数日後、シャルロットの容態が安定したのを確認してから小屋を立ち、メイリーン国の国境手前まで到達した一行。前方に先日のものと同じ軍服を着た兵士達が隊を成して待ち構えていた。
────やはり現れたか。
一行の行く手を遮るように兵士達が陣形を変え、中央の隊長が口を開いた。
「この先には行かせん……その腕に抱いている者を渡してもらおう」
「何を言っているのか分からんな」
グレンは抱いていたシャルロットをそっと下ろし、冷たい声音で淡々と返す。
「我々はアルダイン兵だ。シャルロット王女を連行するために派遣された」
その目は、外套に包まれたシャルロットに確実に向いている。立ち塞がる男達の眼差しは、小屋に居た者のそれと全く同じ、濁りきった光を放っていた。
「貴様らは知らないだろうが彼女は脱走した犯罪者だ」
「ほう」
グレンが鼻で笑う。
「あいにく俺の目にはそう見えないのでな、貴様らに従う理由が無い」
グレンの不敵な態度に隊長が目を細める。
「加担する者は────死だ」
「死……か」
グレンが嗤う。
「やれ!」
その号令に、兵士達が一斉に飛びかかる。
「死ぬのは────貴様らの方だ」
目に止まらぬグレンの斬撃、風切り音を僅かに遅らせつつ剣が踊る。
武器、鎧が尽く砕け散り、丸裸となる兵士達。
彼らは、己の状況を理解するより早く、全員が両手首から先との今生の別れを遂げていく。
一方的な戦場を作り上げつつも、グレンの体の位置はシャルロット達の前から微塵も動いていなかった。
シャルロットとリリアーヌは目の前の光景に言葉が出ない。
「なっ!?き、貴様!!」
一際大きな体格である隊長の男が、戦斧とプレートメイルを具現化させる。
「ほう、中々の規模だな」
グレンは事も無く言い放つ。
「あっ、あんなに広い具現化なんて!」
少女達は怯えの顔を見せる。
「抜かせ!!死ねい!」
巨大な戦斧を振りかぶる。グレンの頭上に今にも届こうとしたその時────
「────どうやら記憶力の方はあまり規模が大きくないようだな」
戦斧の動きがピタリと止まる。グレンは指二本で刃を挟み、その動きを完全に封じていた。
「言ったはずだ────死ぬのは貴様らだと」
斧をいなし、よろめいた男の心臓部に、具現化鎧の上から掌底を加える。
ズドン!!
鎧は砕け散り、生身の胸部から背中まで撃ち抜かれた衝撃に男は悶絶し、言葉を発することもなく倒れ伏した。
「────とは言ったが、命だけは勘弁してやる…………貴様らが名も知らぬ少女に感謝するんだな」
僅か二十秒足らずの蹂躙劇、グレンは汗ひとつかかず、戦場を見下ろしていた。
「なんて強さなの………」
魔装騎士の力の一端を目の当たりにし、二人は驚愕する。
「さあ、行くぞ。時間は有限だ」
三人の逃避行は今しばらく続く。
***
メイリーンの国境まであと少しという地点で日が沈み、野営の準備をするグレン。火を起こし、暖を取れる位置にシャルロットを座らせると、傷の治療を開始した。
「痛みの酷い場所はあるか」
グレンは気を彼女の身体に流し込みながら、問いかける。
「いいえ、グレン様のお陰でとても安らかです────すごい技術ですね、これは……」
「ならいい」
しばらく後、治療を終えたグレンは手のひらを放し、シャルロットを横にそっと寝かせる。
「完治するにはまだまだかかる、あまり動いたりするな」
「はい、ありがとうございます、グレン様」
「礼なら全て終わったあとで聞こう」
グレンは座り、木の幹に背中を預け、目を閉じる。
「……なぜ、力を貸してくださったのですか」
シャルロットは尋ねた。
「力を貸したのではない」
意外な言葉。
「え?」
シャルロットは意味を理解しかね、不思議そうな顔をする。
「……俺はこの世界の者ではない」
グレンは目を閉じたまま答える。
シャルロットは続きを促すかのように無言で応える。
「かつて俺のいた世界では、ここのように亜人というものはいなかった。いたのは人間だけだ……悪しき魔物を除けばな」
「人間の悪しき感情や欲望……それらが瘴気となり、取り憑いた骸を凶悪な魔物へと変貌させる」
「魔物……」
「俺は────同胞達と共に、人間を守るため魔物を狩り続けてきた……剣で切り捨て、浄化することが奴らへの唯一の救いだ」
そこでグレンは目を開け、シャルロットと、話を黙って聞いているリリアーヌを一瞥する。
その眼差しは、どこか敬意を含んだような光を持っていた。
「俺は故郷での使命に従い────斬るべき魔物を斬り、守るべき人間を守っただけだ……理解が難しいならそれでもいい」
再び目を閉じる。グレンにとってそれが全てだと言わんばかりだった。
「それでも……私達を守ってくれて感謝しています、グレン様」
シャルロットは微笑みかける。
リリアーヌも涙を浮かべながら小さく頷く。グレンはその視線に気づいているのかいないのか、一言だけ漏らす。
「……全てが終わるまで、俺はお前達と共に戦うだけだ」
「はい……!」
リリアーヌは涙を拭いながら、力強く肯定の声をあげる。
シャルロットはまだ痛む体を僅かに傾け、グレンに頭を下げた。
「よろしくお願い致します……!」
「………早く寝ろ、傷に障る」
シャルロットはグレンの気遣いに満ちた厳しい言葉に、暖かいものを感じて微笑んだ。