繋ぐ者
────メイリーン城 謁見の間────
「まずはグレン殿────此度のシャルロット救出への尽力、真に感謝いたす」
「偶々居合わせただけだ。謝辞ならリリアーヌに述べてくれ」
このやり取りから始まった謁見。玉座に座るのはシャルロットの父である人間族国王、ギルフォード。
金髪の端正な顔立ちに深く刻まれたシワは、対等主義を抱える故の、彼のこれまでの苦難の人生を物語っている。
対するグレンの一声目は、国王に向ける話し方としては不敬にも値するものであったが、彼とと、その傍に控える騎士団長、セバスの表情には何の変化も見られなかった。
彼らは、グレンの並々ならぬ実力と、自分の信念に生き、誰に媚びることもない気高さを肌で感じ取っていた。
「であるか────リリアーヌ……大義だった」
国王が真剣な眼差しでリリアーヌに視線を向け、労いと感謝を口にすると
「いえ、そんな!グレン様はこう仰られましたが、私達がこうして生きて戻ることが出来たのは、何もかもグレン様のお陰であることは間違いありません!」
リリアーヌは涙ながらに語る。
「私は最初、人間族ということに不信感を抱える態度を取ってしまったのに……そのお力を目の当たりにした途端、都合良くもお力添えをお願いしてしまったのです……
でも、グレン様は即座に私を導いて下さいました。シャルロット殿下の深いお怪我を、夜を徹して────大粒の汗を流しながら治療してくださって……ぐす……」
リリアーヌは溢れる涙を拭いながらも話し続ける。
「帰還の道中、再度アルダイン軍にも襲われましたが、私は気づいておりました────グレン様が、その圧倒的なお力で敵勢をねじ伏せつつも、万一にでも殿下と私に敵の動線が及ばぬように立ち回られていたことを……」
そこでリリアーヌは感極まり、グレンの方を向くと、床に額を付け謝した。
「偉大なる騎士様、そのお導きに心から感謝いたします……!」
リリアーヌの涙の謝辞を聞き、国王とセバスの口元が緩む。「頭を下げるな」とリリアーヌの肩を掴み、顔を上げさせるグレンに国王が口を開いた。
「……と、いうことのようだが?」
「────俺はただ、己の成すべきこととして動いたまでだ……詳しいことは覚えていないな」
この一言が決め手となった。国王とセバスの顔が大きく崩れる。
「フハハ!これほどまでに高潔で不器用な人間がいるとはな────グレン殿、やはり先程の謝辞は撤回など出来ぬようだ。なあ、セバス?」
「そのようですな」
問いかけられたセバスも弾むように相槌を打つ。
「グレン殿、是非賓客としてここに滞在してもらえぬか。一人の父親として────この感謝の心、受け取ってもらいたい」
「────ありがたく頂戴する。どの道、アルダインとのいざこざが済むまでは離れるつもりは無い。約束したからな、最後まで共に戦うと」
「それは────なんとも心強い味方を得たものだ。神にも感謝せねばなるまいな」
国王が嬉しそうに話していると、グレンが口を継いだ。
「それと、今回の経緯について知りたい。リリアーヌからはアルダインからの休戦提案という罠にかかったと聞いたが」
「ああ、その通りだ。もう察しの通り、我が国は長年、亜人との対等な関係を作っている。それはこの世界の人間族として極めて異質なものでな────大国アルダインからも目の敵として執拗に狙われていたのだ」
「そのような大国から狙われる理由があるのか?」
「うむ、我が国は鉱石採掘が盛んでな。世界有数の資源を抱えているのだ。大国の軍からしたら喉から手が出るほど欲しいのだろう」
「ふむ……なるほどな。そこで今回の休戦の話か。しかし、当然ながらこちらも警戒したのだろう?護衛はどうしたのだ」
「うむ……勿論、この国────いや、父親として何よりの宝である娘を向かわせたのだ。我が国の精鋭騎士達をシャルロットへと付けた。いずれも強力な具現化兵装を持つ者達だった」
「だが、何らかの理由で打ち破られた、ということか」
「うむ……そうだな?リリアーヌ」
「はい、間違いありません」
国王はリリアーヌへと何か確認を取るような素振りを見せると、グレンへと話を戻した。
「グレン殿、この先の話はまた後日ということで如何か?この国の根幹にも関わる話でな────それに実物を見せた方が話が早い」
「承知した」
国王の意味深な発言にグレンは静かに頷く。
「うむ────ではグレン殿、今までの疲れもあるだろう。まずはゆっくりと身体を休めて欲しい……リリアーヌ、案内を」
「はい」
「最後に一つ聞きたいことがある。俺はダラスという街の近くからここに来たのだが、この国はそこからどれくらいの距離だ?」
「なんと……!ダラスと言えば、ドライバリアに属する所だな……大陸の地続きのほぼ端と端だ。ここからだと馬を飛ばしても一ヶ月ほどかかるだろう」
「そうか……」
グレンの表情に郷愁の念が混じる。その僅かな変化を感じ取り、国王とセバスの眉がピクリと反応する。
「しかし、そこから来たのに距離を知りたいとは異な事を言うのだな?」
「ああ、俺は────」
グレンは今までの己の経緯をかいつまんで説明した。リリアーヌは既に知っていたが、初耳となる国王とセバスは目を丸くする。
「ほほう、そのような事情が……にわかには信じ難いことではあるが、そなたを見ているとそれも納得のいくものに思えるな」
「理解が早くて助かる。村から離れていても、今ここでやることは変わらない────暫く世話になる」
「うむ、よろしく頼む」
その言葉を最後に、グレンとリリアーヌは謁見の場を後にする。
二人が居なくなった場で、国王がセバスに問いかける。
「セバス……グレン殿をどう思う?」
「はっ────恐らく陛下のご心中と同じものかと思われますが……我らと志を同じとする、どこまでも誠実な御仁かと」
「うむ、間違いないな────して、その強さは?セバス、お前と比べてどうだ?」
────騎士団長セバス。メイリーンにおいて国王の腹心とも言える彼は、世界有数の強者である。
老齢ではあるが、長年の戦い、弛まぬ鍛錬の末、持ち合わせる具現化魔法も真の意味で使いこなす実力者。
間違いなくこの世界、イルミナに置いて、最強の一角として君臨するものであり、大国からの侵攻をその手腕で食い止め続けてきた。彼の率いる騎士達も、その名に恥じない精鋭揃いである。
そのセバスが、語りながら汗を一筋垂らす。
「手合わせしなくとも分かります────彼は強いと。私も並の者など相手にならぬ力を持つと自負しておりますが、グレン殿は私など……いえ、この世界の人間とは異次元の領域に住む存在。
……それが私の認識でございます」
長い付き合いの国王をもってして、聞いた事のないセバスの評価に、国王は思わず唸る。
「それほどか……!本当に神の思し召しかと思えてしまうな」
「はっ、この出会いは我が国史上最大の僥倖かと……時に陛下────先ほどのグレン殿のことですが……」
「ああ……誰か大切な者を残してきているのかもしれぬな、そういう顔に見えた。────ドライバリア方面にも我が国の密偵は潜んでいるな?」
「はっ、抜かりなく」
「では、一番速い伝令鳥を飛ばせ。此度の話が広まるように仕向けるのだ────グレン殿の名前は出さず、外見の情報のみに留めた方が良いかもしれぬな。」
「確かに……グレン殿の特殊さを見る限り、名前がそこかしこの人間に広まるのは歓迎されるところではないでしょう」
「うむ────後は、彼の大切な者へと伝わることを祈るしかないが────『必ず彼の地へ戻る』こう付け加えておけ……これが今我々が出来る恩返しだ。」
────善意には善意で返す。
いつか獣人の村で語られたこの言葉は、今この国でも行動をもって起こされようとしていた。
いずれ繋がっていく村と国、そして人間と亜人の絆────その架け橋となりて、竜が羽ばたく。