恐竜の声が聞こえるのは僕だけ~異世界の侵略兵器は絶滅種でした~ 作:タク@DMP
その日の夜──部屋の窓から一人イクサは夜空を見上げていた。
怒涛のような一日だった、と振り返る。
そして、たったの一日で全てが変わってしまった、と思い返す。
空から降ってきた少女、絶滅したはずの恐竜、そして町を襲った改造恐竜、昨日までの自分ならば嘘と切って捨てたようなことが立て続けに起きている。
「……僕は夢でも見ているのかな」
『夢ェ? 妾が居るのに夢とはずいぶんな言いようだのう』
「いやあ……だって、この世界に恐竜は居ないから」
イクサの足元で丸くなりながら欠伸をするのは──メガだ。
『そうだな──この世界に今、恐竜の居場所は無い。妾達はこの世界に居るべき存在ではないのだ』
「……うん。早く皆、元の世界に戻してあげなきゃ。だけど一つだけ違うところがあるよ」
メガの頭をわしゃわしゃと撫でながらイクサは言った。
「僕は君に出会えてよかったって思ってるけどね?」
『ちょっ、だから撫でるでない──あふんっ♡ あ、今のはナシ!! ナシであるぞ!!』
「やっぱり此処が良いんだ?」
『やめんかーッ!! 噛むぞッ!!』
「ああ、悪かったって!!」
コンコン、と部屋をノックする音。
イクサは自室の扉を開ける。
そこには──だぼだぼのシャツを羽織ったレモンの姿があった。
「……もしかして今わの際ってやつかしら?」
困惑するようなレモンの目。
無理も無かった。イクサはメガに組み伏せられていたのだから。
『こいつがーッ!! こいつが妾の尊厳をーッ!!』
「悪かったよ! もうしないからぁ」
「飼い恐竜に噛まれるとはこの事ね……取り合えずイクサ君が悪いというのは何となく察したわ」
「いや、助けてぇ!?」
閑話休題。
何とかメガに許して貰ったイクサは改めてレモンの恰好を見遣る。
下にはイクサの半ズボンを履いていたものの、風呂上りの黒い髪に少しどきりとしてしまうイクサだった。
不思議そうに首を傾げたレモンだったが──機嫌良さそうに一言。
「シャワーありがとう。べとべとして敵わなかったの、助かった」
「傷口に染みなかったなら良いけど」
「ガーゼと包帯を巻いているから大丈夫よ。それにしても、この町は平和で豊かね。あんなに心置きなく水を使ったのはいつぶりかしら」
「日本では少なくとも水に困る事は無いかな。必要なものが他にあったらいつでも言ってよ」
「悪いわ。何から何まで用意してもらって」
「いやいや、君のおかげで町があれ以上破壊されずに済んだんだ。お礼くらいさせてよ」
「そう? 助かってるのはどちらかと言えば私の方なのだけど……」
「寝る時は母さんの部屋を使って。一応布団の用意はさせてもらってるから」
流石に年頃の男女が一緒の部屋に寝るのは不味い、とイクサは考える。
故に母の部屋を少しだけ片付けて、寝床の準備は済ませたのだ。
「簡単だけど掃除と片付けはさせてもらったから」
「……貴方、随分と容易が良いのね」
「まあね。それと、ゴハンの用意も出来ているから一緒に食べようか」
『妾の分はー?』
「ちゃんとあるよ。口に合うかは分からないけどね」
「メガラプトルなら肉を食べさせておけば大丈夫だわ」
数分後。
リビングの床には皿の上にこんもりとブタの生肉の塊が置かれていた。
それを前にしてメガは目を丸く輝かせていたのであった。
『うむっ! なんとまあ新鮮な生肉ではないか! 元の世界で食っていた粗末なカリカリよりよっぽど美味く見えるぞ!』
「カリカリってもしかして、ドッグフード的なアレかな?」
『くるしゅうない!! 褒めて遣わす、イクサよ!』
「……すっごく香ばしく良い匂いがするのだけど」
すんすん、と鼻をひくつかせるレモン。
イクサはキッチンに置いていたフライパンの蓋を開ける。
そこにはたっぷりと詰め込まれたパスタ。それを皿に盛りつけてテーブルの上に置いた。
見た事の無いものの食欲をそそるニンニクとオリーブオイルの香りを放つ料理に目を丸くするばかりのレモンに、イクサは少し演技ぶって礼をした。
「アーリオ・オーリオでございます、お嬢様。付け合わせにウインナーソーセージと、サラダもご用意しました」
(肉は苦手だけど、ちゃんと食えって陸奥先生から言われてるんだよね……)
皿の上に盛られたメガ用の豚肉を眺めた。
メガが居なければ、先ず買うこともなかっただろう──と考える。
一方、ウインナーのように原型を留めていない肉ならば、辛うじてイクサは食べられる。
そして、世間一般の趣向と自分がかけ離れていることを理解しているイクサは、レモンとメガの為に肉を買って用意したのだった。
「あーりお・おーりお……? えーと文献で見た事はあるわ。パスタという料理……だったかしら」
「一応それらしき料理はそっちにもあるんだ。異世界とは言うけど、辿った歴史は僕らの世界と極めて近しいのかも」
レモンの取り分を目の前に差し出す。
椅子に座った彼女はお腹が空いたのか、腹を抑えた。
「ッ……これ、頂いて良いのかしら!?」
「勿論」
「い、いただくわ」
フォークでパスタを掬い上げ、口に運ぶ。
それを口に入れた途端──電撃が彼女を襲ったようだった。
「お、おい、ひい……」
ぽろ。ぽろぽろ、と涙がテーブルに落ちる。
イクサは慌てて飛び退いた。
「あ、あれっ!? もしかして何かマズかった!?」
「ちがうの……こんなにおいしいもの食べたの……久しぶりで……シンプルなのに繊細な味わいで、食べるだけで元気が湧いてくるような……そうだわ、料理ってこういうものだったわ、久しく錠剤とゼリーばっかりで忘れてた気がする……」
「過酷な環境だったんだね……」
「故郷の味だって錯覚してしまったわ」
「過大評価だよ流石にソレは」
先程までのクールさが崩れる勢いで感動するレモン。
それに困惑しつつも──イクサは彼女の境遇を察する。
恐らく日々の食料の確保にも困るような生活を送っていたに違いない、と。
『なんだなんだ、そんなに感動されては妾も気になるではないか』
「メガはダメだよ。人間の食べ物は、恐竜にどんな影響があるか分からないからね」
『ちぇー。だが、この肉はなかなか悪くないぞ。前の世界では味気ないものばかり食っておったからのう』
「君も大変だったんだ……」
「イクサ君、貴方良いお嫁さんになれるわ。きっと」
「色んな人から言われるけど、僕一応男なんだよな……陸奥先生からも同じ事言われたよ」
困惑するようにイクサは頭を掻いた。
「取り合えず喜んでくれたようで良かった」
「ええ。大満足だわ。イクサ君も早く食べたら? 美味しいわよ」
「味は分かってるよ、自分で作ったんだから」
しばらくパスタを二人で黙々と啜っただろうか。
皿のパスタが無くなったところでレモンが椅子にもたれかかりながら言った。
「なんだか、私……夢を見ているみたい。私だけこんな良い思いをして良いのかしら」
「たまにはいいんじゃない? 君はこの世界で一人なんだろう。少しくらい僕に支えさせておくれよ」
「……レジスタンスに入ってからは戦いばっかりだったもの。バチが当たるんじゃないかって……不安になるわ」
「……やっぱり、大変だったんだね」
「故郷を焼かれたあの日から──何もかも全部捨ててでも立ち向かうって決めたから」
「ッ……そう、なんだ」
遠い目をしながら──彼女は続けた。
「……侵略者たちは故郷の仇。改造恐竜の群れで私の国を──蹂躙した」
「私の……? やっぱりレモンさんって、偉い人だったの?」
「……過去の事よ。シトラス王家は、あの日滅んだ。私は──レジスタンスのレモンだから」
その口ぶりには一切の迷いも淀みも無い。
だが──彼女が強がっていることなど、イクサには一目でわかった。
故郷を失った事、相棒と離れ離れになった事、過酷な戦いの日々。
その全てが彼女を雁字搦めにしている。
「……君にもいつまで迷惑をかけるわけにはいかないわ」
「それで、他に当てがあるの?」
「……」
「レモンさんは……好きなだけ、此処に居ればいいよ。侵略者を倒すまででも構わない。僕……協力するよ。だって、君が居なかったら僕の故郷も……滅茶苦茶になっていたから」
「……貴方って、本当に本当にお人好しだわ」
不器用にレモンは笑ってみせた。
「じゃあ遠慮なく甘えさせてもらうわ。私、これでも元・お姫様だから。覚悟しておいて?」
「ええ、こちらこそ! 僕に出来る事があったら何でも言ってよ!」
『あー、ところでイイ感じの所になってるところ済まないが──』
生肉を全て平らげたメガが怪訝そうに言った。
『小娘。妾の方から聞いておきたいことがあるのだが』
「……イクサ君、メガが何か喋ってるようなのだけど」
「そっか、レモンさんには分からないんだった」
「待って頂戴、実はキューブに翻訳機能があるの。第二世代以降のクローン生物の言葉なら翻訳できるはずだから──」
イクサのキューブを借りたレモンはホログラムのパネルを展開し、指で操作する。
そして間もなく、キューブからメガの声が聞こえ始めるのだった。
『やっとこれで小娘とも話せるわい。……貴様には聞いておきたい事が山ほどあったからのう』
「随分と尊大なのね、この子……」
正直、ふたりの相性は良くないのではないかと薄々勘付いていたイクサであった。
『まず、妾が入っていたこのキューブだ。小娘貴様、これを何処で手に入れた?』
「そういえば、二人ってこれが初対面なんだっけ?」
「そうよ。元々このキューブは私のものじゃない。隊長が持っていた、ロックされたキューブよ。転送間際に隊長が私に託したの。”絶対役に立つから”って」
「ロック?」
「ええ、恐らく指紋か……それに類する生体認証のロックが掛かっていて、誰が触っても開けられなかったの」
「ああ、スマホとかにもあるんだよね、生体認証。光彩とか静脈とか色々種類はあるけど──ちょっと待って。じゃあ、僕がこのキューブに触れて解除できたのって」
「そこが問題なの。どうしてイクサ君がこのキューブを開けられたのか──私には皆目見当がつかない。だって貴方、この世界の人間でしょ?」
イクサは押し黙る。
実際その通りだったからだ。
生まれも育ちも日本だ、とイクサは少なくとも認識していた。
イクサがキューブを解放し、メガを出したという事態そのものがイレギュラーなのである。
「そう、だね……なんでなんだろう」
「情報は得られなさそうね──そしてメガ、貴方は元々何処に居たのかしら?」
『妾か? 妾は──』
そこまで言いかけたメガは、目を伏せた。
『……覚えて、おらぬ。言えそうな、気がしたのであるが……』
「まさか、記憶喪失……?」
『ずっと、暗くて白い場所に閉じ込められていたのは覚えておるが……断片的で、今すぐは話せそうにない』
「……となると、キューブの元の持ち主も分からないわね」
『すまぬ小娘。期待には応えられそうにない』
「大丈夫よ。謎は増えてしまったけども……」
頭を抱える三者。
しかし、結局この場で出せる情報は全て出尽くしてしまった。
「どっちにせよ、私のキューブは無いし……カガチも居ない。事態はすこぶる悪いわ。せめて、カガチがひょっこり出てくれれば良いのだけど」
「ひょっこり出たら、その時点で大騒ぎになってるかと思いますよ」
「マズいわね、すぐ駆除されるようなタマじゃないでしょうけど……」
「ニャーッ!!」
「ニャー!!」
「ニャーッ!!」
その時だった。
何処からともなく、猫の鳴き声が幾つも聞こえてくる。
「なに? この辺猫が多いのかしら。発情期?」
「いや、確かに猫は多いですけど……」
『やかましいのう、何て言っておるのだ、あやつら』
しかし、その鳴き声はイクサにとって意味を成す言葉として変換される。
『やべーぞ!! 向こうの川にデッカいヘビが出たってよ!!』
『仲間が見たってよ!! 逃げろ逃げろ!!』
「……」
イクサは黙りこくる。
そして──レモンの方を向いた。
「……レモンさん、見つかったかもしれません、カガチ」
「ええ……?」