恐竜の声が聞こえるのは僕だけ~異世界の侵略兵器は絶滅種でした~ 作:タク@DMP
『捕ったりですわーッッッ!!』
──水中戦は何もスピノサウルスだけの十八番ではない。
蛇の中にはウミヘビと呼ばれる、水中を中心に活動する種類が居るが──ティタノボアもまた、自重を逃がす為水中での生活に適応したと考えられている。
そして蛇の身体は全身が筋肉。同程度の全長の相手を不意に締め上げる程度、造作は無い。
とはいえ、相手も頂点捕食者たるスピノサウルス。正面から挑めば、その強烈な前脚で弾き飛ばされてしまうことが目に見えている。
しかし──
「──トイレ、風呂、食事中……生物誰しも気が緩む瞬間がある。だからそこを突かせて貰った」
入水したその瞬間、スピノサウルスは完全に無防備になった。
その一瞬こそカガチがスピノサウルスを拘束する最大のチャンスとなったのである。
「そして川に比べれば池は流れも緩く、閉鎖空間故に潜伏も容易──考えたわね、イクサ君」
『オルァーッ!! こちとらこのまま毒牙で噛みつけば大勝利待ったなしの所を止めてやってるんですの、さっさとケリを付けなさいなーッッッ!!』
「ごめん、そろそろカガチが限界かも」
とはいえ、相手の筋力も相当なものだ。
カガチの拘束も長くは持ちそうにない──故に。
頭が水面から出ているうちに、メガが思いっきり地面を蹴って飛び出す。
「後は──頼むよ、メガ!!」
『ああ任せよッ!!』
頭部に鉤爪で張り付くメガ。そのままコードを器用に鉤爪で切り裂き、そしてバイザー状の機械を力任せに剥がした。
「──スピノサウルスッ!! 君の身体は君のものだッ!!」
『──汝の誇りを取り戻せッ!!』
バチバチ、と紫電が迸る中──機械が池の中に落ちていく。そして、スピノサウルスの真っ赤に光っていた目が──元の色彩を取り戻すのだった。
『……ん? あ? あれ……俺……どうしたんだ……ギャーッッッ!! 襲われてるーッッッ!? なんか巻いてるーッッッ!?』
『やぁっと目が醒めましたのね。私はこれで失礼』
するり、とカガチがスピノサウルスの拘束を解き、再び池の中へと潜っていく。
まだ自分の置かれた状況が理解出来ていないのかパニックになりかけるスピノサウルスだったが──
「ねえッ!! 聞こえるかい!?」
『ぁえっ!?』
「君、暴れてたんだッ!! ずっと──だけどもう大丈夫ッ!! 君を傷つける奴は何処にも居ないから!!」
『ッ……そうか。そういうことか。ちっこいの──オマエだったのか、さっきからずぅっと俺を呼んでいたのは』
ぎろり、とスピノサウルスの鋭い目がイクサを睨む。
「僕だけじゃない。皆の協力が無いと、君を助ける事は出来なかったと思う」
『……面白ェ。お前達のおかげで、俺の中の渇きがすぅっと消えていった』
ざぼ、と音を立ててスピノサウルスはイクサに迫る。
『だが気に食わねえのは、俺を捕まえてこんな真似をしやがった奴らだッ!! あいつらこそ丸呑みにして、いただだだだだ』
勢いよく大顎を開けたのも束の間、スピノサウルスはがくりと力無く項垂れてしまう。
洗脳装置による負荷は決して無視できるものではなかったらしい。
イクサはすぐさま駆け寄り、キューブをスピノサウルスの鼻先に突き出す。
「気持ちは分かる。でも……今はゆっくり休んでほしいな」
『……借りが出来ちまったな、だが……あいつらに仕返しができるチャンスが来るならいつでもチカラを貸すぜ』
「うんっ。その時はよろしく頼むよ」
キューブが展開され、竜の身体が粒子となって消えていく。
後に残るのは、すっかり鎮まった不忍池のみ。
ずるずると池から這って出てきたカガチは呆れたようにイクサを見下ろした。
『全く、あのデカブツを本当に捕えてしまうとは。貴方って人は敵に甘すぎませんこと?』
「だって、敵じゃないから」
『むむむむ……』
あっけらかんと言ってのけるイクサ。それに返す言葉も無いカガチ。
そんな相棒に対し、肩を竦めながらレモンは鱗に手を置く。
「諦めなさいカガチ。こういう人なの、彼は」
『貴方は何、偉そうな顔をしていますの! 無用な被害を出すのは、貴女も厭っているはずでしょうに!』
「だけど、あのスピノサウルスも被害者だ。自由意志で襲い掛かってきたならともかく、不本意で戦わざるを得ない相手を殺めてしまうのは乱暴じゃないかな」
『でも、いつか──人が死にますわよ。こんなもので終わるはずがありませんもの。善人ぶっていられるのも今のうちですわ』
「ッ……それは」
イクサは口ごもった。
もしもスピノサウルスが人を殺めてしまっていたら? という嫌な仮定が頭をよぎる。
これまでは文字通り運が良かっただけだ。
人命が罹った場面で──これまでのように相手の恐竜を助け続けることが出来るのか、と考える。
「……分からない。だけど……僕が戦おうと思った理由は、確かに恐竜の助ける声が聞こえたから、だから」
「イクサ君……」
『どちらの言い分も一理ある。だが──仲間を増やすという面で考えれば、今のイクサのやり方も合理的ではないか?』
『仲間ァ!? 今回のスピノサウルスだって、水辺に誘い込んで私が毒牙を刺していれば簡単に勝てていた相手でしてよ!』
「カガチ。それだけでは通用しなくなる相手がきっと、これから出てくるわ。だって、今までだってそうだったじゃない……」
諭すようにレモンが言った。
「今私達にはレジスタンスの仲間が居ないの。人命を優先すべきなのはその通り。でも、恐竜の命も考えなきゃいけない。仲間を増やすのは回り回って私達に良い方向に作用するはずよ」
『……まあ良いですわ。今回の所は引き下がって差し上げます。でも、いつまでも上手くいくとは思わない事ですわ』
『……言いたい事は色々あるが、今回は貴様に助けられておるからのう。妾から言う事は何も無い』
「……次も上手くいくとは、限らない……か」
イクサは俯いた。
もしも、誰かの命の危機が差し迫った場面で。
目の前には悲鳴を上げる恐竜が暴れていて。
その時イクサは──暴れる恐竜の命を奪う事が出来るか? と考える。
考えただけで──イクサは鳥肌が立った。
(……そんな覚悟、僕には……)
「とにかく。事態は収束できたわ。一先ずこの話は終わり。貴方達もキューブに戻って頂戴」
「そうだね……買った物も置いてきちゃったから回収しないといけないし、報道とかに巻き込まれたら面倒くさそうだ」
そう言ってイクサがキューブをメガの方にも向けたその時だった。
パチパチパチ、と何処からともなくねちっこい拍手が聞こえてくる。
振り向くイクサ達。茂みから──誰かが歩み寄ってくる。
「素晴らしい! 素晴らしいものを見せて貰った。恐竜の命を救おうとするその姿勢──実に美しいッ!!」
イクサは身構える。現れたのは──見慣れぬ浅黒い肌の青年だった。
だが──同時にすぐ目を覆ってしまった。
ラテン系の浅黒い肌。
後ろで結んだ長い紫色の髪。
彫りの深い、男にしては妙に艶やかな顔立ち。
だが、それら全てを台無しにするのは──突如現れたこの男が、
「って、何で何も着てないんですか!? 早くソレ仕舞ってくださいッ!!」
──なにひとつ、身に纏っていなかったからである。
「……おや? これは失礼したッ!! 君達の戦いを見て、感極まってしまってね──申し訳ない少女よ!」
「少女……? 少女ってまさか、僕の事を言ってるのか!? 僕は男ですッ!! 後、服を着てくださいッ!!」
「……シャイン」
「え?」
イクサは横をちらりと見た。
この変態を前にしてもレモンは全く動じていない。
そればかりか──憎悪に近い表情まで浮かべ、身構えている。カガチもいつまでも飛び出しそうな勢いだが、不用意に前に出ようとはしない。
「……イクサ君、気を付けて。ソイツは只の変態じゃない」
「知り合いなんですか? レモンさん──」
「不本意だけどね。だけど一つだけ言えるのは──」
「おっと私としたことが感極まり過ぎて申し遅れた。私は──シャイン・マスカット」
シャイン、と名乗った男が取り出したのは──キューブ。
それにより、この男がレモンと同じ異世界からの来訪者であることを理解させられる。
「──”侵略者”に所属している、とでも言っておこうか?」
キューブが光り輝く。
次の瞬間、粒子と共に真っ白な体毛の狼たちが唸り声を上げながら次々に現れるのだった。
彼らの顔には視界を覆い隠すようなバイザー状の機械が取り付けられていた。
そしてシャインは──イクサの顔に指を突きつける。
「さて。単刀直入に言おう、イクサ。私は──君が欲しいッ!!」
「やっぱり変態だーッッッ!?」