BLEACH異聞ー焦天五獄変ー   作:鬼屋敷

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5.壊してよ

 

 今日も、終われない。

 虚圏に来てから、どれだけの時間が経ったのだろう。

 黒い空。

 白い砂。

 時間の感覚すら曖昧なこの世界で、雛森は今日も虚を斬っていた。

 

 最初は、終わるつもりだった。

 帰る場所はもうない。

 飛梅も失った。 

 あの日、黒い裂け目の向こうへ足を踏み入れた時には、死ぬつもりだった。

 死ぬ場所が現世か虚圏か、その違いでしかなかった。

 それなのに。

 雛森はまだ、生きている。

 

「どうして……」

 

 答えてくれる者はいない。

 折れた骨は、いつの間にか元に戻っている。

 裂けた肉は、薄桃色の焔に焼かれながら修復される。

 霊圧が尽きれば、また燃える。

 気を失って目を覚ませば、何事もなかったかのように立ち上がっている。

 

 あの日、飛梅が雛森を守るために振るった力。

 本来なら、まだ手にするはずのなかった力。

 雛森は、その力のことを何も知らない。

 

 どうして自分を生かし続けるのか。

 どうして飛梅の声が聞こえなくなったのか。

 どうして自分だけが取り残されてしまったのか。

 何も分からない。

 ただ一つだけ分かることがある。

 

 ――終われない。

 

 そんな時だった。

 あの龍のような怪物と出会ったのは。

 初めて見た時、ようやく終われると思った。

 圧倒的だった。今まで出会ったどんな虚とも違う。

 あれほどの力なら、きっと自分を簡単に殺せる。

 そう思った。けれど。

 

「ちぇ、やっぱ雑魚か、つまんな」

 

 気が付けば、雛森は砂の上に倒れていた。

 何をされたのかもよく分からない。

 全身の骨が砕け、呼吸をするたび胸の奥が軋んで、それでも意識が途切れる寸前まで、遠ざかっていく白い翼に滲む紅だけは見えていた。

 次に目を覚ました時には、身体はまた治り始めていた。

 

「……なんで」

 

 あの怪物は、雛森を殺さなかった。

 殺せなかったのではない。本気ですらなかった。

 道端に転がる石ころを蹴飛ばすように吹き飛ばして、興味を失えばそのままどこかへ行ってしまう。

 二度目も。三度目も。何度出会っても同じだった。

 傷が癒えれば、また虚を斬る。そのうちあの怪物と鉢合わせて、性懲りもなく刀を向ければ、あっという間に砂へ沈められる。

 それでも死なない。

 気がつけばまた立ち上がり、刀を握っている。

 そんなことを幾度繰り返した頃だったか。

 

「……なんなの、あいつ」

 

 雛森は、少し腹が立っていた。

 同情しているわけでも、気遣っているわけでもない。哀れんですらいない。ただ自分など、わざわざ殺すほどのものでもないと思っている。

 たぶん、それだけだ。

 それが妙に腹立たしかった。

 終わるために虚圏まで来たはずなのに、自分の力は勝手に身体を治し、ようやく出会った化け物には雑に吹き飛ばされて終わる。

 そうして今日も、雛森は刀を握っている。

 何のためにそうしているのか、もう自分でもよく分からなかった。

 死にたいのか。それとも、本当は生きたいのか。

 雛森は砂の上に腰を下ろし、膝の上へ刀を置いた。

 

「飛梅」

 

 静かな砂漠に、声だけが落ちる。

 

「これでいいのかな」

 

 返事はない。

 刀へ視線を落としたまま、雛森は自分の肩を覆う薄桃色の羽衣に触れた。

 

「こんなの卍解って言えるのかな」

 

 羽衣は何も答えず、主の意思など知らないとでもいうように乾いた風に揺れている。

 どこからともなく、鈴の音がした。ちりん、と。

 けれど、飛梅は現れない。

 

「怒ってる?」

 

 少し待ってみる。

 

「呆れた?」

 

 やはり、何も返ってこなかった。

 雛森は刀を胸元へ抱き寄せ、小さく息を吐いた。

 

「ごめんね」

 

 黒い空を見上げる。

 

「ねぇ、ごめんなさい、飛梅……」

 

 その視界を、遠く白い翼が横切った。雛森は目だけでその姿を追う。

 ふざけた怪物だ。殺せるくせに、殺してくれない。

 あれだけ一方的に叩きのめしておいて、こちらが生きていようが死んでいようが確かめもしない。

 

「またいる」

 

 ぽつりと呟いてから、雛森はしばらく呑気に飛ぶ背中を眺めていた。

 やがて刀を抱いたまま立ち上がる。

 別に、追いかける理由なんてない。

 それでも少し考えてから、化け物が消えていった方角へ歩き出した。

 今日もまた、終わらない。

 

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