朝霧が村を包む中、マリエルは水場で顔を洗っていた。透き通る水滴が頬を伝う感触も今日はどこか新鮮に感じる。
昨夜刻まれたばかりの愛の証が胸元に熱を持ち、脈打つ度に思わず微笑みがこぼれてしまう。
「おはよう!マリエル!」
背後から元気な声。振り返れば幼なじみのミミィが飛び跳ねるように駆け寄ってくる。
「わぁぁっ!あなた今日めちゃくちゃ綺麗!」
「えっ……そ、そうかな?」
マリエルは慌てて頬を押さえるが顔全体が紅潮するのが自分でも分かる。
「うん!キラッキラしてる!それに……」
ミミィはニヤリと笑い声を潜めた。
「首のとこ……隠れてないよ?」
「えええっ!?」
首筋を確認すると確かに鎖骨付近に紅い痕跡。昨夜グレンが「印だ」と囁きながら優しく吸い付いた場所だ。
「ひゃ…………!」
悲鳴と共に襟元を掴むマリエル。その反応にミミィは腹を抱えて笑い転げる。
「よかったねぇマリエル!想いが実って!」
「み、見ないでぇ!」
少女は逃げるように水場から離れるが耳まで真っ赤だ。それを近くでさりげなく見ていた夫人が朗らかに声をかける。
「まぁまぁ!マリエルちゃんったら初々しいこと!」
「や……やめてください!」
「でもねマリエル」
夫人は微笑みながら少女の肩に手を置く。
「あの人が帰ってきてくれて本当に良かったわ。あなた本当に憔悴しきっていたもの」
「……はい」
マリエルは俯いて頷く。確かにこの一週間は長すぎた。グレンの無事を信じながらも泣き明かした夜は数知れず────というか毎晩だった。
「でももう大丈夫です!わたし強くなります!グレン様のお役に立てるように!」
その宣言にミミィと夫人はニコニコと笑い、拍手
を贈る。朝の始まりを感じ鳴き始めた虫の音が、リーン、リーンとその祝福に花を添えていた。
***
朝食の準備をしていると突然背中をポン、と叩かれた。
「よぉマリエルちゃん!おはようさん!」
振り向けば陽気な神狼騎士・ヴァイスがウィンクしながら立っていた。
「ヴァイス様!おはようございます!」
「おうおう元気そうで何よりだ」
彼は愉快そうに笑みを深める。
「で?昨夜は満足したのかい?」
「ふぇっ!?」
唐突な質問に持っていた鍋を落としそうになるマリエル。
「なっななな何言ってるんですか!?」
「いや別に?ただ見た感じすごく幸せそうだからさ」
「そ……それはそうですけど……!」
俯いてしまうマリエルの様子を観察しつつヴァイスは苦笑する。グレンからは「くれぐれも彼女に不用意に絡むな」と釘を刺されていたのだが……
────まさかここまで初々しいとは思わなかったぜ。まあそれが可愛いんだけどな。
「まあまあ落ち着けって」
彼はマリエルの頭をポンと撫でる。
「大事なのは気持ちだ。愛なんて形じゃなくって気持ちで伝えるもんだぜ?」
「気持ち……?」
「おうよ。だからこうやって毎日『大好きです』って言っちゃえばいいんだよ!」
「そっそんなの無理です!」
「え〜?グレン絶対喜ぶぜ?」
「うぅ……」
煮え切らない態度にヴァイスはケラケラと笑い声を上げる。この少女の純真さに触れているだけで彼まで心が洗われるような感覚だ。
「しかし、ほんとにすごいぜマリエルちゃん。あのカタブツ騎士をよくあんなに…」
「カタブツ……?確かに、口数の多い方ではないですけど…とても誠実で、強くて、優しい方です」
マリエルははにかみながら下を向く。その頬は朱に染まり、幸福の様相を鮮やかに彩っていた。
「はー……恋する乙女だねえ、グレンも幸せもんだな、こんなに愛されて」
「あっ、あああい!愛って…!」
唐突にマリエルの口が壊れる。
「いや、好きなんでしょ?グレンのこと」
ヴァイスは笑いを堪えて尋ねる。
「は……はい……とても、その、お慕いしております…」
純粋の塊だった。
「まあ、そういう素直なとこもいいんだろな」
最後にマリエルの頭にポン、と手を乗せるヴァイス。
「まあ、気持ちを言葉にするってことは大事なことだぜ、マリエルちゃん!」
じゃあね、と手をピッと振り、冷やかし大好きな騎士は去っていった。
「気持ちを言葉に……」
マリエルは、純粋な少女の顔でその言葉をいつまでも反芻していた。