「おおっ!戻ったか兄ちゃん!」
広場に足を踏み入れるや否や、熊獣人・バーグルの太い声が轟いた。既に数人の男衆が新入り四人の周りに集まり談笑していたが、彼らがヴァイスに気づくと一斉に視線を向けた。
「丁度いいタイミングだ!よおヴァイス!お前さんに一つお願いしたいことがあるんだが……」
バーグルが巨体を屈めて近づき、腕を組んで睨むように見上げてくる。
「俺の相手をしてくれねぇか?」
「おいおい……早速お誘いかい?」
ヴァイスは軽く両手を挙げた。
「何で俺?」
「なに簡単なことよ!」
バーグルは拳を握りしめグリップする動作を見せた。
「グレンの戦友だというお前の腕前を見てみてぇんだよ。ここの若造共は音を上げちまってよお……久々に骨のある相手とやり合いたくて仕方がねぇ!」
彼の目が爛々と輝き、血気盛んな気迫を放つ。
周囲の男衆から「おおー!」「面白そうだな!」と歓声が上がる。犬耳青年や小鳥娘まで興味津々の顔つきで見ている。
「ふーん……面白そうじゃん?」
ヴァイスの表情がにやけた。
「よし乗った!」
────丁度良かった。ヴァイスにもバーグルの力を測ってもらうか。
グレンは内心で考え、無言で距離を取る。
「じゃあ場所を空けろ!広場の中央を使うぜ!」
バーグルの一声で村人たちが距離を取り、即席のリングが形成された。砂埃を立てながら中心に立つ二人。
「武器は無しだ。徒手空拳で勝負をつけよう」
ヴァイスが軽く腕を回す。
「望むところだ!」
バーグルが吠えながら拳を鳴らす。
────模擬戦が始まる。
最初に動いたのは熊獣人だった。
ドンッ!
地面が抉れる程の踏み込みから巨腕が唸りを上げて振り抜かれる。常人なら一撃で粉砕されるだろう剛拳を────
────スッ……
ヴァイスは紙一重でかわした。次の瞬間彼の体が煙のように消えたと思ったらバーグルの懐に潜り込んでいた。
「おっと……危ない危ない!」
パン!
腹部に軽い掌打。本来ならば臓腑が破裂する威力だが────
「ぬぅっ!?」
バーグルの体が宙に浮いた。しかしバーグルは衝撃に耐える。
ヴァイスも、バーグルの身体を一目見た瞬間に、その並々ならぬ強靭さを感じていた為、この程度なら問題無いと理解していた。
ゴロン!
獣人が受け身を取りながら転がる。砂にまみれた顔でヴァイスを凝視する。
「……やるな!」
再び構えるバーグル。今度は慎重に距離を詰めてくる。
「へへっ……アンタも中々のもんだぜ?」
ヴァイスが軽くステップを踏むと風圧が巻き起こった。
次の瞬間────
────ヒュオッ!
疾風の如き連撃が始まる。拳・足払・肘打ち・フェイント────神狼騎士独自の体術が炸裂する。しかしバーグルは全てを耐え凌いでいた。
────グレンとヴァイス、二人の得意とする戦闘スタイルは反対に位置するものであり、「一撃必殺」を基本とするグレンの剛力に対し、ヴァイスのそれはスピードとテクニックを重視したものとなっていた。
「ガハハ!楽しいぞ坊主!」
熊獣人が咆哮と共にタイミングを測り、右ストレートを放つ。
────とった!
ヴァイスを吹き飛ばす確信を持って繰り出された轟なる拳。しかし
────パン!
「へへ、強いなアンタ!」
ヴァイスは易々とそれを受け止め、楽しそうに笑っていた。
────スピードとテクニックを重視した、というのはあくまでもグレンと比較した場合のみの話である。
彼もまた魔装騎士の最高峰。単純な腕力だけに限っても、それはこの世界に生きる者からすれば、頂上を遥かに超えた領域にいた。
「ぐっ!?……ううう……!」
自分より明らかに体格で劣る相手に自慢の剛腕を握られ、メシメシと押し返されるバーグル。必死に抗うも、徐々に膝が地に着き始める。その時────
「双方ともこれまでだ。これ以上は体力の浪費に過ぎん」
「はっ!?」
「へ?」
バーグルとヴァイスが同時に振り向く。
「見世物は終わった」
グレンは淡々と言い放つ。
「結果は明白だろう」
バーグルは喉を鳴らすと膝を折り屈服のポーズを取った。
「認めるぜ……この俺を手玉に取るとは……さすがグレンの戦友ってことか」
「伊達に長い付き合いしてないってことさ!でもアンタも悪くなかったぜ、バーグルさん?」
ヴァイスは馴れ馴れしく肩を叩く。
周囲から拍手喝采が沸き起こった。子供たちは興奮して飛び跳ねている。
「ヴァイス殿!」
年長の獣人が感極まった様子で叫ぶ。
「あんたが味方ならこの村も安泰だ!」
「だろー?」
ヴァイスが得意気にウィンクする。
「ま、これからもよろしく頼むぜ~♪」
村人たちは笑顔で握手を求めてくる。ヴァイスも照れ臭そうに手を挙げて応えた。
一方、グレンは遠巻きにこちらを見守るラビの姿に気づいていた。少女は切なさと憧憬の入り混じった表情でヴァイスを見つめている。
「おいヴァイス」
グレンが近寄り低い声で囁く。
「なに?相棒?」
「村の連中はお前の実力を認めたようだな」
「当然だろうよ!」
ヴァイスが胸を張る。
「何しろ神狼騎士だし?」
「馬鹿言え」
グレンはため息をつく。
「問題は……お前の口調だ。村の女性達にあまり慣れ慣れしく接するな」
「へ?なんで?」
「……お前は気づいてないかもしれんが」
グレンの視線がラビに向かう。
「女という生き物は複雑なんだ」
「はぁ……?」
その時マリエルがタタッと走り寄ってきた。
「ヴァイス様凄かったです!」
満面の笑みだ。しかし────
「……でもやっぱりグレン様の方が強いですよね?」
最後の言葉には明らかな主張が込められていた。グレンは軽く眉を上げるだけだが─
「お?お嬢ちゃん中々見る目あるね」
ヴァイスがニヤリ。いつもの悪巧みの顔だ。
「確かに、君の旦那は強すぎて比較にならねぇよな~?」
「へっ!?」
マリエルが顔を真っ赤にして飛び退く。
「だっだだ旦那って!まだそんな!……あ……コホンッ!」
「……ヴァイス」
グレンが真顔で拳を握る。
「余計な口は減らしておくことにするか?」
「え?ちょ!ジョーダンだってば!おいグレン!」
慌てて逃げ出す神狼騎士をつかつかと追う皇竜騎士。その姿に爆笑が巻き起こった。
夕暮れの広場に笑い声がこだまする。新たな守護者の到来により、獣人の村には希望の灯火がさらに強くその勢いを増したのだった。