ダラスの街に辿り着き、外壁が視界に入った瞬間、グレンは即座に状況を分析した。
石造りの防壁は高く堅牢で、その周囲をかなりの数の衛兵が巡回している。
門前には入門審査の行列ができており、そこでは具現化兵士と思われる者達が厳しい眼で審査を行っていた。
────亜人が堂々と入れる場所ではなさそうだな
グレンは商人や旅人に紛れ、何食わぬ顔で列に並んだ。
待機中、すぐ後ろから言い争う声が聞こえた。振り返ると、兎族の少女が衛兵に腕を掴まれていた。
「やだ……やだ……!離してください!」
「奴隷商から逃げた兎種だな。手間を掛けさせるな」
衛兵の手には既に首輪に繋がる鎖が握られている。少女の目からは涙がこぼれ落ちていた。
────愚かだ……これがこの世の常だと言うなら、村の未来も猶予が無い。
大勢の目がある中で、早々に目立つようなことは出来ない────グレンは今出来ることをやり、拳をグッと握り耐える。
周囲の少女を嘲笑うような反応に反吐が出そうになりながらも、グレンは表情を変えずに待機し、程なくして審査の番が訪れた。
通行証を見ながら兵士がグレンをジロジロと見る。
「流浪の者か、珍しい格好だな。この街へは何をしに?」
「ああ、最近この辺に”やたら強い剣士”が出たと噂に聞いてな。眉唾ではあるが……確かめてみたいものだと思ってな」
グレンはカマをかけるようにつらつらと言い放つ。これで人間族の動向等の情報が手に入れば儲けもの、という魂胆だった。
しかし、それに対する兵士の反応は、グレンの予想外のものだった。
「ああ、例の銀の全身鎧のヤツか。確かにこの街で最近度々暴れてるな。会ってどうする、腕試しでもするのか?」
────銀の全身鎧、だと?
内心の驚きを表情に出さないグレン。兵士はグレンの帯刀する叢雲をチラと見て続ける。
「悪いことは言わん、ケガするだけだからやめとけ。俺たち大勢がかりでも全く歯が立たないんだ。」
「その言いぶりだと、見たことがあるのか?」
「一度だけだがな、見たことのない鎧だから具現化鎧なんだろう、獲物も双剣と珍しいヤツだ────全身具現化なんて御伽噺だと思ってたがな……ほら、通っていいぞ。諦めて大人しく観光でもしてるんだな」
話は終わりだ、とばかりに渡された通行許可の札を受け取り、門を通り抜けるグレン。
その手には思わず力が入り、木製の札が僅かにパキ、と軽い音色を響かせる。
────具現化の全身鎧に双剣、そしてその強さ……まさか。
グレンの脳裏に一人の魔装騎士の姿が浮かぶ。数え切れぬ死地を共に乗り越え、背中を預け合った男。
竜に並ぶ存在────神狼フェンリルの力を宿す双剣使い。
────ヴァイス、お前なのか……?
街へと潜入したグレン、しかしその歩は門を抜けた少し先の所ですぐに止まる。
────種は蒔いた……どこだ……
立ち止まり、辺りの様子を自然に眺めているだけの一見を装うが、その実彼はとある気を探っていた。
────見つけた。
程なく目的のものを探り当てたグレンは、足早に歩き出す。
***
────ダラスは奴隷売買が盛んな街である。比較的小規模な街の面積と反比例して、そこには大都市に匹敵する商館が至る所に点在する。
それでも溢れ、路上で直接鎖や檻に囚われ、叩き売りされている亜人奴隷も数多く見られる。
わざわざ都市部から観光に訪れる者の大半は、この奴隷目当てと言ってもいい。
他者の痛み、苦しみを嘲る事で愉悦に浸りながら高級な酒を飲む────そんな人間の醜さを色濃く反映させることで発展してきた街────それがダラスであった。
「さっさと歩け!!これ以上人間様に迷惑かけんじゃねえぞ!この奴隷が!」
「やだ……!お願いします……助けて………!!うぐ……!」
────いたな。
街路に立ち並ぶ石造りの建物。その屋根の上を、音も立てずに飛び移りながら駆けていたグレンは、路上で揉める二人組を見つけ、ピタリと足を止めた。
先程の入門審査の時、グレンの背後にいた兵士と兎獣人である。
グレンは振り向いた際、兵士たちも気づかない程の速さで抜刀し、獣人を繋ぐ鎖に微かな傷を入れていた。
闘気を込めた刃に刻まれた跡にはその残滓が残る。
魔装騎士はそれを追って、逃げた魔物を追跡し、討伐してきた。
今回鎖に残した己の気は僅かなものだったが、この狭い街の中であれば十分に探知できるだろうと踏んでの行動であった。
グレンの目的は、連行された獣人の後を追い、行き着くであろう奴隷商館の位置、人間の出入り及びその繋がりなどの情報を得ること。
そのため、兎獣人一人を助ける為に動くことは合理性に欠けると判断していた。
「────あー、めんどくせ」
────ガツッ!!
「あうっ!」
度重なる兎獣人の抵抗に痺れを切らした兵士が不意に呆けた顔をした瞬間、唐突に剣に手をかけ、その柄で少女の側頭部を強かに打ち付けた。
衝撃で少女は頭を中心に大きく揺れ、カクリと膝からくず折れた。淡い茶色の髪にじわりと朱が混じる。
────女子供相手に、よくぞ手を出せるものだ。
彼は少女を哀れに思い、兵士に憤りを感じるが、静観を決め込む。
ここで助けに入ることは、その後の大義が全て無くなってしまうことを指すからだ。
合理性なき力は弱さ、そう思っていた────騎士は今までそうやって生きてきたのだ。
「う…………ぅ……」
意識が朦朧とし、抵抗する力も出なくなった少女は地に伏せ、痛々しい姿のままズルズルと引っぱられていく。
地に流れ落ちた鮮血は彼女自身の身体で粗く拭い取られ、薄く淡い線を石畳に描く。
その直後
「────スカッとしたなあ……もう一発くらいいっとくかー」
まるで「もう少し寝るか」とでも言うような抑揚と共に、鞘先を再び少女の頭に定め、兵士は収めたままの刀剣を振りかぶった。
悪意は再び牙となり、弱者へと襲いかかる。
「……たすけ……だれ、か……」
涙をポロリと零し、彼女は最後まで助けを求め続けた。それがその少女の精一杯の戦い、精一杯の抵抗だった。
────そして、その願いは届き、守護者が降臨する。