「…………あっ!グレン様!」
その呼びかけに全員の視線が集中した。少女は頬を上気させながらグレンの前に駆け寄る。手に握られた竹筒からは水が零れそうだ。
「どうしたマリエル、何か急用か?」
グレンが心配そうに声をかけると、少女は深呼吸ひとつ。そして決死の覚悟で口を開いた。
「あ……あのっ!わわわ私!グレン様のこと!」
広場が静まり返る。バーグルが目を丸くし、ヴァイスは固まり、周囲の村人たちも固唾を飲んだ。
『大好きです!!』
張り上げても尚、鈴の音のように美しい声が広場中に響き渡る。
一瞬の沈黙────次の瞬間ざわめきが波のように広がった。
「「「「「 おおおおおっ!!!」」」」」
拍手と歓声の嵐。老人たちの「若いのう!」という声。子どもたちの無邪気な「ラブラブ!」コール。マリエルはようやく自分が公衆の面前で愛の告白をしたことに気づいた。
「……あっ……ああっ!?」
顔から湯気が出る。慌てて後ずさろうとするが足がもつれ竹筒を盛大にひっくり返した。
「ひゃああ!?」
中に入っていた水が足元に広がる。マリエルは涙目になりながらしゃがみ込む。
「大丈夫か!」
グレンが素早く膝をつき少女を支える。尻もちを着き、その白く柔らかな手のひらは泥で汚れている。
「怪我は!?」
「なっ無いです!でも……どうしよう私!」
パニックで声が震える。周囲の視線が痛い。羞恥で視界が歪む。
「みんなの前で……わたし……恥ずかしい……」
「落ち着けマリエル」
グレンの声はいつもの冷静さを取り戻しつつもどこか暖かい。
「お前の気持ちは嬉しい」
「でも!」
少女が顔を上げると涙がこぼれそうになっていた。
その時だった。
「おうおう!見せつけてくれるじゃん!」
ヴァイスがニヤニヤと、拍手しながら割り込んでくる。
「俺もラビちゃんに後で愛の告白しちゃおうかな~!」
「やっ……やめてくださいヴァイス様!」
さらにマリエルの羞恥心に火をつけるような発言。しかし次の瞬間ヴァイスは真面目な口調になった。
「むしろ皆に祝福されてよかったじゃないか」
ヴァイスは片目を瞑りウィンク。
「グレンの嫁だと正式に宣言できたわけだし?」
「よ……嫁!?」
「そうだな」
グレンが立ち上がりマリエルを見据える。
「俺もお前を大切に思っている。この先も共に歩んでいきたい」
「グレン様……」
感極まった少女の瞳に涙が溜まる。しかし次の瞬間顔を真っ赤にして叫んだ。
「でも恥ずかしいものは恥ずかしいんです~!」
その素直な反応に広場は爆笑の渦に包まれた。
「青春だのう」
「グレンお兄ちゃんとマリエルお姉ちゃん、結婚式しよう!」
「キスは!キスは!?」
マリエルは逃げ出そうとするがヴァイスに腕を掴まれる。
「まあまあ逃げずに聞けって」
「離してくださいヴァイス様ぁ!」
「マリエル」
グレンが優しく呼びかける。
「お前の気持ちが嬉しかったのは事実だ」
「でも……」
「それに────」
彼はマリエルの乱れた髪を直しながら微笑む。
────どんな形でも伝えようとする姿勢は尊い。
その言葉にマリエルの暴走もようやく収束した。顔は真っ赤だが嬉しそうに頷く。
「ありがとうございます……グレン様」
「ああ」
「いやあー、良かったねマリエルちゃん!よかったよか『ヴァイス────お前だな?』
────ヴァイスの言葉に被せて、グレンの声が叢雲の一撃の如く突き刺さる。
「ハ……ハハ……何をいきなり」
ヴァイスの顔が引き攣る。
グレンは無言で右手の鎧を部分召喚し、拳を握る仕草を取る。
「ちょちょ、待て待て!悪かったって!」
慌ててグレンをなだめるヴァイス。
「あ、あのグレン様!ヴァイス様を責めないであげてください!私が勝手にやっただけなんで…!」
マリエルの嘆願を聞き、グレンは鎧を解除する。
「マリエルは素直なんだ。お前と違ってな────弄ぶようなことを吹き込むな」
「へーーい……」
しょぼくれるレイに村人からの温かな笑いが漏れる。
────こうして桃色純情少女の大暴走は村中を笑顔で満たした。しかし当人にとっては生涯忘れられない事件となったことは間違いない。
そして、その一部始終を遠巻きに眺める一人の兎獣人の少女。
────彼女の視線はグレンの隣、ヴァイスの姿を切なく捉え続けていた。