グレンが失踪して早数日、村では何の情報も集まらず、穏やかだった村の雰囲気に陰りが出ていた。
ヴァイスは何度か周辺地域を探しに行ったが成果は無く、村に残された人々も何ができるわけでもなく不安と焦燥感に苛まれていた。
グレンと生活していたテントではマリエルが一人で過ごしている。彼が不在でも薬師としての役割は変わらない。
マリエルは日々の業務を淡々とこなしながらも心はいつも上の空だった。薬の調合や患者の看護にもどこか集中できない自分がいる。
彼が残した僅かな私物を眺めると胸が締め付けられるようだった。それを見ると彼がそこにいるような錯覚に陥る。そしてそれが幻であると認識する度に心臓が握り潰されるような痛みを覚えるのであった。
夜になるとグレンの寝ていた場所で蹲り、声を殺して泣きながら、彼の愛刀『叢雲』の手入れをすることが日課となった。
周囲のテントから漏れ聞こえてくる噂話や同情の言葉も耳に入らず、ただ涙が頬を伝う。
それでも、ただ彼の無事を祈り、いつの日か教わった剣の手入れに真心をこめ続けた。
そんなマリエルを気にかけ見舞いに訪れる者がいた。それはラビだった。
ある夕暮れ時、テントに訪れたラビはふいにマリエルを抱き寄せる。
驚いたように身じろぎしたものの抵抗する力もなくされるがままになっていたマリエル。
その後しばらく抱き合ったままでいるとマリエルが突然嗚咽を漏らし始めた。
今までずっと我慢してきた感情に任せて泣きじゃくる彼女に対してラビはただ背中をさすりつづけた。
やがて泣き疲れて眠ってしまったマリエルの頭を優しく撫でながら、ラビは呟いた。
『きっと大丈夫。』
一方、ヴァイスもまたグレン捜索を続けていた。
手掛かり一つ掴めず焦りを募らせていた頃、とある一つの有力な情報が入ってきた。
────生きていたか、心配かけやがって……!
沸き立つ気持ちを抑えきれず思わず拳を握りしめてしまうヴァイスであった。
***
グレンの居場所がわかったかも知れない。
そう言いながらヴァイスが村に帰還したのは、マリエルがラビに慰められた次の日のことだった。
彼はいつになく真剣な面持ちで告げる。
「メイリーンっていう遠い国の王女が最近襲撃事件に巻き込まれたんだ。そこに黒いスーツと純白の外套の謎の騎士が乱入して、囚われていた王女を救出したらしい」
「それって!」
マリエルが息を呑む。
「ああ、間違いなくあいつだ」
ヴァイスは拳を握りしめる。
「王女の名前はシャルロット。その事件でかなりひどい怪我を負っているみたいだが、一命は取り留めたとのことだ」
「王女様……」
ラビが驚きの声を上げる。
「どうやらグレンはその王女を本国まで送り届けたみたいだな────噂の出処もそのメイリーンじゃないかな」
「グレン様は無事なのですか……?」
気が気でない様子のマリエルの問いにヴァイスは即答する。
「無事どころか、今はメイリーン王室の賓客として滞在してる────王女の危機を救ったという功績を国側も大層感謝しているんだろうな、相当優遇されてるみたいだ」
「でも……それならどうして戻ってこないんでしょうか……」
ラビが不安げに尋ねる。
「理由は二つあると思う」
ヴァイスは指を二本立てる。
「一つは単純に距離の問題だ。メイリーンってのは大陸の西端にある小国でな。ここからだと馬を飛ばしても一ヶ月はかかる。
そして二つ目……そのメイリーンって国は、人間の国王が治める国だが、この世界では異端の『種族対等主義』を掲げる国なんだ。
世界各地で命からがら逃げ込んだ亜人を国民として迎え入れていると聞いた。」
ヴァイスはマリエル達と目を合わせると、確信めいた眼差しで言葉を続ける。
「いかにもグレンが首突っ込みそうな話だと思わないか?────それに、例の王女襲撃は、隣国のアルダインって大国が画策したって話も出てる。まあ真相はこれから調査するとして……とにかく」
ヴァイスは両腕を組んで深く椅子に腰掛けた。
「今はグレンの居場所が分かっただけでも収穫だ。大体の方角がわかっただけでも、今すぐにグレンにしてやれることがある。マリエルちゃん、グレンの剣、テントに置いたままか?」
「は、はい!」
「よし、テントに行こう……やつの相棒を届けてやろうぜ」
マリエルのテントに着き、ヴァイスは胸元から何か小さな物を取り出した。それは指輪程のサイズの小さな鳥の形をした魔道具。
叢雲の上にそれを乗せる。そして闘気を込め起動させると、叢雲ごと浮かび上がり、周囲を淡く光る虹色の泡で包み込む。
「こいつは魔装鳩、匂いを嗅ぎ分け持ち主の所まで飛んで行ってくれる……まあ細かい場所指定が出来ないから、あらかたの方向が分からないと使えないんだがな。」
ヴァイスは、地図を元に割り出した、現在地から見た正確なメイリーンの方角に向け鳥の頭を向ける。
「さあ行け!グレンにしっかり届けてくれよ!」
トン、と泡を叩くと、少しずつ加速して、竜は空の彼方へと飛んでいった。
「これで数日もあればグレンの元に届く。後は信じて待とう」
「あ、あの、助けに行かれないのですか?」
マリエルが尋ねる。
「ダラスの件もあるしな、この村も安全とは言えない状況だ。俺まで遠くに離れる訳にはいかないのさ」
ヴァイスは宥めるように言った。
「そうですよね……すみません、自分勝手なことを申しました」
マリエルの長い睫毛が伏せられる。静かに見守るラビの瞳もウルウルと揺れている。
ヴァイスは、慈しむようにマリエルの頭に手を乗せる。
「マリエルちゃんの気持ちは分かる、愛するやつがいきなり消えちまったんだ。すぐにでも飛んでいきたいよな」
マリエルはヴァイスの言葉を否定する素振りも見せなかった。
「大丈夫、あいつは魔装騎士の頂点、皇竜騎士だ。魔物の親玉────邪神にだって打ち勝ったんだぜ?人間同士の小競り合いなんて軽く蹴散らしてくるさ」
安心させるように髪を撫でると、ヴァイスはこう付け加えた。
「それにな、噂話の最後はこうなってた────『必ず彼の地に戻る』ってな……ヤツは必ず帰ってくる────グレンにとって誰よりも大切な、君の元にな!」
ハッと顔を上げるマリエル。
その目に、枝葉を突き抜け真っ直ぐに差し込む木漏れ日のようなヴァイスの笑顔が輝く。
「はい……はい……!」
マリエルはポロポロと泣き、返事をする。
「ほら、泣き止んで……可愛い顔が台無しだぜ?そうだ、アイツの話を聞かせてやるよ。最後の戦いでのアイツのかっこいい活躍とかな」
「……はい!」
マリエルは必死に涙を堪え、笑顔を作る。ラビも感極まり、少女の手をキュウっと握りしめた。
────こっちのことは任せとけ、しっかりやってこいよ、親友。
ヴァイスは虹色の希望が飛んでいった空を見つめ、友へとエールを送り続けていた。