それから間もなく、世界は再び戦火に包まれた。
滅却師の侵攻によって瀞霊廷は蹂躙され、昨日まで隣にいた者が次々と倒れていく。誰もが生き残るために、そして守るために、命を賭して戦った。
その大乱の中で、雛森も十一番隊の一隊士として剣を振るい続けた。
次から次へと敵が来る。
避ける。踏み込む。斬る。
倒せば、次。
考える暇などなかった。
だから、戦争が終わるまで、雛森は一度も立ち止まらなかった。
やがて戦火は去った。
壊滅した瀞霊廷にも少しずつ日常が戻り、瓦礫は片づけられ、失われたものを抱えながらも、人々はそれぞれの生活へ帰っていった。
雛森も、戦場から帰った。
ただ、それだけだった。
戦う理由を失っても、戦うことだけはやめられなかった。
任務があれば真っ先に手を挙げた。討伐対象がいるなら前線へ出た。戻れば最低限の身体を休め、また次の任務を探した。
戦争だけが終わって、雛森の中に残ったものは何も終わっていなかった。
「……桃」
静まり返った部屋の隅から、小さな声がした。
「まだ、戦うの?」
「……うん」
「終わったのに?」
雛森は窓の外へ目を向けた。
再建の進む瀞霊廷に、夜の灯りがぽつぽつと戻っている。
「終わったからね」
飛梅は何も言わなかった。
「戦ってたら、静かだから」
「……何が?」
「全部」
それだけだった。
飛梅はしばらく主人を見つめていたが、やがて諦めたように小さく息を吐いた。
「……そっか」
止めても、きっと止まらない。
だからその夜も、飛梅はそれ以上何も言わなかった。
◇
十一番隊詰所の裏口。
身支度を整えた雛森が外へ出ようとしたところで、背後から足音が近づいてきた。
「――雛森」
足を止める。
振り返った先にいたのは、松本乱菊だった。
「……乱菊さん」
「今から任務?」
「はい。すみません、急いでいるので」
横を抜けようとする。
乱菊は退かなかった。
「ずっと休んでないでしょ」
「休んでます」
「嘘」
即答だった。
乱菊は雛森の顔をじっと見つめる。
「目の下、ひどいわよ」
「……そうですか?」
「そうですか、じゃないの。鏡くらい見なさいよ。幽霊みたいな顔して」
雛森は答えなかった。
実際、まともに眠れたのがいつだったか、自分でもよく覚えていない。
眠ろうとすると、余計なことばかり思い出す。
なら、起きていればいい。
任務があるなら、なお都合がよかった。
「一角から聞いたわ。空きが出るたび前線の任務に入ってるって」
「そうですね」
「あんたね……」
乱菊の声に苛立ちが混じった。
怒っているのではない。
それくらい、雛森にも分かっていた。
「あんた、それ、自分を壊してるだけじゃない」
「大丈夫です」
「何が大丈夫なのよ」
「仕事はできています」
雛森は淡々と答えた。
「強ければ仕事をもらえる。十一番隊はそういう場所ですから」
乱菊が黙る。
その顔を見たくなくて、雛森は僅かに視線を逸らした。
心配されている。
自分のために声をかけてくれている事を分かっているからこそ、うしろめたかった。
「……雛森」
不意に、乱菊の声から苛立ちが消えた。
優しい声だった。
雛森の指先が、次に言われる言葉を察して微かに震える。
「隊長も、ずっと心配してるわ。あんた、まだ、あの時の――」
「その話はやめてください」
言葉が出たのは、自分でも驚くほど早かった。
乱菊が口を閉ざす。
「……雛森?」
「ごめんなさい」
藍染。
名前すら出ていない。
過剰反応でも、直接耳にする事だけは未だ耐え難い。
「今から任務なので。失礼します」
乱菊の顔を見ることができなかった。
横を抜け、足早にその場を離れる。呼び止める声はなかった。
ただ歩く。止まれば、何かを考えてしまう。
考えれば、また何かが浮かぶ。
だったら、次の敵だけ見ていればいい。
(……桃)
胸の奥から、飛梅の声がした。
雛森は答えなかった。
その小さな呼び声さえ置き去りにして、現世へと続く穿界門へ足を踏み入れた。