マブラヴ・カーストルーム   作:EXTERMINATION

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第20話 深淵を撃て

午前四時四十分。

 

高度育成衛士高等学校の西部予備格納庫では、

天井から吊り下げられた巨大な照明が、整然と並ぶ吹雪の装甲を白く照らしていた。

 

南部格納庫を失って以降、候補生用戦術機の多くは西部区画へ移されている。

 

もともとは予備機や修理待ちの機体を保管するための場所だったため、

主格納庫と比べれば設備は狭く、整備足場の数も少ない。

 

戦術機同士の間隔も限界まで詰められ、壁際には交換部品、

弾薬箱、工具、取り外された装甲板が隙間なく並べられていた。

 

通路の一角には、暁光作戦から帰還した教導隊の機体も収容されている。

 

茶柱の不知火は右肩部を中破し、頭部センサーの一部を失っていた。

 

坂上の陽炎は左腕部と脚部を損傷し、

星之宮の不知火にも突撃砲接続部や外装へ複数の傷が残っている。

 

真嶋の撃震に至っては、右脚部を完全に分解され、

大型支持架へ吊られた状態で修理を受けていた。

 

どの機体も、つい昨日まで東京ハイヴ内部で戦っていた。

 

今は静かに動きを止めているが、装甲に焼きついた焦げ跡や、

要撃級との接触で削れた金属を見るだけで、

地下で何が起きたのかは十分に伝わってくる。

 

候補生たちは教導隊機の横を通り、自分たちが搭乗する吹雪へ向かった。

 

各自の端末には、本日の訓練内容が表示されている。

 

実弾を使用した編隊戦闘。

 

地下構造を再現した模擬区画。

 

入学から、まだ一年も経過していない。

 

本来であれば、まだ歩行、姿勢制御、移送、

基本射撃を繰り返している時期だった。

 

しかし、東京ハイヴの成長は候補生の訓練課程を待ってくれない。

 

歩行訓練。

 

輸送任務。

 

基本射撃。

 

そして、想定外の初実戦。

 

それらを経験した候補生たちは、すでに次の段階へ進められていた。

 

今日は四機編隊を組み、実弾を用いて、地下戦を想定した訓練を行う。

 

須藤は強化装備の手袋を締め直しながら、自分の吹雪を見上げた。

 

「やっと実弾訓練か」

 

隣にいた堀北が冷静に返す。

 

「喜ぶようなことではないわ」

 

「でも必要だろ」

 

「必要だからこそ、慎重にやるのよ」

 

「お前は何でも慎重すぎるんだよ」

 

「あなたが慎重でなさすぎるの」

 

いつも通りのやり取りだった。

 

ただし、以前とは少し違う。

 

須藤も堀北も、単に相手を言い負かそうとしているのではない。

 

互いが何を心配し、なぜそう言っているのかを理解したうえで、

自分の意見を返している。

 

平田は搭乗者名簿を確認していた。

 

第一編隊は、堀北、須藤、平田、高円寺。

 

第二編隊は、龍園、一之瀬、神崎、オレ。

 

第三編隊には橋本、神室、伊吹、石崎をはじめとした適性上位者が入り、

今回は待機と観察を担当する。

 

坂柳有栖は管制支援。

 

ひよりは地下地形解析。

 

軽井沢、櫛田、その他の生徒は後方支援訓練へ配置される。

 

候補生全体が、個人の適性と役割に応じて、少しずつ分けられ始めていた。

 

高円寺は吹雪の足元で、機体データを確認している。

 

以前のように制服姿ではない。

 

正式な強化装備を着用し、髪は整えられているものの、

鏡や櫛を持ち込むこともなかった。

 

須藤が近づき、からかうように声をかける。

 

「今日は逃げねぇんだな」

 

「訓練に参加すると決めたからねぇ」

 

「これから毎回か?」

 

「必要だと判断した範囲では」

 

「まだそんなこと言うのかよ」

 

高円寺は気にした様子もなく笑った。

 

「何でも約束してしまうほど、私は無責任ではないのだよ」

 

須藤は呆れた顔になる。

 

「真面目なのか不真面目なのか分からねぇ」

 

「理解できないものを、無理にどちらかへ分類する必要はない」

 

「そういう言い方がムカつくんだよ」

 

高円寺は返答せず、機体データへ視線を戻した。

 

その時、格納庫上部の整備足場から真嶋の声が落ちてきた。

 

「雑談する余裕があるなら、弾薬搭載手順を確認しておけ」

 

候補生たちが一斉に顔を上げる。

 

真嶋は分解された撃震の右脚部付近に立っていた。

 

整備服へ着替え、工具と端末を手にしている。

 

すでに整備主任として作業へ戻っていた。

 

須藤が心配そうに尋ねる。

 

「先生、休まなくていいのか?」

 

真嶋は端末から目を上げない。

 

「休んだ」

 

「何時間だよ」

 

「必要なだけだ」

 

別の整備足場から、星之宮が顔を出した。

 

「二時間だよ」

 

真嶋が鋭く睨む。

 

「余計なことを言うな」

 

須藤の顔から、先ほどまでの軽さが消える。

 

「二時間で足りるわけねぇだろ」

 

「お前に言われることではない」

 

「でも――」

 

「それなら、早く一人前になれ」

 

真嶋は整備していた部品を担当者へ渡し、初めて須藤を見下ろした。

 

「俺たちが安心して休めるくらいにな」

 

須藤は何も返せなくなった。

 

候補生が戦えるようになれば、教師や正規軍だけがすべてを背負わずに済む。

 

だが、それは同時に。

 

候補生が戦場へ出る日が近づくことでもあった。

 

午前五時。

 

西部格納庫前のブリーフィングルームで、演習前説明が始まった。

 

正面には茶柱が立っている。

 

右肩には固定用のサポーターが巻かれていた。

 

暁光作戦で壁へ叩きつけられた時の影響が残っているらしい。

 

それでも、表情も声も普段と変わらない。

 

「本日の訓練は、地下戦闘を想定した実弾編隊訓練だ」

 

大型モニターに、西部地下演習施設の立体図が表示される。

 

戦術機用に造られた巨大な閉鎖空間で、

本来は坑道戦闘や都市地下戦を想定した上級訓練施設だった。

 

通路幅は戦術機三機分程度。

 

天井が低いため、跳躍ユニットによる上昇は不可能。

 

内部には複数の分岐、高低差、崩落区画、暗所、

通信障害発生装置が設置されている。

 

「昨日の暁光作戦を見ていれば、地下戦闘の危険性は理解できているはずだ」

 

茶柱は映像を切り替える。

 

地上とは異なり、地下では逃げられる方向が限られる。

 

上空へ跳ぶこともできない。

 

側面へ回り込むための空間も少ない。

 

一機が転倒すれば、その後ろにいる全機が止まる。

 

砲撃を外した結果、敵ではなく自分たちの退路を崩す可能性もある。

 

須藤は昨日の戦闘記録を見ていた。

 

真嶋たちが狭い坑道で要撃級を倒し、その巨体を利用して後続を塞いだ場面。

 

地下で光線級が照射した場面。

 

突撃級が共同溝を破壊しながら迫った場面。

 

すべてが記録として残されている。

 

「地下で生き残るのは、単純に強い機体ではない」

 

茶柱は候補生たちを見渡す。

 

「正確に動ける部隊だ」

 

高円寺が僅かに笑った。

 

自分に向いた訓練だと考えたのかもしれない。

 

茶柱は見逃さなかった。

 

「高円寺」

 

「何かな」

 

「お前一人が正確に動いても意味はない」

 

「理解しているよ」

 

「本当に理解しているのか?」

 

「昨日、ティーチャーから教わったからねぇ」

 

自分が失敗しても、部隊が生き残れる形を作る。

 

高円寺は、茶柱から言われたことを覚えていた。

 

茶柱は少しだけ目を細めた。

 

「なら、今日見せろ」

 

訓練内容の説明が続く。

 

第一課題は、四機編隊で地下区画へ進入し、

途中に配置された模擬BETA標的を排除した後、

指定地点へ爆薬を設置して全機で帰還するもの。

 

第二課題では、通信障害によって指揮官との連絡が失われた状況を想定し、

各機が事前規則に従って部隊を維持する。

 

第三課題では、損傷機一機を隊列中央へ置き、

敵反応から守りながら出口へ撤退する。

 

茶柱は一度説明を止め、全員へ告げた。

 

「本日は実弾を使用する」

 

室内の空気が変わった。

 

「使用を許可するのは三十六ミリ弾のみ。百二十ミリ弾と近接兵装は禁止する」

 

「標的以外への射撃は、理由を問わず即時失格」

 

「天井、壁、支柱へ誤射した場合は――」

 

真嶋が前へ出た。

 

「俺たち整備班が、お前たちを機体から直接引きずり下ろす」

 

須藤が小さく呟く。

 

「教官より怖ぇな」

 

真嶋が即座に反応する。

 

「聞こえているぞ」

 

須藤は口を閉じた。

 

「地下では、一発の誤射によって部隊全員が埋まる可能性がある」

 

真嶋の声は低く、冗談を挟む余地はなかった。

 

「敵を外すことよりも、味方の退路を壊す方が危険だ」

 

「安全に撃てないなら、撃つな」

 

続いて坂上が前へ立つ。

 

左腕には固定具があり、本日は実機へ乗らず地上管制を担当する。

 

「射線が通らないなら、自分の位置を変えろ」

 

「自分が動けないなら、仲間に位置を変えてもらえ」

 

「それもできない場合は――」

 

坂上は少し間を置いた。

 

「敵を倒そうとするな」

 

須藤が眉をひそめる。

 

「倒さないのか?」

 

「後退しろ」

 

坂上は即答した。

 

「戦術機は敵を倒すための兵器だ」

 

「だが、衛士は敵を倒すためだけに存在するわけではない」

 

「与えられた任務を果たし、得た情報を持ち帰り、次も戦える状態で戻る」

 

「それが衛士だ」

 

暁光作戦で、教導隊とサムライ選抜小隊が持ち帰った情報。

 

都心へ続く共同溝。

 

東京ハイヴ浅層部の構造。

 

深部に存在する未知の巨大反応。

 

そして、十機全機の帰還。

 

あの作戦は、撃破数によって評価されたわけではない。

 

情報を持ち帰ったこと。

 

誰も残さず生還したこと。

 

それが最大の戦果だった。

 

午前五時三十分。

 

第一編隊の搭乗が始まった。

 

堀北、須藤、平田、高円寺の四機は、西部地下演習施設の入口へ並ぶ。

 

目の前には厚い装甲扉。

 

その向こうには、照明のほとんどない暗闇が続いている。

 

頼れるのは、戦術機の前照灯だけだった。

 

堀北が小隊回線を開く。

 

『隊形を確認するわ』

 

須藤。

 

『前衛』

 

平田。

 

『右後方』

 

高円寺。

 

『左後方』

 

堀北。

 

『私は中央に入る』

 

四機は菱形を基本とした隊形を取る。

 

ただし、通路幅は戦術機三機分しかない。

 

実際には須藤を先頭に置き、その後ろへ堀北、

さらに左右後方へ平田と高円寺が続く形になる。

 

『進入開始』

 

装甲扉が開いた。

 

四機が地下演習区画へ足を踏み入れる。

 

前照灯が届かない場所は、完全な黒に沈んでいる。

 

地面には人工的に作られた凹凸や瓦礫があり、

金属製の脚部が床へ下ろされるたび、重い音が壁へ反響した。

 

須藤は速度を抑えている。

 

以前なら、自分だけ先に進んでいたかもしれない。

 

今は後方の歩調を確認し、隊列が崩れない速度を維持していた。

 

堀北が指示する。

 

『須藤くん、その速度を維持して』

 

『分かってる』

 

『高円寺くん、左壁までの距離は?』

 

『一・八メートル』

 

『もう少し詰めて』

 

『了解』

 

高円寺機が壁へ寄り、平田側の回避空間が少し広がった。

 

前方に第一分岐が見える。

 

左。

 

右。

 

中央。

 

事前地図では、目的地へ続くのは右側。

 

だが、標的がどこへ配置されているかは知らされていない。

 

須藤が機体を止める。

 

『前方に敵反応はない』

 

高円寺が左側を確認する。

 

『左坑道に微弱な熱源が三つ』

 

平田も報告する。

 

『右側にも二つある』

 

須藤が尋ねる。

 

『両方から来るのか?』

 

地下では、一度に二方向へ火力を集中させることは難しい。

 

進路だけでなく、後方への退路も守る必要がある。

 

堀北は短時間で判断した。

 

『平田くんは右側を監視』

 

『了解』

 

『高円寺くんは左側』

 

『了解』

 

『須藤くんは中央で待機して』

 

須藤は不満を口にしかけたが、すぐに飲み込んだ。

 

『了解』

 

左坑道から、模擬戦車級標的が三体現れる。

 

高円寺が照準を合わせた。

 

一体目。

 

短い連射。

 

命中。

 

二体目は壁際を移動する。

 

高円寺はすぐには撃たない。

 

堀北が尋ねる。

 

『なぜ撃たないの?』

 

『標的と壁面支柱が重なっている』

 

標的がさらに移動し、射線が開く。

 

高円寺は二発だけ撃ち、正確に命中させた。

 

三体目は中央坑道へ向かう。

 

高円寺が報告する。

 

『三体目、中央へ出る』

 

須藤。

 

『俺がやる』

 

標的が照明の中へ姿を現す。

 

須藤が三発撃つ。

 

すべて命中。

 

右坑道では、平田が二体の標的と接触していた。

 

一体目を排除。

 

二体目には初弾を外す。

 

標的は障害物の裏へ移動した。

 

平田は追わない。

 

『見失った』

 

堀北が答える。

 

『無理に追わないで』

 

高円寺が右側の音を捉える。

 

『右壁の裏へ移動している』

 

須藤。

 

『俺が前へ出る』

 

堀北は距離を制限した。

 

『二歩だけ』

 

須藤機が前進する。

 

照明の先に標的。

 

短い射撃。

 

命中。

 

第一接敵は終了した。

 

管制席から茶柱の評価が入る。

 

『悪くない』

 

須藤は得意げに笑った。

 

『俺の判断が良かっただろ』

 

茶柱。

 

『高円寺の報告がなければ、位置は分からなかった』

 

須藤はすぐに認める。

 

『分かってる』

 

訓練は続く。

 

第二分岐へ入った瞬間、通信障害装置が作動した。

 

堀北の回線が途切れる。

 

小隊長との通信が失われた。

 

事前規則では、前衛が停止し、

左右の機体が周囲を確認し、残る一機が暫定指揮を引き継ぐ。

 

今回の順位では、平田だった。

 

須藤は即座に停止。

 

高円寺は左側を確認。

 

平田が回線を開く。

 

『僕が指揮を引き継ぐ』

 

声は落ち着いている。

 

『全機、現在位置を維持して』

 

須藤。

 

『いつまでだ?』

 

『堀北さんの回線復帰まで、まず十秒待つ』

 

高円寺が警告する。

 

『右後方に反応』

 

平田は一瞬迷った。

 

小隊長不在。

 

敵反応あり。

 

待機するか。

 

移動するか。

 

『須藤くん、右を向いて』

 

『了解』

 

『高円寺くんは左側を維持』

 

『了解』

 

右後方へ、模擬要撃級標的が現れる。

 

戦術機より大きな立体投影と、

実弾を撃ち込める装甲標的を組み合わせた設備で長い腕の動きまで再現されていた。

 

須藤機が右へ向く。

 

だが、射線上には堀北機がいる。

 

『堀北が邪魔だ!』

 

平田はすぐに判断した。

 

『堀北さんの機体を前へ二歩動かす』

 

通信は届かない。

 

そこで平田は、事前規則に従って機体灯を点滅させた。

 

前進二歩の信号。

 

堀北が理解し、機体を動かす。

 

須藤の射線が開いた。

 

短い連射が要撃級標的の脚部へ命中する。

 

それでも標的は止まらない。

 

高円寺が言う。

 

『右肩部へ照準を変えろ』

 

須藤。

 

『見えてる!』

 

『なら撃て』

 

須藤が発射。

 

右肩部へ命中。

 

要撃級標的が停止する。

 

直後、堀北の通信が復帰した。

 

『状況を報告して』

 

平田。

 

『要撃級標的一体を排除』

 

『指揮は?』

 

『僕が引き継いだ』

 

『問題はあった?』

 

須藤。

 

『ねぇよ』

 

高円寺。

 

『一つある』

 

平田が高円寺を見る。

 

『何?』

 

『判断が二秒遅かった』

 

平田の表情が僅かに硬くなる。

 

『敵反応を確認してから、須藤くんへ向きを変えさせるまで二秒かかっている』

 

『僕は堀北さんの機体位置を確認して――』

 

『分かっている』

 

高円寺は責めるような声ではなかった。

 

『しかし、実戦なら二秒で要撃級の腕が届く』

 

平田は黙った。

 

そこへ茶柱が入る。

 

『高円寺の指摘は正しい』

 

『ただし、平田の判断も間違いではない』

 

平田が顔を上げる。

 

『味方の射線と機体位置を確認し、優先順位を決める時間は必要だった』

 

『次は、その時間を一秒にしろ』

 

平田。

 

『了解』

 

堀北が指揮へ復帰する。

 

『進むわ』

 

第一課題の目的地へ到着した。

 

中央には爆破対象となる支柱。

 

周囲には、戦車級十体と要撃級二体の標的が配置されている。

 

須藤が前へ出ようとする。

 

『俺が前衛をやる』

 

堀北は止めた。

 

『待って』

 

『何だよ』

 

『正面へ出れば、左右から挟まれる』

 

左右には狭い保守区画。

 

中央には支柱。

 

高円寺が地形を見る。

 

『左側を先に排除するべきだね』

 

平田。

 

『右側は僕が見ておく』

 

堀北は短時間で役割を決めた。

 

『須藤くんと高円寺くんで左側を排除』

 

『平田くんは右側を牽制して』

 

『私は爆薬を設置する』

 

須藤が尋ねる。

 

『お前が設置するのか?』

 

『指揮官が作業する必要はない』

 

高円寺が申し出る。

 

『私が設置しよう』

 

堀北が僅かに驚く。

 

『あなたが?』

 

『射撃精度は私が一番高い』

 

『だからこそ、君たち三機で敵を排除した方が速い』

 

自分が得意な役割へ固執するのではなく、部隊全体の効率を優先した判断だった。

 

堀北は受け入れる。

 

『分かった』

 

『高円寺くんが爆薬を設置』

 

『私は全体指揮』

 

『須藤くんは前衛』

 

『平田くんは右側』

 

訓練開始。

 

須藤が左へ入り、戦車級標的へ射撃する。

 

一体。

 

二体。

 

高円寺は須藤の後ろから、撃ち漏らした個体だけを正確に排除する。

 

平田は右側の要撃級標的へ牽制射撃を行う。

 

倒そうとはしない。

 

脚部へ弾を当て、進行速度を落とす。

 

堀北は中央から左右の位置を管理する。

 

『須藤くん、三歩以上前へ出ないで』

 

『分かってる』

 

『高円寺くん、設置地点へ』

 

『了解』

 

高円寺機が支柱へ向かう。

 

爆薬コンテナを下ろし、作業アームを展開。

 

設置作業を始める。

 

右側では要撃級標的が平田へ接近する。

 

平田は一歩後退した。

 

その結果、標的の射線が堀北側へ向く。

 

『堀北さん、右へ一歩』

 

堀北は即座に従う。

 

射線が開き、平田が射撃。

 

命中。

 

左側の戦車級は排除された。

 

だが、要撃級標的一体が残っている。

 

須藤は前へ出れば倒せると判断した。

 

一歩踏み出そうとする。

 

堀北が止める。

 

『位置を維持して』

 

『近づけば倒せる』

 

高円寺が作業を続けながら言う。

 

『私は設置中だ』

 

須藤は止まった。

 

遠距離から要撃級へ射撃する。

 

命中率は落ちる。

 

それでも、設置作業を守る位置から動かなかった。

 

高円寺が報告する。

 

『設置進捗五十パーセント』

 

平田。

 

『右側、弾薬残量四十パーセント』

 

堀北。

 

『須藤くんは左側を維持』

 

須藤。

 

『了解』

 

設置進捗は八十。

 

九十。

 

そして。

 

『爆薬設置完了』

 

堀北が命じる。

 

『全機撤退』

 

四機はすぐに隊形を戻す。

 

要撃級標的は残っている。

 

須藤が振り返った。

 

『あいつらはどうする?』

 

堀北。

 

『任務は爆薬の設置よ』

 

高円寺。

 

『倒す必要はない』

 

須藤は一瞬だけ迷った後。

 

『了解』

 

と答えた。

 

敵を追わない。

 

四機は出口へ向かう。

 

第一課題終了。

 

地上管制では、茶柱が端末を見ていた。

 

「須藤が追わなかった」

 

坂上。

 

「成長したな」

 

真嶋。

 

「弾薬消費は多いがな」

 

星之宮が呆れる。

 

「褒めてからすぐ落とすね」

 

「事実だ」

 

第一編隊が地下演習区画から帰還する。

 

機体を停止。

 

搭乗者はまだ降りない。

 

そのまま結果が伝えられる。

 

課題達成。

 

誤射なし。

 

機体損傷なし。

 

弾薬残量は、堀北六十八パーセント、須藤三十九パーセント、

平田五十一パーセント、高円寺七十四パーセント。

 

須藤が不満そうに言う。

 

『俺だけ少なくねぇか?』

 

茶柱。

 

『撃ちすぎだ』

 

『でも、倒してる』

 

『戦車級一体へ使った平均弾数が、高円寺の二・三倍だ』

 

高円寺。

 

『君は実に景気よく撃つね』

 

須藤。

 

『うるせぇ』

 

堀北。

 

『次は自分の弾数を意識しながら撃って』

 

『実戦で一発ずつ数えてる暇があるかよ』

 

真嶋が割り込む。

 

『ある』

 

『弾切れ警告が出てから残弾を考えても遅い』

 

須藤は短く答える。

 

『……了解』

 

第一編隊は地上で待機へ入る。

 

次は第二編隊。

 

龍園。

 

一之瀬。

 

神崎。

 

オレ。

 

小隊長は龍園。

 

一之瀬は護衛と救援。

 

神崎は情報管理。

 

オレは遊撃。

 

役割は龍園自身が決めた。

 

『綾小路』

 

「何だ」

 

『勝手に後ろへ下がるな』

 

「下がっているつもりはない」

 

『必要な時しか前へ出ねぇだろ』

 

「それで問題があるか」

 

龍園は笑う。

 

『今日は最初から使う』

 

『俺が前衛』

 

『お前は左側』

 

『神崎は右側』

 

『一之瀬は中央後方』

 

一之瀬が尋ねる。

 

『私が後ろなの?』

 

『お前を前へ出すと、誰かを守ろうとして隊形を崩す』

 

一之瀬は言葉に詰まった。

 

神崎が龍園を見る。

 

『言い方は悪いが、判断は合っている』

 

一之瀬は小さく息を吐いた。

 

『分かった』

 

龍園は続ける。

 

『ただし、誰かが損傷した時はお前が回収しろ』

 

一之瀬の声が明るくなる。

 

『任せて』

 

龍園は一之瀬の性格を否定しているわけではない。

 

誰かを守ろうとする力を、最も効果的な役割へ置いた。

 

第二編隊が地下へ進入する。

 

第一分岐。

 

左右へ敵反応。

 

龍園は長く止まらない。

 

『右側を潰す』

 

神崎。

 

『左側は?』

 

『綾小路に任せる』

 

「了解」

 

右側は龍園と神崎。

 

左側はオレ。

 

一之瀬は中央。

 

左坑道に戦車級標的四体。

 

射線を確認。

 

一体ずつ、必要最低限の弾数で排除する。

 

右側では龍園が速い。

 

神崎が照準を合わせる前に射撃。

 

二体排除。

 

三体目を外す。

 

神崎が追撃し、命中させた。

 

龍園。

 

『悪くねぇ』

 

神崎。

 

『最初から射撃区域を分けておけ』

 

『次からそうする』

 

謝りはしない。

 

だが、修正は受け入れる。

 

部隊は先へ進む。

 

通信障害装置が作動した。

 

今度は龍園の回線が切れる。

 

事前順位に従い、神崎が指揮を引き継ぐ。

 

『全機停止』

 

龍園は通信がなくても止まった。

 

規則へ従っている。

 

『綾小路、左側を確認』

 

「異常なし」

 

『一之瀬、後方は?』

 

『反応なし』

 

神崎は前方を見る。

 

『正面に大型反応』

 

模擬要撃級標的一体。

 

神崎は即座に指示を出した。

 

『龍園を中央前衛へ移動』

 

龍園には声が届かない。

 

神崎が機体灯で信号を送る。

 

龍園機は理解し、中央へ出た。

 

『俺と龍園で正面を受ける』

 

『綾小路は左側面』

 

『一之瀬は後方を維持』

 

一之瀬。

 

『了解』

 

龍園が正面で要撃級標的の注意を引く。

 

神崎が脚部へ射撃。

 

オレが左側面から撃つ。

 

複数方向からの射撃によって、標的が停止した。

 

龍園の通信が戻る。

 

『終わったか』

 

神崎。

 

『問題ない』

 

龍園は少し間を置いた。

 

『指揮は遅くなかった』

 

神崎が僅かに驚く。

 

龍園が他人の指揮を認めることは少ない。

 

『次も、そのくらいでやれ』

 

神崎も返す。

 

『言われなくてもやる』

 

演習は進む。

 

爆薬設置地点。

 

敵配置は第一編隊と異なっている。

 

正面に要撃級。

 

左右に戦車級。

 

後方からも小型反応。

 

完全な包囲状態。

 

龍園が笑った。

 

『囲んだつもりか』

 

一之瀬。

 

『訓練だよ』

 

『分かってる』

 

龍園はすぐに作戦を組み立てる。

 

『正面の要撃級は倒さない』

 

神崎が尋ねる。

 

『なぜだ』

 

『死体で通路が塞がる』

 

昨日の暁光作戦では、倒した要撃級の巨体が坑道を塞ぎ、敵の進行を止めた。

 

だが、逆に自分たちの道まで塞ぐこともある。

 

『脚部を撃って右側へ寄せる』

 

『左側へ通路を作り、そこから爆薬設置地点へ進む』

 

一之瀬。

 

『後方の戦車級は?』

 

『お前が止めろ』

 

『一人で?』

 

『綾小路をつける』

 

「了解」

 

一之瀬とオレは後方。

 

龍園と神崎は正面へ向かう。

 

訓練開始。

 

龍園が要撃級標的の左脚へ射撃。

 

神崎も同じ箇所へ撃つ。

 

標的は右へ傾き、通路右側へ寄った。

 

左側に一機分の空間が生まれる。

 

『行くぞ』

 

龍園と神崎が左側を抜ける。

 

途中に現れた戦車級標的を神崎が排除。

 

龍園は爆薬設置地点へ向かう。

 

後方には戦車級標的六体。

 

一之瀬が射撃する。

 

一体。

 

二体。

 

三体目を外す。

 

オレが補った。

 

一之瀬。

 

『ありがとう』

 

「前を見ろ」

 

残りの標的が迫る。

 

一之瀬は後退しすぎず、通路中央の位置を維持している。

 

守るべき対象は、龍園たちの帰還路。

 

自分の位置を崩さない。

 

龍園は爆薬コンテナを下ろし、設置を始める。

 

神崎が周囲の標的を射撃で止める。

 

龍園の行動は速い。

 

だが、作業アームの操作は荒かった。

 

固定角度が合わず、設置進捗が途中で止まる。

 

『何だ、これ』

 

真嶋が管制から答える。

 

『固定角度がずれている』

 

龍園。

 

『そっちで直せ』

 

『自分で直せ』

 

『訓練なんだろ』

 

『だから自分でやるんだ』

 

龍園は舌打ちした。

 

作業アームを一度戻し、角度を修正して再固定する。

 

その分、時間がかかる。

 

後方には戦車級標的が追加される。

 

一之瀬が尋ねる。

 

『まだなの?』

 

龍園。

 

『黙って持たせろ』

 

一之瀬も強く返す。

 

『急いで!』

 

『分かってる!』

 

設置進捗が上がる。

 

そして完了。

 

『撤退する』

 

龍園と神崎が戻る。

 

一之瀬側には戦車級標的が二体残っていた。

 

龍園が一体を射撃。

 

神崎が最後の一体を排除。

 

四機が合流し、撤退へ移る。

 

要撃級標的は右側へ寄ったままで、左側の通路は開いている。

 

任務達成。

 

第二編隊も帰還した。

 

弾薬残量は、龍園四十六パーセント、一之瀬五十二パーセント、

神崎五十八パーセント、オレ七十一パーセント。

 

龍園が通信を開く。

 

『綾小路』

 

「何だ」

 

『お前、また弾を残しすぎだ』

 

「必要な敵は倒した」

 

『前へ出ろと言ったはずだ』

 

「後方防衛を担当した」

 

一之瀬が会話へ入る。

 

『綾小路くんがいなかったら、私は位置を維持できなかったと思うよ』

 

龍園はそれでも納得していない。

 

『それでも余裕がありすぎる』

 

高円寺が別回線から言う。

 

『能力を隠している、と言いたいのかい?』

 

龍園。

 

『お前もそう思ってるんだろ』

 

『思っているよ』

 

堀北も黙ったまま、オレの弾薬使用量を見ていた。

 

茶柱がこちらへ視線を向ける。

 

「綾小路」

 

「何でしょうか」

 

「午後の課題では、お前を前衛へ置く」

 

龍園が楽しそうに笑った。

 

『今度は逃げられねぇな』

 

オレは短く答えた。

 

「了解」

 

午前九時。

 

午前中の実弾訓練が終了した。

 

すべての機体が帰還し、整備班による点検へ入る。

 

候補生たちは管制ユニットから降り、強化装備のまま格納庫へ戻った。

 

誰の背中にも汗が滲んでいる。

 

演習施設。

 

模擬標的。

 

安全管理された実弾。

 

本物の地下戦ではない。

 

それでも、逃げ場の限られた閉鎖空間で実弾を扱い、

仲間の機体と数メートルしか離れていない状態で射撃する訓練は、

候補生たちへ強い精神的負担を与えていた。

 

須藤は吹雪の脚元へ降りると、大きく息を吐いた。

 

「地上で撃つのとは、全然違うな」

 

真嶋が機体点検を続けながら答える。

 

「当たり前だ」

 

「一発外した時に、敵より先に天井が気になる」

 

「それでいい」

 

須藤が意外そうに真嶋を見る。

 

真嶋は装甲の状態を確認しながら続けた。

 

「怖さを知らない者は、撃ってはいけない場所でも撃つ」

 

「恐怖を消そうとするな」

 

「何を恐れるべきかを覚えろ」

 

須藤は自分の吹雪を見上げた。

 

弾薬残量は他の三機より少なかった。

 

それでも。

 

最後の要撃級を追わず。

 

堀北の命令へ従い。

 

全機で帰還した。

 

須藤は少しだけ笑った。

 

「次は、もう少し弾を残す」

 

真嶋。

 

「まずは高円寺の倍以内にしろ」

 

「目標低くねぇか?」

 

「今のお前には十分だ」

 

少し離れた場所では、平田が自分の二秒の遅れを記録していた。

 

高円寺が横を通る。

 

「気にしているのかい?」

 

「二秒は長いからね」

 

「一秒へ縮めればいい」

 

「簡単に言うね」

 

「不可能だとは言っていない」

 

平田は高円寺を見る。

 

責められているわけではない。

 

失敗を笑われてもいない。

 

次にどうすればいいのか。

 

それだけを示されている。

 

「ありがとう」

 

高円寺は少しだけ眉を上げた。

 

「礼を言われるようなことではないよ」

 

「それでも」

 

「次は一秒にする」

 

高円寺は僅かに笑った。

 

「期待しているよ」

 

龍園は第二編隊の戦闘記録を確認していた。

 

爆薬設置時に止まった作業アーム。

 

神崎が敵を止めている時間。

 

一之瀬とオレが後方を守った時間。

 

すべてが数字として残っている。

 

神崎が隣から言う。

 

「設置操作をもっと練習した方がいい」

 

「一回失敗しただけだ」

 

「実戦では、その一回で全員が追いつかれる」

 

龍園は反論せず、再生映像へ視線を戻した。

 

「次は止めねぇ」

 

神崎は短く答える。

 

「そうしてくれ」

 

一之瀬は少し離れた場所で、後方防衛時の映像を見ている。

 

自分が三体目を外した瞬間。

 

オレが補った射撃。

 

それでも、彼女は位置を崩していなかった。

 

龍園から与えられた役割。

 

誰かを守ろうとして前へ出るのではなく、戻ってくる者たちのために道を守る。

 

一之瀬は映像を止め、静かに息を吐いた。

 

「次は、外さない」

 

誰に聞かせるでもなく。

 

だが、神崎には聞こえていた。

 

「外すことはある」

 

一之瀬が振り返る。

 

神崎は続けた。

 

「外した後に位置を崩さなければいい」

 

「綾小路が補った」

 

「次は俺かもしれない」

 

「その次は、君が誰かを補う」

 

一之瀬は少し考えた後。

 

「うん」

 

と答えた。

 

一人で完璧に戦う必要はない。

 

誰かが外せば、別の者が補う。

 

誰かの通信が切れれば、別の者が指揮を引き継ぐ。

 

誰かが損傷すれば、隊列中央へ入れて全員で帰る。

 

地下戦訓練で求められていたのは、個人の撃破能力だけではなかった。

 

失敗が起きることを前提に。

 

それでも部隊が壊れない形を作ること。

 

候補生たちは、少しずつその意味を理解し始めていた。

 

オレは自分の戦闘記録を見ていた。

 

残弾七十一パーセント。

 

射撃命中率は高い。

 

役割は果たした。

 

一之瀬の後方防衛を支え。

 

龍園と神崎の帰還路を守った。

 

訓練基準だけを見れば、問題はない。

 

だが。

 

龍園。

 

高円寺。

 

堀北。

 

茶柱。

 

四人とも、同じ点へ気づいている。

 

必要な範囲でしか動かない。

 

能力を余らせる。

 

失敗しない代わりに、限界を見せない。

 

ホワイトルームでは、それが最も安全だった。

 

必要以上の能力を見せず。

 

求められた結果だけを出す。

 

だが、戦術機部隊では。

 

自分が残した余力が、仲間の危険へつながることもある。

 

茶柱が近づいてきた。

 

「午後は前衛だ」

 

「聞いています」

 

「龍園に言われたからではない」

 

「分かっています」

 

茶柱はオレの端末へ表示された残弾を見た。

 

「撃ち尽くせとは言わない」

 

「無駄に前へ出ろとも言わない」

 

「だが」

 

茶柱の声が少し低くなる。

 

「お前が一歩前へ出れば、後ろの誰かが撃たずに済む場面もある」

 

オレは第一編隊と第二編隊の映像を見る。

 

須藤が前へ出る。

 

堀北が止める。

 

平田が指揮を引き継ぐ。

 

高円寺が射線を待つ。

 

龍園が要撃級を右へ寄せる。

 

一之瀬が後方を守る。

 

神崎が迷わず命令する。

 

全員が。

 

少しずつ。

 

自分の役割を引き受けている。

 

「午後の課題で確認します」

 

茶柱は頷いた。

 

「そうしろ」

 

午前の訓練は終わった。

 

だが、候補生たちに与えられた一日は、まだ半分も終わっていない。

 

午後には損傷機を伴う撤退訓練。

 

そしてオレを前衛へ置いた編隊戦闘が待っている。

 

西部予備格納庫では、整備員たちが吹雪の弾倉を交換し、

装甲や駆動部を一機ずつ確認していた。

 

そのすぐ近くには、暁光作戦で傷ついた教導隊機が並んでいる。

 

茶柱の不知火。

 

坂上の陽炎。

 

星之宮の不知火。

 

真嶋の撃震。

 

教官たちが実戦で受けた傷を残した機体と。

 

これから戦場へ出る候補生たちの吹雪が。

 

同じ格納庫に並んでいた。

 

訓練と実戦の距離は。

 

もう、決して遠くなかった。

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