朝餉の香りが広場に漂う。
昨夜の大乱戦が嘘のように穏やかな朝だ。グレンは焚き火の前に座り焼きたてのパンを裂いていると——
「よう、グレン!昨日はありがとな!」
バーグルが椀を持ち、パンを齧りながらやって来た。
「ああ」
グレンも短く一言答え、パンを口にする。
「腹一杯食えよ!アンタが一番の功労者だからな、ガハハ!」
ひとしきり笑った後、バーグルは真剣な表情へと変わる。
「人間族の連中……きっとまた来るぞ」
「────だろうな」
グレンはパンを噛み締めながら言った。
────昨晩のやり取りだけで分かった。
連中の性根が腐りきっている事を。
関わるな、情報を広めるなと脅したところで素直にそれを守る者など皆無だろう。
なら見逃さず殲滅してしまえばよかった、とそういう話でもない。
奴ら自体がそもそも他者から村の所在を知らされてやってきた可能性が高い上に、戻って来ないならそれはそれで騒ぎになるだろう。
────そして何より、命を奪う自分の姿を一人の少女に見られたくなかった。
「だろうな、って……そんだけかよ」
バーグルの目が丸くなる。
「無論それだけでは無い、当然策は練らなければな……明日、主要な者を集めて話そう。バーグル、長に話をつけておいてくれ」
「おう、任せとけ!お前に頼りっきりじゃいられねえしな!」
「ああ、仲間全員の協力が必要だ」
奴らは狡猾だ。出来うる限りのことはしておかなくてはいけない────奴らの凶刃に倒れる者など、一人たりとも出してはいけない。
守る者を得た騎士の決意は金剛の如く。闘志は今、紅蓮の炎となり、竜の内で燃え盛っていた。
***
朝餉の片付けを終え、日課である訓練を行うグレン。
広場の隅に立ち、重心を深く沈め、そのまま滑らせるように足を高速で移動させていく。
八の字を描くように規則的に、時には地を切るように鋭く不規則に────そのまま体術を交えたものへと移行。
半身を逸らした状態から肘打ち、即座に身をかがめ、両手を軸に足払い。
風が切り裂かれ、瞬時に粉塵が巻き上がるが、グレンは気にすることなく回転しながら立ち上がり、その遠心力を回し蹴りに乗せて足を振り抜いた。
そして裂帛の気迫を帯びながら着地した脚が大地を揺るがす震脚へと変わり────トドメの掌底。空へ放ったそれが大気を震撼させ、辺りの草花や木々の枝を激しく揺さぶった。
────揺さぶられた枝から、グレンの背後へと葉が一枚落ちてきたが、それが彼の背を通り地に落ちた時には二枚に変わっていた。
────チン……
神速の抜刀により抜き身となっていた叢雲を静かに鞘に収めながら、グレンは呼吸を整える。
────二人……マリエルとバーグルか。
グレンが顔を上げ目を向けた先────一見単なる茂みかと思われた場所から耳が生えていた。
もちろん、耳が見えたから気づいた訳ではなく、魔装騎士として鍛え抜かれた感覚が気配を捕らえたのだ。
「マリエル、バーグル」
グレンが静かに声をかけると、先の尖ったフサフサの耳がピーン!と立ち上がる。
しかし返事はなく、二人が出てくる様子もない。
再度グレンは声をかける。
「バーグル、出ろ。マリエル────おいで」
度重なる呼び掛けに観念したのか、二人が立ち上がり、恐る恐るグレンの方へと歩いてきた。
「よ、ようグレン!すげえ動きだったな!最後まで重心が全くブレてねえし、どんな体幹してんだよ」
覗き見していたことに負い目を感じているのか、誤魔化すようにバーグルが言うと
「別に見るのは構わんが、コソコソせずに近くで見ておけ、お前もやるべきだ」
「ハッ?……アレを……?」
バーグルが恐々とする。
「同じものじゃなくてもいい、普段から鍛えておくに越したことはないと言いたいだけだ……バーグル、お前はまだまだ強くなれる」
グレンは本心しか言葉にしない。
以前バーグルに言った「お前は強かった」というのもお世辞ではなく、単純な肉体のみの戦いであれば、同胞の魔装騎士に引けを取らないと分析していた。
「へっ、アンタにそう言われちゃやるしかないよな!いつか一発当ててやるから楽しみに待ってろよ!」
鼻息荒く答えたバーグル、そこに
「あ、あの……グレン様……私も、コソコソ隠れてて申し訳ありませんでした……」
おずおずとマリエルがグレンに話しかけた。
「ああ、あんな所に潜んでたら窮屈だろう。────ほら、髪に葉が付いているぞ。見学するならもっと広々としたところで見るといい」
「え、あ、ありがとうございます……」
予想と違う、だが優しいグレンの言葉に頬を染めるマリエル。
「あ?なんか俺への対応と違くないか?鍛えろとか言わねえのかよ」
と問うてくるバーグルにグレンは淡々と返した。
「言うわけないだろう。マリエルが怪我でもしたらどうする。俺はそのようなもの見たくない」
────グレンは本心しか言葉にしないのであった。