恐竜の声が聞こえるのは僕だけ~異世界の侵略兵器は絶滅種でした~   作:タク@DMP

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第3話:巨竜の叫び

 風がイクサの頬を撫でる。

 メガの背中は想像以上に安定していた。

 勿論、揺れないわけではない。全長7メートルの恐竜が全力で疾走しているのだ、地面の震動に風圧、そして鼓動の如く伝わる筋肉の動きがダイレクトに腕に伝わってくる。

 その全てが、イクサに「今恐竜に乗っている」と実感させている。

 

「すごい、すごいよ!!」

『何を浮かれておる、随分と余裕ではないか』

「いや、だって──君、本当に生きてるんだなって」

『変な所で感動するヤツよのー……』

「ごめん」

『謝るところではないわ』

 

 メガが小さく鼻を鳴らした。少し呆れたように。しかし──少し嬉しそうに。

 

『……悪い気はせんがな』

 

 その時だった。

 ブロントサウルスが巨大な尾を振り回すのが見えた。

 それだけでアスファルトが捲れ上がり、ビルの窓硝子が一気に砕け散る。

 そして──頭部をハンマーのように振り回せばビルの壁が音を立てて崩れ落ちる。

 人々が悲鳴を上げて逃げ惑う。

 

「ブォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッッッキュルルルルルルルルル」

 

【ブロントサウルス 生息年代:中生代・ジュラ紀 草食 特徴:地揺るがす巨大な”雷竜”】

 

 街路樹が根元から圧し折れる。

 巨体からは考えられない程の速度でうねる尻尾は、まるで鞭のようで──近付くことすら憚らせる。

 

『うーむ、おぞ気がするわい、あんなもの喰らったら妾でもタダでは済まぬ』

「一旦隠れよう、作戦を考えなきゃ……ッ!!」

 

 推定全長は20メートルを優に超え、首を上げた時の全高は10メートル以上。

 歩くだけで災禍を振り撒く存在だ。遠巻きから見た時には気付かなかったほどの巨体に、流石のイクサも圧倒されてしまうのだった。

 

「貴様、向こう見ずの割に分かっておるではないか。正面から向かえば、あの尻尾の餌食だ。想像以上に攻撃範囲が広いぞ』

 

 メガが低く唸った。

 尻尾の当たらない裏路地に隠れ、進撃するブロントサウルスを横から観察する。

 

『どうしてヤツはあそこまでの巨体に進化したのだろうな』

「長い首は──高所の植物を食べる為。大きな体は捕食者から身を護るため。長い尾は──」

 

 振るわれれば辺りを破壊していく尾を見て──苦々しそうにイクサは顔をゆがめた。

 

「……自分や仲間を守るための武器」

『貴様、言うだけあって詳しいな』

「父さんが恐竜博士で──昔っから話を聞かされてきたからね」

『ならば考えろ。あの巨獣と、どう戦う?』

 

 正面から倒すのは不可能だ、とイクサは考える。

 だが──ブロントサウルスは敵ではない。救う対象だ。

 故に倒す必要は無い。倒してはいけない。

 

「──洗脳装置を破壊する」

『全身を機械で覆っている、どこを破壊すれば良いか分からん。しくじれば妾達が返り討ちだ。妾が死なずとも、貴様が死ぬぞ』

「そうだね。チャンスは多くない。決めるなら一撃で決めなきゃ」

『やはり、命令を送るとなれば脳……頭か?』

 

 

 

『い、たい、くるしい──ッ』

 

 

 

 ブロントサウルスの咆哮と共に悲鳴が頭に流れ込んでくる。

 イクサはそれに胸を痛めながら──ブロントサウルスの姿を指差す。

 

「……ブロントサウルスの頭部は武器の一つだ。現生生物のキリンと同じだね」

『そうか、武器として振り回す部位に洗脳装置の核は置かない、と?』

「うん。それに、頭は目に見えて分かる弱点だから真っ先に狙われる。だから破壊されやすい。でも──ブロントサウルスの本当の弱点はそこじゃない」

 

 イクサはブロントサウルスの頭部を差していた指を、胸部にスライドする。

 

「弱点は胸!! 心臓のある部位!! 巨体であるが故に、ブロントサウルスは心臓への負担が非常に重い生き物……そこに装置を付けて、身体能力を強化しているんだ!!」

『胸、という事は──奴の体の下に潜り込めということか!!』

「う、うん、そうなるかな──」

『はぁー……』

 

 その為にはブロントサウルスの尻尾を躱しながら接近し、胸部に潜り込まなければならないということ。

 考えただけで無茶苦茶だ、とメガは苦行を想起しただけで萎えそうになった。

 しかし──

 

「ごめん、でも、どうしてもやらなきゃダメなんだ」

『……仕方あるまい。貴様の策とやらに乗ってやる、貴様も命を懸けよ!!』

「……! うんっ!」

 

 ──イクサはこの無謀な作戦に命を賭そうとしている。

 自分よりも遥かに小さく、弱い命が。

 ならば、自分が臆する理由は無い──とメガは全身の羽毛を奮い立たせる。

 思い立てば一直線。地面を蹴って走り出した。

 イクサはメガにしがみつき、振り落とされないように歯を食いしばる。

 向かうは正面。辛うじて尻尾が届きにくい部位だ。

 そして、頭部の動きは鈍い。メガの速度ならば当たりはしない。

 

「ブォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン」

『それでは妾には当たらぬッ!!』

 

 襲い掛かる頭部をあっさり宙返りして躱す。

 想像以上の機動力にしがみついているイクサも圧倒されてしまうのだった。

 しかし──

 

『命令実行・対象を排除』

 

 ──ブロントサウルスの装甲が展開され、主砲が露わになる。砲身から放たれた紫色の光が一直線にメガを狙う。

 粒子砲とでも言うべき兵装だ。

 間一髪で避けたものの、これでは正面から腹部に潜り込むことが出来ない。

 

「ッ……聞いてない聞いてない!! あんなSFめいたモノまで積んでるのか!?」

『何処までも悪趣味なッ!!』

「ブオオオオオオオオオオオオオオオン」

 

 ブロントサウルスの咆哮と共に、辺りにビーム砲が撒き散らされる。

 看板が焼け落ち、建物の壁に穴が開く。車が爆発炎上する。

 走りながら逃げるメガのキャパシティも徐々にオーバーしてくる。

 

『いかん、捌ききれん!!』

 

 主砲の照準がメガに合わさった。今度こそ”敵”を排除する為に。

 しかし──そのチャージが一瞬だけ遅れた。

 故に、メガはそこを突いて躱す事が出来た。

 アスファルトが爆発炎上し、砕けた小石が降り注ぐ。

 九死に一生を得たイクサは、思わずブロントサウルスの方を見上げた。

 

 

 

『い、たい、くるしい──もう、だれも、きずつけ、たく、ない』

 

 

 

 はっきりと。

 ブロントサウルスの咆哮に混じり、苦しい呻きが聞こえたのだ。

 今の攻撃が遅れたのは、間違いなく恐竜が抵抗した証左だった。

 

「戦ってるんだね、君も……ッ!! 聞こえてるよ、君の声ッ!!」

『いたい、くるしい……きもち、わるい……』

「君は悪くないッ!! 戦いたくないのに戦わされてるだけだッ!!」

 

 ブロントサウルスの顔を覆うバイザーから──禍々しい光が漏れた。

 

『ぼくは、ぼくは──』

 

『──実行せよ』

 

 ──それは、別の声。

 イクサの頬が粟立った。

 機械のようなノイズが入った声。

 

『命令を実行、対象を排除』

「……許せない」

 

 イクサは唇を噛み締める。

 純然たる怒りが──込み上げてくる。

 

「ブロントサウルスッ!! 君の身体は君のモノだッ!! 君は兵器なんかじゃない──命令なんかに負けるなッ!!」

『あ、ああ、ぼ、ぼく、は』

『……終わらせるぞ』

「うん……ッ!! メガ、もう一度あいつに近付くんだッ!!」

『ああ、任せよッ!!』

 

 疾走するメガ。

 再び襲い掛かる光線の雨を避け、そしてブロントサウルスの丸太の如き脚をよじ登り、腹部に張り付く。

 鉤爪は機械に食い込み、逆さのままメガは喰らいつく。頭に血が昇る中、イクサは必死にしがみついていた。

 

「メガ、一思いにッ!!」

『巨竜よ──誇りを取り戻せッ!! 汝の自由を思い出すのだッ!!』

 

 コードを器用に斬り裂き、爪を食い込ませ、機械を引き剥がすと共に──メガの身体が装置諸共、自由落下で落ちた。

 しかし、そこは器用に宙返りし、そのまま四つの脚を地面につけて華麗に着地してみせる。

 

『ぼくは──じゆうに、なりたい』

 

 ブロントサウルスの身体から禍々しい光が消えていく。

 そして、全身を覆っていた装甲が機能を停止し、次々に剥がれ落ちていく。

 最後に──頭部を隠していたバイザーもバラバラになり、落下した。

 改めてブロントサウルスの前に立つメガとイクサ。

 巨竜の顔付は──いつになく穏やかで、しばらく微動だにしなかった。

 

『……しずか、だ』

 

 重く、低く、しかし──優しい声がイクサに響いた。

 

『あの、いやな声が……きえた』

「……大丈夫?」

 

 イクサは静かに一歩、また一歩とブロントサウルスに近付いていく。

 不思議そうに巨竜は首を揺らした。

 先程まで破壊を振りまいていた存在、普通ならば近づくなど考えられない。

 しかし──イクサには分かっていた。

 ブロントサウルスが望んで暴れていたわけではないこと、そしてずっと助けを求めていたことを。

 

『きみは、ぼくがこわくないのか?』

「怖くなんかないよ。だって、苦しんでる生き物を助けるのに理由なんているかい?」

『……かわったにんげんだ』

 

 穏やかなブロントサウルスの声を聞き届け、イクサはふにゃりと笑うのだった。

 

「……信じられないわ。まさか、成し遂げてしまうなんて」

 

 背後から聞こえてきた声に、イクサは振り返る。

 傷を自力で縛ったのか、ふらふらとしながらだが──さっきの少女が近付いてくる。

 

「ちょ、ちょっとケガは大丈夫なのかい!?」

「町を破壊した巨大な恐竜──貴方は最初からそれを敵だと思わなかった」

「だって、敵じゃなかったから」

 

 イクサは困ったように笑った。

 

「……そう」

 

 少女は目を伏せる。

 

「私は今まで何度も、改造恐竜と戦ってきた。助ける余裕なんてない、何度も殺してきたわ」

「……でも、助けてほしいって言われたら、とてもじゃないけど傷つけるなんてできなかった」

「そうね。貴方の力、便利なだけじゃないみたい。聞こえてしまうからこそ、貴方は苦しむ」

「そう……だね」

 

 しかし──少女は首を横に振った。

 

「そして、苦しんでしまうからこそ見捨てられない。貴方は私に出来なかったことをやった。そう考えるとあながち悪いものでもないのかも」

「……ありがとう」

 

 イクサは呟いた。

 不思議そうに少女は首を横に振る。

 

「初めて、このチカラを悪いものじゃないって言って貰えた気がする。ちょっとだけ、このチカラが好きになれた気がするよ」

「……別に。事実を言ったまでの話だわ」

 

 ぷい、と少女は目を逸らした。それに苦笑しながら──イクサは彼女に手を伸ばす。

 

「そうだ。君の名前──聞いてなかったんだ。僕はイクサ。古牙イクサ」

 

 少し気恥ずかしそうに少女は──その手を取る。

 

「──私はレモン。レモン・シトラス。これからよろしく頼むわね、イクサ君」

「うんっ、レモンさん」

 

 破壊された町に佇む二匹の恐竜。

 その中で手を取り合う二人。

 そこで思い出したように──メガが呟く。

 

『ところで、イイ感じになっているところ悪いが──こやつ、どうするつもりだ?』

「あっ……」

 

 イクサは思わず振り返る。

 ビルを超す巨体を持つブロントサウルス。

 その居場所は今、イクサの世界には無い。

 巨体を維持するための餌の確保も出来ないし、ましてや彼を自由にしてやれる広い大地は日本にないのだ。

 かと言って助けた手前、このまま放置することもできない。

 

「ど、どうしよう! 助ける事ばっかり頭にいって、考えてなかった!!」

『向こう見ずの極みか貴様はッ!!』

「キューブに保存すれば良いわ」

 

 少女──レモンがイクサにキューブを手渡す。

 

「これ、良いの?」

「元々私のモノじゃないしね。キューブは恐竜をエングラム化することで、ストレージ内に安全に保護できるの。粒子化した恐竜はそのままキューブの中で眠り続ける。お腹も減らない」

「えんぐらむ、化……?」

 

 聞きなれない言葉にイクサは首を傾げる。

 コホン、と咳払いしたレモンは続けた。

 

「とにかく、この中なら恐竜は安全ってことよ。しかも、ストレージの容量が許す限り何匹でも保存できる」

「すごい技術だけど、閉じ込めるようで悪いな。かと言って……今はそれ以外方法がない、か」

 

 イクサは申し訳なさそうにブロントサウルスに目を向けた。

 折角解放したのに、今はブロントサウルスを閉じ込める事でしか守ることができないからだ。

 

「ごめんよ……元の世界に戻るまでは、この中に居て貰った方が良いかな」

 

『かまわない。あの声から解き放ってもらっただけでも、じゅうぶんだ』

 

 同意したようにブロントサウルスが言った。

 イクサは、ブロントサウルスに近付く。

 巨竜もまた、首をもたげさせ、イクサに近付けさせた。

 

「じゃあ、また会える日を──楽しみにしてる。次は、君が自由になれる場所で」

『ああ。やくそくだ』

 

 巨竜の身体が──粒子となって消えた。 

 後には破壊された町、そして──アスファルトに落ちた洗脳装置が落ちていた。

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