岩の上へと腰をおろし、グレンは改めて、ヴァイスがこちらへ来ていたことを考える。
────俺が転移した時点では、他の者に異変は起きてなかったように思う。
となると、あれからヴァイスへと転移の兆候が出た……まさかそれ以外の同胞も転移しているのか?
しかし、ダラスで噂に出たのはヴァイスの話だけだった……時間や場所のずれという線もあるか……
一人思案を重ねていると、ラビを連れてヴァイスが戻ってきた。
「悪いなグレン、なんか盛り上がっちゃってさ!」
「ああ」
グレンは気にしていない様子で淡々と返す。
ラビが他の獣人達と話に向かったのを見て、ヴァイスはグレンの正面に座り、真剣な目をして口を開いた。
「グレン、あの戦いの直後……お前が光に包まれて居なくなった時のことなんだが」
ヴァイスの声がいつもより沈んでいる。
「……続けろ」
「お前が消えた後の現場にはとんでもない量の気の残留があった。俺たち魔装騎士は闘気を感知できるだろ?だから俺もすぐに気づいたんだ」
「つまり……」
「最終決戦で解き放った莫大なエネルギーが偶然開いた転移ゲートと反応して、お前は別の世界へ飛ばされたんじゃないかと俺は思ってる」
グレンは目を閉じて天を仰いだ。納得できる推測ではある。
「だがそれなら他の者も……」
ヴァイスは膝を折り畳んで座り直した。
「十分有り得る話だな────同胞達はみな腕利きだ。あの戦いで死力を尽くしたヤツも多いだろう、燃やした闘気の順に転移したというだけで、俺の後に来たやつもいるかもしれない」
ヴァイスはそう言った。
「そうだな────他の連中も来ているとすれば、何としてもコンタクトを取りたいところだ。彼らの助力を得られれば、俺たちのこれからの戦いにおいてこの上なく背中を預けられる仲間となる」
「そうだな、そっちも並行して情報は集めとかないとな!」
と、一旦話を切り
「ところで……グレン、お前あの時相当な深手だったが、よく無事でいたもんだな。この短期間で万全になってるとは驚きだぜ────神をも打ち倒した皇竜騎士様の面目躍如ってところか?」
少し冗談交じりにヴァイスが話す。
「馬鹿なことを言うな、あの時は俺も本当に死にかけていた。助けが無かったら今ここに俺はいないだろう」
「それが獣人族だったってわけか」
「ああ、転移先が村の近くでな……運良く心優しい者に拾われた」
グレンは少し俯く。この異世界に降りて出会った、何よりも得難い僥倖がたちまち頭の中に駆け巡ってくる。
────あの時、死の淵に立っていた自分の額に触れた、小さく柔らかい温もりを思う。
────見知らぬ人間族のために目を腫らすまで涙を流し、寝ずの看病も厭わなかった無二の献身を思う。
────いつでも穏やかに笑う、鈴を転がすような陽だまりの声を思う。
────そして、胸の悲痛に裂かれながらも、グレンを思いやり必死に隠し泣く健気さと、暫しの別れも辛いと子供のように泣きじゃくるあの一途さを想う。
グレンの脳裏に最初に浮かんでくるのは、いつでも同じ、たった一人の少女だけだった。
「ふーん……なるほどな……で、結局今はどんな感じなんだよ?」
ヴァイスの要領を得ない問いかけにグレンは不審げに答える。
「どんな感じ、とはなんだ。今説明した通りだが」
「女だろ」
ヴァイスが間髪入れずに聞いてくる。
「最初にお前を拾ったってヤツ。」
「ああ、そうだが……なぜわかる?」
「わかるさ、どんだけお前と死線くぐってきたと思ってんだ。」
ヴァイスはフッ、と優しい顔になる。
「グレン、さっきお前が拾われたって話した後さ、すっげーいい顔してたぜ。あれはさ、ホントに大切で守りたい存在が出来た男の顔だ」
「………」
グレンは否定しなかった。否定することは、彼女の想いも否定するような気がした。
「いいじゃねえか、今まで目の前の命を救うためにひたすらその身を削ってきたんだ、お前も幸せになったところでバチなんか当たんないぜ?むしろなるべきだね」
友はそう答える。
「……そう思うか」
グレンの胸に一際温かい灯火が宿る。
「しっかしあのカタブツがねー!一体どんなかわい子ちゃんなんだよ、お堅い皇竜騎士様を骨抜きにした子はよ?」
「黙れ、お喋りが過ぎるとラビに嫌われるぞ」
グレンはムッとする。
「はー!?今ラビちゃんは関係なくね!?」
ヴァイスは少し笑いながら声を荒げた。
その声が聞こえたのか、向こうからラビが不安そうに近づき
「あ、あの、ヴィー様……私何か粗相をしてしまいましたか…?」
と目を潤ませてきた。
「あっ、違うって!そんなんじゃなくてさ!不安にさせちゃったかな?ごめんなラビちゃん」
慌ててラビにフォローをかけながらヴァイスはグレンに向き直り
「アイツが悪いんだよ、だからラビちゃんはなんも気にすることないって」
と言い放ってきた。
「なぜ俺が悪いことになる」
「うっせうっせ!グレンのせいだ!ラビちゃんに嫌われたら責任取れよ!」
「あの、私ヴィー様を嫌うなんてそんな!」
「だよねー!俺もラビちゃん大好きだからね!ほら、行こうぜ、さっきの話の続きでもしようよ」
とヴァイスはラビの手を引き歩き出した。
「あ、あのグレン様、失礼します」
「ああ」
グレンは淡々と見送る。
二人が立ち去り、グレンは一人空を見上げ、誰に聞かれることなく呟いた。
────マリエル……今戻る────