鳥のさえずりが賑わいを見せる森の中。通常、人の通りはまずありえない程度の深い場所で、ひっそりと獣人が隠れ住む村。
その入口となる門のすぐ側でグレン達一行は歩を止めた。目の前には閉ざされた門の柱に寄りかかり、いびきを書く熊獣人の姿があった。
「見張りが寝ていてどうする────おい、起きろバーグル。戻ったぞ」
グレンは呆れた顔で顔見知りの獣人に呼びかけた。
「────んぉ……?おぉ!? グレンじゃねえか!」
グレンの声に、巨漢の熊獣人・バーグルは豪快な寝息を止めると瞼をこすった。巨体を軽々と起こし、グレンの後ろに立つ四人の獣人を見て目を見開く。
「へぇ……随分と賑やかになってきたじゃねぇか!」
バーグルが大声で笑うと森の木々が揺れた。彼は村の門番であり最古参の狩人である。その厳つい外見に似合わず情に厚く、グレンも彼には敬意を払っていた。
「あぁ、色々あってな。全員街で保護した者たちだ。それと────」
グレンが斜め後ろの男を指さす。
「こいつはヴァイス。俺の戦友だ」
「戦友だなんて照れちまうぜ~♪」
ヴァイスはヘラリと笑いながら肘でグレンを小突く。
「ま、仲良くしてやってくれよ。俺はコイツと違って愛嬌持ちだからな!」
「おう、なんかグレンとは違うなって言うか、なんて言うか……まあグレンの親友だって言うなら歓迎するぜ!」
普段のグレンを知っているだけに戸惑いを隠せないバーグル。
「親友とは言っていない。戦友だ」
「かーっ!いいじゃねえかどっちでも!もちっと頭柔らかくしろよ、その方が嬢ちゃんも喜ぶぞ?」
「……ふん……まあいい。まずは長に挨拶だ、潜入の結果を報告する」
「おう!さあ皆入りな!村のやつを紹介するからよ!」
バーグルの後に続き、村に入るグレン達、すると────
ザワッ……
「グレン殿、お帰りなさい!」
「グレンさん、ご無事で!」
「えっ、人間が……!でも、グレン様と同じ匂いがするかも!」
村人からの視線がグレン達に集まった。子供達の甲高い声。若い獣人達の好奇の眼差し。そして────
「────グレン様っ……!」
淡く桃色の軌跡を残しながら、村人をかき分け琥珀色の光がグレンに飛来する。
とすん!
柔らかな衝撃と共にグレンの胸に飛び込んだのは、栗毛の猫耳を揺らす少女・マリエルだった。
小さな手がその想いを代わりに訴えるかのように、きゅっと、グレンの服を握りしめる。
「お帰りなさいませ……! ずっと……お待ちしておりました……!」
涙で顔をくしゃくしゃにしながら、大輪の笑顔の花が咲く。その声は、漏れる嗚咽で震えながらも、喜びの色で溢れそうな程に弾んでいた。
「ああ」
グレンは飛び込んで来た少女の背中を優しく抱き寄せ、宝物を包むような仕草でその頭に頬を埋めた。
「寂しい思いをさせたな……ただいま、マリエル」
「うぐぅっ……グレン様ぁ! うわあああああん!」
堰を切ったようにマリエルは大声で泣き出した。周囲の子供たちも貰い泣きし始める。
その光景を前にしてヴァイスはこれ以上無い程に目を丸くした。
────おいおいマジかよ……!ここまでとは……
それは彼にとって驚天動地とも言える程の出来事だった。「ただいま」等と言う言葉がコイツの辞書にあったのか、と失礼な事を考えながらも
────なるほどな……この子がグレンの“お気に入り”ってわけか
そう思った途端、口角が自然に上がってくる。
かつて数え切れない程の魔物を一刀の元に伏し、”魔装騎士の皇”や”戦場の死神”と謳われた男が、今やこんな風に幼子をあやしている。そのギャップたるや……
「くふっ……」
忍び笑いを漏らすとグレンが怪訝な視線を寄越してきた。
「何が面白い」
「いーや? たださ……お前もいい歳こいてようやく春が来たんだなって思ってよ」
「……くだらんことを言うな」
グレンはそっぽを向くがその耳朶が僅かに赤くなっているのが見て取れた。
「さて! そんじゃ自己紹介といきますかねぇ!」
ヴァイスは腕を伸ばして場の空気を変えようと努める。
「オレの名前はヴァイス。コイツのダチで、同じとこから転移してきた。気軽にヴィーって呼んでくれよ。見ての通り人間だけどさ、お前らの味方だから安心してくれよな!」
陽気な笑顔に子供たちが輪を作る。数人がおそるおそる手を伸ばし彼の髪を引っ張ったりする。
「いてて!こら、俺の髪は引っ張るためのもんじゃないぞ!」
ヴァイスが笑いながら髪を振り払うと、無邪気な子供達はおじさん、おじさんと尚もヴァイスにまとわりつく。
「誰がおじさんだ!お兄さんだろ!おじさんはグレンの方だからな!」
「矛先を俺に振るな。俺はまだそのような歳ではない」
ムッとするグレン。
ヴァイスが子供達に歓迎を受ける一方で、保護した獣人も村人達と交流を始めていた。
ラビも大人たちの中に溶け込み始めていたが、時折ちらりとヴァイスの方を窺い頬を染めていた。
ヴァイスは子供達の相手をしながら、穏やかな笑みを浮かべる。この村での生活も存外悪くないかもしれない、と心躍る自分がいた。
交流が一段落着き、グレンがヴァイスの元にやって来る。
「ヴァイス、そろそろ長の所へ行くぞ」
「了解」
二人は連れ立って長のテントへと向かう。
その途中、ヴァイスは改めて村の様子を振り返る。
歓声を上げながら自由に遊び回る子供達。生き生きと汗を流しながら畑仕事に精を出す若者。穏やかに雑談を交わしながら日向ぼっこをする老獣人達。
ここには人間の欲に塗れた街には無い全てがあった────ヴァイスはポツリと呟く。
「……平和だな」
「ああ」
ヴァイスの言葉には珍しく真摯な響きがあった。
「俺達が守るべきものだ。必ず」
グレンの瞳の奥に黄金の光が灯る。
「おうよ」
ヴァイスもまた、月光の輝きを帯びた瞳で頷いた。
停まっていた風が流れ出し、二人の間をそっと撫で上げる。舞った木の葉が晴れ渡る天空へと導かれ登っていった。