紅蓮の騎士と神狼の銀閃   作:うしえもん

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琥珀色の救い

 

 

どれほどの時間が流れたのか、あるいは一瞬だったのか。

 

意識が薄靄のように覚醒していき、じわじわと周囲の気配が感覚を刺激する。

 

 

 

鼻腔に感じるのは濃密な植物の香り、それと湿気を帯びた大地の匂いだった。

 

肌を撫でていく冷たい風が、血を失った身体をますます冷やしていった。

 

 

 

────どこだ……ここは……

 

 

 

ゆっくりと目を開けようとする。

 

しかし、泥か、もしくは血のような何かが瞼にこびり付き、思うように動かない。

 

 

 

薄らと辛うじて開いた瞼の隙間から見える景色は、焦点が合わない故のぼやけた緑と薄暗い灰色の濃淡だけで構成されていた。

 

 

 

更に状況を確認しようと本能的に身体を起こそうとするも

 

 

 

────ズキンッ!!

 

 

 

鋭い痛みが肩越しから全身に響いた。反射的に呻きが漏れる。

 

 

 

「っ……うぅっ……!」

 

 

 

グレンの身体は既に自力で動ける限界を超えており、指一本動かすことすら困難な状態だった。

 

 

 

僅かに拾い取れた情報から、ここが根源の地ではないことがわかったが、ただそれだけだ。

 

 

 

身動きがとれず、魂の残り火も僅か。

 

今や小型の野生動物にすら抵抗出来ず、そのまま捨ておかれても結果命が終わる状況。ふいに

 

 

 

 

────カサッ……

 

 

 

微かな音が静寂を破り、何かが近づいてくる気配を感じた。

 

未だぼやける視界のまま目を懸命に動かし、おそらく茂みだと思われる方向を見つめる。

 

 

 

カサッ……カサッ……

 

 

 

落ち葉を踏みしめる小さな足音。それは明らかにこちらに向かって来ていた。

 

 

 

霞がかった意識の中で、グレンは悲しき状況判断を自身に下す。

 

 

 

────ここまでか……。

 

 

 

しかしその思考は予想外の刺激により遮られた。

 

 

 

────ふわり。

 

 

 

グレンの額に優しく何かが乗せられる感覚があった。それは小さな手のひらだった。

 

柔らかくて少し湿っていて、震えている。

 

 

 

「わわっ……あの!大丈夫ですか……?」

 

 

 

鈴を転がしたような少女の声。恐る恐る、しかしどこか慈しむような響きを持っていた。

 

 

 

(……子供……?)

 

 

 

ようやく焦点が合い始めた視界の端で、二つの輪郭が揺れているのが分かった。

 

それは頭の────栗毛の柔らかな髪の毛の間から生えた耳だった。

 

 

 

大きく、ふさふさとした毛並みの——猫のような耳。

 

その下に覗く不安そうな琥珀色の瞳は少しずつ潤み始めていた。

 

 

 

「こんなところに……ひどい怪我……早く、村の人を呼ばないと……」

 

 

 

少女は必死にグレンの額を撫でながら囁いている。

 

その時、ようやくグレンは自分の置かれている状況を理解し始めた。

 

 

 

ここは鬱蒼とした深い森の中だ。

 

濡れた枯れ葉が背中に敷かれており、吹き抜ける風に背筋が凍るような寒さを感じる。

 

 

 

全身の傷跡が燃えるように熱いのに、その内側は氷を当てられたかのように冷えきっている。

 

 

 

(……俺は……転移したのか……)

 

 

 

意識の覚醒が少し進む度に激しい痛みが全身を襲う。

 

呼吸すら困難になり、痛みと苦しみで更に呻き声が漏れる。

 

 

 

「ぅっ……く、ううぅ…………!」

 

 

 

「だめです!動かないでください!すぐに……応急処置しますから……!」

 

 

 

少女の慌てる声。

 

彼女はすぐさま自分のスカートの裾を引き裂き、できた布きれで慎重に血を拭い始めた。

 

 

 

その指先は驚くほど器用であり、手早くも、痛みをなるべく与えないようにという配慮が確かに感じられる優しい動きだった。

 

 

 

彼女の動作には一切の打算や悪意が感じられなかった。

 

 

 

(なぜ……俺を……?)

 

 

 

グレンは混乱した。

 

少女の姿形——特徴的な耳と尻尾は人間にはない物。

 

 

 

先程の転移したという推測と合わせると、セルシウスではない────どこか全く違う星に住まう種族のものだ。

 

 

 

この世界に人間が存在するのかは分からないが、少なくとも目の前の少女にとって自分は異なる種族。

 

 

 

いきなり現れた血だらけの見知らぬ人間を助ける理由などあるはずがない。

 

ましてや彼女は若く小柄な少女。危険を冒してまで他人を助ける義理などないはずだ。

 

 

 

「どうして……俺を……」

 

 

 

途切れ途切れの言葉が、かろうじて唇から漏れた。

 

小さな瓶を懐から取り出し、グレンの身体に薬を塗りこもうとしていた少女は作業の手を止めずに答えた。

 

 

 

その声は小さく、しかし確かな意思を宿していた。

 

 

 

 

「だってあなたの眼が、悲しくて……でもすごく、すごく優しかったんです」

 

 

 

 

夕暮れの陽射しを受けて輝く琥珀色の瞳が、真っ直ぐにグレンを見据えた。

 

 

 

「怖いけど……見過ごせませんでした」

 

 

 

────マリエル。

 

 

 

そう名乗った少女の声が森の静寂に吸い込まれていった。

 

 

 

グレンはその柔らかな声に安らぎを感じ、再び、しかし先程とは違う暖かな意識の底に包まれ、沈んでいった。

 

 

 

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