恐竜の声が聞こえるのは僕だけ~異世界の侵略兵器は絶滅種でした~ 作:タク@DMP
今日も──相変わらず世界は喧騒に包まれている。
とりわけ古牙イクサにとって世界は人一倍煩い。
夕暮れ時も止まぬ酷暑の中、カラスたちが電線の上に飛び乗りキャーキャーと捲し立てている。
その様を──長い髪を後ろで結った学生服の少年・古牙イクサは煩そうに眺めていた。
「……いつものカラスが3匹、まーたどうでも良い話ばっかりしてるな」
電線に止まった数羽のカラスが、忙しなく鳴いている。
普通の人間なら、ただの鳴き声としか認識が出来ないであろう音の重なりを──イクサは「言葉」として認識できる。
『あっちの公園に美味そうなゴチソーがあるぞ』
『ゴチソー!! ゴチソー!!』
『いや、あれは人間が置いた罠かもしれん』
『お前ら聞いたか! あっちの猫共、まーたゴミ捨て場にナワバリを広げたぞ!!』
『センソー!! センソー!!』
……相も変わらず中身の無い話だ、とイクサはカラスたちに呆れたような視線を送った。
「君たち、よくそんなことで毎日盛り上がれるね」
イクサが小さく笑うと、カラスたちは一斉に彼を見る。
『こいつ、俺たちの話が分かるのかー?』
『変な人間だ』
『ヘン! ヘン!』
「……ヘン、か。フフッ、その通りだ。実際、他の生き物の言葉なんて分からない方が良いモノさ」
ゴミ捨て場の近くのガードレールに腰を下ろし、興味深そうに見つめてくるカラスたちに向けて語り掛ける。
その言葉を聞き──カラスたちは顔を見合わせる。
イクサの言葉がカラスたちにとっても理解のできる「声」となっていたからだ。
『お前の言葉、分かる!!』
『凄い!! 凄い!! 俺達の言葉、使えるのか!?』
「使えるっていうか……僕の言葉は直接、動物の脳に理解出来る波形で届いてしまうらしい。人間で言えば4歳程度の知能を持つ君達にならギリギリ分かるかな」
イクサの紡ぐ言葉もまた──カラスたちにとって意味を成す波形として通じてしまう。
科学では説明のできないイクサの持つ能力。
それは、文字通り生物と会話できてしまうというものだった。
しかし──それは決して、彼にとって便利なものではない。
「この声と耳は呪い、みたいなものでね。昔っから聴こえなくて良い声が聞こえてしまうんだ」
カラスたちは不思議そうに首を傾けた。
意味が分からないか、とイクサは苦笑する。
そして──答え合わせをするように悪びれもせず言ってのけた。
「だって鳥の言葉が分かってしまったら、鳥肉が食べにくくなるだろ?」
ゾッ、とカラスたちは「食べる」という言葉に反応したのか──慌てたように翼を広げた。
『コイツッ!! 鳥を食うって!?』
「あっ違、そういうことじゃなくって」
『食われる!! 食われる!!』
『ニゲロ、ニゲローッ!!』
弁明する間もなく、3匹のカラスは飛び去って行った。
その光景を見て、しくじったと言わんばかりにイクサは頭を掻いた。
怖がらせたかったわけではないのだが、と己の発言の不用意さに後悔した。
「あー……やっちゃったよ」
同時に──動物の言葉が分かってしまう己の数奇なチカラと、それがもたらしてきた人生を振り返った。
(食べなきゃいけないのは分かってる。でも、どうしても……生きてる動物の声がちらついてしまう)
──聞きたくなくても聞こえてしまう動物の声、そしてそれに伴って周囲の動物が全て意思を持つ命である事を知覚してしまった。
それが、古牙イクサの不幸だった。
祖父が養鶏場を営んでいた。小さい頃に連れていってもらったが、そこで目の当たりにしたのは──大量の鶏たちの意思を持つ声。
帰った後、食卓に並ぶ焼き鳥を前に──イクサは、それを食べる事が出来なかった。
(ヴィーガンとかそういうのじゃないけど……動物の肉を食べるのはやっぱり苦手だ。脳が受け付けない)
イクサは昔から周囲とは少し違った。
小柄な体に、少女と間違われるほど整った顔立ち。後ろで結んだポニーテール。
そして、生き物の声が聞こえるという秘密。
誰にも理解されないチカラ。他の人は動物の声が聞こえないし話せないと早期に理解出来たことだけがイクサの幸運だった。
しかし、他の誰も彼の苦しみを理解することはなかった上に、出来るはずもなかったのであるが。
そんな事他の人からすれば知った事ではないのだが──余計な音の聞こえない人生がどんなものなのか時折考えてしまう。
……。
既に時計は5時半を差していた。
用事もないのにゴミ捨て場に長居し過ぎた。
カバンを拾い上げて、再び帰路につこうとしたその時。
空が──騒がしくなった。
「……なんだ? カラスたちが、戻ってくる」
それもさっきの数の比ではない。
カラスたちの大群が、粉を散らすように夕焼けの空を慌ただしく飛び回っている。
「いやいやいや、多い多い!! 何があったんだ!?」
困惑するイクサ。
だが、問われるまでもなくカラスたちの喧騒は彼の脳に響いた。
『割れるーッ!! 割れるーッ!!』
『空ーッ!! 空ーッ!!』
『ニゲロ、ニゲローッ!!』
一瞬、イクサは言葉の意味を探った。
断片的ではあるもの、確かにカラスたちは本能的な危機を察知してそれから逃げている。
そして──イクサは聞き取った。
空が割れる、と。そして間もなく──橙の空に、紫色の亀裂が走る。
まるで世界そのものに傷がついたようだった。
「ん、だ、これ……!? なに、空、ガラス……ッ!?」
戸惑う間もなく──稲光が亀裂から落ちる。
激しい衝撃と光に思わずイクサは両腕で顔を覆った。
そして、恐る恐る目を開ける。
もう、あの禍々しい光は消えていた。
視線の先には、何かが落ちていた。
「……人? 女の、子……?」
長い黒髪が真っ先に目に着いた。
自分と同じくらいの年の少女が──倒れ込んでいる。
あの雷に撃たれたのか、と脳裏に過るが──そもそもあんな少女、さっきまでは居なかったはず、と思考を修正する。
となれば答えは一つ。少女は突如出現した。亀裂から迸った稲光と共に。
「って、大丈夫ですかッ!?」
イクサは思わず駆け寄った。
息はある。仰向けになっていたのでひっくり返すと、日本人離れした綺麗な顔が露わになった。
まるで西洋人形のように端正な顔付きに、思わずイクサは息を呑む。
だが同時に、分厚いレザーのジャケットに腰からぶら下げられたサバイバルナイフ等、現代の日本で過ごすには似つかわしくない格好が目を引いた。
(まるで、ゲームの中から出てきたような女の子だ……! でも、どこから出てきたんだ……!?)
ただ安心したのは、彼女が僅かではあるものの息をしていた事であった。
「あのっ、大丈夫ですか!? 声、聞こえてますかッ!?」
イクサは何度も何度も声をかける。
少女の瞼がぴくり、と動いた。そして僅かに──瞼が開き、綺麗な唇から言葉が紡がれる。
「し、しくじったわ……此処は、一体……どこ……?」
「ど、どこって……東京の……」
「トー……キョー……? しらない、国ね」
「東京は国じゃないんですけど……」
「じゃあ一体、あっ……痛ッ……」
「うわ、ケガしてるじゃないですか!!」
気が付けば生温い液体が掌にべっとりとついていて、イクサは肝を冷やした。
少女の脇腹から血が止め留めなく溢れ出ているのだ。
レザーのジャケットは血に染まっており、アスファルトには赤い水たまりができている。
よく見れば脚のジーンズもずり向けており、そこからも血が流れていた。
(病院に行かなきゃ……ッ!! いや、でも、身分証とかあるのか、この人……!? 診てくれるのか……!? いや、ここからだと家の方が近い、救急セットで手当てして……)
「掠り傷よ、大したことは……無いわ」
「で、でも……!」
そう言いながらも、彼女の傷は明らかに深かった。
他にケガをしている個所は無いか──と、イクサは彼女の手に視線を移す。
彼女が握っているのは異質な立方体の物体。
表面には見たことのない文字が浮かび、内部には淡い光が流れている。
「なんだこれ……ルービックキューブじゃないよな……?」
「キューブ──こ、これはダメ! と、とにかく、えっと……下手に触れたら危ないわ!」
「取ったりはしないよ! ただ、気になって」
「……この中にあるのは……痛っ!?」
少女の顔が痛みで歪む。
そして──彼女の手からキューブが滑り落ちる。
「あっ……!」
イクサがキューブを拾おうと触れた瞬間、光が弾けた。
空気が震える。
機械的な音声が響き渡る。
『
無数の粒子が集まり、形を作っていく。
人のそれを遥かに上回る巨大な影。
曲がりくねった鋭い爪。
羽毛の生えた鞭のように長い尾。
前傾姿勢の身体。
現れたのは――
「……きょ、恐竜……?」
イクサは息を呑んだ。
博物館でも図鑑でも映像でもない。
確かな息遣いを目の前のそれから感じられる。
恐竜は──覆い被さるような姿勢でイクサの前に立っていた。
イクサは恐怖と高揚感に胸がいっぱいになりながら──朧げに浮かんだ名前を言った。
「ラプトルって今、聞こえた……ジュラシックパークの主役の、あの……いや、でも、もっと大きい……!!」
「ッ……嘘でしょ、私じゃ開かなかったキューブが起動して……!!」
ラプトルは──まるで品定めでもするようにゆっくりとイクサを見た。
そして喉を鳴らしながら不思議そうに問うた。
『……妾を呼んだのは貴様か?』
イクサは目を見開いた。確かに聞こえる。
目の前の恐竜の──声が。
尊大さを何処か孕んだ、妖艶な女性のような声で響き渡る。
『くふふ……貴様、妾の言葉が分かるのか?』
「……うん」
イクサは震える声で答えた。
「聞こえる。君も僕の言葉、分かるんだよね?」
恐竜は目を細めた。
そして、鋭い鉤爪で──つう、とイクサの喉元を撫でる。
いざとなればいつでも裂けるのだ、と言わんばかりに。
恐竜は愉快そうに口角を上げる。
その仕草は──花魁を思わせる艶やかなものだった。
『──くふふっ! 自由になって早々、面白いものを見られた物よ! のう、小娘?』
イクサを解放した恐竜は──少女に向かって投げかけた。
しかし、その言葉は少女にとっては意味を成さない鳴き声にしか聞こえない。
少女は当惑した様子で無理矢理体を起こす。そして信じられないとばかりに呟いた。
「……どういう、ことなの? あのキューブにはロックが掛かっていて、私じゃ開けられなかったのに」
『おや、そこの小娘の言葉は分からん。となればやはり、貴様がトクベツか。名前は?』
「イクサ……!」
『ほう、イクサと言うのか』
愉快そうに恐竜は続けた。
『妾は──人間どもからは”メガラプトル”と呼ばれておった。貴様は好きに呼べ、妾が許す』
メガラプトル 生息年代:中生代白亜紀 全長6~9メートル
前脚の曲がりくねった鉤爪が最大の武器。典型的な肉食恐竜のフォルムをしている。ラプトルは略奪者を意味し、そのまま「巨大な略奪者」を意味する名前を付けられた。