恐竜の声が聞こえるのは僕だけ~異世界の侵略兵器は絶滅種でした~   作:タク@DMP

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第7話:狂おしき日常

「……」

 

 日常とはかくも儚く愛しいかな。

 翌朝の古牙家は、これまでとは打って変わって様変わりしていた。

 

「あら、おはようイクサ君。意外と寝坊助なのね」

「……まだ朝の6時なんですけど」

「そう? うちはいつも4時起きだったから」

 

 何事も無かったかのように起床しているレモン。

 彼女はイクサに買ってもらった歯ブラシで歯を磨いていた。

 

「色々ありすぎてぐっすり寝てしまったわ」

 

 女の子が一緒の家に泊まっているだけならば、まだ良いのであるが──

 

『あらあらぁ、ごきげんようイクサ様』

「おはようカガチ、君も元気だね」

 

 レモンの足元の床を這うは全長10メートルを優に超す大蛇。うっかり踏んでしまわないかイクサは激しく心配になった。

 狭い一軒家の中はあまりにもティタノボアには狭すぎる。

 

『聞いてくださいまし。我が主ときたら、夜の間、ずぅっとこの私を抱きしめて離してくれなかったんですのよ、可愛いでしょう♡』

「……君、今はレモンさんに聞こえてないからって言いたい放題だな……」

「?」

 

 カガチの声は、キューブの翻訳機能が無ければレモンには聞こえない。

 そして、レモンの声もまたカガチに届くことは無い。

 今この場でカガチと意思疎通を完ぺきにこなせるのはイクサだけなのである。

 

『小さい頃からレモン様はこうですの♡ 何かにしがみつかないと、眠れないんですのよ』

 

(本当に言って大丈夫なのか? その情報)

 

 ※大丈夫ではありません。

 

 何より、キューブの翻訳装置が作動していないのを良い事に、主人の恥ずかしいことをべらべらと喋り立てている。

 獅子身中の虫──奇遇にも蛇も大雑把な虫の括りに入れられることがある──が身近にいる事にレモン・シトラスは気づいていない。

 

「なに? カガチに何か言われた?」

「い、いえ!! 何でもないです!!」

「どうして今更敬語……?」

 

 レモンの尊厳の為に、胸の中へ仕舞っておこうと決意したイクサであった。

 

「ところで貴方、働いてるのかしら」

「いや、僕は学生で……」

「そう。となると、私もついていった方が良いかしら」

「……今なんて?」

「私も貴方の学校についていくって言ったのよ」

 

 沈黙がその場に横たわる。

 レモンの台詞を一言一句噛み締め、反芻する。

 そしてイクサは一言。

 

「無理がある!! 自分から怪しまれに行きたいのか!?」

「貴方の通ってる学校、名前は何だっかしら?」

「……都立樹羅学園高校」

「じゃあ、その学校の制服のテクスチャを展開すれば良いわけね」

「は? テクスチャ?」

 

 イクサが聞き終わる間もなく、レモンはキューブを展開する。

 ホログラムのパネルが幾つも浮かび上がり、慣れた手つきでレモンはそれを操作した。

 

「──インターネットに強制接続、該当の名前の学校の制服を検索して、テクスチャを自動生成して」

 

 一瞬、光が部屋を包み込んだだろうか。

 間もなく、さっきまで寝間着だった彼女の姿は──イクサの通う学校の女子制服と全く同じものになっていた。

 校章とリボンのあしらわれた夏服のブラウスだ。

 魔法のような光景にイクサは目を瞬かせることしかできない。

 

「ど、どうなってるのソレ!? 一瞬で制服を作った!?」

「ンなわけないでしょ。これはテクスチャ。つまり、ガワだけよ。触ってみて頂戴」

 

 レモンがイクサの手を引っ張り、腕を掴ませて胸に押し付ける。

 本来ならばブラウスの感触があるはずなのだが、手はすり抜けて寝間着の柔らかい生地──どころか、その下にあるはずの柔肉の感触がダイレクトに伝わってくる。

 膨らみはハッキリ言って薄い。薄いのだが、それでも押せば押し返してくる触感にイクサの顔は真っ赤に沸騰し、思わず手を振り払った。

 

「ちょ、ちょちょちょちょ、レモンさんンンンッ!?」

「なに慌ててるのよ。これでわかったでしょ? 服の表面をホログラムで覆って、見せかけてるだけ」

「じゃ、じゃなくてそのッ!! 下着は!?」

「下着?」

 

 レモンは──不機嫌そうに眉をひそめた。

 

「……あのね、嫌味かしら。これでも私、発育の悪いコドモ体型って自覚はあるわ。要らないでしょそんなもの」

 

(そっちじゃないッッッ)

 

 とんでもない事を宣うお姫様にイクサは床に手を突いた。

 

「コドモ体型以前に、君は女の子だッ!! そっちの自覚を持っておくれよッ!!」

 

 顔を真っ赤にしながらイクサは腰を抜かしそうになった。

 このお姫様、よりにもよって下着の付けていない寝間着越しの胸を触らせてきたのである。

 羞恥心というものが無いのか、とイクサは正気を疑いそうになった。

 

「なにを怒ってるのよ。変な人」

「怒ってるんじゃなくて、呆れてるんだよ!! フツー、昨日会ったばかりの男に身体を触らせるかい!?」

「あのね、私は真面目にやってるのよ。これさえあれば貴方の学校に潜入するくらい造作ないわ」

 

 本当に何とも思っていないのか、とイクサは説得を諦めた。

 そのうち自分の目の前で着替えだしたりしないか、と不安になる。

 

「もう……突っ込むのも疲れたよ……」

「どうして疲れてるのかしら? まだ一日は始まったばかりだわ」

 

 しかし、頭痛の種はこれだけでは終わりはしない。

 

『ふむ、ガッコーか。ならば妾もオトモしようではないか。面白そうだからのう、ククククク』

「ウワーッ!! 疲れる要因がまた一つ増えた!!」

『失礼なヤツだのー……』

 

 のっそのっそ、と出てくるのはさっきまで大イビキをかいて部屋で寝ていたメガであった。

 しかし、恐竜を学校に連れていけるはずもない。人の目に付けば大騒ぎ待ったなしだからである。

 だが、そんな懸念を一発で吹き飛ばす便利アイテムが此処には存在する。

 

「恐竜ならキューブに入れて持ち歩けばいいじゃない」

「そっか、キューブって便利だな」

『えー、イヤじゃイヤじゃ、あの中だとずっと眠らされっぱなしであろうが』

 

 正直罪悪感はある。

 しかし──かと言って、このまま連れ歩くわけにもいかず。

 

「うーん、ごめんよ。メガ。でも、君を見たら多分皆びっくりしちゃうかもしれない。そうしたら一緒に居られなくなっちゃう。この世界で恐竜は本来、居ないはずの存在だからね」

『むぅ……仕方あるまい、貴様の提案を飲むとしよう』

「それに、いつまた敵が出てくるか分からないわ。改造恐竜に備えておくのも考えれば、キューブは持って行った方が良い」

 

 そうなれば──万が一の時に備えてメガを持ち歩いておくのは極めて合理的な判断なのであった。 

 生き物を安全に運ぶ道具である一方、使い方を変えれば侵略先を奇襲して蹂躙する兵器と化す。

 その二面性を改めてイクサは突きつけられた気がした。

 

「……どんな道具も、使い方次第、か」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「改めて、見ると──すごい人の数。そしてすごい車。これが──東京、なのね」

 

 あれだけの事件があった後にも拘わらず、人々は今日もそれぞれの場所へ向かう。

 ある者は電車で、ある者は車で。

 ただ一つ違うのは、報道陣があちこちで取材をしていること。

 そして、破壊されたビルを警察が取り囲んでいることであった。

 

「やっぱり大事になってるな……」

「でも今後、また同じ事が起こる。かと言って、今出来るのは実体化した恐竜を対処することだけなのだけど。仲間があまりにも居なさすぎるわ」

「……地道に一つ一つ解決していくしかないよ」

 

 電車の乗り方を教え、そのままいつものように、いつも通りの通学路を歩く。

 だが、周囲のざわつきは止まらない。

 昨日の恐竜騒動で皆持ちきりだった。

 

「見たかよ!? 何で恐竜がいきなり出てきたんだろうな!?」

「フェイクじゃないの?」

「だけど町が実際壊されてるんだぜ。消防も救急もフル出動なんだと」

「なんかもう一匹居たみたいだぞ、小さい恐竜。女の子が乗ってたってさ」

 

(その女の子はきっと僕だ……性別を誤認されてるのは幸か不幸か……)

 

 完全に噂になっている、とイクサは居心地が悪い思いをしていた。

 この中に、イクサが騒動の渦中であることを知っている人間がどれだけいるかは分からない。

 だが東京は人口は多いからか、多くの人間は只の通行人Aとしてのイクサには興味も持たない。それだけが救いであった。

 

「随分と噂になってるみたいじゃない。ヒーローさん?」

「からかわないでおくれよ。このままじゃ、僕は学校に居られなくなる」

「そんな事を言っていられる場合ではない事は貴方も分かるでしょうに。あいつらが本気を出したら……東京なんてすぐに壊滅するわ」

「怖いな……何とかあいつらに一矢報いる方法があれば良いけど。ていうか、そもそも侵略者は何で最初から全力で攻めて来ないんだろう?」

「多分、こっちの出方を伺っているのよ。それに、こっちに全力を裂いたら、私達の世界の戦力が手薄になっちゃうでしょう」

「……そんな状態なのに、どうしてわざわざ異世界に進出したんだ……?」

「私に分かったら世話ないわ」

 

 ポキポキと指を鳴らしながらレモンは言った。

 

「……どっちにしたって、返り討ちにしてやる。故郷の仇だもの」

「……レモンさん」

 

 電車を降り、人混みにもまれながら改札を通る。

 その間、ずっと──レモンの顔は殺気に満ちていた。

 思い出すだけで彼女にとっては屈辱で、トラウマに満ちた出来事であることは違いなかった。

 

「えーっと、レモンさんっ」

「どうしたのよ」

 

 そんなレモンに──イクサは手を差し伸べる。

 

「学校、今日は行くのやめるよ」

「……は? え、でも──」

 

 困惑する彼女に、イクサはにっこりと笑いかけた。

 

「折角、異世界に来たんだから。先ずはこの世界の事、たくさん知ってもらいたいんだ」

「で、でも……貴方は」

「一日くらい大丈夫だよ。具合が悪いって陸奥先生ツテに連絡してもらうから。それに学校なんて、勉強ばっかりでつまらないよ」

「……」

 

 レモンは顔を伏せる。

 大嘘だ、と断じた。

 昨晩尋ねたイクサの部屋には、分厚い本が本棚の中に沢山入っていた。

 背表紙に記された異界の言葉をレモンは理解することは出来なかったが──それでも、イクサが勉強が嫌いな方ではない事は嫌でも分かる。

 きっと、自分を励ます為に町へ連れ出そうとしてくれているのは理解出来た。

 

「おあいにく様。貴方に気遣われる程じゃ──」

「あ、陸奥先生? 僕今日、具合が悪いんで休みます。風邪引いちゃったみたいで。え? 絶対ウソだろって? ……今晩美味しいパスタ持っていきますよ、どうせまたカップ麺切らしてるんでしょう? じゃあ、学校への連絡お願いしますね」

「仕事が早すぎる!! しかも胃袋掴んで速やかに陥落させた!!」

「陸奥先生はとっくに僕の料理で陥落してるよ」

 

 慣れた手つきでスマホで速やかに陸奥に電話を入れるイクサ。

 

「それじゃあ、行こっか?」

「……仕方ないわね。折角制服をテクスチャで張ったのに」

 

 少し困ったようにレモンは、イクサの手を取った。

 

「テクスチャじゃなくて、本物の服を買いに行こうよ。そっちの方が町に馴染めると思うし」

「……じゃあ、エスコートを頼もうかしら?」

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