幾度目だっただろう。
砂の上に倒れ、薄桃色の焔に焼かれながら目を覚ます。
軋んだ骨が元の位置へ戻り、裂けた肉が焼けるような痛みとともに繋がっていく。何度経験しても、この痛みにだけは慣れなかった。
「っ……」
息を吐き、身体を起こす。そうして、また歩き出す。
虚を斬り、生き延び、あの怪物と出会えば戦って、吹き飛ばされる。
いつからか、それが虚圏での日常になっていた。
最初は、死にたかった。
あの怪物なら自分を終わらせてくれると思ったし、初めて目の前に立った時には、それでようやく全部が終わるのだとすら思っていた。
けれど、怪物は雛森を殺さなかった。
本気で戦いもしない。
こちらが何をしても適当にあしらい、もう動かないと分かれば興味をなくしたように去っていく。
それが、だんだん腹立たしくなった。
鬼道は届かない。斬魄刀も届かない。工夫しても、考えても、その上から馬鹿みたいな力で叩き潰される。
なのに。
「今日は昨日よりマシだったな」
時折、怪物は楽しそうに笑った。
鬼道が掠めた時。刀が肩口に残る赤い鱗を掠めた時。昨日までできなかった何かが、今日できるようになった時。
そんな些細なことを見つけるたび、子供みたいに牙を見せて喜ぶ。
意味が分からなかった。
何がそんなに楽しいのか、雛森にはさっぱり分からない。
だから余計に腹が立った。
死にたかったはずなのに、いつからか、あの笑った顔を見るたびに悔しくなった。
「……なんで笑ってるの」
どうせ玩具なのだ。転がして、殴って、少し面白い動きをすれば喜んでいるだけ。
なら。いつか、その顔を引き攣らせてやりたいと思った。
幾度も積み重なる敗北と、そのたびに繰り返される再生は、雛森自身にも変化をもたらしていた。
死線を越えるたびに霊圧は鍛えられ、あの日ただ暴走するだけだった力も、少しずつ雛森の意思に応じ始める。
薄桃色の焔は次第に鮮明な輪郭を持ち、身体の内側を無軌道に焼き荒らしていた力も、僅かながらその行き先を選べるようになっていた。
飛梅の姿は見えない。声も聞こえない。
それでも、この力だけは今も自分の中にいる。
そして、その日。
雛森はまた、シルエロの前に立っていた。
「おう、やるか!」
白い翼が大きく広がり、羽の隙間に滲む紅が黒い空を掠めた。
相変わらず楽しそうだった。
雛森は無言で刀を握る。
何度負けた。何度吹き飛ばされた。何度、砂の上で目を覚ました。
もう数える気にもならない。
「あ? どした? 来ねぇんか?」
その声を聞いた途端、腹の底が煮えた。
その顔が気に入らない。
その声も気に入らない。
強すぎるのも気に入らない。
こちらがどれだけ必死に足掻いても、楽しそうに笑っているのが何より気に入らない。
殺してほしかった。
最初は、それだけだった。
なのに、こいつが殺してくれなかった。
何度も立ち、何度も刀を握り。
そのたびに考えた。
次はどうすれば、鬼道を当てられるか、あの鱗を斬れるか。
どうすれば避けられる。
どうすれば一発、あのふざけた顔に叩き込める。
どうすれば、どうすれば。
気づけば、そんなことばかり考えていた。
死ぬことなんて、考えていなかった。
「……最低」
思わず口から零れた。
本当に最低だった。全部終わらせるために虚圏まで逃げてきた。
誰にも会いたくなくて、何も考えたくなくて、死ねるならそれでいいと思っていた。
それなのに。
「ねぇ、飛梅」
返事はない。
雛森は刀を握り締めた。
「私、いま……」
何をしているんだろう。
自分でも分からない。
ただ、目の前でニヤニヤ笑っているこいつが、どうしようもなく腹立たしい。
もう一度、シルエロを見る。
楽しそうな顔。待ちきれないように揺れる尾。いつでも来いとばかりに開かれた両腕。
こいつは。
本当に。
こいつは……!
「――ああッ!!」
薄桃色の焔が爆ぜた。
霊圧が一息に噴き上がり、白い砂を巻き上げる。羽衣が熱風にはためき、どこからともなく響いた鈴の音が、荒れ狂う炎の中へ呑まれていく。
雛森は刀を天へ掲げた。
今この瞬間、終わりたいなんて、頭のどこにもなかった。
「――卍解!!」
焼けるような熱を引き連れ、雛森はシルエロを睨みつけた。
「お前ッ、殺してやるッ!!」