全力で運動した後のように汗だくだった。
表情も硬い。
まるで、寸前まで猛獣とにらみ合っていたかのよう。
「大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ」
返答をして、ようやく自分の状態に気づいたみたい。
お父さんは静かに汗を拭った。
「ふぅ。世界とは広いものだな」
「……アケディアさんのことですか?」
「ああ。お前も外で感じ取れただろう」
確かに、鍛錬場の方で膨れ上がる気功を先ほど感じました。
お父さんのものと合わさっているのかと思えば。
ひょっとして、あれは全てアケディアさんだけで……?
「まだ碌な鍛錬もせずにあれだけの気功を練れるのだ。才能とは、恐ろしいものだ」
「それで、教えを中断したんですか?」
それがお父さんらしくない。
お父さんは恩義には厚く報う人だから。
「どうして……?」
「彼に武を志す理由を尋ねたんだ。なんと答えたと思う?」
武を求める理由を?
だから、さっき私に強くなりたい理由を尋ねてこられたのかな。
「えと、強くなりたいから。とか」
「その通りだ」
あの人はそういう人に見えた。
人里にも下りず、ただただ肉体をあの域まで鍛え上げるなんて尋常じゃない。
それも、あの年で。まだ私と同い年——十五、六に見えるのに。
あるいは、もう二歳ぐらい上かもしれないけれども。
「力のみを求めるものの末路は修羅しかない。力を持つものは、己の力を制御する方法を学ばなければならないのだ」
アケディアさんが修羅になると?
少し変わった人だけれど、私にはそうは思えない。
あの人は意外と温厚な人だ。
あれだけ鍛え上げているのにも関わらず。
だって、殺そうと思えばあの襲撃者たちを殺してたはず。
それをわざわざ手加減して、殺さないようにしていた。
心根が優しい人でなければ、そうはしないと思う。
お父さんもそれは分かっているのか、短くため息を吐いた。
「純粋と言うべきなのだろうな。無垢さ故に、今後どちらへも転がりうる」
「それは、そうかもしれないけど」
「それにおそらくだが……彼は相当訳ありなようだ」
訳ありなのは分かるけれど。
お父さんはその程度の感じで言っている様子ではなさそう。
「お前は王都まで行ったことがなかったな?」
「はい。近隣の町を少し巡るぐらいで……」
「ならば知らないだろうが、王都にはとある人物の像があるのだ」
ある人物の像?
お父さんは一体何の話をしているのだろう。
その像と、アケディアさんに何か関係があるのかな。
「かつてこの国を救った英雄、名をアウディキア」
「アウディキア……アケディア」
「気が付いたか? 名が似ていることに」
まさか。その程度、名前が似ていることなんてよくあること。
それに、英雄様の名前なら色んな人があやかって名付けていてもおかしくない。
「実は、名だけではないのだ」
「え?」
「私はその像を見たことがある」
まさか……。
「実によく似ているのだ。かの英雄アウディキアと」
じゃあ、お父さんは本気で思っているんだ。
アケディアさんが、英雄アウディキアに所縁がある人物だって。
「黒髪短髪。像のアウディキアの年齢は二十程度であったらしいが、彼の身長を伸ばせばよく似ている」
「でも、英雄様の子孫なら話題になってないとおかしいんじゃ」
「それがそうなんだ。実は、王都には彼の子孫が既にいるんだよ」
国にも認められた、英雄の血統。
その家系は既に王都にあるのだと。
じゃあ、アケディアさんは一体?
――人に隠れて、強くならなければならない理由があった。
武を探求する余裕がない。誰にも教えを越えなかった。
これらから導き出される答えは――。
「――英雄の隠し子?」
「あるいは、逃げてきたかだな」
どちらにしても、やんごとなき身分の方だ。
詮索してくれるなという言葉は、そういう意味だったんだ。
語りたくないのではなくて、語れない。
語ってしまえば、巻き込んでしまうから。
あれは私たちを思ってのことだったんだ……。
「もしも、彼が復讐や己の立場の確立などを考えていたら……」
戦乱は免れない。
英雄の子孫という称号は、それほどに重いものだって、私にすら分かる。
貴族の人たちがこぞって競う見栄の極致みたいなものだもの。
「だからこそ、私たちは見極めなければならないのだ」
「彼が、力を正しい方向へ使ってくれる人だということを?」
「そうだ」
あれだけの実力も。
あれだけの気功も。
それだけの才能も。
英雄の子孫であるというのなら、説明ができてしまう。
もしも、彼が今後広い世界に出て行ったら……。
間違いなく、話題になることは避けられない。
「万が一にも彼が戦乱を招くようであれば、その時は覚悟を決めなければなるまい」
武を志す者として。
その責務を果たすと。お父さんは言う。
「……私は、そうなっては欲しくはないよ」
「私とてそうだとも。だから、どうか彼を助けてあげてほしい」
「私が?」
私が、アケディアさんを?
「ヒメカは彼に助けられたのだろう? ならば、今度は彼を助ける番だと思い、導くのだ」
私が、導く?
私なんかがあの人の助けになれるのかな。
あんなに強い人の助けに、こんな臆病な私が……。
『生きていれば幾らでも次はある』
アケディアさんの言葉が、脳内に再生される。
……そうだよね。
一歩、踏み出さないと。その場所に止まったままだ。
例え今回は無駄になったとしても、次はそうならないかもしれない。
そうですよね、アケディアさん。
「わかったよ。お父さん。私、頑張ってみる」
「頼んだ。それと、何の用だったんだ? 手紙を持っているようだが」
ああ、そうだった。
お父さんの雰囲気にのまれて、最初の目的を忘れるところだった。
「……これ。いつもの人から」
「またか。それなら、内容も同じだろうな」
言いながらも、お父さんは手紙を開く。
同時に、嫌そうに顔をしかめる。
内容は予想通りだったみたい。
「この道場を渡す気はないと、散々言ってきたというのに」
「あの人もしつこいね。諦めてくれればいいのに」
「ああ。しかも、今回は大分本気のようだ」
言いながら、お父さんは私へ手紙を渡してくれる。
私も手紙に目を通す。
そこには、数日以内に道場を退去しなければ、強制的にどうにかしてやると。
この町をまとめる貴族の人からの脅迫文が書かれていた。