僕のヒーローアカデミア -DBLEGENDS- 作:熱いおゆ
意識が浮上する感覚は、ひどく曖昧だった。
最後に覚えているのは、深夜三時、スマホの画面越しに「本日最終日」の文字が光るガチャバナーを前に、指を震わせていたことだけだ。結晶が足りず、課金するかどうか三十分は悩んでいた気がする。そこから先の記憶がない。
「……あれ」
目を開けると、見慣れない天井があった。木目の質感、朝日の差し込み方、布団の重さすら違う。飛び起きて自分の手を見る。子供の手だった。いや、正確には「十四歳前後の、自分より若い体」の手だ。
「うそだろ……」
慌てて部屋を見回す。壁には見覚えのないヒーローのポスター、机の上には教科書。表紙には「中学三年」の文字と、見慣れない校章が刷られていた。学習机の上、写真立てには、この体の持ち主らしい少年が、家族と笑って写っている。星のような形の痣が頬に浮かんだ、見覚えのない自分の顔。
机の脇のカレンダーには、赤いマーカーで大きく丸がつけられた日付があった。
『雄英高校 実技試験』
その文字を見た瞬間、頭の中が一気に冷えていく。
「――マジかよ」
雄英高校。ヒーロー科。その名前が、前世の記憶と目の前の現実を、否応なく結びつけていく。
「うわ、待って、待って待って」
頭の中を整理する暇もなく、視界の端に、これまで見たこともない半透明の表示がふわりと浮かんだ。
〈個性『LEGENDS』が発現しました〉
〈チュートリアルを開始します〉
「……え、待って、それはそれとして、これはこれで」
指先で恐る恐る触れると、見慣れたUIが展開する。ガチャ画面、ショップ画面、キャラクター一覧――間違いない。これは、あの『ドラゴンボール・レジェンズ』のシステムそのものだ。
「うわ、マジで、これ……」
呆然と画面をスクロールしていると、不意に部屋の空気がぶわりと揺れた。何もない場所に光の粒子が集まり、人の形を作っていく。
現れたのは、橙色の逆立った髪をした少年だった。歳の頃は自分と同じか、少し年下に見える。纏う服はどこか異世界風で、瞳には強い意志が宿っている。
「よう。ようやく目が覚めたか」
「――は、はい?」
「俺はシャロット。まあ、詳しい経緯はおいおい話すが、お前と契約状態にある召喚キャラってやつだ。これからよろしくな」
「し、シャロット……」
その名前には聞き覚えがあった。『レジェンズ』のオリジナル主人公。伝説の戦士の力を受け継ぐ、あの橙色の髪の少年。
「お前、システムがいきなり出てきて混乱してんだろ。無理もない」
「い、いや待ってくれ。混乱とかそういうレベルじゃない。えっと、まず、ここどこだよ。俺の体、なんで子供になってるんだよ」
「一個ずつ聞け。まず名前からだ。今のお前は、星宮アキト。中学三年生。この街に住んでる、ごく普通の中学生だった」
「だった……? 過去形なのが気になるんだけど」
シャロットは少し言いにくそうに、頭を掻いた。
「正直に言うぞ。個性ってのは普通、発現してから少しずつ馴染んでいくもんだ。だが『LEGENDS』は、器にする人間からすりゃ、あまりにデカすぎる個性だった」
「デカすぎるって、どういうことだよ」
「――星宮アキトって少年の自我は、たぶんもう残ってねえ。個性が発現した瞬間、その強さに人格ごと押し流されちまったんだと思う」
トウマ――いや、今の名は星宮アキト――は、しばらく言葉が出なかった。
「押し流されたって、じゃあ、その子は……」
「消えた、が一番近い。詳しい理屈は俺にも分からねえ。ただ、空になった器に、たまたま『世界のバグ』でこっちに流れ込んできたのが、お前の意識だった。そういう順番だ」
「……俺が、その子の代わりに、ここにいるってことか」
「まあ、そういう言い方もできるな」
淡々と告げるシャロットに、アキトは妙に落ち着いた声で聞き返した。
「なんで、そんな普通に話せるんだよ。もう少し、深刻ぶってもいいと思うけど」
「深刻ぶったところで、事実は変わらねえだろ。それに――お前がうじうじ悩んでる暇があるなら、聞きたいことを聞いた方が早い。俺はそのために出てきてるんだからよ」
その物言いに、アキトは毒気を抜かれたように小さく笑った。
「……お前、意外とドライだな」
「伝説の戦士は、いちいち感傷に浸らねえんだよ」
「格好つけてる割に、口調が軽いんだよな」
軽口を叩き合いながら、アキトは少しずつ、目の前の状況を頭の中で整理し始めた。
「じゃあ聞くけど。この世界って、本当にヒロアカの……つまり、個性社会の世界なんだよな」
「ああ。ただし完全に一致してるわけじゃねえ。『レジェンズ世界』『元の世界』『ヒロアカ世界』の三つがバグで交差してる影響で、お前の知ってる展開通りに進むとは限らねえ。多少のズレは覚悟しとけ」
「ズレって、たとえば」
「さあな。それはこれから、お前自身の目で確かめていくしかねえだろ」
アキトは机の上のカレンダーに視線を落とす。赤丸のついた日付まで、あと三か月弱。
「……このカレンダー、雄英高校の実技試験って書いてあるんだけど。元の――星宮アキトは、ヒーローを目指してたのか」
「記憶、少しは残ってねえか。探ってみろ」
意識を集中すると、ぼんやりとした感情の残滓が蘇ってくる。前世の記憶ほど鮮明ではないが、確かに「ヒーローに憧れて、雄英を目指している」という気持ちの断片が、この体の奥底に眠っていた。
「……なんとなく、分かる気がする。憧れてた、みたいな感じが、うっすらと」
「消えた人格の想いが、体の方に多少染み付いてるんだろうな。奇妙な話だが」
しばらく黙り込んだ後、アキトはぽつりと呟いた。
「……なあ。この体は、もう星宮アキトの体じゃなくて、俺の体になるってことだよな」
「そういうことになるな」
「なら――その子の代わりに、っていうと変かもしれないけど。この体を使わせてもらう以上、ちゃんと生きようとは思う。ヒーローになりたいって気持ちも、無下にはしたくない」
シャロットは少し意外そうな顔をした後、ふっと笑った。
「殊勝なこと言うじゃねえか。まあいい、それでこそ相棒に選んだ甲斐があるってもんだ」
「選んだって、お前が選んだのか?」
「細かいことはいいんだよ。それより、問題はこの後だ」
シャロットは腕組みをしたまま、じっとアキトを見据えた。
「お前、この個性で、雄英の実技試験を受けるつもりか?」
「……正直、まだ実感が湧かなくて、そこまで考えられてない。でも」
アキトは少し考え込むように視線を落とした。
「ガチャとかシステム画面って、他の人には絶対に見えないんだよな。だとしたら、試験本番でこの力に頼るのは、多分まずいよな」
「察しがいいじゃねえか。誰にも見られない場所と、決まった時間にしか動かせない機能もある。人前で不用意に頼ったら、一発でとんでもない騒ぎになるぞ」
アキトは唸った。前世の知識では、雄英の実技試験は模擬ヴィランロボットを個性で撃破し、ポイントを稼ぐ形式だったはずだ。人前で、しかも審査員の目の前で、こんな得体の知れない力を使うわけにはいかない。
「じゃあ、俺はどうやって試験を突破すればいいんだよ……」
「まずは、この体そのものの地力を鍛えることだな。幸い、時間はまだある」
「地力って、具体的には」
「走り込み、反射神経、基礎的な体術。ガチャに頼らずとも、お前自身の反射神経と体力くらいは、本番までに叩き上げてやる」
「お前が鍛えるのか? ゲームキャラなのに?」
「馬鹿にすんな。伝説の戦士の力を受け継いだ男だぞ、こっちは」
「その割に、さっきから台詞が軽いんだよな」
「うるせえ、細かいこと気にすんな」
軽口を叩き合いながらも、アキトの中に、少しずつ覚悟のようなものが芽生えていた。
「……なあシャロット。これから毎日、こうやって話せるのか?」
「呼べばいつでも出てくる。まあ、時間とか場所には気をつけろよ」
「じゃあ、これから色々聞いてもいいか。この個性のこと、この世界のこと、まだ全然分かってないから」
「上等だ。付き合ってやる。何せ、当分の間はお前しか話し相手がいねえんだからな、俺も」
「それ、地味に寂しい台詞だな」
「うるせえ」
窓の外には、まだ何も知らない、平凡な中学生としての日常が広がっている。だがその内側では、誰にも知られないまま、星宮アキトの雄英高校への挑戦が、静かに動き出そうとしていた。
初投稿まじ怖い!