夜の帳が降り、集落の喧騒も静まりを見せ始めた頃、テントの中でグレンは横になったまま物思いに耽っていた。
俺は一体何故このような見知らぬ世界に飛ばされたのだろうか。
────獣人……セルシウスにはなかった存在ではあるが、故郷とは違う発展を遂げた星があったとて不思議ではない。
だがそもそも転移の原因はなんだ……。
思考の堂々巡りは止まらない。
グレンは頭を傾け、横に置いてある愛刀「叢雲」を見やる。共にあるのはグレンの黒い戦闘服と、白い外套だ。
外套は特殊な生地で作られており、ある程度の衝撃や熱を防ぐ。
高い保温効果を持ち、寒冷地での任務にも一役買ってくれる、魔装騎士御用達の一品。
転移の際に泥や血で汚れていたそれらは、マリエルの手により綺麗に洗われ、いつでも装着できる状態で丁寧に畳まれていた。
マリエルはグレンのすぐ近くに床を並べ、安らかな寝息をたてている。
寝ずの看病で相当な疲れも溜まっていただろう────恐らく自分の身を案じて涙も流したであろう、少し赤く腫れた眼の少女にも、深い感謝の念が絶えない。
────同胞達は無事に地上に帰還しただろうか、ヴァイスの負傷もかなりのものだったように思えたが……
最後の言葉も交わすことなく別れることとなった盟友の姿を思う。
魔装騎士ヴァイス。
グレンの真っ直ぐ力強い剣技のスタイルとは違い、双剣による緻密で素早い動きを得意とする。
────月の煌めきを彷彿とさせるその流麗な対の牙に幾度も助けられてきた。
出会った当初は互いのすれ違いから敵対することもあったが、今では自他共に認める終生の友であり、ライバルとなっていた。
魔物の残党は各地に残っているだろうが、後のことは彼らがやってくれる……まずは、俺自身の体を万全に戻し、それから成すべきことを考えなければな────
マリエルの献身により死の淵からは這い上がれたが、まだとてもまともに動ける状態では無い。身動ぎするだけで響く痛みにグレンは顔を歪ませる。
「くぅっ……」
「苦しいのですか?グレン様」
マリエルがいつの間にか目を覚まし、心配そうな顔でグレンの横に寄り添っていた。
「汗をこんなにおかきになられて……」
マリエルは布巾を手に取り、グレンの額の汗を拭っていく。
「……すまない。痛み止めの薬草湯も飲んでいるのだが……眠れなくてな」
「それじゃあ……私が子守唄歌いますね」
「子守唄?」
「はい、子供の頃……母がよく歌ってくれました。聞いているとすごく安心できて、よく眠れるようになったんです……だから、グレン様にも気に入っていただけるかもと思いまして」
「……ああ。ありがとう、マリエル」
マリエルは微笑むと、優しく穏やかな声で歌い始めた。
獣人族に伝わる歌なのだろうか、少し変わったメロディではあるが不快ではない。
新鮮で落ち着きさえ感じる。
マリエルは優しく歌いながら、グレンの黒髪に手をゆっくりと添え、ふわり、ふわりと慈しむように彼の頭を撫で始めた。
心地よく、安らぎをもたらす温もりだった。
痛みは少しずつ引いていき、これまでの戦いで疲弊し切ったグレンの魂をも癒してくれているようだった。
マリエルの柔らかな手櫛と優しい歌声が響く中でグレンは再び眠りに落ちていく。
その閉じていく目の片端に涙が浮かび────キラリ、と一筋、透明な軌跡を残し消えていった。
***
グレンが転移してきてから十日あまりが過ぎていた。
グレンは日に日に体力が戻ってきており、日常動作は問題ないまでに回復していた。
マリエルの手厚い看護と村人たちの協力、そして本人の回復力によるところが大きい。
「もうほとんど良くなったようで安心しました」
「ああ……あの時はもう諦めかけていたが、助かった」
「ビックリするくらいの大怪我でしたからね……でもグレン様はやっぱりすごいです!もう普通に歩けるようになるなんて」
「ああ……村人達と────そして何よりマリエル、お前のおかげだ」
「わ……!あの、その……えへへ……」
ふにゃりと照れるマリエル。そのしっぽはクネクネと揺れていた。
────魔装騎士は厳しい鍛錬によって、己の内で気を練り上げ、それを内外に作用させる術を身につけている。
その用途は様々で、自分のみならず他者に分け与えて治癒力を向上させることができ、魔装召喚の代償の一部として使うことも可能である。
────動けるようになった今、現状をしっかり把握することから始めねばな。
「マリエル」
「はい」
「こうしてあらかた回復できた今、改めて俺は現状を確認しておく必要がある。長にも取り次いで、みなで話し合いの場を持つことはできるか?」
「あっ、そうですね!必要なことだと思います!」
「ああ、頼めるか」
「はい、すぐに長に聞いてきますね」
マリエルはテントを出ていった。グレンは立ち上がり、十日ぶりの戦闘服と外套に袖を通す。
そして軽く瞑想するように目を閉じ、これから起こるであろうことについて思いを馳せるのであった。