僕のヒーローアカデミア -DBLEGENDS- 作:熱いおゆ
「アキト、起きてるの? 朝ごはん、もうすぐできるわよ」
階段の下から、母親の声がした。アキトは一瞬、身構える。この人は、我が子が十四年間「無個性かもしれない」と怯えながら生きてきたことを、誰よりも近くで見てきた人だ。今、その子の体に入っているのは、まったくの別人だと知る由もない。
身支度を整え、リビングに顔を出すと、母親は朝食の準備をしながら、ふとこちらに目を留めた。しばらく、まじまじと見つめてくる。
「……なに?」
「ううん。なんか、ここ数日、雰囲気変わったなって思って。悪い意味じゃないのよ。前より、なんて言うか――自信がついてるなって」
その言葉に、アキトの心臓が跳ねた。誤魔化しきれているつもりでも、日々一緒に暮らす家族には、何かしらの変化が伝わってしまうものなのかもしれない。
「あ、えっと……試験のこと、色々考えてたら、自然とそうなったのかも」
「そう。無理しないでね。あなたがずっと頑張ってきたの、お母さん、ちゃんと見てきたから」
何気ない一言に、アキトは思わず言葉に詰まった。誤魔化しながらも、突き放すことはできない――そんな複雑な気持ちを抱えたまま、なんとか自然な調子で返す。
「あ、おはよう。ちょっと、朝走ってこようと思って」
「あら、朝から? 珍しいわね。試験前だから気合入ってるの?」
「まあ……そんな感じ」
曖昧に笑って誤魔化しながら、玄関で靴を履く。前世の記憶と、この体に染み付いた僅かな感情の名残――その両方を抱えたまま、この「家族」と接する感覚には、まだ慣れない違和感があった。だが、突き放すこともできない。何しろこの人たちは、ずっとこの体の持ち主を育ててきたのだから。
家を出て少し歩いたところで、シャロットが横に並んで歩き出した。上半身の大部分を晒した、鍛え上げられた体格に、道行く数人が思わず二度見していく。すれ違った主婦らしき女性が、連れの相手に小声で「今どき、朝からあんな格好で……」と囁くのが聞こえた。
「なあ、お前、めちゃくちゃ見られてるけど大丈夫か」
「見られたところで、どうもしねえだろ。単に目立つ格好の兄ちゃんがいる、程度にしか思われてねえよ」
「いや、絶対もっと思われてる。個性社会だから、その筋肉も含めて何かしらの個性だと勘違いされてもおかしくないぞ」
「勘違いされて困ることもねえ。俺の正体がバレるわけじゃなし」
言われてみればその通りだった。奇異の視線を集めても、それが「星宮アキトの個性の正体」にまで直結するわけではない。多少の胸のざわつきを覚えつつも、アキトは気を取り直した。
「昨日はよく眠れたか」
「眠れたも何も、色々ありすぎて、頭の整理が追いついてない」
「まあ無理もねえな。それより、今日から本格的に体を作っていくぞ」
「本格的にって、何すんの」
「まずは走り込みと、基礎の受け身。あと簡単な組手だな」
河川敷に着くと、シャロットは早速、実演を交えながら説明を始めた。ステップの踏み方、重心の置き方、呼吸のタイミング――ゲームの中では数値でしか見たことのなかった動きを、目の前で実際にやって見せてくれる。
「いいか、体を作るってのは、一朝一夕にはいかねえ。地道な積み重ねだ」
「分かってる。前世でも、筋トレだけは三日坊主だったけど」
「オイ」
「冗談だって。ちゃんとやるよ」
苦笑しながらも、アキトは言われた通りにフォームを真似ていく。最初はぎこちなく、何度も体勢を崩したが、シャロットは根気強く付き合ってくれた。
「悪くねえ筋がある。星宮アキトの体、地の運動神経は結構いいみたいだな」
「へえ……。じゃあ、あとは俺の努力次第ってわけか」
「そういうことだ。文句言わず、ちゃんとついてこいよ」
朝の一時間ほどの特訓を終え、額の汗を拭いながら、アキトは息を整えた。
「はぁ……こんなに動いたの、久しぶりすぎる」
「その割には、まだまだ余裕そうな顔してるな」
「強がってるだけだよ。内心キツい」
軽口を叩き合いながら、二人は帰路につく。学校に向かう道すがら、アキトの視界の端に、ふと見慣れない表示が浮かんだ。
〈本日15:00〜15:10 初回10連ガチャ実施可能〉
「――うおっ、な、なんだこれ!?」
思わず足を止め、二度見する。昨日視界に浮かんだUIとはまた違う、これまで見たことのない通知だった。
「勝手に出てきたぞ、こんなの! いつもこうなのか!?」
「おいおい、目ん玉飛び出そうな顔してんなよ。システムがあるんだから、ガチャが回せるのは当たり前だろ」
「当たり前って言ったって……! 前世じゃ画面の向こうのデータだったんだぞ!? それが今、本当に自分の手でガチャを回せるなんて、生々しすぎて緊張するんだよ……」
慌てふためくアキトを尻目に、シャロットは横目でそれに気づき、頷いた。
「ちょうど15時ぴったりか。律儀なもんだな」
「毎日、この時間だけなのかもな」
「たぶんな。フルに開けっぱなしにできねえのは、その方が、お前の体か個性への負担が軽く済むからなんだろう」
「え、待って、それさらっと言うことか? 体に負担って」
「まあそう慌てんな。今のところ、痛いとかしんどいとか、そういうのはねえだろ」
「それはそうだけど……」
「なら、様子見しつつ付き合っていくしかねえ。とりあえず、無茶な使い方だけは控えとけ」
「……分かった」
そう答えたものの、内心はまだ落ち着かなかった。体への負担という一言が、頭の隅にずっと引っかかっている。だが同時に、初めて自分の手で「引く」という行為への好奇心も、確かに湧き上がっていた。
その日は一日中、授業もろくに頭に入らず、視界の端に浮かんだままの通知が、ずっと気になって仕方なかった。不安と、それを上回るくらいの高揚感――そのせめぎ合いを抱えたまま、アキトは放課後を迎えた。
「よし……このタイミングを逃したら、また明日まで待つことになるんだよな」
「そういうことだ。せっかくだし、行くだけ行ってみるか」
「じゃあ、この時間のうちに、誰にも見られない場所を探さないとな」
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放課後、アキトは近所の神社の裏手、人気のない場所を選んで座り込んだ。周囲に人の気配がないことを何度も確認する。
「よし……ここなら大丈夫だよな」
「臆病なくらいでちょうどいい。うっかりバレたら、それこそ厄介事の始まりだからな」
視界の中央に、ガチャ画面が展開する。上部にはいくつかのタブが並んでいた。〈常設〉〈期間限定〉〈ピックアップ〉――いつでも回せる常設の枠と、入れ替わり立ち替わり現れる期間限定の枠、両方が並列に用意されているらしい。脇には結晶の所持数を示すカウンターが、静かに数字を刻んでいる。
「常設の方は、いつでも回せるってことだよな」
「そうだ。ただ、今日は新規ユーザー特典が使える初日でもある。せっかくだから、まずはこっちからいっとけ」
期間限定タブの一番上、ひときわ目立つバナーが表示されていた。
〈期間限定:新規ユーザー応援10連ガチャ ――10連目はLEGENDS LIMITED確定〉
「うわ、十枚目、確定って書いてある……! 前世の未練がこんな形で報われるなんてな……」
思わず声が弾む。だがシャロットは、あえて水を差すように付け加えた。
「浮かれるのはいいが、確定してんのはあくまでレアリティだけだ。その中の誰が当たるかは、開けてみるまで分からねえ」
「それはそう、か。まあ、外れなしってだけでも十分ありがたいけどな」
震える指先でタップする。演出が始まると同時に、視界が歪み、周囲の景色が光の粒子に包まれていく。気づけば、そこは神社の裏手ではない、白い光に満ちた別空間だった。
「うおっ……!?」
「言っただろ、演出中は別空間に飛ぶって。現実の時間はほとんど経過しないから安心しろ」
一枚目の光が立ち上る。だがその光は、単なる名前とレアリティの表示だけでは終わらなかった。光が収束し――そこに、人の形が実体を結んでいく。
「――は?」
呆然とするアキトの目の前、ぼさぼさの黒髪を掻きながら、傷だらけの戦闘服を着た青年が姿を現した。
「あー……ここ、どこだ」
「ヤムチャ(HERO)……」
続けて二枚目。杖をついた小柄な老人が、ひょいと現れる。
「ほっほっほ、これはこれは。若いのう、儂を呼んだのは」
「亀仙人(HERO)、って、うわ、本当に出てくるのか……!」
三枚目、四枚目と、光の柱が立つたびに、次々と人影が実体化していく。屈強な体躯のサイヤ人、無口な三つ目の男、宙に浮く小さな道士――一人また一人と、白い別空間に「人」が増えていった。
「な、七人……! いや、まだ増える……!」
「言っただろ、レジェンズキャラは実体で呼び出される。十連ってことは、単純に十人分、この空間に呼び出されるってことだ」
「聞いてないよ、そんな重要なこと!」
「今言ってるだろうが」
戸惑うアキトをよそに、その場は瞬く間に賑やかになっていった。
「ほっほっほ、若い衆に囲まれて悪い気はせんが……ときに、この辺りに、可愛い嬢ちゃんはおらんのかね?」亀仙人がきょろきょろと辺りを見回しながら、残念そうに肩を落とす。
「なによ?この空間は?」腕を組んだ、金髪の女性――ブルマらしき人物が、物珍しそうに周囲を見渡しながら呟いた。
「ふん、状況説明なんぞ後でいい。それより早く戦わせろ」不敵な笑みを浮かべた大柄な男――ナッパが、拳を鳴らしながら詰め寄ってくる。
「ま、待って待って!」
十人近い個性豊かな面々に囲まれ、アキトは半ば混乱しながらも、必死に状況を伝えようとした。誰もが実在する「人格」として、それぞれの反応を返してくる。前世で画面越しに見ていたキャラクターたちが、今、目の前でそれぞれの意思を持って動いている――その事実の重みに、頭がくらくらした。
「ねえ、あんたが私たちを呼んだの?」
ブルマが、興味深そうにアキトの顔を覗き込んでくる。責めるような調子ではなく、純粋な好奇心からの問いかけだった。アキトは口を開きかけて、そこで初めて気づいた。何をどう説明すればいいのか、皆目見当がつかない。この人たちの正体も、由来も、この世界の誰一人として知らないのだ。伝える言葉すら、まだ自分の中に用意されていなかった。
「あ、えっと……その、ちょっとまだ、俺自身も状況を整理しきれてなくて」
歯切れの悪い返事に、亀仙人が「ほっほ、まあ気長にいこうかの」と呑気に笑う。ブルマも「まあ、そのうち聞かせてよ」と気にした風もなく、あっさり引き下がった。賑やかな騒ぎの真ん中で、アキトはふと、妙な心細さに襲われた。
そして最後の十枚目。ひときわ強い光と共に、演出が最高潮に達する。確定枠――LEGENDS LIMITEDの光の中から、腕を組んだ精悍な男が姿を現した。
「――貴様が俺を呼んだのか」
「超サイヤ人ブルー ベジータ……! LEGENDS LIMITED! 確定枠でこれが来るのか、嬉しい……!」
「お、悪くないじゃねえか。星1だから育成はこれからだけどな」
シャロットが口笛を吹く。周囲の面々が思い思いに反応する中、ベジータだけは腕を組んだまま、値踏みするような視線をアキトに向けていた。
「小僧、貴様がこれから世話になる相手か」
「あ、はい。星宮アキトです」
「ふん。まあいい」
一通りの顔合わせが済んだところで、シャロットが手を叩いて注目を集めた。
「悪いが、今日はここまでだ。全員、いったん戻ってくれ」
不満げな顔をする者、あっさり頷く者――反応は様々だったが、やがて一人また一人と、光の粒子となって姿を消していった。最後まで残っていたベジータが、消える間際、短く言い残す。
「――次に呼ぶときは、もう少し骨のある用件を用意しておけ」
光が収まり、元の神社の裏手に戻る。時計を見ると、経過していたのはわずか数秒だった。
「はぁ……。まさか十人、まるごと実体化するとは思わなかった」
「言葉足らずで悪かったな。だが、これで分かったろ。お前の個性は、想像以上に規格外だ」
アキトは大きく息を吐き、地面に座り込んだ。
「なあシャロット。あの人たち、これから呼び出すたびに、ああやって一人ずつ喋ったりするのか」
「基本はそうだな。人格・記憶・性格、全部そのまま実体化する。誰から先に修行に付き合ってもらうか、追々決めていくといい」
「ちょっと緊張するな、それ。ゲームの中の存在と、実際に会話するって」
「すぐ慣れる。俺と喋ってるのと、大して変わらねえよ」
「お前は喋りすぎて、逆に緊張感ないんだよなあ」
「褒め言葉として受け取っとくぞ」
軽口を叩き合いながら、アキトは家路につく。試験まで、あと三か月弱。まだ何もかもが手探りだが、少なくとも今日という一日、確かに大きな一歩を踏み出した実感があった。
「なあ、シャロット。明日も、朝練付き合ってくれるんだよな」
「当たり前だろ。試験までは、毎日付き合ってやる」
「……ありがとうな」
「素直に礼を言われると、なんか調子狂うな」
「言うと思った」
夕暮れの住宅街を歩きながら、二人の軽い笑い声が、しばらく静かに響いていた。
投稿するとき毎回ドキドキする