────翌朝。
長老宅へと集合したグレン達は重い空気に包まれていた。みなが座した中心に広げられた地図を見ながら、長が口を開く。
「人間族が本格的に動き出す前に手を打たねば」
「まず村の位置が完全に割れたと考えていい」
グレンが断言する。先日の侵攻で奴らは完璧な情報を本国に送り届けたはずだ。
「移住は?」
バーグルが立て膝の姿勢で訊ねる。
「無理だ。移動中の奇襲の方が危険だろう」
「だろうな。防衛に注力するしかない。」
グレンの提案に全員が頷く。地図上の山裾に記された村の周囲を指でなぞりながら長が言う。
「西と北は急斜面の崖になっており、二方向から見れば天然の要塞と言ってもいいが……残り二方向は緩やかな地形だ。障害となるような物は少なく、敵の進行を阻むのは難しい」
「東南は侵入経路か、先の進行も南からだったな」
グレンは考える。
「……二方向が無いだけでも幸いと思うべきか。どちらかと言えば、防衛手数の少なさが問題かもしれん」
「うむ……そうだな……」
グレンはバーグルの横に座る男衆を見る。いざ敵襲となった時、矢面に立てる面子はグレン含め六人。つまり先日門で見張りをしていた者達で全てだ。
残りは小さな子供、女性、老人。二方向だけを守ると考えても明らかに足りていない。侵入を許してしまった時に割く人員すらおぼつかないだろう。
ましてや人間族は具現化魔法という強力な切り札も持つ、グレンは異例だが、基本的な戦力も数も負けている状態だ。
「同胞を探し、集結させることはできないのか」
グレンが尋ねると
「容易ではないだろうが、可能性としてはある。亜人はみな追われる身、人間に捕まったら最後、奴隷行きは免れぬ。どこかに我らと同じように集落を形成しているはず…」
長が答える。その眉間には深く皺が刻まれている。
「亜人同士の仲はどうなんだ、コミュニティを作るに当たって問題はないと思うか?」
「大丈夫だろう。無論、個人間のトラブルというのは有り得るが、それは根本的に根ざす問題ではない。人間族かその他か……それがこの世界の理だ」
「そうか……」
グレンは思案する。
────少し離れることになるが、仕方あるまい。
「……長、この集落から人間族の街まではどれくらいの距離だ?一番最寄りの所でいい」
グレンが長に尋ねると、長は地図をなぞりながら答える。
「街か……一番近くになると、ここ────南に森を抜けた先の街「ダラス」だ。グレン殿の足で二日、といったところだろうか」
「二日……街で数日情報収集や仲間探しをするとなると────帰還までおよそ一週間から十日といったところか」
「グレン様……その街に行くのですか?」
マリエルが不安そうに訊ねる。
「ああ。情報を得なければ何を起こすにも常に後手に回ってしまうからな。仲間となる者も見つかればいいが────これは今の段階では何とも言えない」
「でも……危険です!」
マリエルは必死に訴える。
「マリエル、確かにお前の言う通り、安全だとは言えない。だが現状を打破し、村の存続を少しでも固いものにするためには今動かないといけない」
マリエルの悲しげな引き止めにツキリ、と心が痛む。
しかし騎士は未来のために、今は少女を宥める。
「人間族の街だ。人間の俺しか動ける者はいない────分かってくれ、マリエル」
「そう、ですよね。理屈では分かっているんです……私のわがままでした、申し訳ありません。でも────必ず無事に戻ってきて欲しいです……!」
マリエルの健気なわがままに頬を少し緩めるグレン。
「わかってる、ほんの少し離れるだけだ。」
グレンはマリエルの頭をくしゃりと撫でた。
「決まりだな、俺が人間の動向と亜人の所在について情報を集めてこよう。出立は…明日だ」
「明日……一日は準備に割いた方がよろしいのでは?」
他の老獣人から声が上がり、一同も頷くように相槌を打つ。
「いや……時間をかけると敵の襲撃が間に合わんかもしれん。長、馬を借りることは出来るか?それでかなり時間が短縮できる────それと、街で必要な物は準備できるか?」
「街に入るための通行証と、幾ばくかの金ならある。だが馬は……残念ながら……」
「無いのか?」
「居るには居るのだが、農耕用の馬でな……速く走れるものではないのだ、それに酷く臆病な動物でな。旅にはとても向かぬだろう」
それなら尚更、と思った矢先────視界にマリエルが映る。その表情を見てグレンは言葉を変えた。
「……分かった。それでは出発は二日後としよう。しっかり身体を休めて備えておく────それから俺が留守の間、何かあった時は村の指揮は頼むぞ」
そう言うとグレンはバーグルに目を向ける。
「ああ?俺がか?」
バーグルが驚いた顔をする。
「そうだ。適任だ」
「待ってくれよ、俺はただの用心棒だぞ?腕はあっても頭を使うのは苦手だ。適任者なら他にいるだろうよ」
「そんなことはない」
「どういう意味だ?」
「考えることが苦手だという主張は否定しない。しかしお前には強い信念がある」
グレンはバーグルの胸にトン、と拳を当てる。
「仲間を必ず守るという、な。それは戦いの上で何よりも大切なことだ────騎士バーグル」
グレンは真剣な眼差しで、しかしふっと僅かに微笑む。
「ぐっ……まあそういう事なら……わかったよ。しかし”騎士”ねえ……ガラにもねえやな……」
渋々了承する熊人。
「頼んだぞ」
話し合いの場は解散、それぞれの思いを胸に、持ち場へと戻っていった。