恐竜の声が聞こえるのは僕だけ~異世界の侵略兵器は絶滅種でした~ 作:タク@DMP
人混みの中をかき分け、上野駅の外へ出る。
平日の午前、学生や会社員が行き交う駅前はレモンにとって新鮮に思えた。
あれだけの大事件があったものの、それでも日常は続いていく。
学生は学校に行かねばならないし、会社員は会社に行かなければならない。
だが、そんな日常すらレモンにとっては愛おしいものに思えた。
「……平和、なのね」
イクサは思わず足を止めた。
レモンは駅前の人々の顔を一人、また一人と眺めていた。
子供を幼稚園に送迎する為に手を繋ぐ母親。
笑い合う恋人たち。そして、友達同士で他愛のない話をする学生。
それら全てを何処か眩しそうに眺めていた。
「私の世界では、こんなに人が集まる場所は……襲撃の可能性があるから、皆びくびくしてたわ」
「……そっか」
「……平和な町なんて生きてるうちにもう一度見られるなんて思わなかった」
「だったら今日は、上野の町を案内するよ」
「案内?」
「異世界交流ってやつ。一回やってみたかったんだよね」
「……貴方ってやっぱり、ちょっとヘン」
そう言ってレモンは小さく笑った。
制服を脱いで駅のコインロッカーに押し込んだイクサ。制服姿ではサボっているのがバレバレになってしまうからだ。
今の彼はカッターシャツの下に着ていた黒いインナーだけだ。
正直、7月の酷暑ではこの薄着でも息苦しいくらいである。
そして、レモンの手を引いてやってきたのは──大型のショッピングモール。
自動ドアを通って中に入るなり、イクサは大きく両の手を挙げた。
「っはぁー、生き返る!! エアコン効いてる屋内は天国だよ」
「ッ……なんだか、すごいところに来てしまったわ。此処はお城か何かなのかしら」
「いや、違うよ。ショッピングモール、見たこと無いの?」
「……昔、故郷を追われてからいろんな国を見てきたけど、こんなに豊かな国は見たこと無いもの」
「此処はいろんなお店が集まっているんだ」
吹き抜けになっている天井に、ブティック、スイーツ屋、書店、レストランと幾つもの店が重なり合うショッピングモール。
それは、過酷な環境を見てきたレモンにとっては逆に新鮮な光景だった。
「ホント……涼しいわ。それで、最初は何処に連れていってくれるのかしら?」
「先ずは服だね」
「服? 服なんてテクスチャを使えば幾らでも誤魔化せるわ」
「それじゃあだめだよ。風呂から上がった後、君の着替えが無い。これから君を預かるのに、いつまでも僕のシャツを着せるのは流石にマズい」
「私は気にしないわ。贅沢なんて言ってられないもの」
「僕が気にするんだよ! 普段着と寝間着、下着も買わなきゃだろ」
顔を真っ赤にしながらイクサは憤慨する。
相手が異性である以上、気にせざるを得ないのだ。
しかし、しゅんとしながらレモンは一言。
「全部貴方のお金じゃない。申し訳ないわ」
「良いんだよ。父さんから預かってるお金、沢山あるからさ」
イクサがレモンの手を引き、やってきたのは──ブティック。
外国製の比較的リーズナブルな服が揃う店で、学生にとっても手が届きやすい商品が揃っている。
流れるカジュアルな音楽に、山積みになった服。それを見てレモンは困惑した。
「……こんなに服が必要なのかしら」
「必要というか、選ぶ楽しさかな。それに、体型や身長に合ったものを選ばなきゃ」
「服なんて、後から自分で幾らでも直せば良いのよ」
「直すって、もしかして自分で加工するってことかい?」
「そうだけど」
そう言えば──とイクサは思い返す。
レモンが元々着ていた服はツギハギだらけでボロボロだったのだ。
「だって此処にあるもの、全部新品じゃない! 高いんじゃないの!?」
「まさか。比較的安いものばかりだよ」
目を輝かせながらレモンが言った。
見た事の無い綺麗な服、ワンピースにシャツ、そしてブラウス。スカート。
その全てが彼女にとって新鮮に映るようだった。
「……私達の世界では服は補修して繰り返し着るものなの。穴が開けば縫うし、破れたら継ぎ当て。戦っているんだもの、新品なんて……ねだってられなかった。とても今、ワクワクしてるわ!」
「……」
イクサは何も言う事が出来なかった。
彼女が経験してきた戦いの経験は、日常にまでこびりついている。
きっと自分の想像に及ばない程の環境だったのだろう、と考える。
(僕には、レモンさんがどんな生活をしていたかなんて想像できない。だけど……)
「ほらっ! レモンさん、綺麗だから。これとか似合うよ絶対に。新作のワンピース」
イクサはマネキンが着ている夏物のワンピースを指差した。
レモンは少し顔を赤くすると首を横に振った。
「わ、私にはこういうの似合わないわ」
「絶対似合うよ」
「絶対イヤ」
──それから数分ほど、押し問答しただろうか。
試着室から出てきたレモンは、恥ずかしそうに俯きながら黒く長い髪を指でくるくると巻いていた。
白いワンピースに、リボン付のハット。
本当に、映画から出てきたお嬢様なのではないかと思わせられる。
「……」
「似合ってるよ。すごく」
本音だった。
見ているだけでイクサも照れてしまいそうだった。
「……やめて頂戴。それにこれ、動きにくいわ」
「気にするのそこなの?」
「だって、こんな姿じゃ戦えないわ。カガチに跨れない」
「……ふふっ、レモンさんらしいや」
「その顔で笑うのやめて。怒るわよ、ホントに」
イクサは苦笑した。
「ほら、こういうので良いの。ジーンズと黒いシャツ。帽子も合わせて……」
まるで少年のようなチョイス。
しかし、いざ試着室から出てみると──イクサは息を呑んだ。
ストリートスタイルなキャップを被り、黒いタンクトップにパンツスタイル。
元々が人形のような顔立ちで、しかもスレンダーな体型ということもあり、ストリートファッションでも様になってしまう。
「どう? やっぱりこういう恰好が落ち着くわ」
「じゃ、さっきのワンピースも買おうか。どうせ着替え要るし」
「ちょっと!? イクサ君ッ!?」
※※※
「あんなワンピース……絶対似合わないに決まってるわ……すっごい辱めを受けた気がする……」
(下着買ってた時より恥ずかしがってるじゃないか……何なら女子の下着買うのに付き合わされた僕が一番恥ずかしいんだけど)
しかし、悲しいかな──ただでさえ小柄で女子のような顔付きのイクサは、傍から見ればレモンの友人が妹にしか見えない。
それを自覚しているだけに、イクサも少なからずダメージを受けていた。
そうして着替えやら下着やらを買い揃え終えた頃には、もう既に時計は正午を回ろうとしている。
イクサは──フードコートに足を運んでいた。
「もうこんな時間だ。お腹が空いてきちゃったね」
「すごいわ。これ、全部食べ物? 良い匂い……!」
ハンバーガーショップに、ビーフステーキの店、お好み焼き屋にラーメン屋、そしてドーナツ。
色とりどりの店を前に、レモンは目を輝かせる。
「好きな物を頼んでいいよ」
「いいの!? 服にご飯まで……何から何まで悪いわ」
「良いんだって。せっかくこの世界に来たんだし、色々食べてみなきゃ」
「……じゃ、じゃあ」
レモンは恐る恐る──ステーキライスの店の看板を指差した。
「あれ、食べてみたいわ……お肉……」
「ッ……」
イクサは──少したじろいだ。
レモンに美味しい物を食べさせてあげようという気持ちばかりが先行し──自分自身が肉が苦手であったことを失念していた。
ウインナーのような加工肉ならばまだ良い。しかし、ステーキともなると肉の原型が残っている上に牛の匂いが強い。
イクサはついつい、牛の生前の姿が思い浮かんでしまい、食欲が萎えてしまう。
しかし、此処はフードコート。互いに別々のモノを食べていても何らおかしくない。
(いけない。やっぱり肉の匂いを嗅ぐと少し気分が……今の、顔に出てなかったか、僕? 折角のゴハンなのに嫌な気持ちにさせたらダメだろ!!)
──ダメだよ、イクサ君。苦手でもちゃあんと肉を食べなきゃ。良いかい? 食べられるだけ有難いって思わなきゃダメなんだぜマジで。
(陸奥先生は今出て来なくて良いからッ)
イマジナリー陸奥先生を抑え込み、イクサは努めて笑顔で答えた。
「もちろんさ! じゃあ僕はあっちのドーナツ屋に」
「私……お金、持ってないわ」
「……そ、そーだね!! 一緒に買いに行こうか!!」
無理して顔を引きつらせるのを抑えて、イクサは同じ列に並ぶのであった。
結局、そこまで来て同じものを頼まないのも不自然であるが故に──互いに同じビーフライスを注文。
そして席に着くのだった。
「……お肉だわ! すごく、おいしそう……!」
「うん……うん! そう、だね!」
鉄板の上でじゅうじゅうと音を立てるステーキライス。
肉とソースの香りが鼻腔をくすぐる。
レモンはお腹を押さえながら──フォークを取り出し、肉に刺す。
「いただくわ──あむっ……んんっ!! 柔らかい!! お口の中で肉がとろける!! こんなおいしいもの、食べて良いのかしら!?」
「喜んでくれてよかったよ」
「イクサ君も食べなさいな。食べ物はちゃんと有難く、全部いただくのよ。じゃないと、次はいつ食べられるか分からないもの」
「うん……そう、だね」
ばくばく、とステーキライスを遠慮なく頬張るレモンを前にして、イクサは胸がずきりと痛んだ。
(そっか。食べるものを選り好みするのって……贅沢だったんだな……)
レモンがどんな生活をして来たのか、イクサには想像もつかない。
だが、イクサが「普通のモノ」「あって当たり前のモノ」「要らないモノ」として切り捨ててきたものが、レモンにとってはそうではなかっただけだ。
途端に自分がちっぽけで、ワガママで──どうしようもない存在な気がして、イクサはなかなかフォークに手が付かなかった。
「……イクサ、くん? どうしたの」
「あ、いや! 何でもない! ……そ、そーだ! 結構歩かせちゃったけど、ケガは痛まない? 大丈夫?」
咄嗟に話をずらす。
しかし、実際昨日ケガしたばかりのレモンに長い間歩かせてしまったのを気に掛かっていたのだ。
だがレモンは今に至るまで傷を気にする様子も痛がる様子も無い。
「ケガ? 平気よ。強がりでも何でもなくって、本当に平気なの」
けろっとした様子で彼女は答えた。
そしてレモンは太腿の包帯を解く。
ギョッとしたイクサだったが──直ぐに目を丸くした。昨日は化膿していたはずの足の傷が、今や痕を残して綺麗に消えつつある。
「……治るの、早くない?」
「バイオ科学の発展で、人間の生まれつきの自然治癒力は300%向上したらしいわ。このくらいのケガならすぐ治るの」
「そ、そうなんだ……じゃあ、お腹の傷も?」
「ええ。こっちは後2日もすれば綺麗さっぱり治るでしょうね。どっちにしても、貴方がお医者さんに連れていってくれたから治りが早くなってるわ」
「それは……良かった」
何処までいっても自分の世界の常識が通用しない、とイクサは思わされる。
(普通の女の子のようだって思ってたけど……やっぱりレモンさんは……別世界の人なんだ)
「……どうしたの? さっきからヘンよ、貴方」
「ああ、いや、別に──何でも──」
イクサが誤魔化すように手を振ったその時だった。
『く、が、乾く、乾く──水──』
何処からともなく──呻くような声が聞こえてくる。
思わずイクサは立ち上がった。
「何だ、今の声……」
「イクサ君……?」
そして間髪置かずに──悲鳴が何重にも重なり、轟いた。
何かが押しのけられる音。跳ね飛ばされる音。
パニックになった群衆が──フードコートに雪崩れてくる。
「恐竜だーッ!!」
「恐竜がまた出たぞーッ!! 逃げろーっ!!」
「食われちまうーッッッ!!」
そんな声が聞こえてくる。
イクサとレモンは顔を見合わせ──雪崩れ込んでくる群衆に逆らって走る。
「ッ……全く、おちおちゴハンを食べる暇も無いわね!!」
「こんなところにまで出てくるなんて……!!」
間もなく、騒動の渦中となった存在の姿が見えた。
ショッピングモール1階、憩いの広場の噴水で水をごくごくと飲み干し──咆哮する恐竜。
全身は鰐のようなごつごつとした肌に覆われているが、一目見ただけで人はそれが鰐ではないと気付くだろう。
カサゴのように派手に開かれた扇状の背びれ。それが水を浴び、照明に照らされて虹色に輝いている。
そして、前脚は鰐のそれよりも遥かに屈強で、尖った鉤爪を生やしている。
口吻は鋭く尖り、頭部はバイザー状の機械によって覆われていた。
「……これはまた、大物が来たじゃない。ブロントサウルスに勝るとも劣らない強敵だわ」
レモンがキューブを取り出し、構えた。
誰もが知るその水辺の王者の名を──思わずイクサは口から漏らした。
「あいつは……スピノサウルス……ッ!!」
スピノサウルス 生息年代:中生代白亜紀 全長14~15メートル
古代の水辺の王者。背中の鰭は放熱に使ったとも、異性へのアピールに使ったとも言われている。