朝食が終わり、村の日常が今日も始まろうとする時間。グレンはヴァイスを連れ立って、バーグルのテントを訪れた。
「バーグル、いるか」
「おう、中に入って待っててくれ!もちっと時間かかるからよ」
声に促され、テントに入る二人。そこには彼の図体からするととても小さな籠の中に手を添えて、何やら妙な行動をしているバーグルの姿があった。
「何をやっている?」
「おう、すまねえなグレン。すぐ終わるからよ」
そこでヴァイスが不思議そうに籠の中を覗き込む。
「ん?これは────虫か。カブトムシってやつかな。しかしこれは……」
そう、バーグルはカブトムシの世話をしていた。敷き詰めた土を適度に湿らせ、自然に近い環境になるように木の切れ端をいくつか入れ、今は餌となる樹液を補充しているところだった。
中に居たのは────額から生えたツノが中程で折れてしまっている、という所を除けば何の変哲もない一匹のカブトムシだった。
「狩りをしている時に偶然見つけたんだ。縄張り争いに負けたのかなんか知らねえが、ツノが折れてジタバタしてるのを見ると……ほっとけなくてよ」
その時の事を思い出したのか、若干しんみりとした表情に変わり、話を続けるバーグル。
「多分これじゃ自然界じゃ生きていけねえ、だからこうやって一緒に暮らしてんだ!」
飼う、では無く暮らす、という言葉を使う辺りにバーグルの心根がありありと見える。
その心をしかと受け止めているのか、カブトムシは餌に目もくれず、バーグルの指先を求めてパタパタと足を伸ばしていた。
「ほら、ロイって名付けたんだ。結構仲良しなんだぜ、へへ」
バーグルも、普段の厳めしい顔とは違う、友からの信頼を嬉しがる笑顔を浮かべていた。
正に種を超えた絆を感じた二人の騎士の脳裏を 同じ思考が掠めていく。
「おい、グレン」
「ああ────これはもしかすると……」
二人の会話に気づくことなく、バーグルは世話を終え、二人に向き直る。
「よっし、待たせたな!んで?これから何すんだ?訓練か?」
「訓練────まあそのようなものだ。テントの外でやろう」
「────?おう」
不思議そうにしながらも素直に応じ、騎士に続き外へと繰り出すバーグル。
亜人が一方的に人間族に追いやられる世界
『イルミナ』
────今、その歴史に新しい風が吹き荒れる。
「簡潔に言う────バーグル。お前も魔装騎士としての力を使えるようになるかもしれない」
バーグルを座らせ、その前に立つグレン。頭を使うのが苦手だと言っていた彼に配慮し、グレンは結論だけを伝える。
「あ?魔装騎士の力って、色んなこと出来るんだろ、アンタら。どれのこと言ってんだよ」
「最重要として、闘気を身につけ戦いに使うことだ」
「トウキ?魔力みたいなもんか?」
「そうだな、俺達の故郷には魔力と言う概念は無いが、身体能力や武器の威力を上げられるという点では同じものだ」
グレンは座り込み、ヴァイスもそれに続く。
「そんなの俺に使えんのかよ。闘気とか言われても、魔力すらねえんだぞ、俺」
「闘気とは、己の体内に満ちる活力、スタミナや体力と言い換えてもいい────それを戦いに通じるものへと練り上げ、変化させたものだ。つまり、本来は誰もが持っているもの」
そこでヴァイスが説明に加わる。
「材料は誰でも持ってるが、それを練り上げる為には、鍛えられた心身────つまり強靭な戦士であることが必要だってことさ」
グレンがそこでヴァイスを見やり、バーグルへ語る。
「バーグル、先にも言ったことがあるが、俺はお前の強さを認めている。昨日手合わせしたコイツも同様だ。
闘気も魔法も使わずにそこまで戦い、同胞を守り抜いてきたお前は、間違いなく一流の騎士だ」
「グレン、ヴァイス……お前ら……!」
厳つい熊獣人の目に涙が浮かぶ。目の前に並ぶ至高の騎士二人が、己のことをこれほどまでに評価してくれている。
それは仲間を守る戦いを続けてきた戦士にとって、何よりも尊い勲章のようなものだった。
「しかし、今まで存在すら知らなかったものを今使えと言っても土台無理な話だ────そこで、荒療治になるが、まず俺とヴァイスで、お前に闘気を実感させ、体内の気を覚醒させる」
騎士二人が顔を見合せ、立ち上がるとバーグルの背後に回り、それぞれが肩に手を乗せる。
「バーグル、目を瞑れ。」
「お、おう……」
言われるがままに瞑目するバーグル。
「今からお前の肩を通じて、俺達の気を流し込む。お前はまず肩に神経を張り巡らせ、その存在を感じろ」
「そんなこと出きっかなあ、俺……器用な方じゃないぜ?」
「俺は出来ると踏んでいる。自信を持て、手先の器用さは関係ない。大事なのは騎士の素質だ」
「そうそう、気楽に構えな」
「おう────よっしゃ来い!」
バーグルは両手でバチン!と己の両頬を張り、集中に入る。
「準備はいいな────行くぞ」
グレンの言葉を皮切りに、騎士二人がバーグルへと練り上げた気を流す。
「おっ?おっ!?なんか肩がすげー熱いぞ!」
「……感じたか────予想以上の早さだ。バーグル、今その肩に感じているもの、それと同じものがお前の内にも存在する。丹田に力を込め、集中しろ、己の中にある気の流れを感じ取れ」
バーグルは無言で従い、自分の内側を覗き込むような感覚で瞑想を続ける。
果たして、その時はすぐに訪れた。
「……分かる。分かるぞ!俺の体のあちこちを熱い気がぐるぐる回ってやがる!」
「よし、後はそれを一箇所に集め、固めていくイメージだ。腕でも脚でもどこでもいい。まずはやってみろ」
グレンの言葉を受け、バーグルは自身の右拳から肩までを意識し、気を集め、固めていく。
「出来た、ような気がする……」
「────右腕か、よし。それでそこの岩を殴ってみろ」
グレンが示した先にある高さ五尺程の大岩。バーグルは立ち上がり、緊張と不安でゴクリと喉を鳴らしながらも、グレンを信じて渾身の拳を繰り出した。
────ゴッ!ドガァァァン!!
風を切り裂き、轟音と共に放たれた拳は、大岩を粉々に砕き切った。風圧が粉塵を巻き上げ、ゴウっと唸り声を上げる。
「…………!す、すげえ威力だ!!しかも手が……」
生身で岩を砕いたその拳には、切り傷一つ入っていなかった。
「ヒュー♪すげえじゃん!」
「ああ、これほどとはな」
グレンがバーグルに近づく。
「やはりお前の素質は天賦の物だった。これから毎日気を操る訓練を怠るな。お前ならすぐに使いこなせる。もはや具現化兵とも対等以上に渡り合えるだろう」
「お、おう!……恩に着るぜ……二人とも!」
バーグルは、生まれ変わった拳を握りしめ、これからの戦いへの決意を新たにすると、グレンへ聞く。
「でもよ、これ他の連中には教えねえのか?」
「お前以外は肉体も心も鍛錬不足だ、気を感じ取れるようになるまでも時間がかかるだろう────ここからはお前の役目だ、後輩をしっかり導いてやれ」
「おう、絶対にやり遂げてやるぜ!……っと、これで今日言ってた用件は終わりか?」
「その予定だったがな……ヴァイス」
「ああ、やってみようぜ」
「お?」
目を丸くするバーグルを連れて、三人はテントの中へと戻る。
「さて……コイツの出番だぜ」
中に入るなり、ヴァイスは例の籠へと向かう。
「ロイをどうするんだ?」
「いんや?さっきお前達すげー仲良さそうに見えたからさ────契約、できるんじゃないかと思ってよ」
「契約……?それってまさか……」
思い当たったバーグルにグレンが答え合わせをする。
「そう、魔装────お前とロイの絆の鎧だ」