────村の入口からいくばくか離れた森の中。
苔むした巨岩が点在する獣道でバーグルたち、村の男衆は、門番ではないもう一つの仕事、狩りの為散策をしており、そこにグレンも同行していた。
「この辺だな……グレン」
熊獣人バーグルは振り返り、肩越しに声をかける。
「この辺りで最近暴れてる猪野郎がいるんだ。デカくて毛並みが真っ黒で牙が短剣みてえに鋭いヤツ。いきなり出てくるかもしれねえから気をつけろよ」
「承知した」
グレンは無表情で頷く。腰には叢雲を下げているが手は添えていない。
「気をつけろよ。とんでもないデカさとパワーだからな。バーグルの旦那でさえ角に吹っ飛ばされたことが……」
若い兎獣人が震える声で付け加える。
「うるせえ!昔の話だ!」
バーグルが怒鳴る。
「とにかく用心しろってこった!」
バーグルが言い放った直後、茂みがガサガサと揺れた——。
「────!来るぞ!!」
全員が戦闘態勢に入る。現れたのは件の猪。
頭頂から地面までおよそ7尺程の漆黒の巨体。
磨き上げた短剣のような湾曲した牙が二本、口の両端から突き出している。
巨体に見合った荒々しい蹄が地面をゴリゴリと引っ掻き、鼻息はこちらまで届きそうな威圧感を放っていた。
「デケェ……!」
猪は巨躯を震わせ、今にも突進しそうに興奮している。
「皆!援護しろ!今日こそ仕留めてやる!」
バーグルが連携を取ろうと声を掛けた時、反応して猪は猛スピードで突進してきた——が
「遅い」
グレンが呟いた次の瞬間、黒い塊が彼の目前で止まった。
否────止めたのだ、片手一本で。
「グォオオオオ!!」
怒り狂った猪が頭突きを繰り出す。牙がグレンの胸元へ迫るが——
バキィッ!!
鈍い音と共に猪が横転した。
グレンが掌底を猪の腹部に叩き込んだのだ。
衝撃波が地面を揺らし、倒れた巨体は痙攣しながら白目を剥く。
「今だ!」
バーグルが弓矢を放つ。矢は猪の眉間に深々と突き刺さり致命傷を与えた。
「なっ……なんて力だ……」
若い虎獣人が驚愕している。
「素手で止めたぞ……」
「しかも片手で……」
別の男が蒼褪めた顔で呟く。
バーグルは弓を下ろし、喉を鳴らした。
「チキショウ……俺の出番がなくなっちまったじゃねえか……」
悔しがるバーグルを尻目に、グレンは何事もなかったかのように猪の脚をヒョイと掴み、担ぎ上げる。
「夕餉は豪勢になるな」
まるで野菜でも収穫したかのような軽い口調だった。
「は?」
バーグルが近づき猪の巨体を確かめる。
「こいつ……百貫は超えてるぞ?」
「このくらいなら問題にならない」
グレンは平然と答える。
「早く戻って捌こう」
村への帰路。バーグルは腕を組みながら呟いた。
「なぁグレン……お前さ、もしこの先人間族の具現化兵団が襲ってきたとして……本当に俺たちを守れる自信があるのか?」
「守る」
短く答えた返事に一切の迷いはなかった。
バーグルは大きな掌で頭を掻き、やがて笑い声を漏らす。
「はっ……頼もしいな。いやマジでよ」
村の門が見えてきた時、グレンの背後で狩人たちが低く呟いた。
「俺達の未来……明るいかもな」
皆一様に頷く。前を歩くグレンの足取りは、一切崩れることは無かった。
帰還した村の門ではすでにマリエルが待ち構えていた。
遠くから巨体を担ぐグレンの姿を見つけ、桃色の頬がさらに鮮やかに色づく。
「グレン様!」
手を振りながら駆け寄る少女をグレンは片手で猪を担いだまま、もう片方の手で抱き止めた。
バーグル達は黙って視線を交わし、そのやり取りを静観している。
「えっ……これ……」
マリエルは猪の大きさに目を丸くする。
「こんなに大きな獲物を……お一人で?」
「いや。バーグルたちもいた」
「やったのはグレンだけどな」
バーグルが助け舟を出す。
「しかも素手でよ」
「わあ……凄いです!」
マリエルの瞳が星のように輝く。
「みんなの夕餉が豪華になりますね!」
マリエルが声を嬉しそうにあげた、その時だった。
門の奥にある見張り台の上から怒号が響き、警鐘がけたたましく鳴り響いた。
「敵襲だああ!!」
全員が弾かれたように振り向く。
森の中から三人の人間族兵士が姿を見せていた。
胸元に人間族の紋章が刻まれた軍服。
「とうとう来やがった……!」
バーグルが槍を構える。
「全員配置につけ!女子供は家屋へ避難しろ!」
「グレン様……!」
マリエルが不安そうにグレンの腕にしがみつく。
しかしグレンはそっとマリエルの頭を撫で、腕を離させると悠然と歩み出た。
腰の叢雲に手をかけることもなく、ただ静かに猪を地面に降ろす。
「心配ない。この程度なら素手で充分だ」
────敵兵は三人。単純な力ではない何らかの圧を感じる。
バーグルから聞いた通り、放出されている魔力は確かに重いようだ。
「おいおい獣どもが抵抗するって?」
先頭の兵士の腕に通常のものとは異なる質感の小手が出現した。
途端、剣の柄を握り締める音がミシリと響く。
「上等だ。全員骨になるまで遊んでやるよ!」
自分達の圧倒的優位を信じて疑わない男達の醜悪なニヤケ顔。しかし次の瞬間——。
「黙れ」
グレンの姿が声と共に一瞬霞み、三人の兵士を通り抜ける。
「——!?」
声を上げる暇もなく彼らは地に伏せる。殺してはいない。
ただ迅速かつ正確に人体の急所を手で突いただけだ。
「終わりだ」
淡々と言い放つグレンに、見守っていた村民たちから歓声が上がる。
「信じられねえ……!」
「具現化兵達を素手で……!」
バーグルは口を半開きにしたまま棒立ちになる。
「マジでとんでもねえヤツだ……」
マリエルは胸元を押さえ涙ぐんだ瞳でグレンを見つめる。
「やっぱり……あなた様は私たちの……」
グレンは倒れた兵士たちを指差した。
「拘束しろ。情報は後で吐かせる」
バーグルは我に返り手を叩く。
「よし皆!縄を持ってこい!」
危機は去ったと安堵する獣人達一行。
その中でグレンは、拘束された兵士達を見据えながら、思案に耽る表情を続けていた。
────竜騎士の新たな戦いの幕が開ける。
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