「グレン殿、来ていただけましたか」
「ああ、早速今日から鍛錬を共にさせてもらう」
翌日、騎士の集う訓練場に足を運んだグレン。一言ずつのやり取りの後、セバスが足並みを揃え立つ団員に向けて口を開いた。
「皆知っていると思うが……先の事件にてシャルロット殿下をアルダインから守り抜いてくださったグレン殿だ。
しばらくの間、我らの訓練に同席される……これ以上ない機会だ、その力の一端を学び、己の剣、そして国を守る盾としての成長の糧にして欲しい」
セバスの口上の間、グレンは目の前の騎士団員を観察していた。
────流石の練度だ。この世界に来てからの有象無象とは比較にならんな……いつかの黒い鎧の男は惜しいものを持っていたが。
魔法を使う者特有の圧を全員から感じるわけではない。元は戦いの資質に溢れた者ばかりでもないだろう。しかしその姿には、自分の意思で辛く困難な道を歩き続けた結果と、常に『覚悟』と共に在る騎士としての誇りが滲み出ていた。
「セバス、実戦式の訓練でいいな?」
グレンの簡潔な問いかけに、セバスはフッと笑う。
「全員認めていただけて何よりです」
セバスは再び団員に向き直る。
「聞いた通りだ、各々存分に指南を願え!」
グレンが前に出る。
「実戦式だ、剣も魔法も、数での戦略も前置きなしに使え……己の持つものは全て駆使してかかってこい。」
「応ッ!!」
その言葉を皮切りに団員が各々の武器を、グレンも剣を構える。
最前列の騎士が複数で斬りかかり、グレンがそれをいなすと同時、空から火球がグレンだけを狙った正確な軌道で降ってくる。
それを避けると今度は前列の騎士の背中から別の騎士が躍り出てグレンの足元に向け斬撃を放つ。
グレンは足でその剣の腹を踏み、地面に縫い止めるが、反撃をする前にまた別の騎士が攻撃を仕掛けてくる。
────渾身の連打か、いい連携だ。相当な格上にも渡り合えるだろう。
グレンはことごとく躱し、受け、捌いていく。
嵐のような波状攻撃は一刻ほど続き、そこには膝を着く騎士団員と、僅かに息を乱しながら立つグレンの姿があった。
騎士たちにケガは無いものの、地には砕かれた武器の残骸が大量に散乱していた。
「そこまで!……これだけの人数を短時間で制圧とは、さすがでございますな」
セバスが模擬戦の終わりを告げる。グレンは納刀しながら息を整える。
「見事だった。今まで出会った兵のレベルなら全員一巡で地に伏している」
グレンはそう言うと、騎士の一人一人に声を掛ける。
「俺の動きに対する反応は良かったが、一挙手一投足に目を奪われすぎているな。全体を視野に入れながら戦うことを意識しろ」
「お前のフェイントは中々だったが、本命以外の攻撃の踏み込みが浅すぎる。手数を減らしてでも見破られないようにした方がいい」
「お前は逆に手数を増やせ。魔法の軌道は正確だ。しかし援護に徹するなら出力を落としてでも敵の動揺を誘え」
グレンは戦う中で感じた騎士たちの甘い部分を指摘していった。その言葉に嫌味は一切感じない。それぞれが真剣な顔でその助言を聞き入れていく。
全てが終わると、セバスがグレンに近づく。
「グレン殿、手合わせ願います」
「ああ」
十メートルほどの距離を置き対峙する二人。先に動いたのはセバスだった。
ゆらりと前傾になり、静かに右足を踏み込んだ瞬間、轟音と共に足元の土が舞い、刹那にグレンの眼前に接近する。
────速いな。
迎え撃とうとするグレン、そこに剣より先に弾丸のような礫がグレンの顔面目掛けて飛んできた。
セバスは剣を振る右手に隠し、左手から瞬時に魔法を展開していた。
しかしグレンは剣を縦にし、柄で礫を、そして刀身で斬撃を止める。
ギィンッッ!!
激しい剣戟音が鳴り響き、グレンの眼が一瞬細まる。
────これは……
防がれたと同時、セバスは素早く距離を取る。
「意にも介しませんか……」
セバスの実力を骨身に染みて知っている団員たちにもざわつきが走る。
「そう見えるだけだ。」
短く返すとグレンは正眼に構え、セバスに鋭い眼差しを向ける。
「恐ろしい方だ……」
セバスのこめかみから一筋の汗が流れ落ち、地に落ちて弾ける。
そしてそれを合図にするかのごとく、セバスは再び鋭く踏み込んだ。
今度は隠さない。左手に火球を生み出した直後、グレンに向かい超高速で放つ。
グレンが最小限の動きでそれを躱した時、既にセバスは間合いの外にも関わらず斬撃のモーションへと移行していた。
そしてそのまま腕を振り抜き────剣をグレンへと投擲する。
「────!」
グレンが己の剣でそれを弾いた直後、セバスは更なる加速でその懐に飛び込んでいた。
剣を失った拳。
それは具現化されたガントレットに纏われていた。
────騎士団長セバスの本領、具現化されたガントレットによる近接格闘術。
ただ硬い防具としてだけではなく、強敵を打ち破る為の攻防一体の武器として捉え、それを使いこなすための技を剣以上に鍛え上げた。
「ゼアァッッ!」
大地を踏みしめ、身体強化を伴った拳を握り込み、全霊で突く。
シンプルにしてその威力は分厚い鋼板をも貫く、一撃必殺のセバスの奥の手────それを剣を振り抜き、がら空きのグレンの胴体目掛け解き放った。
ドゴォォォォンッ!!
およそ肉にぶつかったものとは思えぬ轟音が鳴り響く。
衝撃で土埃が舞い上がり、二人の姿を完全に覆い隠す。
団員全員が固唾を飲みながら見守り続け、しばらく後、その目に映ってきたのは────
「なるほど、拳か」
左手でセバスの突きを受け止め、喉元に剣先を突きつけたグレンの姿だった。
「勝負ありだな」
グレンが剣先を下ろし、掴んでいた拳を放す。
セバスは満足したかのように笑みを浮かべた。
「……完敗です。まさか全てかすりもしない上に、これまで……しかも素手で防がれるとは思いませんでした」
「この手には闘気を込めさせてもらった────お前たちで言う身体強化魔法のようなものだが……ここまで使わされたのはこの世界でお前が初めてだ」
「そうでしたか……私の本気が格闘術であることも気づかれてたのですか?」
「拳だと断定していたわけではない。候補の一つとしてはあった……
最初の応酬の際、剣技の重心移動にしては多少違和感を感じた。癖が付いているのかもしれんな……まあ、他の者には気づかれないレベルだ」
剣を軽く振り、鞘に収めながらグレンは答える。
「底の知れないお方だ……貴殿ほどの強者が我らについていただけること、感謝の極みです」
セバスは紛うことなき本心を語るが
────その言葉に一瞬グレンの顔が曇る。
「……?」
セバスはそれに気づいたが、何も言わなかった。
グレンの表情も普段のものに戻り、いつもの口調で口を開く。
「今日の訓練はここまでにさせてもらおう。俺も得るものが多い時間だった」
そう言いながら外套を羽織るグレンに一同が敬礼する。
グレンはそれを一瞥し、踵を返すと訓練場の入口に向かい声を掛けた。
「部屋に戻る────小腹が空いた、軽食を用意できるか、リリアーヌ」
『はわっ!?』
ガタッ!と物音が鳴り、扉の陰から長い耳が飛び出ると、少ししてリリアーヌが恐る恐る姿を現した。
「ぐ、グレン様!奇遇ですね!たまたま通りかかって……」
「何を言う、随分前からいただろう」
「えうっ!?」
一体なぜそれを!?とばかりにリリアーヌの耳が天を突く。
────実際、リリアーヌはエルフ魔法により気配を極限まで薄くしてグレンのことを覗き見ていた。
セバスでさえもリリアーヌの存在には気づいていなかった。
「まあそんなことはいい。何か食べるものを頼む」
「は、はいぃ……」
騎士たちにぺこりと頭を下げると、立ち去っていくグレンに慌てて着いていくリリアーヌ。
その光景を呆然と見ながら
「いやはや……恐ろしい御仁だ……」
と呟くセバスであった。