────ズシッ……
闇に潜む影。それは人知れず村へと潜伏していた兵士たちだった。自軍の圧倒的敗北を悟り、やぶれかぶれとなった人間族兵士らが掌を向ける。
練り上げるは轟々と燃え盛る灼熱の玉────その全てが、ただグレンの温もりを求めて走る小さな少女へと向いていた。
マリエル────!!
少女がいるのはまだ遥か先────全身の血液が沸騰する。グレンは考えるよりも先に剣を構えていた。
────ソエル!!
己が前方、水平に構えた叢雲の神速抜刀。解き放たれた刃がそのまま振り抜かれ、軌跡が眩き閃光を放つと同時────星屑煌めかせし白金の竜が顕現し、その両翼がグレンを包み込む。
刹那、鎧が完成する。細身の両刃剣である叢雲は神剣ムラクモへと変わり、白金の皇竜は流星となり、彼に一体化していく。
兜からは黄金の双角が天を突き、白金一対の力強く、美しき竜翼はグレンの身体を更に加速させた。
────曇りなき魂を宿すグレンの瞳が、雄々しき皇竜の輝きを放つ。
光となったグレンは、マリエルを背の翼で覆い、庇うように抱きしめる。
燃え盛る炎が翼に吸い込まれ、蒸発するような音と共に消滅した。
「バカな……!?」
炎を放った兵士たちが蒼褪める。
「なぜ魔法が……なんだ、あの消え方は!?」
グレンはマリエルを優しく抱き上げ、黄金の片翼で包んだまま兵士達へ告げた。
「退け。命は奪わん」
「うっ……!?」
「くっ……仕留めるぞ!」
「ええい!怯むな!」
捨て鉢となりグレンへと斬りかかろうとする愚者達────だが
ブワォッッ!!
白き翼の羽ばたきが轟音を伴い、竜巻のような突風で兵士達をまとめて宙に巻き上げた。
「が……はっ!」
背中から墜落し意識を失った兵士らが地に伏す。
場に静寂が訪れる。
村人たちは目を疑う。
「……なんだあれは……?」
「あの姿……まるで竜神様の伝説そのままじゃねえか……!」
「鎧が月みたいに光ってる……!」
人々の囁きが畏敬の震えとともに広がっていく。
「グレン……様?その……お姿は……?」
マリエルがグレンの胸の中で呟く。翼に包まれながら、その輝きを肌で感じていた。
「以前見せたことがあるな……これが魔装。俺が故郷で偉大なる竜より授かり────」
グレンは白く変わった翼を見やり、マリエルに向き直ると慈愛を帯びた声で伝える。
『────お前が紡いでくれた力だ』
「…………!」
琥珀色の美しき瞳が揺れた。
「本当に……守ってくれたんですね」
マリエルは声を震わせ、心から嬉しそうに泣いた。
「────当然だ」
グレンはそっとマリエルを降ろし、柔らかな栗毛をくしゃりと撫でた。
バーグルが足を震わせながら近づいてくる。
「お前……なんなんだよその鎧……まるで伝説の守護竜様みてえじゃねえか……!」
「魔装……ニヴルヘイム────具現化魔法とは違うがな」
「ニヴルヘイム……?」
「魂を対価に、契約した者の力を行使する────魔を打ち祓う為の力だ」
グレンは村人たちを見つめながら続ける。
「お前たちの“守護竜”伝説と重なるのは偶然だろうが────同じ意思を宿していることは確かだ。」
「じゃあ……本当に俺たちを……!」
バーグルの目に涙が浮かぶ。
「ああ────俺はお前たちを守る為に戦う」
グレンは神剣を天に掲げ、誓いを宣言する。
その言葉に村人たちは誰もが喜び、涙を流す。グレンと獣人達の間に、新たなる絆が芽生え始めていた。
────こうして、グレンの新たなる戦いの一夜はその幕を閉じた。
***
翌朝。広場には異様な緊張が漂っていた。
村人たちが輪を作り中央には叢雲を腰に提げたグレン。
もちろん今はいつもの外套姿であり、鎧は纏っていない────ちなみに捕らえた兵士達は気絶させたまま、森の外へ放り投げてきた。目が覚めたら自力で帰れるだろう……恐らく。
「おお……皇竜騎士さま……!」
老いた狐族が跪く。震えながら地面に額を擦りつける姿に他の者も続いた。
「お願いだ……我らをお導きください!」
「伝説の守護竜様が舞い降りたんですぜ!」
「この村の守護神として祀らせてくだされ!」
昨日までの日常とはまるで別世界だ。グレンは珍しく表情を大きく変え、困ったように額に手を当てている。するとそこに────
「グレン様……!」
マリエルが群を割り入ってきて、グレンにとすん、と抱きついた。桃色に染まった頬をグレンの胸元に埋める。猫耳を擦り寄せながら甘えるようにしっぽを絡ませた。
「おいおい嬢ちゃん!」
「何やってんだ!畏れ多いぞ!」
驚く村人達。しかしマリエルは離れない。
「だって……命の恩人様なんですから……!」
グレンは咎める様子も無い。むしろ彼女の背を優しく撫でる仕草は保護者、あるいはそれではない、もう一つの関係のように温かかった。
「皆、聞いてくれ」
グレンの発言と共に辺りが静まり返る。
「あなた達の好意は嬉しく思う。だが────この村で暮らす以上——俺は“守護神”ではなく“仲間”でありたい」
その言葉に村人たちは息を呑んだ。
「俺たちは仲間であり、種族は違うが同胞だ。俺が初めてここに来た時のように、守られることもきっとあるだろう。そうやって互いに協力し、生きていく、それが俺の成すべきことの一端だとも思っている」
村人達の間に先ほどまでとは違う、しかし穏やかな空気が流れる。
「だから……これからも俺は皇竜騎士様ではない────グレンだ。皆、よろしく頼む」
「「「はい!!」」」
獣人たちの声が揃った瞬間、広場全体に熱気が渦巻く。
「グレン様……」
話を聞いていたのかいないのか、マリエルは変わらずグレンの胸元で甘えるような仕草を見せ続けていた。グレンの頬が少し赤くなっていたのはきっと気のせいだろう。
「これからもよろしくな!ニヴルヘイム様よ!ガハハ!」
「……グレンと呼んでくれ」
絆の深まった村の新しい一日が始まる。