マブラヴ・カーストルーム   作:EXTERMINATION

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第17話 レインボーブリッジ防衛戦

午前五時四十六分。

 

まだ夜の色を残す空の下で、東京湾岸は静かに朝を迎えようとしていた。

 

湾岸道路では避難用のバスが列を作り、

港湾施設には物資を積んだ輸送車両が次々と入っていく。

 

防潮壁の上では警備兵が一定の間隔を保ちながら巡回し、

遠方の東京湾には、鳳翼作戦へ参加する艦艇の作業灯が白い筋を描いていた。

 

お台場周辺では、すでに一部住民を対象とした段階的な避難が始まっている。

 

しかし、東京湾地下でハイヴが形成されているという事実は、

一般市民へ完全には公表されていなかった。

 

政府と軍が発表しているのは、

東京湾地下で大規模な地盤異常が発生していることと、

BETA侵入の危険性が高まっていること。

 

そして軍の活動が増加し、一部区域へ避難準備命令が出ているという内容だけだった。

 

住民たちは十分な説明を受けられないまま、

不安を抱えて軍や行政の誘導に従っている。

 

東京の地下に、本当に巨大なハイヴが存在している。

 

その事実を正確に知っている市民は、ほとんどいない。

 

だからこそ、午前五時四十六分の時点でも、お台場には多くの人間が残っていた。

 

臨時医療区画の職員。

 

港湾施設で避難物資を扱う作業員。

 

バスや輸送車両の運転手。

 

通信局員。

 

地下鉄や共同溝の保守員。

 

さらに、自宅や職場を離れることを拒み、避難命令に従わなかった住民たち。

 

朝日はまだ水平線の下にあり、東京湾の海面は暗い。

 

風も弱く、遠くで軍艦のエンジン音が聞こえる以外には、

大きな異常は感じられない。

 

何も起きていないように見えた。

 

最初の異変は、東京湾岸の地中観測所によって記録された。

 

地下百七十メートルで小規模な振動が発生。

 

その三秒後には、地下九十メートル付近でさらに強い反応が確認された。

 

振動は東京湾中央から直接上がってきたものではない。

 

東京ハイヴ浅層部から西方向へ伸びている。

 

その先にあるのは、お台場だった。

 

高層建築群。

 

湾岸道路。

 

地下交通網。

 

港湾施設。

 

そして、避難が完了していない市街地。

 

観測結果は即座に東京防衛軍へ送信された。

 

しかし、最初の振動を検知してから地表が崩れるまで、

二分も残されていなかった。

 

午前五時四十八分。

 

お台場海浜公園東側の舗装路が、

内側から押し上げられるように盛り上がった。

 

最初に細い亀裂が走る。

 

歩道を横切り、車道へ伸び、駐車場のアスファルトを割る。

 

地下配管が破断し、白い蒸気が地面の隙間から噴き上がった。

 

近くにいた警備兵が異変へ気づく。

 

「地盤崩落!」

 

警笛が鳴り、周辺の作業員たちが車両や建物から離れようと走り始める。

 

避難民を乗せた一台のバスが急停止した。

 

運転手は車内へ振り返り、乗客へ落ち着くよう呼びかける。

 

その直後だった。

 

道路全体が爆発したように吹き上がった。

 

大量の土砂。

 

砕けたコンクリート。

 

根元から引き抜かれた街路樹。

 

折れた照明柱。

 

近くに止まっていた車両一台が衝撃を受け、横転しながら路面を滑る。

 

地中に黒い穴が開いた。

 

照明の届かない暗闇。

 

その奥から、無数の戦車級が地表へ溢れ出してきた。

 

最初の一体。

 

続いて十体。

 

その後ろから数十体が押し合うように現れる。

 

動きは、これまで人工島周辺で確認された群れよりも明らかに速かった。

 

地表へ出た瞬間から周囲にいる人間と車両へ向きを変え、

迷うことなく進み始める。

 

警備兵が小銃を構える。

 

「BETA確認!」

 

発砲。

 

銃声が連続する。

 

先頭の戦車級一体が動きを止めた。

 

だが、後続はその身体を避けるように左右へ分かれ、さらに前へ進んでくる。

 

避難バスが再発進しようとした。

 

しかし、前方の道路にも新しい亀裂が走る。

 

二つ目の陥没。

 

そこからも戦車級が現れ、バスは完全に進路を失った。

 

「後退しろ!」

 

警備兵が運転手へ叫ぶ。

 

バスが後退しようとした時、地中観測器が大型反応を捉えた。

 

警告音。

 

地面がさらに大きく揺れ、最初の穴が内側から押し広げられる。

 

暗闇の中から、長大な前肢が現れた。

 

要撃級。

 

巨大な腕が道路へ触れた瞬間、アスファルトが大きく沈む。

 

続いて巨体が持ち上がり、地表へ姿を現す。

 

周囲の高層建築と比べれば小さい。

 

それでも人間や車両から見れば、道路全体を塞ぐ壁のような存在だった。

 

警備兵たちは遮蔽物へ下がる。

 

「全員、建物の陰へ入れ!」

 

要撃級が身体を持ち上げる。

 

その背後には、さらに複数の大型反応。

 

しかも、BETAが地表へ開けた穴は一か所だけではなかった。

 

有明方面。

 

青海。

 

湾岸道路地下。

 

臨海副都心の複数地点。

 

東京ハイヴは、ほぼ同時にお台場周辺へ複数の侵入口を作っていた。

 

午前五時四十九分。

 

東京防衛軍総司令部に緊急警報が鳴り響いた。

 

『お台場方面でBETAの地上出現を確認』

 

『侵入口は複数』

 

『大型種を含みます』

 

『市街地には多数の民間人が残存』

 

作戦室の大型地図が赤く染まっていく。

 

お台場。

 

有明。

 

青海。

 

湾岸線。

 

複数の避難経路が、地盤崩落やBETAの出現によって遮断された。

 

東京湾へ展開していた各部隊へ、緊急の戦力転用命令が送られる。

 

鳳翼作戦に投入されていた一部戦力を、市街地防衛へ回さなければならない。

 

同じ情報は、高度育成衛士高等学校の第一作戦管制室にも届いていた。

 

坂柳理事長は中央講堂跡の封鎖状況を確認し、司令官席へ戻った直後だった。

 

「状況を報告してください」

 

副官が地図を表示する。

 

「お台場方面に少なくとも五つの侵入口を確認」

 

「戦車級は推定三千体以上」

 

「要撃級二十体」

 

「地下には突撃級反応もあります」

 

「光線級は?」

 

「現在は未確認です」

 

「民間人の避難率は?」

 

副官が僅かに間を置いた。

 

「六十一パーセントです」

 

管制室が静まる。

 

四割近い住民と作業員が、依然としてお台場周辺に残っている。

 

坂柳理事長は続けて確認する。

 

「使用可能な避難経路は?」

 

「西側道路二本が残っています」

 

「北側は地盤崩落によって使用不能」

 

「海上避難は?」

 

「光線級が確認されていないため、準備は可能です」

 

「ただし、一部港湾施設へBETA群が接近しています」

 

坂柳理事長は地図全体を見た。

 

高度育成衛士高等学校。

 

東京湾中央。

 

お台場。

 

天衝作戦へ参加している部隊。

 

サムライ。

 

オニキリ。

 

シールド。

 

教導隊。

 

戦力は東京湾の各所へ分散している。

 

お台場へ全軍を向ければ、人工島と中枢迎撃線が薄くなる。

 

だが、民間人を見捨てることはできない。

 

「第十三戦術機甲大隊サムライから、二個中隊をお台場へ向かわせてください」

 

「残る戦力は鳳翼作戦東翼を維持します」

 

副官が命令を送る。

 

「第十二機動防衛群シールドは、

人工島防衛へ半数を残し、残りを避難経路の防衛へ」

 

「第七戦術機甲大隊オニキリは?」

 

「南翼で敵反応が継続しています。現時点では動かせません」

 

「教導隊は」

 

茶柱が前へ出た。

 

「出撃します」

 

坂上。

 

星之宮。

 

真嶋。

 

四人ともすでに強化装備を着用していた。

 

前の地下作戦から、十分な休息は取れていない。

 

それでも迷う者はいなかった。

 

坂柳理事長は四人を見る。

 

「お台場へ先行してください」

 

「サムライ大隊到着まで、避難経路を維持します」

 

茶柱が答える。

 

「了解」

 

茶柱は続けて尋ねる。

 

「候補生予備隊は、どうしますか」

 

坂柳理事長は一瞬だけ沈黙した。

 

候補生を再び実戦へ投入する。

 

人工島防衛。

 

学校内部の戦闘。

 

そして、地下での救援。

 

すでに彼らは何度も戦っている。

 

だが今度は学校の外。

 

民間人が残る市街地。

 

本格的な都市戦だった。

 

「候補生は管制と避難支援へ配置します」

 

「戦術機には搭乗させません」

 

茶柱の表情が僅かに緩んだ。

 

「了解」

 

しかし、その直後、新しい報告が入った。

 

『お台場第二避難集積所との通信が不安定』

 

『避難バス二十七台が湾岸道路上で停止』

 

『BETA群が接近中』

 

『地上警備部隊だけでは防衛困難』

 

副官が地点を拡大する。

 

第二避難集積所。

 

高層建築群の間に設けられた、一時避難用の施設だった。

 

避難民は約二千人。

 

周囲には警備隊と装甲車両がいる。

 

だが、戦術機部隊はまだ到着していない。

 

茶柱が到着予測を見る。

 

「教導隊が着くまで十二分」

 

「サムライ部隊は十五分」

 

十二分。

 

人工島で候補生たちが防衛線を守った時間よりも長い。

 

しかも、今回の敵規模は比較にならない。

 

坂柳理事長は航空支援の可否を確認する。

 

「航空支援を出せますか」

 

副官は首を横へ振る。

 

「光線級の存在を確認できるまで、低空侵入に限定されます」

 

「砲兵支援は?」

 

「市街地です。避難民が近すぎます」

 

選択肢は限られていた。

 

坂柳理事長は第二避難集積所へ通信を開く。

 

「第二避難集積所、応答してください」

 

激しい雑音。

 

銃声。

 

その奥から返答が届く。

 

『こちら第二避難集積所!防衛線を維持中!』

 

「坂柳です」

 

『司令官!』

 

「教導隊を向かわせています」

 

「十二分、持ちこたえてください」

 

短い沈黙。

 

恐怖を押し殺した声が返る。

 

『了解しました』

 

「避難民を西側地下駐車場へ一時退避させてください」

 

警備隊長が聞き返す。

 

『地下へですか?BETAの侵入経路になる可能性があります』

 

「使用するのは地下一階までです」

 

「出入口を二か所に限定してください」

 

「戦術機部隊到着後、二方向へ分散して地上避難を再開します」

 

『了解!』

 

坂柳理事長は別回線を開く。

 

「高度育成衛士高等学校候補生予備隊を招集してください」

 

茶柱が振り返った。

 

「何をさせるつもりですか」

 

「第二避難集積所の遠隔誘導です」

 

「地図情報、車両配置、避難人数、敵の進路を整理させます」

 

「戦術機には乗せません」

 

茶柱は少し考えた後、頷いた。

 

「了解」

 

午前五時五十三分。

 

候補生予備隊は、臨時管制区画へ集められた。

 

オレたちは夜明け前から、再び作戦に加わることになった。

 

堀北。

 

須藤。

 

平田。

 

高円寺。

 

龍園。

 

一之瀬。

 

神崎。

 

坂柳有栖。

 

ひより。

 

さらに神室、橋本、伊吹、石崎。

 

今回は戦術機ではなく、それぞれの適性に応じて管制支援を担当する。

 

大型スクリーンには、お台場市街地の立体地図が表示されていた。

 

無数の赤い敵反応。

 

地下駐車場へ集まる避難民。

 

道路上で止まった避難車両。

 

警備部隊の位置。

 

教導隊の到着予測。

 

残り十二分。

 

一之瀬が画面を見て息を呑んだ。

 

「こんなに多くの人が残っているんだ……」

 

坂柳有栖はすぐに端末を開いた。

 

「避難集積所と地下駐車場の構造図を表示してください」

 

橋本が民間情報網と軍管理図面を重ねる。

 

「公開データと施設管理図を統合する」

 

神室は道路上に止まっている車両を確認した。

 

「避難バスが二か所で道路を塞いでる」

 

ひよりは地下駐車場と周囲の建築構造を比較する。

 

神崎は避難人数と移動速度を計算。

 

平田は警備隊や避難誘導班との通信を担当。

 

龍園はBETAの移動方向を読む。

 

堀北が全体情報を整理し、オレは複数の画面を比較する。

 

高円寺は地図と周辺構造を静かに見ていた。

 

須藤は拳を握る。

 

「俺たちは、ここで見てるだけなのか」

 

教導隊格納庫へ向かう茶柱の声が通信へ入った。

 

『それが命令だ』

 

須藤は画面に映る警備兵と避難民を見る。

 

「でも、あっちでは戦ってる」

 

『お前たちも戦っている』

 

茶柱は強く言った。

 

『必要な情報を送れ』

 

『一秒でも早く、逃げる道を示せ』

 

『それで救える人間がいる』

 

須藤は息を吐いた。

 

「了解」

 

遠隔支援が始まる。

 

第二避難集積所の監視映像には、

地下駐車場へ避難民が流れ込む様子が映っていた。

 

子供。

 

高齢者。

 

負傷者。

 

臨時医療班。

 

避難誘導員。

 

一之瀬が集積所全体へ指示を送る。

 

「避難班A、東側入口を閉鎖してください」

 

警備隊から戸惑った声が返る。

 

『東側を閉じるのですか?』

 

「敵が南東方向から接近しています」

 

「西入口と北入口へ分けてください」

 

神崎が人数を計算する。

 

「西側へ千二百人」

 

「北側へ八百人」

 

「医療が必要な方は北側を優先」

 

平田も続ける。

 

「歩行困難者から先に移動させてください」

 

「避難バスの運転手も車両を放棄して、地下へ入ってください」

 

警備隊から返答が届く。

 

『了解!』

 

龍園はBETAの反応が東側大通りへ集中していることへ気づいた。

 

「戦車級が東側へ寄ってる」

 

堀北が尋ねる。

 

「何かへ引かれている?」

 

ひよりは施設図を見た。

 

「地下駐車場の換気設備かもしれません」

 

地下には約二千人。

 

人間が放出する二酸化炭素。

 

体温。

 

換気口から出る熱と空気。

 

それらへBETAが反応している可能性がある。

 

龍園が言う。

 

「東側の換気を止めろ」

 

神崎が即座に反論する。

 

「二千人がいる。全部止めれば内部環境が悪化する」

 

「全部じゃねぇ」

 

龍園は換気系統図を指した。

 

「東だけ止める」

 

「西側を最大出力にして、反応の中心をずらす」

 

ひよりも意図を理解した。

 

「BETAを地下駐車場正面から、西側道路方向へ誘導する」

 

坂柳有栖が具体的な案へまとめる。

 

「東側換気を停止」

 

「西側系統へ出力を集中」

 

「ただし、内部循環装置は維持します」

 

司令部へ提案が送られる。

 

坂柳理事長が許可。

 

施設管理員が換気系統を操作する。

 

東側換気停止。

 

西側排気出力上昇。

 

数分後。

 

戦車級の群れが僅かに進路を変え始めた。

 

東側大通りから南西方向へ移動し、地下駐車場正面へ集まっていた圧力が弱まる。

 

完全に離れたわけではない。

 

それでも、警備隊正面の負担は減った。

 

ひよりが静かに言う。

 

「やはりBETAは、人間の呼吸や熱にも反応している可能性があります」

 

坂柳有栖も頷く。

 

「戦術機の反応炉だけを追っているわけではない」

 

オレは複数の記録を見た。

 

熱。

 

振動。

 

電力。

 

通信。

 

戦術機反応炉。

 

人間の生体反応。

 

BETAは一つの信号だけを追うのではなく、

複数の反応が重なった場所を優先的な目標にしている可能性がある。

 

だから中央講堂へ集まった。

 

人工島へ向かった。

 

そして今、避難集積所へ近づいている。

 

兵器と人間が集中している場所。

 

「第二避難集積所は、BETAにとって大きな目標になっている」

 

オレが言う。

 

堀北が振り返る。

 

「根拠は?」

 

「避難民二千人」

 

「停車した車両」

 

「大規模な電力消費」

 

「換気設備」

 

「通信機器」

 

「複数の反応が一か所へ集中している」

 

坂柳有栖が目を細めた。

 

「なら、教導隊到着後は避難民を分散させる必要があります」

 

一之瀬が言う。

 

「でも、今外へ出したら危険だよ」

 

「今すぐではありません」

 

ひよりが避難経路を確認する。

 

「教導隊到着後、二群へ分けます」

 

平田。

 

「一つは西側道路」

 

「もう一つは港湾側」

 

神崎が条件を加える。

 

「海上避難は、光線級が確認されていない場合に限定」

 

橋本が周辺艦艇を確認した。

 

「海上輸送艦三隻が接近可能」

 

「護衛艦もいます」

 

堀北が案をまとめる。

 

「教導隊到着までは地下駐車場で待機」

 

「到着後、半数を西側道路へ」

 

「残り半数は港湾施設へ移動」

 

「避難民を一か所に残さない」

 

坂柳理事長へ提案が送られ、すぐに許可された。

 

午前五時五十八分。

 

教導隊四機がお台場へ向けて出撃した。

 

茶柱。

 

坂上。

 

星之宮。

 

真嶋。

 

四機は人工島西部から跳躍し、海面すれすれを高速で移動する。

 

夜明け前の暗い空。

 

跳躍ユニットから伸びる炎。

 

海面へ残る白い噴煙。

 

前方のお台場では、複数の火災が発生している。

 

地中から噴き出す黒煙。

 

高層建築群の間を埋める戦車級。

 

道路中央には要撃級。

 

別の一体は駐車場方面へ向かっている。

 

さらに地下には、突撃級二体の反応があった。

 

まだ地表へは出ていない。

 

茶柱が命じる。

 

『教導隊、重金属雲を散布』

 

星之宮機が散布装置を起動する。

 

灰色の重金属粒子が、お台場方向へ広がっていく。

 

現時点で光線級は確認されていない。

 

それでも、出現してから対策していては遅い。

 

坂上が到着時間を確認する。

 

『第二避難集積所まで三分』

 

『敵数は?』

 

管制官が答える。

 

『戦車級、推定八百』

 

『要撃級六体』

 

『地下に突撃級反応二体』

 

真嶋が低く言う。

 

『四機で相手をする数じゃないな』

 

茶柱は前方から目を離さない。

 

『三分維持すれば、サムライの先行部隊が到着する』

 

星之宮が苦笑する。

 

『最近、三分とか十分とか、時間を稼ぐ仕事ばかりね』

 

坂上。

 

『生き残るための戦いは、大抵そういうものだ』

 

教導隊はお台場上空へ到達した。

 

高層建築に囲まれた市街地。

 

跳躍機動を使える空間はある。

 

だが光線級が潜んでいる可能性がある以上、高度を上げることはできない。

 

茶柱機が先頭へ出る。

 

地表すれすれの高度を維持し、高層建築の間を抜ける。

 

道路は戦車級で埋め尽くされていた。

 

『射撃開始』

 

四機が一斉に突撃砲を撃つ。

 

三十六ミリ弾が道路へ降り注ぎ、着弾地点で爆炎が連続する。

 

アスファルトが抉れる。

 

放置された車両が爆風に押され、横滑りする。

 

信号機が根元から倒れ、ビルの窓ガラスが連続して砕け落ちる。

 

戦車級の群れが爆煙の中へ消えていく。

 

その奥から要撃級が姿を現した。

 

巨大な腕が持ち上がる。

 

茶柱機は高度を上げずに右へ滑る。

 

要撃級の腕が道路へ叩きつけられ、舗装が大きく砕けた。

 

地下配管が破裂し、白い水柱が上がる。

 

坂上機が左側へ回り、脚部へ射撃する。

 

星之宮は要撃級の上にある歩道橋の接続部分へ砲撃を加えた。

 

構造物が崩れ、巨体の進路へ落下する。

 

要撃級の動きが止まった。

 

真嶋機が百二十ミリ砲を構える。

 

発射。

 

砲弾が肩部へ直撃し、大爆発が起きた。

 

要撃級が道路へ倒れ、周囲の無人車両を押し潰す。

 

茶柱は次の敵反応を見る。

 

『一体排除』

 

『次へ行く』

 

教導隊は停止しない。

 

第二避難集積所まで残り一キロ。

 

交差点へ二体の要撃級が現れた。

 

茶柱機が先行しようとする。

 

坂上が止める。

 

『一機で突っ込むな』

 

『時間がない』

 

『だから部隊で行く』

 

坂上機が茶柱の隣へ入る。

 

星之宮と真嶋が左右後方。

 

四機は横一列ではなく、菱形の隊形を取った。

 

一体の要撃級が茶柱へ向かう。

 

もう一体が坂上機へ腕を振るう。

 

茶柱は後退。

 

坂上は逆に前進。

 

二体の要撃級が、交差点中央へ近づいていく。

 

星之宮が道路脇へ放置された大型燃料運搬車の足元へ射撃した。

 

茶柱が反応する。

 

『民間車両だぞ!』

 

『燃料は抜かれてる!』

 

爆発させたのはタンクではない。

 

タイヤと車体下部が砕け、大型車両が横へ転がる。

 

車体が要撃級の足元へ入り、一体が姿勢を崩した。

 

真嶋が転倒しかけた個体へ砲撃する。

 

坂上は残る一体の腕を長刀で受け流した。

 

茶柱機が側面へ入り、脚部関節へ斬撃。

 

星之宮も同じ箇所へ射撃する。

 

二体の要撃級が続けて道路へ崩れた。

 

交差点を大きな爆炎が包み込む。

 

爆風によってビル外壁の一部が剥がれ、巨大な看板が道路へ落下する。

 

教導隊四機は、炎と粉塵の中から飛び出した。

 

第二避難集積所へ到着した時、地上警備隊の防衛線は限界へ近づいていた。

 

装甲車両。

 

簡易バリケード。

 

携行盾。

 

残弾の少ない小銃。

 

その目前まで戦車級の群れが迫っている。

 

装甲車一台が横転し、

警備兵は地下駐車場入口へ下がりながら射撃を続けていた。

 

教導隊が建物の上方から進入する。

 

茶柱が叫ぶ。

 

『全員、伏せろ!』

 

警備隊が遮蔽物へ身を隠す。

 

四機の戦術機が一斉掃射を開始した。

 

地面が連続して弾け、戦車級の群れが爆炎と粉塵に押し戻される。

 

真嶋機が地下駐車場入口前へ着地し、大型盾を構えた。

 

茶柱と坂上が左右へ展開。

 

星之宮が後方から周囲の道路を監視する。

 

『教導隊、第二避難集積所の防衛へ入る』

 

警備隊長が叫ぶ。

 

『助かった!』

 

茶柱は即座に返す。

 

『礼は後だ』

 

『避難民を二群へ分ける』

 

『西側道路と港湾側だ』

 

警備隊長が驚く。

 

『ここから移動させるのですか?』

 

『ここへ残せば、敵がさらに集まる』

 

管制室から堀北の声が入る。

 

『実際にBETA反応が集積所へ集中しています』

 

一之瀬も続ける。

 

『一か所へ全員が留まる方が危険です』

 

警備隊長は候補生の声だと気づいた。

 

『候補生なのか?』

 

茶柱が答える。

 

『だが、判断は正しい』

 

『すぐに移動準備を始めろ』

 

地下駐車場へ避難計画が伝えられた。

 

当然、混乱が起きる。

 

「また移動するのか」

 

「外にはBETAがいるんだろ」

 

「ここにいた方が安全じゃないのか」

 

怒り。

 

不安。

 

泣き始める子供。

 

負傷者を支える医療班。

 

避難誘導員の説明も、すぐには届かない。

 

平田が遠隔通信を開いた。

 

地下駐車場内の大型モニターへ、管制室からの映像が表示される。

 

『皆さん、聞いてください』

 

避難民の声が少しずつ静まる。

 

『現在いる地下駐車場は、軍の戦術機部隊によって一時的に守られています』

 

『ですが、多くの人が一か所に集まっていることで、

BETAがさらに接近している可能性があります』

 

ざわめきが広がる。

 

平田は言葉を選んだ。

 

『西側道路と港湾側に、二つの避難経路を確保しています』

 

『全員が同時に外へ出るわけではありません』

 

『軍と警備隊が、順番に誘導します』

 

声は僅かに震えている。

 

それでも続ける。

 

『怖いと思います』

 

『僕も怖いです』

 

避難民がモニターを見る。

 

『ですが、今は移動しなければなりません』

 

『どうか、誘導に従ってください』

 

一之瀬も別回線から伝える。

 

『医療が必要な方は港湾側へ』

 

『歩ける方は西側道路へ向かってください』

 

『家族は離れないようにしてください』

 

『一人になってしまった方は、近くの誘導員へ声をかけてください』

 

二人は軍人ではない。

 

政治家でもない。

 

同じように恐怖を感じている候補生だった。

 

だからこそ、その声は一部の避難民へ届いた。

 

少しずつ列が作られ始める。

 

午前六時四分。

 

サムライ大隊の先行部隊である不知火八機が、お台場上空へ到着した。

 

『サムライ2、第二避難集積所へ到着』

 

茶柱が返す。

 

『待っていた』

 

『遅れたな』

 

『三十秒だ』

 

『細かい』

 

サムライ部隊は西側道路へ展開する。

 

『サムライ隊は西側避難路を担当する』

 

『教導隊は港湾側を守れ』

 

『了解』

 

避難が始まった。

 

西側道路では、避難バスと徒歩の住民をサムライ大隊が前後から護衛する。

 

港湾側では、医療車両と歩行困難者が避難艇へ向かい、

教導隊四機が道路と埠頭を守る。

 

だが、お台場地下から現れるBETAは増え続けていた。

 

新しい戦車級。

 

要撃級。

 

そして、地中観測器が突撃級の上昇を捉える。

 

同時刻。

 

西側道路を進む避難車列の先には、レインボーブリッジがあった。

 

橋の芝浦側では東京防衛軍が避難路を確保し、車両を本土側へ送り続けている。

 

本来であれば、高架道路を利用して短時間でお台場を離れられる。

 

だが、すでに湾岸道路の複数地点が陥没しているため、

西側避難群の多くはレインボーブリッジを通過しなければならない。

 

橋上には避難バス。

 

一般車両。

 

装甲車。

 

徒歩で移動する住民。

 

車列は途切れずに続いていた。

 

海上へ逃げられない者たちにとって。

 

レインボーブリッジは、東京本土へつながる最後の大動脈だった。

 

橋のたもとで地面が大きく揺れた。

 

石崎が監視映像へ気づく。

 

「レインボーブリッジ入口に地下反応!」

 

ひよりが周辺地質を確認する。

 

「台場側の橋脚付近です」

 

地表へ向かって上昇している。

 

しかも一体ではない。

 

突撃級二体。

 

要撃級三体。

 

その周囲には多数の戦車級反応。

 

堀北が避難車列を見る。

 

「ここを突破されたら、西側避難群が橋の上で閉じ込められる」

 

龍園は敵の進行方向を確認する。

 

「集積所じゃねぇ」

 

「車列を追ってる」

 

平田が息を呑む。

 

「橋の上には、まだ何千人もいる」

 

坂柳有栖が坂柳理事長へ報告する。

 

「レインボーブリッジ台場側へ、大型種が接近しています」

 

「避難車列の停止は危険です」

 

坂柳理事長は即座に命じた。

 

「サムライ先行部隊のうち四機を、レインボーブリッジへ回してください」

 

「残る四機は第二集積所西側を維持」

 

茶柱が通信へ入る。

 

『教導隊からも二機を出します』

 

坂上が反応する。

 

『港湾側はどうする』

 

『私と星之宮が残る』

 

真嶋が言う。

 

『俺が橋へ行く』

 

坂上。

 

『俺も行く』

 

茶柱は短く答えた。

 

『任せる』

 

サムライ四機。

 

坂上。

 

真嶋。

 

合計六機が、レインボーブリッジへ向かった。

 

ビルの間を抜け、地表すれすれの高度で移動する。

 

前方には巨大な吊り橋。

 

白い主塔とケーブル。

 

その橋上を、長い避難車列が芝浦方面へ進んでいる。

 

だが台場側の入口では、地面が大きく隆起し始めていた。

 

坂上が叫ぶ。

 

『避難車両を止めるな!』

 

橋上の警備車両が車列を前へ進ませる。

 

バス同士の間隔を狭め、できるだけ多くの車両を橋へ入れる。

 

最後尾付近では徒歩の住民が走っていた。

 

その背後。

 

道路が割れる。

 

巨大な装甲が、コンクリートを押し上げる。

 

突撃級一体が台場側入口へ姿を現した。

 

続いて二体目。

 

横幅のある巨体が道路を塞ぎ、レインボーブリッジへ向かって加速する。

 

もし橋上へ突入すれば。

 

避難車両を押し潰すだけでは済まない。

 

橋そのものへ甚大な損傷を与える可能性がある。

 

真嶋が警告する。

 

『橋脚へ近づけるな!』

 

サムライ隊長が命じる。

 

『全機、突撃級を左右へ分けろ!』

 

六機は橋の正面へ横一列に並ばなかった。

 

中央を空け、左右へ三機ずつ展開する。

 

避難車列を通すためだ。

 

左側は坂上とサムライ二機。

 

右側は真嶋とサムライ二機。

 

突撃級二体が橋入口へ突進する。

 

砲撃開始。

 

突撃級の正面装甲へ撃っても効果は薄い。

 

六機は左右へ分かれ、側面へ回り込もうとする。

 

だが、周囲には戦車級が押し寄せている。

 

さらに要撃級が橋脚付近へ現れ、長い腕を道路へ下ろした。

 

サムライ機一機が戦車級を排除。

 

別の一機が要撃級の脚部を撃つ。

 

坂上機は突撃級一体の進行方向へ飛び出し、寸前で横へ回避した。

 

突撃級が坂上機を追うように僅かに向きを変える。

 

その瞬間、サムライ大隊の二機が突撃級の反対側面へ回り込み、

ほぼ同時に百二十ミリ砲弾を撃ち込んだ。

 

重い発砲音が連続して響き、

二発の砲弾は巨体の側面へ深く食い込んだ直後、ほとんど間を置かずに炸裂する。

 

巨大な爆炎と衝撃波が突撃級の身体を横から叩き、

直進し続けようとしていた進路を橋の中央から強引に外していった。

 

突撃級は爆煙を引きずりながら台場側の防潮壁へ向きをずらし、

橋入口から少しずつ離れていく。

 

真嶋たちが相手をしている二体目にも、同じ方法が取られた。

 

真嶋の撃震は突撃級の真正面へ向かって進み続け、

通常なら避けるべき距離まで自ら接近していく。

 

『先生、近すぎる!』

 

管制席から戦況を見ていた須藤が、思わず声を張り上げた。

 

それでも真嶋は速度を落とさなかった。

 

『分かってる!』

 

突撃級は、自分の進路上へ立ちはだかった撃震を新たな標的と認識し、

さらに速度を上げて突進する。

 

両者の距離が急速に縮まり、

このまま正面衝突すれば撃震が無事では済まないというところまで接近した直前、

真嶋は跳躍ユニットを短時間だけ噴射した。

 

撃震の巨体が地面を滑るように右側へ移動する。

 

正面から一直線に加速していた突撃級は、突然横へ外れた真嶋機の動きへ追従できない。

 

巨体は慣性に引かれたまま前方へ進み、橋入口からさらに外側へ進路を逸らした。

 

その瞬間を待っていたサムライ大隊の二機が左側面へ射線を通す。

 

三十六ミリ弾と百二十ミリ砲弾が突撃級の脚部と胴体側面へ集中し、

連続する爆発が巨体を横方向へ押し続けた。

 

結果として、橋へ同時に突入しようとしていた二体の突撃級は、左右へ大きく分断された。

 

しかし、進路を逸らしただけで、まだ撃破したわけではない。

 

左側へ押し出された一体は、そのまま巨大な質量を保ったまま防潮壁へ激突した。

 

厚いコンクリート壁が轟音と共に大きく砕け、

亀裂の間から東京湾の海水が大量に噴き上がる。

 

崩れたコンクリート片と鉄筋が道路脇へ散乱し、白い水飛沫が戦術機の脚部まで届いた。

 

一方、右側へ逸れたもう一体は、橋そのものを支えている橋脚へ接近していた。

 

あのまま衝突させれば、

避難路として使用しているレインボーブリッジの安全そのものが失われる。

 

真嶋が即座に叫んだ。

 

『右の個体を止めろ!』

 

サムライ大隊の三機が同じ脚部へ照準を集中させる。

 

三十六ミリ突撃砲が連続して火を噴き、その間へ百二十ミリ砲弾が叩き込まれた。

 

無数の着弾が一か所へ重なり、硬い外殻を削りながら内部へ衝撃を蓄積していく。

 

やがて突撃級の片脚が耐えきれず、前進の途中で大きく崩れた。

 

巨体が傾く。

 

しかし、倒れる方向は橋脚側だった。

 

このままでは撃破できても、倒れた身体そのものが橋を破壊しかねない。

 

坂上は状況を見た瞬間、反対方向へ回り込んだ。

 

陽炎の突撃砲が火を噴き、

既にバランスを失っている突撃級の反対側面へ砲弾を撃ち込む。

 

爆発によって巨体へ横向きの力が加わり、崩れ落ちる方向が少しずつ変わっていく。

 

そして最後には橋脚とは反対側へ倒れ込み、

道路脇の地面へ凄まじい轟音と共に叩きつけられた。

 

直後、損傷していた身体の一部が内部から破裂し、巨大な爆発が起きる。

 

赤い爆炎と黒煙が一気に膨れ上がり、

吹き飛ばされた土砂や砕けたコンクリート片が雨のように道路へ降り注いだ。

 

それでも避難は止まらない。

 

最後尾を走っていた避難バスが、警備車両の誘導を受けながらレインボーブリッジへ入る。

 

車両へ乗り切れなかった住民たちも、

警備兵に促されながら欄干沿いを走り、少しでも早く橋の中央部へ離れようとしていた。

 

その時だった。

 

倒れた突撃級の身体を乗り越えるように、一体の要撃級が前方へ姿を現した。

 

巨体は瓦礫とBETAの残骸を踏み越えながら進み、長大な前肢を橋入口へ向かって伸ばす。

 

その先には、まだ完全に退避しきれていない車列と住民がいる。

 

坂上の陽炎が真正面から割り込んだ。

 

振り下ろされた要撃級の腕へ長刀を当て、刃を滑らせるようにして攻撃方向を逸らす。

 

真正面から受け止めたわけではない。

 

それでも要撃級が持つ巨大な質量から生まれた衝撃は凄まじく、

陽炎の機体は数メートルも後方へ押し戻された。

 

坂上が姿勢を立て直している間に、真嶋が要撃級の側面へ回り込む。

 

撃震の砲撃が脚部へ命中し、大きな爆発を起こした。

 

さらにサムライ大隊の一機が、橋入口と要撃級の間へ機体を滑り込ませる。

 

大型盾を前へ構え、最後の避難車列へ敵を近づけないための壁となった。

 

要撃級が二度目の攻撃を振り下ろす。

 

巨大な腕が大型盾へ正面から叩きつけられ、

金属同士が衝突する凄まじい音が橋全体へ響き渡った。

 

盾を構えていた戦術機は数メートルも後退し、脚部が舗装面を削りながら深い跡を残す。

 

それでも倒れない。

 

橋へ入らせない。

 

ただ、その一点だけを守り続ける。

 

管制席から戦況を見ていた須藤が、思わず身を乗り出した。

 

「左脚を狙え!」

 

ひよりも同時に要撃級と橋の位置関係を確認していた。

 

「右側へ倒してしまうと、橋の車線そのものを塞いでしまいます。左側へ崩す必要があります」

 

坂柳有栖は二人の意見と地形データを即座に重ね合わせる。

 

「射撃区域を左脚部と左肩部へ限定してください。右側へは撃たないでください」

 

サムライ大隊長が応答する。

 

『照準情報を受信した』

 

坂上も全体回線を開いた。

 

『全機、左側へ火力を集中しろ!』

 

六機の戦術機が、ほとんど同時に要撃級へ砲口を向けた。

 

三十六ミリ突撃砲。

 

百二十ミリ砲。

 

支援用火器。

 

残されている火力が、要撃級の左半身へ一点集中する。

 

最初の一斉射撃と同時に、夜明け前の空を何本もの砲口炎が照らした。

 

重なった発砲音が一つの巨大な轟音となり、レインボーブリッジ全体が震える。

 

三十六ミリ弾が要撃級の左脚へ連続して叩き込まれ、

その間を縫うように百二十ミリ砲弾が着弾した。

 

硬い外殻が次々と砕け、吹き飛ばされた破片が周囲へ散る。

 

間を置かず、次の射撃が左肩部へ集中する。

 

爆発によって生まれた炎が途切れる前に次の砲弾が着弾し、

複数の爆炎が重なりながら一つの巨大な火球へ膨れ上がった。

 

要撃級は爆炎の中で長い前肢を振り上げる。

 

まだ動く。

 

それでも六機は射撃を止めなかった。

 

一発を当てて終わるのではない。

 

同じ脚部。

 

同じ肩。

 

同じ角度へ、次々と砲弾を送り込む。

 

要撃級の姿勢を崩し、しかも橋とは反対側へ倒すためには、中途半端な火力では足りなかった。

 

三十六ミリ弾が外殻を削り、百二十ミリ砲弾がその奥へ衝撃を叩き込む。

 

爆煙の中で一度は見えなくなった左脚へ、照準補正を受けた次の斉射がさらに集中した。

 

砲弾が命中するたびに、要撃級の巨体が僅かずつ左へ押される。

 

ついに傷ついた脚部が自重へ耐えきれなくなった。

 

大きな亀裂が走り、片脚が崩れ落ちる。

 

支えを失った要撃級の巨体が、大きく傾いた。

 

しかし、そのままでは橋の中央へ倒れ込む可能性が残っている。

 

坂上は攻撃を止めない。

 

『まだだ!押し出せ!』

 

六機が再び左側へ火力を集中した。

 

砲弾の爆圧が、既に姿勢を失った巨体へ横方向から叩きつけられる。

 

次の爆発。

 

さらにその次の爆発。

 

巨大な身体は、橋入口から少しずつ外側へ押されていく。

 

戦術機の火力だけで数十メートル級の巨体を吹き飛ばしているわけではない。

 

既に崩れた姿勢と、自重によって始まった転倒方向へ、砲撃で最後の力を加えている。

 

そのわずかな差が、橋を守れるかどうかを決める。

 

真嶋は撃震の弾薬表示を確認した。

 

百二十ミリ砲弾は、残り一発。

 

これ以上の撃ち直しはできない。

 

『これで終わりだ』

 

最後の砲弾を装填する。

 

照準は、爆炎と黒煙の向こうに僅かに見える要撃級の左肩部へ固定した。

 

真嶋が引き金を引く。

 

撃震の大型砲から凄まじい砲口炎が噴き出し、一瞬だけ夜明け前の空を白く染めた。

 

百二十ミリ砲弾は一直線に爆煙を突き抜け、

既に集中攻撃によって大きく損傷していた要撃級の左肩へ直撃する。

 

次の瞬間、これまでの爆発を上回る凄まじい爆炎が、一気に膨れ上がった。

 

赤く灼けた炎が十数メートルもの高さまで吹き上がり、

その中心から黒煙と無数の破片が噴き出す。

 

爆圧は橋入口からレインボーブリッジ上へ一気に走り抜け、道路脇の標識を大きく揺らした。

 

避難バスの窓ガラスが一斉に震え、警備車両の車体さえ僅かに上下する。

 

熱を帯びた風が橋の上を吹き抜け、逃げ続けていた住民たちの服や髪を激しくなびかせた。

 

思わず振り返った者たちの視界には、

橋入口の横で巨大な火球へ包まれながら傾いていく要撃級と、

その前へ立ち続ける戦術機部隊の姿が映っていた。

 

その砲弾は、これまでの攻撃で損傷していた左肩部へ正確に突き刺さっていた。

 

爆炎の中心で、要撃級の装甲が大きく弾け飛ぶ。

 

赤熱した破片が雨のように周囲へ降り注いだ。

 

内部構造が露出する。

 

そこへ蓄積していた損傷が一気に広がった。

 

巨体の左半身を走る亀裂。

 

次の瞬間、内部から二度目の爆発が起きる。

 

轟音。

 

灼熱の火柱が要撃級の肩口から噴き上がった。

 

炎は長い前肢を包み込み、黒煙を巻き上げながら天へ伸びる。

 

焼けた装甲が崩れ落ち、巨大な身体の各所で連続的に破裂音が響く。

 

まるで巨体そのものが内側から燃え尽きていくようだった。

 

そして炎に包まれた要撃級は、ついに最後の支えを失った。

 

要撃級の巨体は完全にバランスを失った。

 

ゆっくりと。

 

しかし確実に。

 

橋から離れる方向へ傾いていく。

 

そして――轟音と共に台場側道路へ崩れ落ちた。

 

アスファルトが砕ける。

 

街路樹がなぎ倒される。

 

周囲の車両が吹き飛ぶ。

 

巨大な土煙と爆炎が交差点一帯を覆い尽くした。

 

橋の入口が開く。

 

その瞬間、最後の避難バスがレインボーブリッジへ進入した。

 

続いて警備車両。

 

救急車両。

 

装甲車。

 

避難民を乗せた車列が、守り抜かれた橋を渡っていく。

 

白い主塔の間を無数の車両が芝浦へ向かって進む。

 

東京湾の海面には、戦闘の爆炎が赤く映っている。

 

橋のケーブルが爆風で揺れ、欄干へ細かな破片が降る。

 

それでも橋は残った。

 

避難路は維持されている。

 

サムライ隊長が報告する。

 

『レインボーブリッジ台場側、敵大型種を排除』

 

坂上が付け加える。

 

『避難車列、橋上へ移動完了』

 

坂柳理事長の声が届く。

 

「橋を維持してください」

 

「西側避難群が芝浦側へ到着するまで、BETAを一体も通してはいけません」

 

真嶋は周囲の敵反応を見る。

 

倒した突撃級二体。

 

要撃級一体。

 

だが地下からは、まだ複数の反応が上昇している。

 

さらに橋の下。

 

東京湾側からも、新しい振動が伝わっていた。

 

『簡単には終わらないな』

 

坂上が長刀を構え直す。

 

『最初から、そのつもりだ』

 

六機はレインボーブリッジ台場側へ防衛線を築いた。

 

背後には、東京本土へ避難する人々。

 

前方には、崩壊した道路とBETAの群れ。

 

その頃、港湾側でも茶柱と星之宮が避難艇を守りながら戦闘を続けていた。

 

教導隊とサムライ大隊。

 

候補生たちの管制支援。

 

地上警備隊。

 

避難誘導員。

 

多くの役割が、お台場の各所でつながっている。

 

人類側は一つの場所だけを守っているのではない。

 

地下駐車場。

 

港湾施設。

 

西側道路。

 

そして、レインボーブリッジ。

 

それぞれの避難路を維持し。

 

そこを通るすべての人間を。

 

東京本土へ帰すために戦っていた。

 

だが、地中観測器は新しい警告を発した。

 

お台場地下。

 

突撃級反応。

 

さらに増加。

 

地中観測器が、新たな大型反応を捉えた。

 

レインボーブリッジの台場側橋脚付近。

 

地下から、突撃級を上回る反応が上昇している。

 

だが、その時には最後の避難車両が橋上へ入っていた。

 

坂上は芝浦方向へ遠ざかっていく車列を確認する。

 

『避難車列、橋上通過を継続中』

 

真嶋は橋脚側へ照準を向けた。

 

『もう橋を守る必要はない』

 

『違う』

 

坂上は長刀を構え直す。

 

『最後の一台が渡り切るまで守る』

 

六機は橋の入口から動かなかった。

 

やがて、最後尾の警備車両が主塔の向こうへ消える。

 

芝浦側から、避難車列の到着を告げる通信が届いた。

 

『西側避難群、全車両の橋上通過を確認』

 

坂上は即座に命じる。

 

『レインボーブリッジ防衛隊、撤退する』

 

橋脚付近の地面が大きく隆起する。

 

地下の大型反応が地表へ迫っていた。

 

しかし、六機はその敵を待たなかった。

 

倒すことが任務ではない。

 

橋を渡る人々を帰すことが任務だった。

 

サムライ部隊と教導隊は跳躍ユニットを噴射し、レインボーブリッジから離脱する。

 

その直後。

 

台場側の道路が大きく崩れ、巨大なBETAの一部が地表へ姿を現した。

 

だが、橋の上にはもう誰も残っていない。

 

レインボーブリッジは損傷しながらも、最後まで避難路としての役目を果たした。

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