紅蓮の騎士と神狼の銀閃   作:うしえもん

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守るべき日常、守りたい存在

 

 

 

夕暮れの薄紅色が門扉の影を伸ばしていた。バーグルたちと話すグレンの背後に、草鞋の音がかすかに響く。

 

 

 

「グレン様?」

 

 

 

振り返ると、籠を抱えたマリエルが息を弾ませていた。桃色に染まった頬と、左右に揺れる茶色い耳が愛らしい。

 

 

 

「ここにいらっしゃったんですね。夕食の支度を……あ、皆さんでお話してたんですね!」

 

 

 

「ああ、探させてしまったか」

 

 

 

グレンが立ち上がる。

 

 

 

「少し話が盛り上がってな」

 

「嬢ちゃん聞いてくれよ!」

 

 

 

バーグルが豪快に笑う。

 

 

 

「なんでもコイツの世界じゃ鎧がポンって出てくんのさ!」

 

「ポンではない。魔装召喚だ」

 

 

 

グレンが訂正する。

 

 

 

「どっちでもいいじゃねえかよ!」

 

 

 

バーグルがマリエルに向かって興奮しながら話しかける。

 

 

 

「さっき見たんだけどよ、コイツの召喚ってのはエグいぜ?」

 

 

 

マリエルは無垢な瞳でグレンを見上げた。

 

 

 

「召喚……グレン様のことだからきっと凄いのでしょうね。それに門番さんたちと親しげな雰囲気で嬉しいです」

 

 

 

彼女の言葉にバーグルたちは照れ臭そうに鼻を鳴らした。

 

 

 

「ほら、行くぞマリエル。そろそろ暗くなる」

 

 

 

グレンが籠を持とうと手を伸ばす。

 

 

 

「あっ、いけません。これは私の仕事です」

 

 

 

「俺なら片手で抱えられる。合理的だろう────だから俺が持つ」

 

 

 

「……ありがとうございます、グレン様」

 

 

 

「……さあ、行くぞ」

 

 

 

門を離れ、二人のテントへの帰路に着く。

 

夕焼けの柔らかな光が異種族同士の騎士と少女を等しく、優しく包む。

 

 

 

途中、歩きながらマリエルが口を開いた。

 

 

 

「あの……グレン様の世界のお話が聞きたいです」

 

 

 

「俺の世界か」

 

 

 

「はい。私たちの世界より魔法は発達していないと聞いたのですが……その代わりの技術がたくさんあるんですよね?」

 

 

 

「ある。けれど魔法のようではない」

 

 

 

「では鎧はどのように?」

 

 

 

「己の魂――正確には命のエネルギーに近いものを媒介に換装する。道具を使う場合もあるが、俺の場合叢雲という剣を媒体とする、お前が────手入れしてくれた、あの剣だ」

 

 

 

「なんだか難しいですが……おもしろそうです」

 

 

 

マリエルは顎に指を当てて考える仕草をする。その横顔はいつもより少し大人びて見えた。

 

 

 

「そちらでは魔法はどういう体系なんだ?」

 

 

 

「種族によって使える系統は変わりますが……例えば火を起こす、水を少し出すなど基本的なものは比較的覚えやすいです。ですがそれ以上になると大きな魔力が必要になります。それに人間族の“具現化”のような高出力は不可能です」

 

 

 

「ふむ……」

 

 

 

さっきバーグルは言っていた、人間でも使えるものは多くはないと。それでもその数の少なさを補って余りある力を発揮できるというのだろう。

 

 

 

「グレン様の召喚というもの、私も見てみたいです」

 

 

 

マリエルが少し頬を赤らめて言う。

 

 

 

「ああ、後でな」

 

 

 

「わあ!楽しみです!」

 

 

 

パッと笑顔になるマリエル。グレンの胸にも温かい灯火が宿る。

 

マリエルに合わせてゆっくりと歩を進めるグレン。

 

 

 

 

二人の影は、門を離れた時より少し距離が縮まっていた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

夕食後の静かなひととき。マリエルが小さな盆を両手に抱えながら近づいてきた。

 

 

 

「グレン様……」

 

 

 

淑やかに呼びかける。琥珀色の純粋な瞳が、好奇心と期待を映していた。

 

 

 

「ああ、約束したな。鎧か」

 

 

 

マリエルは盆の上で揺れる薬草茶の湯呑を置き、卓を挟んだグレンの正面にちょこんと正座する。

 

 

 

「はい。先ほど門でお話していたことですけど……どのようなものなのでしょうか」

 

 

 

グレンは右手を持ち上げた。

 

 

 

「見たほうが早いだろう」

 

 

 

気を練り上げ、右手に流す、瞬間──

 

 

 

キン……カシャン!

 

 

 

星屑が周りを彩ったような白色の光が右手に凝縮され、刹那に白金に煌めく手甲が形成される。

 

 

 

「これが召喚だ。本来は全身をまとめるが、今は右腕のみだ」

 

 

 

「うわぁ……!」

 

 

 

マリエルは輝く瞳をまん丸に見開き、思わず身を乗り出した。

 

 

 

「凄い……熱くはないのですか?」

 

 

 

「熱くは無かったが、今は────」

 

 

 

暖かい、という言葉は言わなかった。

 

 

 

「今は?」

 

 

 

「いや、熱くはない」

 

 

 

「そうなんですね────私も……触れてみてもよろしいでしょうか?」

 

 

 

おずおずと切り出すマリエルを見て、グレンは柔らかく笑って右手を差し出した。

 

 

 

「ああ、問題ない。」

 

 

 

「ありがとうございます!で、では……参ります…!」

 

 

 

マリエルは勇気を振り絞るようにして小さな両手を伸ばし、おそるおそる手甲の表面に触れた。

 

 

 

紛うことなき金属の質感と表面に感じる冷気。だが奥には脈打つ鼓動のような温もりがあった。

 

 

 

「……不思議です。冷たいのに、なんだか暖かい気がします」

 

 

 

「それはエネルギーの源が“命”だからだろう。体温と似た波動を持っているのかもしれない」

 

 

 

「すごく力強いです────それにグレン様も……それでもあんな大ケガをされるなんて、きっと私では想像もつかないほどの戦いをされてきたんですね」

 

 

 

「……戦い、人を守ることが使命。そう思っていたし、疑問を持ったことも無かった」

 

 

 

────しかし今は違う。何よりこの目の前の命を『守りたい』と思う。

 

 

 

無意識に手が伸び、その柔らかな頬をそっと撫でる。それは自分の命よりも大切な温もり。

 

 

 

「あ……」

 

 

 

マリエルは身動き一つしなかった。

 

 

 

「……茶が冷めてしまったな」

 

 

 

「あっ、そうですね!新しく煎れてきますね!」

 

 

 

マリエルは我に返り、慌てて湯呑みと盆を持ち、立ち上がると踵を返す。

 

しっぽはグレンの方へ伸びゆらゆらと揺れている。

 

 

 

「マリエル」

 

 

 

「はい!」

 

 

 

しっぽがピン!と伸びる。

 

 

 

「……ありがとう」

 

 

 

「ふわぁ……」

 

 

 

そしてふにゃり、と溶けるしっぽ。

 

 

 

夜の冷気で冷え込んでくるはずの時間、しかし何故か寒くはない。

 

その理由が分かるにはまだしばしの時間を要する。

 

 

 

 

────今はただ、二人を見守る小さな灯りだけがその答えを知っていた。

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。次回は金曜日19時に更新です。次エピソードも是非よろしくお願いします!
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