黒い空。
白い砂。
乾いた風が吹くたび、虚圏の大地は静かに姿を変える。
シルエロは、この景色が嫌いではなかった。
何もない。
隠れる場所も、守るものも、言い訳もない。
強い者が生き、弱い者が喰われる。
それだけの世界。
とても単純で気に入っていた。ややこしいものは嫌いだ。
だが、一つだけ不満がある。
退屈だった。
「……つまんねぇな」
巨体が砂丘の上に立つ。
白い外殻の隙間から覗く、竜を思わせる赤い鱗。
額から後頭部へと伸びる巨大な角。
純白の翼には、血が滲んだような紅がところどころ混じっていた。
長い生存競争の果てに、ただ強さだけを残して生き延びてきた怪物。
シルエロ・ドレスデン。
その圧倒的な霊圧を警戒するように、遠くでは大型の虚達が群れを作っていた。
どれも、この世界で長く生き残ってきた個体なのだろう。
そのくせして弱い。
爪を振れば裂ける。尾を振れば潰れる。翼を打てば砂へ沈む。
戦いにすらならない。
ただ、目の前にいたから引っ叩いただけ。
「……腹も減らねぇ」
砕けた仮面を踏みつけてみても気晴らしにすらならず、シルエロは欠伸をした。
その時だった。
風の向こうから、小さな霊圧が流れてきた。
虚ではない。
死神。
それも、これまで見てきた強い連中と比べれば、ずいぶんと弱々しい霊圧だった。
「……なんだぁ?」
珍しい。
ただそれだけの好奇心だった。
白い翼がゆっくりと広がる。羽根の合間に滲む紅が、陽炎のように揺れた。
轟音とともに砂煙が吹き上がり、シルエロは霊圧の前へ降り立った。
そこには、一人の少女がいた。
傷だらけだった。
血を流し、息も荒い。
それでも足元には、斬り伏せた虚が何体も転がっている。
「ふーん」
シルエロは首を傾げた。
「なんだ、お前」
少女は何も答えない。
驚きもしない。
逃げもしない。
ただまっすぐシルエロを見ていた。
ここでよく見るような獲物を見る目でもない。
死を恐れる目でもない。
何も映していないような、ひどく空虚な瞳。
「…………」
なんとなく爪を振るった。
少女は刀を抜いた。
同時に鬼道を放つ。
桃色の炎が砂漠を照らした。
(おっそ)
シルエロの爪は炎ごと切り裂き、そのまま少女を吹き飛ばした。
小さな身体が砂丘を何度も跳ねる。
骨の砕ける音。
最後に岩へ叩きつけられ、動かなくなった。
「……ちぇ」
シルエロは鼻を鳴らす。
「やっぱ雑魚か。つまんな」
食う気にもならない。
動かなくなったものに興味もない。
そのまま踵を返した。
少ししたらもう忘れていた。
◇
数日後。
また、あの霊圧を感じた。
「……あ?」
砂丘の上。
同じ少女が立っていた。
また血を流している。出来たばかりの生傷も目立つ。
足元も覚束ないのに、それでも刀だけは握っている。
「お前、生きてたのか」
返事はない。
桃色の炎だけが飛ぶ。
やはり遅い。
爪を振るう。
少女は吹き飛ぶ。
砂へ沈む。
動かなくなる。
「……変なの」
放っておいた。
またしばらくしたら忘れた。
◇
一週間後。
またいた。
◇
半月後。
またいた。
◇
一ヶ月後。
またいた。
何度小突いても死なない。
何度吹き飛ばしても、気が付けばその辺で虚を斬っている。
その目は相変わらず何も映していない。
生きたいのか。
死にたいのか。
そんなことすら分からない。
「んだよ、お前」
初めて見た時と同じように、少女は何も答えなかった。
ただ、静かに刀を構えるだけだった。
シルエロは知らない。
この死神が、帰る場所を失い、心を壊したまま虚圏を彷徨っていることを。
ただ一つだけ分かったことがある。
弱い。
とても弱い。
なのに、壊れない。