夕餉の賑わいも鎮まり、広場に設けられた臨時の牢屋から呻き声が漏れていた。縄で厳重に縛られた三人の具現化兵士——篭手男・脛当て男・盾男は煤けた藁床に転がされている。松明の灯りが彼らの憔悴した顔を浮かび上がらせた。
「話す気になったか」
グレンの声が冷たく響く。村人たちが固唾を飲んで見守る中、三人は俯いたままだった。
「ハッ!獣畜生ごときに」
篭手男が嘲るように笑う。
「何も喋る義理はねぇよ」
「ってかてめぇ人間じゃねえか!なんで畜生の味方なんかしてんだよ!」
白状するどころか、ぎゃあぎゃあと喚き出す三人に、獣人たちは怒りを露わにする。
「コイツら……ぶん殴ってやりてえ!」
バーグルが拳を固めるが、グレンは片手で制止した。
「やめておけ。お前たちが手を汚すほどの価値はない」
言い切ってから兵士たちを見下ろす。
「だが────誤魔化しは通用しない」
その途端——。
空気が変わった。
グレンの双眸がギラリと三人を睨みつけ、まるで月明かりを反射するナイフのように鋭く輝く。
「命が惜しくば、嘘をつくな」
短い一言だった。だがその響きに篭められた圧力は尋常ではなく、三人の呼吸が一瞬止まった。
「お前たちだけではないな」
「なっ……!何を根拠にそんな……」
「根拠か」
グレンは感情の乗らない声で話し続ける。
「俺は今まで愚か者どもを沢山見てきた……お前たちが語った時、瞳孔が一瞬だけ拡がった。嘘をつく者の典型的な反応だ」
嘘を見破られた兵士たちの顔が青ざめる。特に盾男は額から脂汗を流しはじめた。
「で……でも……っ!」
「お前たちは囮だ。おそらく主力は別働隊として潜伏している」
「違う!俺たちは……!」
「いい加減にしろ!」
バーグルが怒鳴る。
「仲間がいるならすぐ吐け!俺たち全員で迎え撃ってやるからよ!」
場が一触即発の空気に包まれる。その時グレンが遮った。
「落ち着け」
掌を向けて獣人たちを静める。次いで兵士たちに向き直る。
「最後だ────”仮に”お前たちが囮なら……本隊は何時頃動く?」
盾男が歯軋りする。
「……23時だ」
篭手男と脛当て男が驚愕の表情で彼を見る。
「てめえ!喋るのかよ!」
「どうせもう終わりだろうが!」
盾男は自棄になったように叫ぶ。
「本隊は今夜ここで大規模な討伐を行う!俺たちは偵察兼陽動だったんだ!」
ざわつく広場。バーグルが槍を握り締める。
「皆聞け!もうすぐ人間どもが攻めて来る!時間がない!」
「すぐに準備だ!」
兎獣人の若者が飛び出す。
「女子供を地下の避難壕へ!」
「戦える男達は集まれ!グレン殿、指示をお願いできますか!?」
グレンは静かに頷き、村の地図を広げる。バーグルを筆頭とする男衆との作戦会議が始まろうとしたその時——。
「グレン様……!」
マリエルがグレンの元に駆け込んで来た。その瞳は涙で潤み、何かを訴えようとするが言葉にならない様子で、ただ悲痛な面持ちでグレンを見上げ、やがて俯いてしまった。
「わ、私……わたし……!」
────今から戦いが始まろうとするこの場で、戦えない自分が場違いなことはマリエル自身よく分かっていた。
しかし、ほんの少しの可能性だとしても、グレンが居なくなってしまうかもしれないと思うと、彼女の胸はキュウっと締め付けられ、どうしても避難壕へと足が進まなかった。
涙がポロポロと零れてくる。こんな自分をグレン様は怒るかもしれない。悲しくて、怖くて、顔を上げることも出来なくなっていた。
「────マリエル」
グレンは立ち尽くすマリエルに対し一歩踏み出す。
マリエルの身体がビクリと大きく震えた。
────怒られる。
そう思って縮こまった少女の華奢な身体を────グレンの力強い腕は、優しく包み込んだ。
「……少しだけ待っていろ。すぐ戻る」
言葉は多くなかった。だがその大きな手に万感の想いを込め、少女の柔らかな髪を梳くように撫で続ける。
「うう……うっ、うっ……グレン様……」
少女はグレンにひしと抱きつき、幼子のように泣いた。
「いい子だ……さあ」
しばらく後、グレンが少女を向き直らせ、背をトン、と押す。
「グレン様────ご武運を……!」
少女が泣きながら駆けていく。
グレンはそれを見届け、向き直る。
「待たせた」
「けっ、色男だねえ!」
バーグルの冷やかしが入るが、グレンは表情一つ変えない。放った言葉はただ一言────
「誰一人死ぬな」
それだけだった。
残された男衆とグレンは簡易的に陣形を決めた。村の三方を囲むように配置し、グレンは中央の広場に立つ。
「俺が敵を迎え撃つ。皆は各自の位置で牽制、旗色が悪ければ無理はするな、退け」
「あんた一人で大丈夫なのか!?」
兎獣人の若者が心配そうに尋ねる。
「問題ない」
グレンは淡々と答える。
「お前たちは防御に徹していろ。突破された際には必ず叫べ、俺が出向く」
バーグルが肩を叩く。
「任せてくれ。俺たちだって腐っても戦士だ」
「感謝する」
短いやり取りの後、獣人たちは持ち場へ散っていく。
解放の時は近い────そう告げるかのように、グレンの手の中で叢雲はその神気を放ち始めていた。
いつもお読みくださりありがとうございます。ハラハラドキドキのストーリーを今後も執筆していきたいと思いますので、よろしければお気に入り登録、評価のほうお願い致しますm(*_ _)m