その日の午後、集落の中央に位置する広場に村人たちが集まっていた。
皆一様に緊張した面持ちをしており、周りの者と己の胸の内を語り合っている。
そんな中、グレンとマリエルが到着すると、中央に座していた長老が話しかけてきた。
「グレン殿。お身体の方はいかがかな?」
「ああ、問題ない。長と皆のおかげだ」
「それはよかった。早速だが本題に入らせていただきたい────我々としては先にそちらの事情を知りたい、と思っているのだが」
「ああ────だがまずは、死にかけていた俺を救い、保護していただいたことに礼を述べたい。あなた達の信条に則り、この恩は必ず返す。」
グレンは長老に深々と頭を下げるとその場に腰を下ろした。
マリエルもグレンの隣にそっと寄り添うように座り込む。
「では本題に入ろう……まず最初に伝えておきたいことがある。」
グレンは集まった村人に視線を這わせ、口を開いた。
「────俺は恐らく、この世界の者ではない」
静かなざわめきが起こる。グレンは続けて話す。
「俺の故郷となる星、セルシウスには、獣人族というものは存在しなかった。言葉を介する者と言えば人間族と────いや、それだけの星だ」
瞬間、脳裏に竜などの姿が浮かぶが、本筋には関係の無いことだと省いて説明するグレン。
────人間を守る騎士の一人であったこと。最後の大きな戦いの後、転移に巻き込まれこの世界に来たことなど、自らの出自、経緯を隠さず話した。
「なんと……そのような事情が」
グレンが一通り話し終えた後、長老が目を見開きながら口を開く。
「信じろと言われても難しい話だとは思うが……」
転移など、常識で例えれば荒唐無稽な話だ。グレンはそう付け加えるが
「いや……グレン殿。その話、信じよう」
長老は言う。周囲の者も驚きこそすれ、不審に思っている様子の者は誰一人いなかった。
「先にも少し触れたが、我々獣人族は鼻が利く。グレン殿、そなたがこの村に来て今説明を終えるまで、その魂には一片の悪意や揺らぎも感じなかった。全て真実なのだろう」
「……感謝する」
グレンはただ湧き上がった本心だけを述べた。
「うむ、ではこちらからもグレン殿の話が真であるという前提で説明をしていこうと思う。
まずこの星────イルミナには人間の他に亜人が存在する。我々獣人、エルフ、人魚、ドワーフ……様々な種族の総称が亜人だ。それぞれが人間とは違った外見や特性を持っており
────そして一様に迫害の対象だ」
────亜人、か……そして迫害。
グレンの目が僅かに細まる。
「人間族は我らを下等生物と見なし、捕らえ、己が欲望を満たす為の道具として使い続けている。」
長老は一旦口を止め、ふっと目を細め苦々しい顔をする。
「────”人間こそが至上”────端的に言えばそう言うことだ。まあ、ごくごく一部に例外的な人間族がいるようだがな」
「もうお察しかと思うが、この村は逃げ延びた同胞達の集まりという訳だ。我々のように、人間族から隠れ住むコミュニティは世界各地にあるだろう」
「なるほど」
「うむ……グレン殿。」
長老は一呼吸置き、少し表情を改めるとまた口を開いた。
「そなたはこの村で匿い始めてから今まで、敵意を一度たりとも見せることなく、ただ我々に対して誠実であってくれたが────私はそなたに対し、不躾な言葉を吐いた……すまなかった」
長老が頭を下げると、マリエルが不安そうな顔をして、グレンの袖をそっと掴む。
グレンはマリエルの顔を見やり、安心させるように口元を少し緩めると、長老に向き直る。
「長としてその対応は当たり前だ。頭を下げてもらう理由など何もない。」
亜人であるというだけで理不尽に遇されている立場で、人間の自分を助けてくれた。
そのことに対して感謝こそあれ、憤慨などするはずもなかった。
グレンは長から周囲の村人、そしてマリエルへと目を向けた後、叢雲を正面に置き、握った両手を前方の地面に付け深く頭を垂れる、騎士の礼を行った。
「あなた達の慈悲に最大限の感謝を」
村人達から暖かなどよめきが起き、マリエルの頬が僅かに赤くなる。
長老は静かに目を瞑り、しばしの余韻の後また開き、言葉を紡いだ。
「グレン殿、体の方はもう心配ないようだが、これからどうするつもりなのだ?」
「許されるならば、ここに同胞として迎えてもらいたい。俺は罪なき者を守る騎士だ。この世界で何を成すべきか────あなた達の高潔な魂に触れながら、それを探していきたい」
その答えを聞いた長老は、静かに、深く笑う。
「────承知した。歓迎しよう、我らが同胞よ」
村人から歓声が上がる。
「わあっ!グレン様!」
途端にマリエルは花のような笑顔を浮かべ、グレンの腕に抱きついた。
長老は少し目を丸めた。
「マリエル、お主それほど積極的な娘であったのか……」
「……ハッ!やっやだ、私……!」
マリエルは慌てて腕を離す。
平静を装おうとするその赤い顔に反して、フサフサの猫耳はピクピクと動き、しっぽは尚もグレンに絡みつこうとしていた。
グレンはマリエルに向き直り、口元を優しく緩め、言った。
「すまないが俺の為に苦労をかけるかもしれない。その時はよろしく頼む」
「はい。お任せ下さい!」
マリエルは満面の笑みで答えた。周りの村人の視線も微笑ましい。
こうしてグレンと獣人族との生活が始まったのである。