BLEACH異聞ー焦天五獄変ー   作:鬼屋敷

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2.独に浸る

 

 それから間もなく、世界は再び戦火に包まれた。

 滅却師の侵攻によって瀞霊廷は蹂躙され、昨日まで隣にいた者が次々と倒れていく。誰もが生き残るために、そして守るために、命を賭して戦った。

 その大乱の中で、雛森も十一番隊の一隊士として剣を振るい続けた。

 

 次から次へと敵が来る。

 避ける。踏み込む。斬る。

 倒せば、次。

 考える暇などなかった。

 だから、戦争が終わるまで、雛森は一度も立ち止まらなかった。

 やがて戦火は去った。

 

 壊滅した瀞霊廷にも少しずつ日常が戻り、瓦礫は片づけられ、失われたものを抱えながらも、人々はそれぞれの生活へ帰っていった。

 雛森も、戦場から帰った。

 ただ、それだけだった。

 戦う理由を失っても、戦うことだけはやめられなかった。

 任務があれば真っ先に手を挙げた。討伐対象がいるなら前線へ出た。戻れば最低限の身体を休め、また次の任務を探した。

 戦争だけが終わって、雛森の中に残ったものは何も終わっていなかった。

 

「……桃」

 

 静まり返った部屋の隅から、小さな声がした。

 

「まだ、戦うの?」

「……うん」

「終わったのに?」

 

 雛森は窓の外へ目を向けた。

 再建の進む瀞霊廷に、夜の灯りがぽつぽつと戻っている。

 

「終わったからね」

 

 飛梅は何も言わなかった。

 

「戦ってたら、静かだから」

「……何が?」

「全部」

 

 それだけだった。

 飛梅はしばらく主人を見つめていたが、やがて諦めたように小さく息を吐いた。

 

「……そっか」

 

 止めても、きっと止まらない。

 だからその夜も、飛梅はそれ以上何も言わなかった。

 

 

 十一番隊詰所の裏口。

 身支度を整えた雛森が外へ出ようとしたところで、背後から足音が近づいてきた。

 

「――雛森」

 

 足を止める。

 振り返った先にいたのは、松本乱菊だった。

 

「……乱菊さん」

「今から任務?」

「はい。すみません、急いでいるので」

 

 横を抜けようとする。

 乱菊は退かなかった。

 

「ずっと休んでないでしょ」

「休んでます」

「嘘」

 

 即答だった。

 乱菊は雛森の顔をじっと見つめる。

 

「目の下、ひどいわよ」

「……そうですか?」

「そうですか、じゃないの。鏡くらい見なさいよ。幽霊みたいな顔して」

 

 雛森は答えなかった。

 実際、まともに眠れたのがいつだったか、自分でもよく覚えていない。

 眠ろうとすると、余計なことばかり思い出す。

 なら、起きていればいい。

 任務があるなら、なお都合がよかった。

 

「一角から聞いたわ。空きが出るたび前線の任務に入ってるって」

「そうですね」

「あんたね……」

 

 乱菊の声に苛立ちが混じった。

 怒っているのではない。

 それくらい、雛森にも分かっていた。

 

「あんた、それ、自分を壊してるだけじゃない」

「大丈夫です」

「何が大丈夫なのよ」

「仕事はできています」

 

 雛森は淡々と答えた。

 

「強ければ仕事をもらえる。十一番隊はそういう場所ですから」

 

 乱菊が黙る。

 その顔を見たくなくて、雛森は僅かに視線を逸らした。

 心配されている。

 自分のために声をかけてくれている事を分かっているからこそ、うしろめたかった。

 

「……雛森」

 

 不意に、乱菊の声から苛立ちが消えた。

 優しい声だった。

 雛森の指先が、次に言われる言葉を察して微かに震える。

 

「隊長も、ずっと心配してるわ。あんた、まだ、あの時の――」

「その話はやめてください」

 

 言葉が出たのは、自分でも驚くほど早かった。

 乱菊が口を閉ざす。

 

「……雛森?」

「ごめんなさい」

 

 藍染。

 名前すら出ていない。

 過剰反応でも、直接耳にする事だけは未だ耐え難い。

 

「今から任務なので。失礼します」

 

 乱菊の顔を見ることができなかった。 

 横を抜け、足早にその場を離れる。呼び止める声はなかった。

 ただ歩く。止まれば、何かを考えてしまう。

 考えれば、また何かが浮かぶ。

 だったら、次の敵だけ見ていればいい。

 

(……桃)

 

 胸の奥から、飛梅の声がした。

 雛森は答えなかった。

 その小さな呼び声さえ置き去りにして、現世へと続く穿界門へ足を踏み入れた。

 

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