恐竜の声が聞こえるのは僕だけ~異世界の侵略兵器は絶滅種でした~ 作:タク@DMP
「で、イクサ君の具合は?」
「ずっと……魘されたまま寝てるわ」
──此処は市街地から離れた陸奥外科クリニック。
追手の様子はなく、レモンは安堵しながらカーテンを閉めた。
とはいえ、敵の狙いがイクサならば、此処もいつまで安全かは分からない。
当のイクサはと言えば病院のベッドでずっと寝ている。
院内には看護師の姿は無く、入り口には「本日臨時休院」の看板が立てかけられていた。レモンは怪訝そうに陸奥に問うた。
「随分と用意が良いわね。人も出払ってるし……まるでこうなることを予期していたみたい」
「なんとなーく、虫の報せがしてね。こういう荒事、お兄さん大分慣れてるんだ」
「でも大丈夫なのかしら? ショッピングモールの方、怪我人が出てるわよ」
「そういうのは大きい病院に任せておけばいいの。どっちみち、死にそうな患者は手に負えないしね」
「とんだ医者ね……」
「言っておきなよ。お兄さんはね、医者である以前に、イクサ君の保護者だ。こうなった時、イクサを守ってあげられるのはお兄さんだけってワケ」
サングラスに隠れた視線の先には──今も尚、呻き声を上げて苦しむイクサの姿があった。
「彼のチカラ、貴方は知ってたの? ドクター・ムツ」
「……知ってたよ。彼のお父さんから聞かされてた。彼が動物の声が聞こえるということ。そして──動物の感情に強く引きずられてしまう体質であること」
「ッ……まさか貴方。全部知ってたの……!?」
「イクサ君は前にも一度、こうなった時があってね。彼が6歳の頃だったっけか。目の前で、トラックに猫が撥ねられる場面に偶然出くわしてしまったらしいんだ」
レモンの問には答えず──陸奥は続けた。
「彼はずっと──言ってたみたいだよ。”この子、まだ痛がってる”って。どう見たって即死だったのにね」
「……イクサ君のチカラは、単に動物の声を聞けるだけじゃないってこと?」
「そうだね。大分スピリチュアルな領域に入ってしまうけど……彼は動物の声だけじゃなく、動物の感じていること……つまり五感だね、これも仔細に読み取れてしまうんだ」
「……この世界の人にとっても普通のチカラじゃないってことよね。どうして信じたの? 医者であるアナタが──」
「そりゃあまあ、僕は彼のお父さんに恩義があるしね。色々あって助けて貰った。今度は──僕が息子であるイクサを助ける番だ。だけど……きっとそれは並大抵の事じゃない」
陸奥はベッドに横たわるイクサを見下ろす。
「彼はきっと、死んだ直後の動物の声も聞こえてしまう。だけどそれは──イクサにとって、かなり心に負荷がかかるようだ」
そりゃそうだろう、と陸奥はサングラスを押し上げる。
動物の死ぬ寸前の苦しみ、痛み、悲しみ、その全てが──イクサにはダイレクトに伝わってしまう。
それがずっと、彼の心を蝕み続ける。
「彼が肉食を忌避するのはそれが原因さ。食卓に出てくる肉は、彼にとって動物の”死”を否応なしに意識させるものだからね」
「……彼は、優しすぎるんですね。きっと」
「だったら分かるだろう? イクサ君は……戦うべきじゃないんだよ。きっと。全ての命が救えるわけじゃないのは、君だって分かってるだろう?」
「ッ……」
「イクサ君が動物を守ろうとするのは……彼が彼自身の心を守ろうとする防衛反応だ。もし、こんな戦いを続けていたら……イクサの心は壊れてしまう」
「……私。何も知らないでイクサ君を戦いに巻き込んでしまった……ッ!! 彼のチカラが便利なだけのものじゃないってこと、分かってたはずなのに……ッ!」
「そうだね。分かったら──もう、イクサに関わらないでくれるかな」
陸奥は──努めて穏やかに、しかし毅然とした態度でレモンに言い放った。
「……それは」
「君達の世界がどんなに大変かってことくらい、僕にも分かってる。だけど……イクサは訓練も何も受けていない、只の子供だよ。僕は、彼が壊れるのを見過ごす事は出来ない。大人として彼を守る義務がある」
「……分かったわ。分かってた」
ぽつり、と彼女は呟く。
「……一般人の彼を戦いに巻き込むのが、どれほど惨いかだなんて分かってた。私が……間違ってたの」
レモンは──俯き、陸奥に向かって礼をする。
そして、踵を返して病院から出て行くのだった。
何も言わずにそれを見届けて──陸奥は、ベッドに寝転ぶイクサの髪を撫でるのだった。
「イクサ……君の意思も聞かずに決めてしまって済まない。だけど……こんなこと、ハナから関わるべきじゃないんだ。じゃないと、僕は君のお父さんに顔向け出来ないよ」
そう言って──陸奥は、イクサの手元に置かれていたキューブを手に取ろうとした。
しかし、その瞬間であった。キューブが独りでに起動する。
中から飛び出したのは、全身を羽毛に包み込んだ肉食恐竜だった。
メガラプトル。イクサが手にした──相棒の恐竜だ。
「ッ……君が、例の」
「ケルルルルルル……ッ!!」
「もっと、大きいのかと思ってたよ。世界を救うには……なんて小さくて……心許ない……ッ!!」
メガラプトルはイクサの傍に丸まり、その長い鉤爪で守るようにして覆い被さる。
右の前脚にはしっかりとキューブが握られていたのだった。だが、それでも恐れず陸奥は──キューブに手を伸ばす。
「……イクサを守ろうとするのは君も同じだってのかい。だけど……彼を苦しませてまで戦わせるのが、僕は正しいとは思えない」
「ケルッ……!!」
「それに、イクサが傷ついたり死んだら君に責任は取れるのかッ!? 今だって、彼はこんなに苦しんでいるじゃないか……!」
鉤爪を無理矢理引き剥がそうとする陸奥。
その掌には鋭い爪が食い込み、血が流れていく。
だが、それでも断固キューブを渡すつもりは無いとばかりにメガラプトルは威嚇を止めはしない。
「君には分からないだろう。イクサがどんなに苦しんでいるか」
「ッ……ケルァッ!!」
激昂したようにメガラプトルが吼えた。
その剣幕に押され──
「……ああくそ」
悪態を付き、陸奥は椅子に乱暴に座った。
結局の所、キューブも無ければ恐竜も無い陸奥にはどうすることもできない。
イクサの代わりに戦う事すら──出来ないのだ。
「……古牙博士……貴方は……どうして、イクサにこのような運命を背負わせて行ってしまったんですか……ッ!!」
※※※
「……ううん。これが、この世界の服か。素晴らしい。これだけあれば、より取り見取り、選び放題じゃあないかッ!!」
誰も居なくなったショッピングモールの一角で──シャインは一人、服を無造作に取っていた。
その中からセレブ御用達の優雅な黒いシャツを手に取り、そして──前を開け放す。
鑑の前で満足が行くまでポーズを取った後──飽きたのか辺りを見回した。
(さあて、困ったな。もうひと暴れすれば……呼び寄せられるか? だって彼らは……恐竜に襲われている人を無視できないだろう)
シャインはキューブを握り締める。
指を這わせるとホログラムが展開された。
狙いはイクサ。そして邪魔をするレモン。
市街地で大暴れすれば、少なくともそのどちらかは呼び寄せる、と考える。
それはレモンの行動理念からしても自然な帰結だった。
「──さあ、もう一仕事だ。美しく彩ってくれたまえよ」
ホログラムに映ったのは──メガラプトル以上に豪奢な羽毛に身を包んだ肉食恐竜。
シャインはそれを前にして陶酔しきった顔で笑みを浮かべる。
『──
※※※
(……そう。そうだわ。私が勝手に、イクサ君を巻き込んだんじゃない)
行くアテなど何処にもありはしない。
もう、イクサを頼ることなどできない。
(……イクサ君には戦う覚悟なんて無かった。只の非戦闘員の民間人で……そんな彼を巻き込むなんて、私は……)
自己嫌悪に苛まれる。
彼女がレジスタンスに入ったのは、戦う力の無い者達を侵略者の手から守る為だった。
しかし、自身がイクサにしてきたことを思い出す。
優しい彼の心に着けこんで戦わせ、そして──傷つけた。
(……他に仲間が居ないからって……彼を頼るのが間違ってた。でも、だからと言って……誰の力を借りれば……良いの?)
立ち止まり、手を握り締める。
今、この世界に──レモンの味方はカガチ以外居ない。
どうしようもない孤独に心が飲まれそうになった、その時だった。
「おいっ!? また恐竜が出たってよ!!」
「あっちの方、凍ってるって!? 何でェッ!?」
喧騒が──何処からともなく聞こえてくる。
レモンは我に返ったように前を見た。
そしてキューブを握り締め、カガチを目の前に呼び出す。
『レモン様!? あれから一体どうなって──』
「行くわよカガチ。また恐竜が出たって……」
『ちょっと! 私、状況が飲み込めてませんの! ヘビだけに!』
「……イクサ君にはもう、頼れない。私達だけでシャインを今度こそ倒すわよ」
その言葉に──カガチは頷くことが出来なかった。
レモンの声色はいつも以上に張り詰めており、今にも壊れてしまいそうだったからだ。
『何が……ありましたの?』
「貴女だって言ってたじゃない。自分一人だけで十分だ、って。私だって──故郷が滅ぼされたあの日──あいつらを討つって誓ったの!!」
『レモン様……!』
「行くわよ、カガチ! もう遅れは取らない! 私は……レジスタンスのレモン・シトラスなのだから!」
心配そうなカガチをよそに、レモンは一人走り出してしまうのだった。
『あっ、待ってくださいましレモン様ーッ!?』
喧騒を追うにつれて炎の匂いが鼻腔を突き抜ける。
破壊されたビル。踏み潰された車。そして、瓦礫の下敷きになった人の姿。
だが、そこに緊急車両が駆け付ける余地など在りはしない。
「ッ……シャイン!!」
思わずレモンは仇敵の名を呼んだ。
平和を蹂躙し、破壊するのは──他でもない旧友だ。
全身を羽毛に包んだ巨大な肉食恐竜。前脚こそ小さいものの、後ろ脚は強靭に発達しており、そして尻尾は丸太程に太い。
何より威圧的な眼光と隆起した顔の肉がその竜の生態系地位を物語る。
だが、古代の王者としての威厳は最早損なわれていた。
(やっぱり……改造恐竜……ッ!)
その全身には装甲が身に纏われており、顔面もまた、バイザー状の機械によって目が隠されている。
自由も尊厳も奪い尽くされた恐竜の上にシャインは仁王立ちで立っていた。
「やはり来たかレモン──さあ、イクサの場所を教えて貰おうか?」
※※※
──アツイ。アツイ。
──クルシイ……。
──狭い所は、イヤダ……。
声が、する。
無念にも死に絶えた死者の声が、呻くようにイクサの脳を埋め尽くす。
「やめろ、やめろやめろ……消えてくれ……!!」
何度懇願しても消えはしない。止みはしない。
それを消す為にイクサは耳を塞ぐ。だが──そんな憎悪と怨嗟に塗れた声の中に、ひとつだけ──掻き消えそうな声があった。
──たす、けて……。
「ッ……!!」
イクサは目を見開き、そして飛び起きた。
全身は汗がびっしょりで、目からは涙が流れていた。
それを見て驚いたのは──陸奥、そしてずっと彼と睨み合っていたメガだった。
『イクサ!! 起きたのか!?』
「イクサ……! 大丈夫、なのかい?」
「行かなきゃ……ッ」
ベッドから降りるイクサ。
だが、その手を掴んだのは他でもない陸奥だった。
「助けに、行かなきゃ……ッ!!」
「行くって何処に!? 行かせられない!! 君は戦うべきじゃないんだ!! 君は子供で、守られるべきで……そして、君を守り切るのが大人の義務なんだ! 分かっておくれよ!!」
声を張り上げる陸奥。
しかし──イクサはそれを振り払い、叫ぶ。
体中が冷え切っている。
これまでにないほどに陸奥の声は荒んでおり、顔も強張っていた。大人として本気でイクサを止めようとしていることは明白だった。
「だって……助けを求める声が聞こえる……ッ!!」
「全部の命を助けられるわけじゃない!! もし生き物が死んだら、その度に君はまた苦しむことになる!! 君の心は、いつか壊れてしまう!!」
「だとしても、見逃して放っておけるわけない! 確かに生き物が目の前で死ぬのは苦しかったし、キツかったよ。慣れるもんじゃないと思う。だけど……陸奥先生。それよりも、もっとイヤな事があるんだ」
イクサは──陸奥に向かって訴えかけるように言った。
「……目の前で苦しんでる生き物を見捨てたら……生き物をゴミみたいに使い捨てるヤツを見過ごしたら……僕はきっと、死ぬまで後悔すると思う……ッ!!」
「ッ……イクサ。君って奴は……」
「陸奥先生が僕の事を想って止めてくれるのは分かる。だけど……でも! これは、今……僕にしか出来ないことだから」
「それで君が死んだら僕は……僕こそ死ぬまで後悔するッ!! 頼む、思いとどまってくれよ……イクサ……」
「僕……このチカラを持って良い事なんて今まで無いって思ってたんだ」
イクサは首を横に振った。
「生き物の声はうるさいし、死んだらずっと纏わりついてくる。後味が悪いし、肉は美味しくないし……僕も普通に産まれたかったよ、先生」
「ッ……それでもイクサ、君が普通に生きてくれれば……!!」
「生きられる訳なかったんだよ。普通じゃないチカラを持って……普通に生きるなんて。だって──」
もし、このチカラが本当に呪ならば。
何も聞こえないフリをしてずっと生きていたかもしれない。
だが──メガと出会ったあの日、イクサの中で呪いは祝福に転じてしまった。
呪いは、動物を助けるためのチカラだったのだ、と確信した。
「生まれて初めて……このチカラを持って良かったって思えたんだ。心の底から。このチカラを持っていて良かったって思えたんだ。先生」
どくん、どくんと脈打つ心臓を握り締める。
ダイアウルフ達が目の前で爆散した時、凄まじい負荷が心に掛かったことをイクサは今でも覚えている。
だが、本当に苦しいのは自分か? と自答した。
本当に苦しくて、本当に痛くて、本当に無念だったのはダイアウルフ達だったではないか、と己に言い聞かせる。
「他の誰かに出来ない事なら……それはきっと、辛くても、苦しくても、たとえ壊れても……僕がやらないといけない事なんだと思う……!!」
「子供が戦わなきゃいけない理由なんて、何処の世界にもあるわけないだろ!?」
「それでもレモンさんは戦わなきゃいけなかったんだ!! それしか、道が無かったんだ!!」
陸奥は押し黙った。
子供が戦ってはいけない、等という論理は──平和な日本の常識であることをイクサはこの二日間で散々思い知らされていた。
故郷が滅ぼされて以来、平和で豊かな国を知らなかったレモン。そんな彼女を見ていれば、いつまでも寝てはいられないと気付いた。
「レモンさんは……何処に行ったの?」
「……僕の口からは言わないよ。彼女と会ったら君はもう……戻って来ない気がするからね」
「じゃあ、僕が探す」
「全力で止めるって言ったら?」
「……無理矢理でも押し通るよ、先生」
両者の視線が飛び交う。
静かな睨み合いが続いただろうか。
やがて──溜息を吐き、両の手を挙げて陸奥は椅子に座ったのだった。
「……はぁー悪い意味で親父に似てしまったね君は。分かったよ。行きなよ」
「先生ッ……」
『貴様は……イクサが戦うべきではない、と言ったな。こやつは己の恐怖を押さえ、それでも尚立ち向かう術を知っておる。出会った時から、そうであったぞ』
ケルル、と一声鳴いたメガは腰を低く構える。その上にイクサは躊躇なく跨った。
だが──その手はまだ震えている。汗も止まらない。
それでも。前に進めと無言でメガに命ずる。
「……あーもう、知らないぞお兄さんは……ッ!!」
頭をがしがしと搔きむしり──陸奥は椅子に座り込んだ。
そして、メガに向かって一言、呟いた。
「……イクサを……僕の恩人の息子を……よろしくお願いします」
『貴様の言葉は分からんが……イクサは必ず、命に代えても妾が守る。今度こそ、な』
地面を蹴り、クリニックの扉を飛び出し外に出るメガ。
遠くなっていく病院の建物を振り向きざまに眺めながら──イクサは呟いた。
「心配かけてごめん……行ってくるよ、先生」
夜の風が吹き抜けていく。
此処から先は──彼自身が選んだ戦いの道だ。
しばらく、駆け抜けたところで──メガがイクサに問うた。
『……それでイクサ! 声が聞こえたと言うたのう! 具体的な場所は分かっているのか!?』
「そういうわけじゃないんだけど……さっきから聴こえるんだよね! 逃げる猫にカラス……あいつらが叫んでる! 場所はやっぱり上野みたいだ」
『デカいのがまた出たぞーっ!!』
『ニゲロニゲローッ!!』
『あんなの敵いっこ無ェーッ!!』
夕暮れの空を飛ぶカラスを指差すイクサ。
不自然に逃げ惑う野良猫たち。
彼らの声は──いずれも、危機を知らせるものだった。
小動物たちが発する本能的な危険信号だ。
『もっと子細な場所が分かれば良いのだが!』
「ちょっと待って。もっと絞り込めるかもしれない!」
メガを路肩に停め、イクサはスマホを取り出す。
SNSを検索すると──案の定、誰かがアップロードした動画が大きく盛り上がっていた。
「──出た!! ”巨大ヘビと恐竜、夜の上野公園で格闘”だって!!」
『カガチに先を越されたか!!』
「うん……助けに行かなきゃ……!」
疾走するメガ。
その先には──サイレンが鳴り響く上野の町が激しく赤く燃え盛っていた。