紅蓮の騎士と神狼の銀閃   作:うしえもん

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光の加護

 

 

「シャル様!!」

 

 

 

グレンの呼び声に飛び出したリリアーヌは小屋に駆け込み、シャルロットの惨状に顔をしかめた。

 

その瞳がじわりと濡れ出す。

 

 

 

しかし彼女は目を一瞬瞑り、自らの頬に、首が折れ曲がるかと思うほどの平手を叩き込んだ。頬が赤くなるまでの時間すら惜しいという気迫で、冷たい床に横たわるシャルロットに駆け寄り力強く叫ぶ。

 

 

 

 

「大丈夫……大丈夫です、シャル様! すぐに助けますから!」

 

 

 

リリアーヌは震える手で、しかし迅速に応急処置用の薬草を取り出す。

 

 

 

必ず助ける、その意志を強く宿した瞳は先程まで怯え泣いていた少女ではなく、まさに友を助ける覚悟を決めた者のそれであった。

 

 

 

グレンは無言で周囲を警戒しながら、部屋の奥に積まれたガラクタの山から一枚の大きな布を選んだ。

 

 

 

「彼女を運ぶ」

 

 

 

簡潔に言うと、グレンはシャルロットの体を慎重に抱き上げた。折れた指骨に触れぬよう注意深く手首を固定し、布で体全体を包み込む。

 

 

 

「行きましょう」

 

 

 

リリアーヌが先導するように扉の外へ向かう。

 

 

 

小屋を出ると夜空には半月が浮かび、森は静寂に包まれていた。鳥の声も虫の羽音もない死んだような闇の中で、三人の影だけが蠢いていた。

 

 

 

「アテはあるのか」

 

 

 

グレンが問う。

 

 

 

「メイリーン王国の隠れ家があります。そこなら治療も施せます」

 

 

 

リリアーヌの声は緊張で硬いが確かな意志がこもっていた。

 

 

 

「わかった、リリアーヌ、走れるか。案内を」

 

「はい!」

 

 

 

グレンはシャルロットを抱え、リリアーヌについて走り出した。鍛え上げられた体幹と重心移動で、抱いているシャルロットには一切の負荷をかけない動きだった。

 

 

 

 

月夜の下、絆で結ばれた異種族の少女二人を守護者が守り、導く。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

国境から少し離れた森の中に入り、三人はメイリーン国の秘匿された隠れ家に辿り着いた。

 

シャルロットをそっと寝台に横たえる。

 

 

 

「すぐに処置をする」

 

 

 

グレンは無骨な革袋から医療器具を取り出し、手際よく消毒薬を塗り始めた。

 

 

 

リリアーヌが震える声で言う。

 

 

 

「あの……シャル様の服は……」

 

 

 

グレンは一瞥すると「邪魔だ」と短く答え、ボロ布となった服を容赦なく剥がしていく。シャルロットの白い肌には無数の痣と傷痕が刻まれており、特に指先の惨状が目を焼くようだった。

 

 

 

「耐えてくれ」

 

 

 

声は低いが温もりのある口調だった。

 

リリアーヌが絞った清潔な布で患部を拭きながら嗚咽を飲み込む。

 

グレンは精密な手つきで指骨を本来の位置へと整列させ、樹皮から作った接着剤と麻糸で固定していく。最後に軟膏を塗り、湿布を巻き付けた。

 

 

 

最後に己の気を練り、治癒力が高まるよう彼女の全身へと触れながら慎重に流し込む。加減を誤るとその反動による発熱とショックで命を落としかねない。

 

 

 

騎士の額に大粒の汗が浮かぶ。

 

 

 

 

「しばらくは動かすな。明日には炎症も治まる」

 

 

 

 

無事に処置が終わり、乱れた呼吸を整えながらグレンはリリアーヌへそう伝えた。

 

 

 

その言葉にリリアーヌの肩の力がわずかに抜ける。

 

シャルロットの規則正しい寝息が安堵をもたらした瞬間だった。

 

「ありがとうございます……グレンさま……」

 

 

 

リリアーヌの感謝の言葉は夜の静寂に溶け込んでいく。

 

 

 

────皇竜騎士の闘いはまだ始まったばかりであった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

翌日、隠れ家に置かれていた簡易食料で補給を行い、グレンはシャルロットの容態を診ながら追加の治療を行う。シャルロットは深い眠りについているが時折苦悶の声を上げる。

 

 

 

「シャル様……!」

 

 

 

リリアーヌは不安に駆られながらも甲斐甲斐しく看病する。

 

 

 

グレンは隠れ家の地図を広げつつ思考を巡らせていた。

 

 

 

────この地域はアルダイン帝国の勢力圏から遠くない。王女の生存がバレれば再び襲撃される可能性が高い……メイリーン本国まで逃げるのが得策だろう。

 

 

 

「リリアーヌ」

 

「はい!」

 

「メイリーンまでの距離と危険要素を知りたい」

 

 

 

リリアーヌは真剣な面持ちで説明を始める。

 

 

 

「ここから北東にまっすぐ進めば二日で国境に出ます。ただ、アルダイン兵の詰所が二箇所…。見つからずに進めるかどうか…」

 

「なるべく無駄な戦闘は避けたいところだが…二箇所程であれば、迂回して時間をとる方が愚策だと俺は判断する。後手に回らぬためにも、王女の容態が安定したらすぐに発つ、経路の確認を頼めるか」

 

 

 

「お任せ下さい!」

 

 

 

 

夜の帳が再び降り始める頃、隠れ家にてシャルロットの意識が徐々に戻り始めていた。

 

 

 

***

 

 

 

 

……ん…うう……

 

 

 

 

闇に沈んでいた意識がうっすらと浮上してくる。

 

体が酷く重く、そしてあちこちに強い痛みが走っている。起き上がれそうにも無い。

 

 

 

だが、命を繋ぎ止めた、いや、誰かに繋ぎ止めてもらったという感覚が確かにあった。顔だけを僅かに動かしながら、周囲の様子を見る。

 

 

 

自分の体には純白の大きな外套が、毛布代わりにかけてあった。不思議と自分以外の温もりを感じる外套だった。微かに鼻腔をくすぐる香りも守られる安心感を抱かせてくれる。

 

 

 

服を着ている感覚はない、兵士に痛めつけられていた時にはもうボロボロだったため、既に取り去られているのだろう。

 

 

 

 

私……助かったのね……

 

 

 

 

「目が覚めたか」

 

 

 

横から低く、甘い声が聞こえた。横を向くと、黒いスーツに身を包んだ精悍な顔立ちの青年が、腕を組み、壁によりかかって立っていた。

 

 

 

その若さと打って変わって、歴戦の猛者、という言葉ではくくれない程の強い精神を感じる眼差しだった。

 

 

 

「あなた様が……助けてくださったのですか」

 

 

 

シャルロットは尋ねる。

 

 

 

「…………俺ではない、助けたのは……分かるだろう」

 

 

 

青年は視線で誘導する。

 

シャルロットが少し下の方に目を向けると、寝台の横に突っ伏して眠る、長い耳の少女の姿があった。シャルロットの一番大好きな少女だった。

 

 

 

「リリアーヌ……」

 

 

 

涙が零れる。

 

 

 

だがまだ気を失う前の記憶が甦る。

 

 

 

「あ……リリアーヌを追うために、私を攫った兵士達がまだ残っているはずです……リリアーヌに逃げるように言わないと…」

 

 

 

青年は冷静に告げる。

 

 

 

 

「心配無い、全員制圧した」

 

 

 

シャルロットは困惑する。

 

 

 

「え?」

 

 

 

「奴らは再起不能だ、お前達を再び傷つける事はない」

 

「あの人数を……?」

 

 

 

シャルロットの思考が停止しかけるが青年は続けた。

 

 

 

「……詳しい事は回復してから話す。まだ体を休ませろ」

 

 

 

暫くしてリリアーヌが目を覚まし、シャルロットの覚醒に涙を流す。グレンは二人に食事を勧めながら休息を促した。

 

 

 

手を動かせないシャルロットのために甲斐甲斐しく介助をするリリアーヌ。

 

 

 

満身創痍の身体で、身を潜めるは薄暗い小屋の中。

 

 

 

しかし、二人の胸中は驚くほどに恐怖も、不安感も霧散していた。

 

 

 

 

それは決して気のせいではない。

 

 

 

 

 

彼女たちは今、まさしく晴天に輝く太陽に守られていた。

 

 

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