「ん…ここは?」
光が止んだのを感じ、目を開くと俺は広い教会の広間のような場所にいた。
「ツカサ!?」
「あ、ああ。問題ない」
周りのクラスメイトたちも何が起きたか分からず混乱しているようだ。
するとどこからともなく声が聞こえてきた。
「ようこそトータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎いたしますぞ。私は聖教教会にて教皇の立場に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申します。以後よろしくお願い致しますぞ」
俺が振り返ると豪華な衣装をまとい馬鹿みたいにでかい帽子を被った70代くらいのおっさんが、階段を登った先に立っていた。
俺たちは食事のための広間に案内された。
さっきの話が本当ならどうやらここはトータスという場所でこのおっさんは聖教とやらの教皇らしい。
それにしても『トータス』か…どこかで聞いたことがあるような…気のせいかな。
「さて、皆さま方においてはさぞ混乱されていることでしょう。まずは順を追って説明いたしますので、私の話を最後まで聞いてくださるようどうかお願いいたします」
イシュタルによるとこの世界は『トータス』と呼ばれていて、大きく分けて人間族、魔人族、亜人族の三つの種族がいるらしい。
人間族は北一帯、魔人族は南一帯をそれぞれ支配していて、亜人族は東の樹海でひっそりと暮らしているらしい。
そして人間族と魔人族はここ数百年に渡って争いを繰り返しているらしい。
それぞれ人間族は『数』、魔人族は『質』が高く、戦力は拮抗していたそうだ。
だが事態が変わったのは魔人族が魔物を使役し、戦力として導入するようになってからだ。魔物とは動物が魔力を取り込み変化した姿だ。つまり『数』と『質』のバランスが崩れ、人間族は滅亡の危機にあるらしい。
「あなた方を召喚したのは我々聖教があがめる唯一神・エヒト様です。人間族のほとんどが信仰し、この世界を創り上げられた至上の神。恐らくエヒト様は悟られたのでしょう。このままではこの世界の人間族は滅ぶと。そのためあなた方を召喚なされた。あなた方の世界は我々の世界よりも上位にあり、皆さんそれぞれが例外なく強力な力を持っています。召喚が起きる少し前に神託が下ったのですよ。あなた方という『救い』を送ると、ね。あなた方には是非その力を発揮し、エヒト様の御意思の下、魔人族を打倒し、我ら人間族を救っていただきたい」
エヒト…その名どこかで…。いや失礼、今の話を聞いて一つ思ったことがある。
(…なんか…ねぇ…胡散臭くない?)
だ。
それにいささか引っかかる点がある。本当にエヒトとやらに世界を創るほどの力があるなら、その力で魔人族とやらを滅ぼせばいいじゃないか。それか手頃な武器でもよこせばいいのに。
すると
「ふざけないでください!結局はこの子たちに戦争をさせようとしているってことでしょう!そんなこと、私が許しません!私たちを早く元の世界に帰してください!きっとご家族も心配しています!あなた達のしていることは誘拐と同じですよ!」
先生がそう怒る。この人、先生としてはお手本みたいな人なんだけど、いかんせん容姿が幼いため、一生懸命に何かをしても空回ったり、しまいには『愛ちゃん先生』などと親しまれていたりする始末だ。
「お気持ちはお察しします。しかし…あなた方の帰還は現状不可能です」
「ふ、不可能ってどういうことですか⁉呼び出せたのなら帰すこともできるでしょう⁉」
「先ほど言ったように皆様を呼び出されたのはエヒト様です。我々人間族には異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな。あなた方が元の世界に帰れるかどうかはエヒト様の御意思次第でございます」
「そ…そんな…」
ここに来て胡散臭さが一気に増したな。エヒトとやらはどうにも、無責任な神らしいと俺は思った。
「う、ウソだろ…?帰れないって何だよ…!」
「いや!神でも何でもいいから元の世界に帰してよ!」
「戦争なんてまっぴらごめんだぞ!ふざけんなよ!」
「どうして、どうしてどうして…!」
絶望するものに怒るもの、何かにすがるようにうわ言を繰り返すものなど、皆困惑していた。
俺はあのじいさんの方を見るとひどく軽蔑したような目でこちらを見ていた。そりゃあエヒトへの忠誠が高い聖教関係者にはエヒトに使命を与えられながらそれを拒むようなものの思考は理解できないだろう…って何を言ってるんだ俺は。
だがそのとき、誰かが机を叩いた。嫌な予感がしつつ俺は音の聞こえた方に目を向ける。
すると案の定あいつがいた。
「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても仕方がない。イシュタルさんにだってどうしようもないんだから。…俺は戦おうと思う。この世界の人たちが滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知りながら放っておくなんて…俺にはできない!それに人間族を救うために召喚されたのなら、救済が終われば帰れるかもしれない。イシュタルさん…どうですか?」
「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無下にはしますまい」
「ならやらない理由はない!俺は戦う。この世界の人々を救い、必ず皆が家に帰るために!俺が…世界も皆も救ってみせる!」
天之河は握りこぶしを挙げ、宣言する。
「へへっ!お前ならそう言うと思ったぜ!お前一人じゃ心配だからな。…俺も戦うぜ」
坂上が立ち上がりそう言う。
「龍太郎…」
「今のところそれしかないわよね。…癪だけど私もやるわ」
雫も同じように立ち上がりそう言う。
「雫…」
するとクラスメイトたちも続々と立ち上がり、天之河に賛成する。
俺を除いて。
「ツカサ!お前も戦うだろう?」
「はぁ⋯お前ら本当に分かってるのか?」
俺が思わずそうこぼすと、天之河はめざとく聞きつけ俺に聞く。
「一体誰が何を分かっていないというんだ!ツカサ!」
俺は皆から注目される。
「じゃあ逆に聞こう。お前は戦争というものを理解しているのか?戦争っていうのは本来、死地におもむくものだ。そこは相手を殺し、自分も殺されるかもしれないという覚悟を余儀なく求められる場所。それは生半可な覚悟で挑んでいいもんじゃない」
「それは…」
「それにいくら俺たちが特殊な能力を持っていても、人間死ぬときは一人だ。その孤独に打ち勝てる自信があるのか?」
「それを言うならツカサはどうなんだ!」
「安心しろ。俺は死なない。それに不思議と戦う覚悟がしっかりとできているんだ」
これは本当のことだ。まるではるか昔から決まっていたかのように、俺は戦う覚悟をすんなりと受け入れられた。ディケイドの力を持っているからか?
「なら俺だって死なない!そして皆も誰一人として死なせない!」
どうやら逆効果だったようだ。
「ああそうかよ。忠告はした。あとは好きにしろ」
先生が止めてはいるがあいつのカリスマ性だけは異常だからほとんど意味はないだろう。
「ハジメ。お前も戦うのか?」
「うん。遠藤くんも戦うみたいだし、僕も誰かを守りたいなと思って。天之河君みたいに皆とまではいかないけど…」
「お前は十分立派だよ」
そして結局俺たちは戦うことになった。
俺たちはその後王族との謁見や紹介を受けたり、王国の用意した晩餐会に参加したりして、辺りはすっかり暗くなっていた。
俺は用意された自分の部屋のベッドに寝ころび、ディケイドライバーを出してながめた。
「…ようやくこいつを使うかもしれなくなるのか」
すると部屋のドアを誰かがノックする音が聞こえた。
「こんな時間に誰だ…?」
俺がドアを開けるとそこには雫がいた。
「どうした?」
「ちょっと外の空気でも吸わない?」
「ああ~。外は涼しいな」
「そうね。昼間はいろいろ大変だったし、私もちょっと息が詰まったわ」
「で?要件は何だ?」
「……さすがね。矢門君、何であのとき光輝にあんなこと言ったの?あんな空気感であんなこといったらクラスメイトから冷めた目で見られるわよ?」
俺は近くの芝生に寝ころび、答える。
「…別に他意はないさ。でも何でだろうな。心の奥底ではあいつらに戦いをさせたくないと思ってしまうんだ。平和な時代で生きている、あいつらには」
雫も芝生に座って答える。
「フフッ、あなた元軍人か何かなの?」
「なわけあるか」
「………でもそういうところ、昔から本当に変わらないわね。不器用で、寂しがりやなくせに、口が悪いから皆を怒らせちゃう。………でも私は、あなたが本当は誰よりも優しくて強い人だと知ってるわ。だから一人で抱え込まないで」
「…ありがとな。雫」
「どういたしまして」
俺はカメラを取り出し、レンズを空へと向ける。
「そう言えば空の色はどんな世界でも変わらないんだな。昼間は澄み渡るほど青くて、夜は星々が輝く」
俺はレンズ越しに空をながめて言う。
「急にどうしたの?」
「特に意味はないさ。だけどいつも思うんだ。全ての世界が、この平和な瞬間を繰り返していればいいのになって」
俺はレンズから目を離す。
「………やっぱりあなた前世は軍人だったんじゃないの?」
「俺には軍人なんて柄じゃねぇよ。通りすがりの旅人で十分さ。自分が行きたい場所に行くときに、一番大事な人がそばにいればな」
俺は雫の方を向きながらそう言う。
「……ッ!」
すると雫は何故か顔を真っ赤にしてそっぽを向く。
特に他意はなかったんだけど……どうしたんだろ?