潜入二日目、グレンは朝日が昇る前に浅い眠りから覚醒した。ラビはまだ穏やかな寝息を立て、白い外套にくるまっている。
────二日目か。街の滞在予定は長くても五日程と考えていた。あまり余裕は無い、どうする……
そこまで考えた後、グレンはもう一つの重要事項について思考の糸を伸ばす。
────銀鎧の双剣使い……か。中の面は割れていないということだろう。最近度々暴れていたと聞いたが、その理由は何だ?
そいつがヴァイスだと仮定するならば…………まさか。
グレンは意識を集中させる。
先日ラビを追った時に使った己の闘気の探索。これは同胞の魔装騎士の物でも同様に可能だ。
ヴァイスが俺の存在を知り、所在を伝え合う目的で定期的に闘気を街中に付けて回っていたとするならば────
果たして、その考えは当たっていた。良く知った気の残滓が街中に散らばり、その存在を知らせていた。
誰よりも心強い仲間の来訪を知り、グレンの口元に笑みが浮かぶ。
何としても合流しなければならない。そのためには────やはり魔装か。
この規模の街中の距離ならば、魔装のエネルギーで瞬時に居場所を特定出来る。
────ヤツが寝ていれば別だが……。
グレンは屋上から街路の様子を探る。
早い時間だけあり、まだ喧騒はなく人通りは少ない。ただ、なるべく高い建物に登り、下から見えにくい状況を作るべきだろう。
「ん……グレン様?あの、おはようございます」
幸いと言うべきか、その時ラビが眠りから覚める。
グレンの様子に気づき、少し不思議そうな表情を浮かべていたが、グレンは気にせずに口を開いた。
「起きたか、ちょうどいい。少し移動するぞ」
グレンはラビの元に寄り、寝起きで少しぽやっとしたままのラビをそっとすくい上げる。
「わ……」
グレンの行動に少し驚いたラビだが、特に抵抗することなく、落ちないようにグレンにしがみつく。
「舌を噛まないようにしていろ」
そう言うとグレンはそのまま建物から建物を飛び移り、より高い所を目指し駆け上っていった。
目的の高さまで上がり、グレンは立ち止まった。外套を羽織らせたまま抱いていたラビをゆっくりと降ろす。
「あ、あの、グレン様。一体何を……?」
戸惑うラビだが、恐怖心は感じていない。
「────俺の仲間と合流出来るかも知れない。上手く行けばな」
それだけ言うと、さっそく叢雲を手に取り、闘気を練る。幾度となく繰り返してきた動作、時間はかからない。
流れるように叢雲に気を込める。
「来い────ニヴルヘイム」
カッ────!
闘気が黄金色に弾け、顕現した竜がグレンと一体化する。
刹那、グレンは雄々しくも美しい白金の竜騎士へと変わっていた。
「え、ええっ……!!グレン様……!?」
自分の想像の遥か、遥か上方に位置する衝撃的な光景を目の当たりにし、ラビの大きな瞳が更に大きくクリクリと見開かれる。
「────具現化魔法のようなものだ。俺の仲間が近くに居れば、これに気づくはずだ」
程なくして鎧を解除、グレンは座して瞑目する。
「そうなんですね……すごい……」
ラビの瞳がキラキラと輝く。
────後は待つだけだ……来い、ヴァイス……
グレンが魔装の強大な気を放ってから程なくして、その時は訪れた。瞑目を続けるグレンが懐かしい気配の接近を感知する。
ラビがグレンを見守る中、少女自身は彼の気配に全く気づいていなかったが、グレンが開眼したのを見て、その兎耳がピクリと動く。
「あ、グレン様────」
とラビが口を開いた瞬間
────シュッ!
微かな風切り音とともに対の銀閃がグレンの首の左右から迫る。
避けなければそのまま首が泣き別れとなるのが容易に想像できる鋭い剣筋。
しかしグレンは叢雲に手をかける仕草すら見せず、僅かに口元を緩めた。
「よぉ兄弟!」
「来たか」
グレンの首の皮に触れる寸前でピタリと止まった剣が光を放つ。
双刃を繰り出した男は、銀色の鎧を纏わずとも、具現化兵士とは圧倒的に格が違う存在感を放っていた。
「気づいてたろ?」
「お前のチャラチャラした気配など気づかない方が難しい」
ヴァイスが片眉を上げて笑う。陽炎のように揺れる黒色の髪。鍛え抜かれた細身の肉体には、グレンと違う黒色の外套が羽織られていた。
グレンは「チャラチャラした」と形容したが、彼のオーラは陽だまりのように暖かいものであった。
「久しぶりだなぁグレン。相変わらず錆びた鉄面皮みたいな顔しやがって」
「お前こそ相変わらず騒々しいな」
二人の視線が交差すると同時に火花が散ったかのようだった。過去幾百もの死線を共にくぐり抜けた盟友同士。言葉よりも剣と剣のぶつかり合いで分かり合ってきた。
唐突な展開にラビが戸惑い、クリっと可愛らしい目を動かしながら二人を交互に見る。
「あっあの……この方は……?」
「オレか?」
ヴァイスが振り向き歯を見せて笑う。
「俺はヴァイス。愛称はヴィー、よろしくね!君の名は?かわい子ちゃん」
「えっ、え、わ、わたしですか?」
「ここにかわい子ちゃんは君しかいないじゃん、まさかこの仏頂面を可愛いとか思ってんの?プッ」
ヴァイスはグレンを指しながら吹き出し、ケラケラと笑いだす。
「おい」
「あ、あの……ラビ、です……」
ラビは困惑しながら答える。
「ラビちゃんか!名前も可愛いんだな!ハハ」
ヴァイスはラビの体を優しく抱き寄せ、そのままクルクルと回り出した。
「キャッ!ヴァ、ヴァイス様……?」
「ヴィーって呼んで欲しいな!ラビちゃん!」
ヴァイスがニコリと笑う。
「ぁっ……ヴィー……様……」
ラビの顔が桃色に色づく。
「全く、お前は変わらないな……」
グレンはため息をついた。しかし無二の友との邂逅を果たしたその顔は、確実に昨日までとは違う安堵感を漂わせている。
東の空からは淡い光が世界を白く染め始め、新しい一日の始まりを告げようとしていた。
次回投稿は9月2日(水)19:00です、どうぞよろしくお願いします!