ローネリアとサーガハルト。
この二国の関係は対等な同盟というより上官と部下に近い。
その背景には、サーガハルトの強大な軍事力が関係している。
小国であるローネリアは大陸最大の軍事国家であるサーガハルトに守ってもらっている部分が大きい。
無論、豊富な資源を持つローネリアはサーガハルトにとっても重要な同盟国であり、一口に上下関係を決められるものではないが、やはり軍事力で先を行くサーガハルトはローネリアに対して強く出やすい。
そういった国同士の関係もあり、ローネリアとサーガハルトの王族は代々政略結婚で関係を保っている。
王女様のローネリア訪問も、こちらにいる許嫁との交流が主な目的であるらしい。
結婚後は王女様がローネリアに嫁ぐのではなく、許嫁の方がサーガハルトに来ることになっているあたりに、両国の力関係を感じる。
というわけで、今日の昼はローネリアの許嫁を交えての食事会。
庭園に設置されたテーブルに着く王女様の背後に、俺とレナーテットは立って待機していた。
宮殿内で危険は少ないとはいえ、屋外に出る時は俺達が付いていた方が良いだろうという判断だ。
王女様は時間より早くテーブルに着いたので、許嫁と料理を座って待っている状態だ。
「あー……シェイル? あのー、えっと、昨夜のアレについてなんですけどぉ~……」
隣のレナーテットはモジモジしながら言ってきた。
らしくもない態度だが、昨日彼女がやらかしたことを思えば当然の態度とも言える。
「ああ、勘弁してくれよ。少しは俺の身にもなってくれ」
こっちは大変な目に遭ったが、あまり責めても仕方ない。
俺は笑って許す方向で、できる限り軽く返した。
「――――え? ……あー、うん、そうだよね。ごめん。私、なんか変なテンションになっちゃってて……うん、ごめんね。本当に」
なんだ、その声音は。
もしかして、結構本気で気にしているのだろうか。
意外だ。レナーテット・リーレンという人間はもっと大雑把に生きていると思っていた。
細部にまで神経質に気を配らなくても、何となく生きていける側の人間なのだと。
この天才的な少女も、俺のように自分の過ちを悩んだりするのだろうか。
でも、まあ、今回は流石に向こうが全面的に悪いからな。
酷い目に遭ったのも事実だし、気にしてないとも言い難い状況だ。
「本当にな。あんたの拘束魔術強すぎて、抜けるのに苦労したよ」
努めて明るく俺がそう言うと、沈んでいたレナーテットの表情が変わった。
「……ん? ちょっと待って。今何の話してる?」
深刻な顔をしたレナーテットは訊いてくる。
何か話が嚙み合っていないような気がするが、俺は率直に答えた。
「え、あんたが昨日俺に拘束魔術をかけたまま庭に放置して、勝手に帰った話を……」
「あー! そうじゃん! 拘束魔術解いてなかった!」
「ちょっと待て。今まで忘れてたのか? 俺が寒空の下、何時間拘束魔術と格闘したと――――」
「いやー! ごめんごめん! 完璧に忘れてた! あー、そりゃあ悪いことしちゃったな~」
急に態度が激変したレナーテット。
不意に満面の笑みだ。
さっきまでしおらしくなっていたのが急にこれだ。
やっぱり、天才というやつは何を考えているか分からない。
しかも、心なしか物凄く上機嫌なようにも見える。
こいつは自分が謝罪する立場にあると分かっているんだろうか。
「はぁ……めちゃくちゃ大変だったんだぞ」
「ごめんって~。ほら、何でも埋め合わせするから。ね?」
けれど、まあ良いか。
この少女に落ち込んだ顔なんて似合わない。
型破りで常識知らずの天才。そのくせ優しさと善意は人一倍兼ね備えた主人公気質。
それがレナーテット・リーレンなのだから。
「じゃあ、ちょっと付き合ってくれよ。シルブレの練習。素手でもできるようにしときたいんだ。防御魔術張ってくれるだけで良いから」
「オッケーオッケー。約束ね」
右手の指で輪っかを作ったレナーテットはにこやかに笑う。
綺麗に剪定された庭園、緑と色とりどりの花が彩る園で、彼女の笑顔は一層輝いて見えた。
どうやら、レナーテットは魔術の才能だけではなく、容姿にも恵まれているらしい。
そんな彼女の眩しさが、今は普通に好ましく思えた。
昨日までなら直視できないほど眩かった少女の輝きを、今はちゃんと受け止められる気がしたのだ。
「ふふふ、レナと騎士さんは仲良しなのね」
俺達の会話を聞いていた王女様がくすくすと笑った。
「そりゃあ、もちろん。マブですよマブ」
「すぐそうやって適当なことを……まあ、仲が悪いとは、言わないですけど……」
俺達の面白みの無いやり取りを王女様は遠い目をして聞いていた。
その瞳に映った寂しげな色をなんと表現しようか。
彫刻のように整った少女の顔に浮かんだ哀の色。
その儚くも悲しい色合いを言葉にできるだけの語彙を、俺は持っていなかった。
「羨ましいわ。二人共とっても綺麗で……わたし、一緒にいると狂ってしまいそう」
けれど、それだけは知っていた。
圧倒的に美しいものの近くで、自分の醜さを突きつけられる苦しさは、その脳が狂うほどの苦味だけは、よく知っていた。
それはつい昨日まで、俺の脳味噌を絶えず揺らしていたものだったから。
「王女様……」
「変なこと言ってごめんなさい。……ほら、王子様の到着よ」
王女様の言う通り、ローネリアの王子――――つまり、王女様の許嫁が庭園のテーブルへと歩いてきていた。
王子は二人の召使いを引き連れて、優雅に庭を歩いている。
召使いは若いメイドが一人と老いた執事が一人。
メイドも若いとはいえ、俺達よりかは年上だろう。
とても容姿の整った王子だった。まるで、神様が作った最高傑作。その作り物めいた美しさは、王女様とも通じる所がある。
歳は十三歳くらいだろうか。
大分幼く見えるが、王女様の例もあるので何とも言えない。
ただ、流石に俺やレナーテットより年上ということはないだろう。
連れているのは召使いだけで、護衛の類は見られない。
屋外とはいえ宮殿の敷地内だ。
宮殿の警備に自信があるなら、さして不自然なことでもないだろう。
「お久しぶりです、ハナウィルシア殿下。お待たせして申し訳ありません」
テーブルに着いた王子は、にこやかな笑顔で礼儀正しく挨拶した。
こんなに小さい子が、こんなにも礼儀正しく振舞えるのか。
感心すると同時、王族とはこれができないと生きていけないものなのだろうかと思ったりもする。
特にローネリアのような大国の傘に入っている国では。
「良いのよ。わたしが早く来ただけだから。……久しぶり。元気そうで良かったわ、アルノーン」
そうして王女様が呼んだ彼の名は、俺にとっても覚えのあるものだった。
春風のアルノーン。
庭園に現れた王子様は、御伽噺の主人公と同じ名前を冠していた。