────パチ……パチッ……
夜も更け、陽動隊の兵士が白状した時間まであと少しという頃、グレンは中央広場の岩に鎮座し、薄明かりだけがぼやりと浮かぶ暗闇の中で瞑想していた。
周囲は松明の燃える僅かな音だけが響き、その様子はまるで普段の風景と変わらなかった。だが────
ガシャッ……ガシャッ……ジャリ……
金属が地面に擦れる音。十人以上の兵士が暗がりから姿を現した。全員が具現化装甲を纏い、中には武器の具現化を行っている者もいた。
「へへ……やっぱりいたか」
先頭の具現化兵がヘラヘラと笑う。
「獣畜生共め。今夜でおしまいだぜ」
────闇を蠢く悪辣なる者どもの襲来に、異界の騎士は瞑目を解き放つ。
「来たな────”獣畜生共”め────」
グレンは静かなる怒りを闘気に滲ませ、立ち上がった。その肩に羽織りし純白の外套が、竜翼の如く翻る。
「一人残らず──────制圧する」
「あ?なんで人間がいんだよ」
中央で迎え撃つのが獣人でないことに理解の及ばない兵士。
「畜生に答える義理はない。これは慈悲だ────今諦めて、今後この村に手を出さない、情報も広めないと言うのなら────五体満足で帰してやる」
「舐めるなッ!」
────”愚かなる弱者”と暗に突きつけられた兵士たち。
「人間が獣人族に与している」という疑問も瞬時に忘れるという、まさに愚かさを露呈させ、激昂しながらグレンへと斬りかかる。
醜い悪意の刃が、煌めく月光に照らされながらグレンへと迫る——
だが。
────パキイィィン!!
守護者の剣が、悪意の進軍を許すことは決して無い。叢雲の一太刀が、そのことごとくを叩き割った。
常軌を逸した神業に、何が起こったのかも分からず立ち尽くす愚者達。次の瞬間────
ザッ…………バゴォン!
グレンが一歩を踏み出した足音と共に、前列にいた兵士たちがまとめて吹き飛ぶ。
「遅い」
振り抜いた叢雲の前には、ミシリと握り込まれたグレンの左拳があった。地に伏した兵士達の鎧は、皇の鉄槌により醜く陥没していた。
「う……うわああ!!」
恐慌状態に陥った兵士たちが任務を忘れ、我先にと逃走していく。しかしグレンは誰一人逃がさない。
煌めく流星が駆け抜け、裁きの軌跡を残していく。
「な……なんで……鎧ごと……!?」
恐れおののく兵士の両足が脛当てごと瞬時に砕かれる────しばし後には十数名全ての兵士が地面に伏していた。立っているのはグレンだけ────その体に傷ひとつ無い。
「嘘だろ……」
バーグルが信じられない様子で駆け寄る。
「あの人数を……一分も経ってねえぞ……!?」
「この人数……おそらくこれは先遣隊だ。本隊が来る前に拘束しろ」
「おお……!」
獣人たちは急いで兵士を拘束する。グレンは雄々しき眼差しのまま遥か前方を見据え、静かに闘気をみなぎらせていた。
***
捕虜が全員縛り上げられたその時、見張り台から警鐘が鳴り、怒号が響いた。
「敵襲!本隊だ!!!」
巨大な軍旗が闇夜に翻るのが見えた。百人を優に超える規模の人間族軍。その先頭には黒い甲冑を纏う指揮官が立っている。
「あれが本隊……なんて数だ……!」
バーグルが唇を噛み締める────が
「………問題ない」
グレンは淡々と言い放つ。だがその一言に、油断や見くびりなど感じない頼もしさがあった。
「奴らには警告しておく。この村には触れさせない」
獣人たちは固唾を飲んで見送った。あの大群を前にして、恐れを上回る希望が沸沸と湧き上がっていた。
「頼んだぜ────グレン!」
「ああ、任せろ」
世界で何よりも頼れる言葉を残し、竜騎士は闇を切り裂く。
人間族兵団本隊。
一糸乱れぬ軍勢の侵攻が穢れた響きを闇に放つ。その先頭で漆黒の甲冑を纏う指揮官が声を張る。
「これより獣共の巣窟を浄化する!具現化班は最前線で障害を排除!残りは捕縛班として続け!」
号令が下り、蹂躙の狼煙が上がる────その時
ギィイン!
雷鳴のような轟音と共に、突如として地面が抉れ、兵士数人が同時に吹き飛ばされた。
「なっ……!」
混乱する兵列の中央に立つ人影。それは純白の外套を纏った一人の男——グレンだった。
「止まれ」
静かな警告。しかしその声には大地すら揺るがす圧力があった。
「お前たちの目的は何だ」
「貴様は……!?」
指揮官が驚愕する。英雄級である彼の具現化した漆黒の鎧が怯えを隠せずに微かな震えを見せていた。
「なぜ人間が獣の味方を……!」
「目的は何だと聞いている」
まるで眼中に無いかの如く被せ気味に質問を繰り返すグレンに対し、指揮官の額に青筋が浮かぶ。
「貴様!!何者か知らんが、私を侮辱するか!」
「貴様に何者か教えることも、貴様の事を知る必要もない、目的が獣人達の捕獲だというのなら、諦めて潔く引き返し、金輪際関わるな────命は助けてやる。」
グレンの圧が増す。
「ぐっ………ぬぅ!!剣一本の身で何をほざくか!第一、第二!かかれ!人間族であろうと容赦せず刻め!」
指揮官は、剣士一人に狼狽する自分に怒りを感じつつ、号令を出した。
グレンへ向けて、数十名の具現化兵士が剣を振りかざして雪崩れ込む。
キィン────!
叢雲が閃く、刹那——
バゴッ!
数十本の武器が同時に砕け散った。兵士たちは茫然と立ち竦む。
「なっ……そんなバカな!!」
指揮官が声を上ずらせる。
「具現化兵装を……一瞬で……!?」
「まだやるつもりか」
グレンはただ静かに問いかけた。
ガクガクと膝を震わせ逃走を企てる兵士たち。もはや誰一人として戦意を保つ者はいなかった。指揮官が激昂する。
「怯むな!かかれ!」
だが——
狩られる立場だと悟った兵士達。最初の一人が逃げ出すと後は一瞬だった。残ったのは指揮官一人のみ。黒い鎧は軋みをあげ、額からは脂汗が滴り落ちる。
「き……貴様……!」
「お前達のやっていることはただの侵略だ。」
「なにをほざくか!亜人共を駆逐、管理するのは我ら人間族の使命だ!!」
「ほう」
グレンの声が一層低くなり、眼光が鋭く光る。
「獣などに与する裏切り者め!恥をし────」
ゴッ!ドズン!!
男が言い終わるのを待たずして叢雲が漆黒の鎧を叩き砕く。粉々になった悪の塊を振りまきながら、指揮官は意識を刈り取られ、膝から崩れ、地に伏した。
「命は取らん」
冷徹な眼差しを向け、グレンは叢雲を収める。
「去れ。二度とここへ来るな」
軍勢が消え去り静寂を取り戻した闇の中、人間族の白い軍旗だけが踏みにじられ、泥にまみれながらその最後をはためかせていた。
「終わったぞ」
グレンが村へ帰還した。その白い外套には泥一つ付いてはいない。
「マジでやりやがった……あの人数を、一人で……!」
驚愕するバーグル。
「何人だろうが関係ない、守るものがいるなら俺は戦うまでだ」
バーグルの声を聞き、恐る恐る避難壕から顔を出すマリエル。グレンの姿を認め、悲しげだったその顔は歓喜のものへと変わる。
「グレン様っ!ご無事で……っ!」
頬を桃色に染め、花の咲くような笑顔でグレンの元に駆け寄ってくるマリエル。
その時────少女の背後で影が動いた。
いつもお読みいただいてる方に感謝を!
初小説となるため、改行や記号の使い方など、その他おかしなところが出てくるかもしれません。
その時は指摘していただけますと幸いですm(*_ _)m