村の中央広場を抜けた丘の上、大きな木の下に設けられたテントの中、二人は長と対面した。灰色のオオカミを思わせる長く鋭い髪の毛先をピリピリと揺らし、長はヴァイスへと視線を向けている。
「長殿」
グレンは膝をつき頭を垂れる。
「只今戻った」
「うむ……無事の帰還、何よりだ」
長老の声は深く渋みがあった。
「ダラスでの首尾はいかほどか?」
「予想以上の成果だ。報告する」
グレンは集めた情報の報告と捕虜四人を救出したこと、そして街の兵制と奴隷市場の実態を語った。ヴァイスがそれを補完する形で自身の観測を加える。
「要するにあの街は獣人の墓場みたいなモンだ」
ヴァイスは肩を軽くすくめ、手振りを加えてサラッと言葉を放つ。軽薄そうな口調ながら視線は真剣そのものだった。
「奴らにとっちゃ、亜人は商売道具扱いで人道もクソもありゃしない────出来ることなら全員救ってやりたかったがな」
「────ヴァイス殿と言ったな。グレン殿の友である以上それが自然なのだろうが……人間でありながら我らの味方に着いてくれるとは────真、不思議なものだな」
長老のヴァイスを見る眼は以前厳しいまま。
「そうかい?まあ俺もね」
ヴァイスは大げさに両手を広げる。
「最初は使命半分、好奇心半分ってとこだったけど?まあグレンがあんまり楽しそうにやってるもんだからさ!へへ」
グレンは何も言わない。このような場面ほど、彼が己の内心に仮面を着けて語ることを知っていたからだ。
「ふむ……」
長老は目を細めてヴァイスを見定めた。鋭い眼光が若い騎士を貫く。
「貴殿の剣技はどれほどのものだ?」
「あー、そうだなあ」
ヴァイスは双剣を思わせる素振りをする。
「これ一本で敵将の首は取れるし、双剣にすれば千の兵でも止められる。ま、グレンと違って俺は手数の方が武器だからな」
「即答か」
長老の口元が緩んだ。
「その自信は本物のようだな」
「慧眼だ」
グレンが横から口添えする。
「こいつは俺の最も信頼する戦友だ。腕も心も」
ヴァイスを一瞥し、一つ息を吐くと付け加える。
「────不本意ではあるがな」
「おいグレン」
「冗談だ」
「おま────ぜってー本気だったろ!」
「声が大きい。うるさい男は嫌われるぞ────ラビに」
「だからラビちゃんは関係ねーだろ!!」
ぎゃーぎゃー喚き始めたヴァイスを見て呆然とする長。彼の中で、魔装騎士=厳格な性格、というイメージがあったのかもしれない。だが実際は違った。
「……仲が良いのだな」
長がぽつりと言った。笑みがこぼれている。
「当然!俺たちの絆はダイヤモンドより硬いからな!だよな?グレン」
「……まあそういうことにしておこう」
グレンは肯定した。
「お!今日はやけに素直じゃねぇか!」
「勘違いするな。今のは便宜上だ」
グレンは咳払いして話題を戻す。
「今回、四人の獣人の解放、保護とヴァイスとの合流という成果を得られた。だが今後の展望としては、やはり難航せざるを得ないというのが俺の認識だ」
「ふむ」
長が続きを促す。
「さっきも言った通りこいつは腕が立つ。単純な戦力増強という面はもちろんのこと、行動を起こすときに二手に分かれたりなどの臨機応変な対応がしやすくなった。」
「それと獣人を四人保護できたこと────人手が増えるだけで出来ることも増える。力自慢の獣人であれば尚の事だ。しかし────」
グレンはここで話を少し区切り、
「これからもこのペースを維持できるかと言われれば話は別だ。他の同胞の存在は現状噂も聞かなかった。
奴隷解放にしても、今回は運良く合流したヴァイスの手を借りて四人を救出出来ただけだ。一人ではこの人数を守りながらの逃走は困難だ。
それに、次からは路上での奴隷販売の守りが強固になる可能性も高い────かなり暴れた」
グレンは自分の考えを述べた。長老はその言葉を聞くと瞑目し、長考する。
暫く後「ふむ……」と吐息を漏らすと、目を見開き、グレンを見つめ返した。
「確かにグレン殿の懸念も最もだ。我らも村に隠れ住んでいるとは言え、人間族の動きには目を光らせている。今のところダラスに大きな異変は無い……が」
長老が眉間の皺を深くさせながら、僅かに歯ぎしりする。
「────奴らは狡猾だ。近いうちに警戒が強化されることも覚悟しておいた方がよいだろう」
「ああ────足はついていないが、先日の人間達の襲来の件もある。
どこかで俺とこの村を結びつける者が出てくる可能性も考慮して、暫くは村の防衛強化に注力した方がいい…………ヴァイス。
────お前はこれからどう動く予定だ?」
珍しく口を挟まずに話を聞いていたヴァイスに向き直り、グレンは問いかける。
「そうだな────俺の考えとしては、グレンが村に残るなら俺が外縁警備を、って思ってたけど。新しく仲間が見つかるかも知れないしな。
でもまあ、しばらくはここに滞在させてもらってからだがな」
「策としては順当だな────ただ……いや、今はいい」
「────?なんだよ、言いかけてやめるのは良くないぜ」
「ここでは関係の無い話だ」
グレンは視線を逸らす。
「ふむ、ひとまずは滑り出し上々であることを素直に喜ぼう。また改めて話の場を設けるということでどうだ?」
「ああ、暫くは休息の時間に当てさせてもらおう」
「承知した。グレン殿、今日は帰還と新たな同胞の歓迎を兼ねてみなでの夕餉の席を設けようと思うがいかがかな?」
「ああ、有難く受けさせてもらおう。ヴァイス、お前も参加するだろう」
「もちろんだ、腹も減ってるしな!」
「では一旦解散とする。グレン殿、マリエルのご機嫌もとっておいてくれるか────毎晩泣いていたようなのでな」
「ああ、了解だ」
グレンは神妙な面持ちで答えた。横でヴァイスがニヤニヤしている。
「……なんだ、ヴァイス」
「なにもー?さ、話も終わったし、俺は先にお暇するぜ、他の連中とも話してみたいしな」
「…ふん」
二人は長に軽く会釈をし、テントを出ていった。
「魔装騎士、か……彼らが我らの守護神とならんことを切に願うのみだな」
長の呟きは、誰も居ない虚空へと消えていった。