マブラヴ・カーストルーム   作:EXTERMINATION

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第25話 迎え撃つために

茶柱は候補生たちへ帰還を命じながら、自分たちも必ず戻ると約束していた。

 

斜面を上がっていた正規軍二機が地上へ到達し、

地下水路へ残されたのは、オレ、堀北、須藤、高円寺、

そしてサムライ3の五機となった。

 

次に斜面へ入るのは、堀北と高円寺だった。

 

堀北が通信を開く。

 

『綾小路くん、次に上がって』

 

「サムライ3と須藤を先にする」

 

須藤はすぐに反発した。

 

『俺は最後でいい』

 

サムライ3も同じように答える。

 

『俺も残る』

 

「二人とも、ずいぶん命令を聞かないな」

 

高円寺が僅かに笑った。

 

『似た者同士ということだね』

 

須藤が声を荒らげる。

 

『誰がこいつと似てるんだ!』

 

堀北が二人を止めた。

 

『今は言い争っている場合ではないわ』

 

五機の役割を改めて決める。

 

堀北と高円寺は先に斜面を上がり、地上側の巻き上げと出口確保へ加わる。

 

オレ、須藤、サムライ3は後衛として残り、

二機が地上へ到達するまで未知種との距離を維持する。

 

堀北機と高円寺機が斜面へ入った。

 

地上側のワイヤーが二機を補助し、崩れやすい斜面を少しずつ引き上げていく。

 

地下水路では、先ほど落とした瓦礫が大きく押し退けられ始めていた。

 

白い外殻が暗闇の中から再び現れる。

 

複数の巨大な肢体が岩盤と瓦礫を掴み、未知種の身体を前へ運んでいる。

 

水路の幅いっぱいに広がったその姿は、まだ全身の半分も見えていなかった。

 

須藤が突撃砲を構える。

 

『撃つか』

 

サムライ3が答える。

 

『効果がなくても、爆炎で視界を塞ぐことはできる』

 

だが、西方右隊から真嶋の声が入った。

 

『外殻へ正面から撃つな』

 

『跳弾する可能性がある』

 

未知種の装甲がどれほど硬いのかは分からない。

 

狭い水路で砲弾が跳ね返れば、撃った側や味方機へ直撃する危険があった。

 

オレは未知種の動きを観察した。

 

戦術機の前照灯には、ほとんど反応していない。

 

熱源を追っているのか。

 

戦術機の反応炉か。

 

搭乗している人間か。

 

何を目標にして進んでいるのかは判断できなかった。

 

巨大な外殻の下には、赤く発光する複数の孔が見える。

 

目には見えない。

 

機械的なセンサーとも異なる。

 

肉体へ開いた有機的な器官のようだった。

 

ひよりが管制室から報告する。

 

『未知種中央部に複数の熱反応があります』

 

須藤が尋ねた。

 

『弱点か?』

 

『分かりません』

 

龍園が即座に言う。

 

『分からねぇなら撃つな』

 

須藤が驚いたように返す。

 

『お前がそんなことを言うのかよ』

 

『撃って地下ごと落としたいなら好きにしろ』

 

サムライ3は未知種から視線を外さずに判断した。

 

『射撃は行わない』

 

『このまま距離を維持しながら下がる』

 

三機は斜面方向へ後退した。

 

未知種の速度は決して速くない。

 

しかし、一度も歩みを止めなかった。

 

斜面入口まで残り三十メートル。

 

地上では、堀北と高円寺が出口へ近づいている。

 

龍園たちがワイヤーを引き、二機の上昇を補助していた。

 

未知種の太い肢体が水路床へ下ろされる。

 

そのたびに地面が波打ち、壁面へ新たな亀裂が生じた。

 

一歩目で水路の右壁が割れた。

 

二歩目では天井から大きな岩片が落ちる。

 

三歩目を踏み出した時、三機との距離は二十メートルまで縮まった。

 

サムライ3が言う。

 

『お前たちが先に上がれ』

 

須藤は譲らない。

 

『隊長が先だろ』

 

『候補生を最後尾へ残せるか』

 

『救援される側が意地を張るなって、さっき言われただろ』

 

二人のやり取りを止める。

 

「サムライ3と須藤が先に上がれ」

 

二人が同時に聞き返した。

 

『お前はどうする』

 

「オレは指揮官だ」

 

サムライ3が意図を察する。

 

『だから最後尾へ残るのか』

 

「最後尾は指揮官の役割だと、お前が言っていた」

 

サムライ3は一瞬黙った。

 

自分が先ほど口にした言葉だった。

 

須藤はなおも反対する。

 

『オレも残る』

 

「お前は弾薬を消耗している」

 

『まだ残ってる』

 

「百二十ミリ弾も一発使った」

 

『三十六ミリは撃てる』

 

「地上へ上がって出口を守れ」

 

須藤はすぐには返事をしなかった。

 

未知種との距離は十五メートル。

 

白い外殻が照明の中へ大きく広がり、赤い孔が不規則に明滅している。

 

サムライ3が須藤へ命じた。

 

『須藤、上がるぞ』

 

『でも――』

 

『命令だ』

 

須藤は操縦桿を強く握り、歯を食いしばる。

 

『……了解』

 

須藤機とサムライ3機が斜面へ入った。

 

地下へ残ったのはオレの吹雪一機。

 

照明の先には未知種。

 

距離は十二メートル。

 

複数の肢体が水路を埋め、赤い孔が外殻の下で脈打っている。

 

地上から堀北の声が届いた。

 

『綾小路くん、すぐに上がって!』

 

「今上がる」

 

未知種が一本の肢体を持ち上げた。

 

攻撃しようとしているのか。

 

ただ前進するための動作なのか。

 

判別できない。

 

オレは機体を斜面へ向けた。

 

背後から強い振動が伝わる。

 

警告表示。

 

振り返っている時間はない。

 

跳躍ユニットの出力を二十パーセントへ上げ、吹雪を斜面へ踏み込ませる。

 

その直後、未知種の巨大な肢体が水路床へ叩きつけられた。

 

激しい衝撃によって斜面の一部が崩れ、機体の足元が沈み込む。

 

出力を三十パーセントへ上げた。

 

地下使用時の安全基準に近い。

 

背部ユニットの炎が暗闇を照らし、

吹雪は崩れ落ちる岩盤の上を滑るように駆け上がる。

 

後方から未知種の肢体が伸びてきた。

 

距離は五メートル。

 

三メートル。

 

機体背部へ触れる寸前。

 

斜面上からワイヤーが飛んできた。

 

高円寺の声。

 

『掴め』

 

吹雪の左腕でワイヤーを掴む。

 

地上では高円寺機、堀北機、

須藤機、平田機が同時にワイヤーを引いていた。

 

オレの吹雪が斜面から持ち上げられる。

 

未知種の肢体が右脚部を掠め、

装甲が剥がれたことを示す警告が表示された。

 

それでも機体を捕らえることはできない。

 

吹雪は地上へ引き上げられ、海上施設の鋼板へ着地した。

 

衝撃を吸収するため、その場へ片膝をつく。

 

背後の第二侵入口を見る。

 

斜面の下には、未知種の白い外殻がまだ見えていた。

 

地上に展開していた全機が、一斉に射撃姿勢へ入る。

 

龍園が命じる。

 

『入口を落とすぞ』

 

堀北は確認する。

 

『西方右隊が、この経路を使う可能性は?』

 

坂柳有栖が管制室から答えた。

 

『西方右隊は第一侵入口へ撤退中です』

 

茶柱も通信へ入る。

 

『第二侵入口は使用しない』

 

坂柳理事長が最終判断を下した。

 

『第二侵入口の封鎖を許可します』

 

龍園。

 

『聞いたな』

 

地上部隊は、爆薬を使用しなかった。

 

第二侵入口周辺の地盤は、未知種の上昇と

先ほどまでの戦闘によって、すでに崩壊寸前まで弱っている。

 

海上施設を支える基礎。

 

昇降ケーブルの固定部分。

 

地中へ伸びる支柱。

 

狙うべき箇所だけを破壊すれば、構造物の自重によって入口を塞ぐことができる。

 

龍園が照準地点を指定する。

 

『右側基部へ火力を集中しろ』

 

ひよりが地形情報を確認した。

 

『左側は旧地下水路へつながっています。右側だけを崩してください』

 

神崎が各機へ射撃区域を送信する。

 

候補生救援隊十二機。

 

地上へ戻ったサムライ左隊の健在機。

 

中破したサムライ6は後方へ下げ、支持車両で固定されている。

 

未知種は斜面を上がり続けていた。

 

白い外殻が地上へ近づく。

 

須藤が砲口を向ける。

 

『今度こそ撃っていいんだな』

 

オレは機体を立て直し、右脚部の状態を確認した。

 

外装は小破しているが、出力は正常。

 

「未知種ではなく、支柱だけを狙え」

 

サムライ3が全機へ命じる。

 

『射撃準備』

 

堀北。

 

『照準を確認』

 

高円寺。

 

『右側基部へ照準完了』

 

龍園が叫ぶ。

 

『撃て!』

 

全機が一斉に射撃した。

 

三十六ミリ弾と百二十ミリ弾が、第二侵入口右側の基礎構造へ集中する。

 

爆発が連続し、鋼材と岩盤が次々と砕かれていく。

 

支柱が折れた。

 

海上施設の床が大きく傾き、昇降ケーブルの基部が地中へ沈む。

 

支えを失った巨大な構造物が、第二侵入口へ向かって崩れ始めた。

 

未知種の白い外殻が地上へ出る寸前。

 

巨大な鋼板。

 

コンクリート。

 

岩盤。

 

数千トンに及ぶ残骸が、縦坑へ雪崩れ込んだ。

 

第二侵入口全体が崩壊する。

 

爆炎とともに大きな水柱が立ち上がり、海水が開いた穴へ大量に流れ込んだ。

 

地上部隊は一斉に後退する。

 

衝撃波によって吹雪の機体が激しく揺れ、須藤機は姿勢を低くした。

 

石崎機が一歩後退しかける。

 

アルベルト機が側面から支え、転倒を防いだ。

 

崩壊は一度では終わらない。

 

海上施設の残骸がさらに内側へ沈み込み、

第二侵入口は海水と瓦礫によって完全に覆われた。

 

だが、未知種の反応は消えていない。

 

地下の深い位置に残っている。

 

それでも上昇は止まった。

 

ひよりが確認する。

 

『未知反応の上昇停止を確認しました』

 

誰も歓声を上げなかった。

 

未知種を倒したわけではない。

 

地上へ出るための入口を塞いだだけだ。

 

それでもサムライ左隊六機は、すべて地上へ戻った。

 

候補生救援隊十二機も全機健在。

 

候補生機の損傷は、須藤機の背部小破と、オレの吹雪の右脚部装甲小破。

 

正規軍機は中破一機と、小破数機。

 

搭乗者は全員生存している。

 

坂柳理事長が報告する。

 

『サムライ左隊全機の回収を確認しました』

 

『候補生救援隊は、直ちに作戦区域から後退してください』

 

堀北。

 

『了解』

 

サムライ3が候補生回線を開いた。

 

『救援隊へ』

 

須藤が応じる。

 

『何だ』

 

『助かった』

 

短い言葉だった。

 

須藤は一瞬だけ黙った後、言い返す。

 

『そういうのは帰ってから言え』

 

サムライ3。

 

『もう地上へ帰っている』

 

『まだ基地じゃねぇだろ』

 

『細かい奴だな』

 

須藤が笑った。

 

張りつめていた空気が、僅かに緩む。

 

だが、断界作戦そのものは終わっていない。

 

北方侵入隊。

 

南方侵入隊。

 

東方侵入隊。

 

そして、西方右隊。

 

四本の主要幹線へ爆薬を設置する作業は、今も続いていた。

 

北方隊の設置進捗は七十パーセント。

 

南方隊はすでに完了。

 

東方隊は通信が不安定。

 

西方右隊も設置を完了している。

 

西方左隊は作戦を中止したが、西方幹線の爆破は右隊が代行する。

 

候補生救援隊は基地へ戻る。

 

その間も、地下では正規軍が戦い続けていた。

 

十二機の吹雪とサムライ左隊六機は、

海上施設跡から人工島へ向けて移動を開始した。

 

中破したサムライ6は大型輸送艇へ固定され、健在機がその周囲を護衛する。

 

候補生隊も輸送艇の速度へ合わせた。

 

急ぐことはできない。

 

それでも誰一人として、損傷機を置いて先へ行こうとはしなかった。

 

夕暮れは次第に夜へ変わり始めている。

 

東京湾の黒い海面へ、遠方で起きる爆発の光が反射していた。

 

囮反応炉。

 

鳳翼防衛線。

 

お台場方面。

 

東京の各地で、まだ戦闘が続いている。

 

須藤が小隊回線を開いた。

 

『綾小路』

 

「何だ」

 

『最後に一人で残っただろ』

 

「指揮官だからな」

 

『茶柱先生には、勝手に残るなって言ってたよな』

 

「残るつもりはなかった」

 

『でも危なかった』

 

「そうだな」

 

須藤は言葉を止めた。

 

オレが簡単に認めたことが、意外だったのかもしれない。

 

高円寺が通信へ加わる。

 

『右脚部を捕まれていたら、機体ごと地下へ引き戻されていた可能性がある』

 

堀北。

 

『高円寺くんがワイヤーを投げなければ、間に合わなかったわ』

 

高円寺は普段と変わらない調子で答える。

 

『当然のことをしただけさ』

 

須藤。

 

『助かったって言えよ』

 

「助かった」

 

高円寺は僅かに間を置いた。

 

『どういたしまして』

 

龍園が笑う。

 

『ずいぶん素直になったな、綾小路』

 

「必要なことは言う」

 

『以前なら黙ってただろ』

 

「そうかもしれない」

 

堀北が静かに呼びかける。

 

『綾小路くん』

 

「何だ」

 

『次は、最後の一機になる前に私たちを使って』

 

茶柱から言われたことを思い出す。

 

自分が失敗しても、部隊が生き残れる形を作る。

 

自分一人の成功だけを前提にしない。

 

今回、高円寺が投げたワイヤー。

 

地上の四機が加えた牽引力。

 

それらがなければ、オレは地上へ戻れていなかった可能性がある。

 

「了解」

 

堀北は、それ以上何も言わなかった。

 

午後七時二十八分。

 

候補生救援隊とサムライ左隊は、西部軍港へ帰還した。

 

大型輸送艇が接岸し、中破したサムライ6が慎重に降ろされる。

 

整備員と医療班が機体を取り囲み、支持車両によって左右を固定した。

 

管制ユニットが開放され、搭乗者が救出される。

 

右肩部へ強い打撲を負っていたが、意識はある。

 

医療班が担架へ移し、そのまま医療区画へ搬送した。

 

真嶋はまだ地下にいる。

 

代わりに整備副主任がサムライ6の状態を確認する。

 

「右脚部は完全に損傷しています」

 

「左肩装甲は大きく摩耗」

 

「腰部固定点も変形」

 

「反応炉は正常です」

 

機体は大きく壊れている。

 

だが、直すことはできる。

 

須藤はその報告を聞きながら、傷だらけの不知火を見上げていた。

 

サムライ3も地上へ降りる。

 

左肩部装甲には要撃級との接触でついた傷が残り、

強化装備も泥や粉塵で汚れている。

 

須藤が近づいた。

 

「帰ったな」

 

「見れば分かる」

 

真嶋と同じ返答だった。

 

須藤が少し笑う。

 

「正規軍って、みんな同じこと言うのか」

 

サムライ3は意味が分からないという顔をする。

 

「何の話だ」

 

「さっき、助かったって言っただろ」

 

「ああ」

 

「こっちも助かった」

 

要撃級へ撃ち込んだ百二十ミリ弾。

 

水路を塞いだ崩落。

 

後衛での連携。

 

正規軍だけでも、候補生だけでも帰還できなかった。

 

サムライ3は須藤を見る。

 

「候補生にしては悪くなかった」

 

須藤は眉を寄せる。

 

「上から言うな」

 

「俺はお前より上官だ」

 

「今は同じ地上にいるだろ」

 

「地上へ戻っても階級は変わらん」

 

須藤は舌打ちした。

 

それでも、機嫌は悪くなかった。

 

平田と一之瀬は、サムライ6搭乗者の搬送を手伝っている。

 

神崎は使用弾薬と各機の損傷を報告。

 

伊吹、石崎、アルベルトは牽引装置を取り外し、

次の使用に備えて状態を確認していた。

 

高円寺はオレの吹雪の右脚部を見ている。

 

「損傷は外装だけのようだね」

 

「そう見える」

 

「内部出力に異常はない」

 

「外から見ただけで分かるのか」

 

「音で分かる」

 

堀北が近づく。

 

「綾小路くん、医療検査へ行って」

 

「問題ない」

 

「搭乗者の検査も任務の一部よ」

 

茶柱や坂上が何度も繰り返してきた言葉だった。

 

自分自身が、自分の状態を正確に判断できるとは限らない。

 

「了解」

 

オレは命令に従った。

 

一方、龍園とひよりは、

第二侵入口封鎖直前に記録された未知種の映像を確認していた。

 

白い外殻。

 

複数の巨大な肢体。

 

外殻の下で発光する赤い孔。

 

ひよりが映像を拡大する。

 

「既知のBETAとは、身体構造が大きく異なっています」

 

龍園が尋ねる。

 

「深部で何をしてた奴だ」

 

「分かりません」

 

「他のBETAが道を空けてた」

 

「はい」

 

「反応炉みたいな中枢じゃねぇのか」

 

ひよりは首を横へ振った。

 

「自力で移動しています。固定された中枢施設ではないと思います」

 

坂柳有栖が管制室から通信へ入る。

 

『統合司令部では、暫定的に統率級と呼称する案が出ています』

 

龍園が聞き返す。

 

「統率してる証拠はあるのか」

 

『ありません』

 

坂柳は認めた。

 

『ですが、周囲のBETAが進路を譲り、同じ方向へ動いていたことは確認されています』

 

ひより。

 

「命令を出しているように見えたのでしょうか」

 

『少なくとも、他のBETAより優先されている個体です』

 

龍園は画面に映る白い外殻を見た。

 

「倒してねぇ」

 

ひよりが答える。

 

「今回は倒す任務ではありません」

 

「分かってる」

 

声には悔しさが混じっていた。

 

だが、追わなかった判断を後悔しているわけではない。

 

救援対象を生きて戻す。

 

それが今回の任務だった。

 

午後七時四十分。

 

断界作戦は最終段階へ近づいていた。

 

南方隊は爆薬設置を完了し、撤退を開始。

 

北方隊も設置を終えたが、損傷機が一機発生している。

 

ただし自力歩行は可能だった。

 

西方右隊も爆薬設置を完了し、第一侵入口へ向かっている。

 

問題は東方隊だった。

 

通信が途絶している。

 

大型スクリーンには、東方侵入隊十二機が

二つ目の中継器を通過したところまで表示されていた。

 

それより先はノイズに覆われている。

 

最後に受信された通信は。

 

『目標地点を視認』

 

それだけだった。

 

すでに三分間、返答がない。

 

候補生たちは医療検査を終える前に、再び第一作戦管制室へ呼び戻された。

 

救援隊は一度出撃している。

 

機体も弾薬も消耗している。

 

それでも東方隊が帰還しない場合には、再出撃を命じられる可能性があった。

 

茶柱たち西方右隊は撤退中。

 

北方隊と南方隊も、それぞれの経路を戻っている。

 

別の幹線へ救援へ向かう余裕はない。

 

坂柳理事長は東方経路の表示を見つめた。

 

「通信中継器の状態は?」

 

橋本が答える。

 

「一号中継器は正常」

 

「二号は出力低下」

 

「三号は反応がありません」

 

神室も無人探査機の状況を報告する。

 

「探査機二機も通信を失っています」

 

ひよりは地中振動を確認する。

 

「東方幹線周辺の振動が大きすぎます」

 

坂柳有栖が尋ねる。

 

「爆薬が作動した可能性は?」

 

管制官が答える。

 

「まだ起爆信号は送られていません」

 

神崎は時刻を確認する。

 

「予定起爆時刻まで、残り四分です」

 

龍園が参謀を見る。

 

「通信が切れたまま爆破するのか」

 

参謀は厳しい表情で答える。

 

「四本を同時に崩落させなければ、作戦効果が大きく低下する」

 

一之瀬が反論する。

 

「東方隊がまだ目標地点に残っていたら?」

 

「時間超過時には、撤退するよう事前命令が出ている」

 

「でも、通信が切れているなら、

予定変更を受け取れていない可能性もあります」

 

参謀は答えなかった。

 

東方隊を待てば、中層部からのBETA補充が始まる。

 

他の三隊も危険になる。

 

予定通り爆破すれば。

 

東方隊が目標付近へ残っている場合、崩落へ巻き込む可能性がある。

 

平田が尋ねる。

 

「待てる時間は、どれくらいですか」

 

管制官が答える。

 

「最大でも二分です」

 

二分。

 

あまりにも短い。

 

坂柳理事長は最後に確認された十二機の反応を見つめていた。

 

現在位置は分からない。

 

起爆時刻だけが近づいてくる。

 

候補生救援隊の吹雪は再武装中。

 

仮に今すぐ出撃できても、東方侵入口へ到達するまでに時間がかかる。

 

間に合わない。

 

オレは東方二号中継器の波形を見た。

 

出力は低下している。

 

だが完全には停止していない。

 

ノイズの中に、規則的な変化がある。

 

三秒ごと。

 

「生きている」

 

堀北がこちらを見る。

 

「何が?」

 

「二号中継器の出力だ」

 

橋本が答える。

 

「故障してる」

 

「故障だけなら、三秒ごとに同じ波形は繰り返さない」

 

神室が表示を拡大する。

 

短い信号が三回。

 

少し間を置き、二回。

 

それを繰り返している。

 

坂柳有栖が呟く。

 

「符号でしょうか」

 

撤退中の西方隊から、真嶋の声が入った。

 

『戦術機の非常用接触信号だ』

 

『通信不能時に、機体を中継器へ直接接触させて送る』

 

橋本が尋ねる。

 

「内容は?」

 

真嶋。

 

『三、二』

 

『作戦規則へ当てはめれば――』

 

茶柱が答える。

 

『第三目標、第二段階』

 

東方隊の第三目標は、爆薬設置地点。

 

第二段階は、爆薬設置完了後の撤退を示す。

 

坂柳理事長が確認する。

 

「東方隊は爆薬設置を完了し、撤退を開始しています」

 

一之瀬が息を吐く。

 

「なら、もう少し待てますよね」

 

参謀は首を横へ振った。

 

「待てない」

 

起爆まで一分。

 

東方隊は目標地点を離れている。

 

だが、安全距離へ達しているかは分からない。

 

信号を送った位置は二号中継器。

 

爆破地点から約四百メートル。

 

規定された安全距離は二百メートル。

 

少なくとも信号を送った機体は、すでに安全圏へ入っている。

 

坂柳理事長は決断した。

 

「予定通り起爆します」

 

重い判断だった。

 

「全隊へ」

 

北方。

 

南方。

 

西方。

 

そして、通信可能な範囲にいる東方隊。

 

「断界作戦は、最終段階へ移行します」

 

「起爆まで三十秒」

 

東京ハイヴ地下。

 

四本の主要幹線。

 

それぞれへ設置された爆薬。

 

正規軍部隊は撤退中。

 

候補生たちは画面を見つめた。

 

茶柱機。

 

坂上。

 

星之宮。

 

真嶋。

 

西方隊は第一侵入口へ向かっている。

 

北方隊は損傷機を護衛しながら撤退。

 

南方隊は光線級の反応から距離を取っている。

 

東方隊は映像も通信もない。

 

それでも、生存と撤退を示す信号は届いた。

 

坂柳理事長が時刻を読み上げる。

 

「十秒」

 

誰も言葉を発しない。

 

「五」

 

「四」

 

「三」

 

「二」

 

「一」

 

「起爆」

 

東京湾地下で、四つの爆発がほぼ同時に発生した。

 

最初に地中が白く輝いた。

 

次の瞬間、爆発が岩盤と有機壁面を突き破り、四本の巨大な坑道全体を揺らす。

 

深部と浅層をつないでいたBETAの主要移動幹線が、一斉に崩れ始めた。

 

何万トンもの地層。

 

岩盤。

 

有機組織。

 

BETAが掘り広げた通路。

 

すべてが爆炎とともに落下し、四本の道を完全に押し潰していく。

 

東京湾の海面が大きく持ち上がった。

 

北方。

 

南方。

 

東方。

 

西方。

 

四つの地点から巨大な水柱が噴き上がり、爆炎、泥、岩片、

沈んでいた人工構造物が海上へ吹き飛ばされる。

 

人工島。

 

お台場。

 

湾岸部。

 

広い範囲で地面が揺れ、警報が鳴り響いた。

 

地下の各隊へも爆風と崩落が襲いかかる。

 

西方隊は斜面を駆け上がっていた。

 

背後から爆風が追いつき、茶柱機が一瞬前へ押される。

 

坂上機が側面から支え、転倒を防ぐ。

 

真嶋の撃震は最後尾。

 

だが、今回は足を止めなかった。

 

全機が第一侵入口を目指して進む。

 

北方隊では天井が崩落した。

 

先頭機が跳躍し、後続も続く。

 

一機が瓦礫へ脚部を取られたが、

前後の機体が牽引し、動きを止めずに引き抜いた。

 

南方隊には光線級の照射が迫っていた。

 

だが爆発で生じた大量の粉塵が射線を遮り、その隙に全機が撤退する。

 

東方隊の映像はない。

 

それでも、一号中継器へ近づく機体反応が現れ始めた。

 

一機。

 

二機。

 

三機。

 

四機。

 

強いノイズの中で、反応数が少しずつ増えていく。

 

まだ十二機すべてではない。

 

第一作戦管制室では、誰も声を出さなかった。

 

断界作戦の爆破は成功した。

 

四本の主要幹線は、深部と浅層の間で崩落している。

 

浅層側のBETA反応は急速に分散し、中層部からの補充も止まり始めた。

 

作戦目標は達成された。

 

だが、作戦は部隊が帰還するまで終わらない。

 

坂柳理事長が各隊へ報告を求める。

 

「帰還状況を報告してください」

 

北方隊。

 

『十二機全機、侵入口へ到達』

 

南方隊。

 

『十一機到達。一機を牽引中』

 

西方隊から茶柱。

 

『十二機全機健在』

 

東方隊からは返答がない。

 

ただし、一号中継器へ近づく機体反応は増えていた。

 

一機。

 

二機。

 

五機。

 

八機。

 

十機。

 

残る二機。

 

平田が画面を見つめる。

 

「あと二機」

 

一之瀬は祈るように呟く。

 

「来て」

 

神崎が位置を確認する。

 

「二機の反応が遅れている」

 

須藤は断言した。

 

「牽引してるんだ」

 

高円寺。

 

「その可能性はある」

 

東方侵入口の監視映像。

 

暗闇から最初の不知火が姿を現した。

 

続いて二機目。

 

三機目。

 

どの機体も装甲を損傷し、弾薬警告を表示している。

 

それでも自力で上がってくる。

 

十機が地上へ到達した。

 

そして最後。

 

暗い縦坑の中からワイヤーが見える。

 

一機の不知火が、別の機体を牽引していた。

 

十一機目は脚部を損傷し、ほとんど自力では動けない。

 

十二機目の東方隊長機は最後尾へ残り、追ってくる戦車級へ砲撃を続けている。

 

東方隊長は残っていた最後の百二十ミリ弾を、侵入口下部へ撃ち込んだ。

 

大爆発。

 

岩盤が崩れ、追跡していた戦車級の群れを押し止める。

 

最後の機体も地上へ上がった。

 

十二機。

 

全機帰還。

 

管制室全体から、一斉に息を吐く音が漏れた。

 

歓声ではない。

 

誰かが力を失ったように机へ手をつく。

 

一之瀬が目を閉じる。

 

平田の肩から力が抜ける。

 

須藤は拳を握った。

 

堀北は画面を見たまま動かない。

 

高円寺も僅かに笑っていた。

 

坂柳理事長は一瞬だけ目を閉じる。

 

そして再び開いた。

 

「断界作戦参加部隊へ」

 

四方向。

 

四十八機。

 

全回線へ声が届く。

 

「四本の主要幹線が崩落したことを確認しました」

 

「全隊の帰還も確認しています」

 

穏やかな声だった。

 

だが、これまでより僅かに震えている。

 

「断界作戦は成功です」

 

地下。

 

海上。

 

格納庫。

 

それぞれの場所から、静かな歓声が上がった。

 

整備員。

 

管制官。

 

候補生。

 

誰も大声では叫ばない。

 

それでも、確かな安堵が広がっていく。

 

坂柳理事長は続けた。

 

「皆さん」

 

「帰ってきてくださり、ありがとうございます」

 

茶柱。

 

『命令でしたから』

 

坂上。

 

『全機帰還しました』

 

星之宮。

 

『今度こそ、ちゃんと褒めてもらっていいよね』

 

真嶋。

 

『話は機体を降ろしてからにしろ』

 

サムライ3。

 

『相変わらずだな』

 

候補生たちの間に、小さな笑いが起こった。

 

戦いは終わっていない。

 

東京ハイヴも残っている。

 

未知種も。

 

深部の巨大構造も。

 

それでも人類は初めて。

 

東京ハイヴの主要な移動経路を。

 

自分たちの手で四本同時に断った。

 

午後九時。

 

断界作戦へ参加した全部隊が帰還した。

 

東部、西部、南部、北部の各軍港へ、四十八機すべてが戻っている。

 

損傷機は十一機。

 

中破三機。

 

大破はなし。

 

衛士の負傷者は九名。

 

戦死者はゼロ。

 

候補生救援隊は十二機全機帰還。

 

小破二機。

 

負傷者なし。

 

サムライ左隊も全員生存。

 

断界作戦は、完全成功と記録された。

 

中央講堂は失われた。

 

南部格納庫も。

 

お台場も。

 

多くの施設や機体が壊された。

 

だが今夜だけは。

 

人類側が東京ハイヴの動きを止めた。

 

西部格納庫へ、茶柱たち教導隊も戻ってきた。

 

四機の装甲には地下の泥や有機物が付着し、爆炎による焦げ跡も残っている。

 

小さな損傷はある。

 

それでも、すべての機体が自力で歩いていた。

 

候補生たちがその帰還を待っている。

 

茶柱機が支持架へ入る。

 

ハッチが開き、茶柱が地上へ降りた。

 

堀北が前へ出る。

 

「戻りましたね」

 

茶柱はいつもの調子で答えた。

 

「見れば分かる」

 

真嶋やサムライ3と同じ返答だった。

 

堀北が僅かに笑う。

 

「約束を守りました」

 

茶柱は一瞬だけ言葉を止めた。

 

「当然だ」

 

その後ろで星之宮が自機から降りる。

 

「佐枝ちゃん、地下で一回前へ出すぎてたけどね」

 

茶柱。

 

「星之宮」

 

坂上も続く。

 

「事実だ」

 

真嶋。

 

「作戦検証で扱う必要があるな」

 

茶柱は三人を睨んだ。

 

「お前たちは黙っていろ」

 

堀北が平然と言う。

 

「明日の検証で扱います」

 

茶柱は反論できなかった。

 

須藤は真嶋の撃震へ近づいた。

 

右脚部は動いている。

 

今回は地下で歩行不能にならなかった。

 

「壊さなかったな」

 

真嶋。

 

「言っただろ」

 

「でも、装甲はボロボロだ」

 

「直せる」

 

須藤は少し考える。

 

「なら、壊れてねぇな」

 

真嶋が須藤を見る。

 

「分かってきたじゃないか」

 

須藤は僅かに誇らしそうな顔をした。

 

高円寺は星之宮機の左跳躍ユニットを見ていた。

 

「制御補正は正常に機能したようだね」

 

星之宮。

 

「おかげさまで」

 

「礼には及ばない」

 

「今度、何か奢ってあげるよ」

 

「高価なものなら受け取ろう」

 

「やっぱり可愛くないね」

 

平田と一之瀬は、帰還者名簿を確認していた。

 

四十八名。

 

全員。

 

神崎は補給量と機体損傷をまとめる。

 

龍園とひよりは、未知種の映像と断界作戦後のBETA反応を分析している。

 

坂柳有栖は父親である坂柳理事長の隣に立ち、最新の地下地図を確認していた。

 

東京ハイヴ浅層部では、BETA反応が大きく低下している。

 

深部と中層の連絡も、四本の主要幹線崩落によって遮断された。

 

ひよりが言う。

 

「作戦の効果は出ています」

 

浅層部に残されたBETAは統制を失ったように、ばらばらな方向へ動いている。

 

深部からの新たな補充も止まっていた。

 

龍園が尋ねる。

 

「どれくらい持つ」

 

「分かりません」

 

「また道を掘るだろうな」

 

「はい」

 

BETAは新しい道を作る。

 

人類が断っても。

 

別の場所を掘り。

 

再び地上へ向かう。

 

それでも時間は得られた。

 

数日。

 

あるいは数週間。

 

人類側が本格攻略の準備を整えるための時間。

 

坂柳理事長は、格納庫に集まる者たちを見渡した。

 

教師。

 

正規軍。

 

候補生。

 

整備員。

 

管制官。

 

「今日は休んでください」

 

誰かが小さく笑った。

 

作戦が終わるたび、何度も言われてきた言葉だった。

 

だが今回は、本当に少しだけ休息を取れる可能性がある。

 

鳳翼防衛線周辺のBETA反応は減少。

 

人工島地下の振動も低下。

 

お台場方面での新規出現も確認されていない。

 

断界作戦の効果は明確だった。

 

少なくとも今夜、再び大規模警報が鳴る可能性は低い。

 

坂柳理事長は続ける。

 

「明日から」

 

全員が司令官を見る。

 

「東京ハイヴ最終攻略作戦の準備へ入ります」

 

安堵した直後に告げられた、次の戦い。

 

だが、誰も驚かなかった。

 

断界作戦は終わりではない。

 

深部を浅層から孤立させただけだ。

 

中枢。

 

統率級と仮称された未知種。

 

巨大な地下空間。

 

東京ハイヴそのものは、まだ残っている。

 

「断界作戦によって得た時間を使い」

 

「戦力を再編し」

 

「内部地図を完成させ」

 

「東京ハイヴを攻略します」

 

候補生たちも、いずれ参加する。

 

もはや可能性ではなかった。

 

須藤。

 

堀北。

 

平田。

 

高円寺。

 

龍園。

 

一之瀬。

 

神崎。

 

坂柳。

 

ひより。

 

そして、まだ実戦投入されていない下級生たち。

 

この先で待つ戦いが。

 

誰に何をもたらすのか。

 

今はまだ、誰も知らない。

 

坂柳理事長は静かに言った。

 

「次が」

 

声が僅かに強くなる。

 

「東京を取り戻すための戦いです」

 

その夜。

 

東京ハイヴ深部。

 

断界作戦によって、四本の主要幹線が崩落していた。

 

浅層へ向かう道は失われ、多数のBETAが巨大な瓦礫の前で動きを止めている。

 

掘る。

 

押す。

 

別の道を探す。

 

それでも、すぐに浅層へ戻ることはできない。

 

人類側の作戦は、確かに成功していた。

 

だが、深部の巨大空間では別の変化が始まっている。

 

第二侵入口を塞がれ、地上へ出られなかった白い外殻の未知種が、

別の縦坑を通って深部へ戻ってきた。

 

周囲にいたBETAが、その進路を空ける。

 

そして。

 

白い外殻を持つ個体は、一体だけではなかった。

 

暗闇の奥に、同じ形を持つ巨大な反応が存在している。

 

一つ。

 

二つ。

 

三つ。

 

さらに、巨大空間の壁面にも、複数の殻状反応が埋まっていた。

 

まだ動いていない。

 

暁光作戦で映像へ残された中央の影は、単独個体ではなかった。

 

そして、そのさらに中心。

 

東京ハイヴの最深部では、巨大な有機構造がゆっくりと脈動している。

 

断界作戦によって浅層へ向かう道を失った東京ハイヴは、

すぐに新しい道を掘ろうとはしなかった。

 

代わりに。

 

深部に存在する戦力を、一か所へ集め始めていた。

 

中枢を守るためなのか。

 

あるいは。

 

次に侵入してくる人類を。

 

東京ハイヴの最も深い場所で。

 

まとめて迎え撃つためなのか。

 

その答えを知る者は、まだ誰もいなかった。

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