マブラヴ・カーストルーム   作:EXTERMINATION

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第27話 下級生の実力

今回の第二課題は、地下施設の奥へ取り残された二機を発見し、

損傷状態に応じた方法で回収することだった。

 

孤立機の位置までは、まだ距離がある。

 

目の前の分岐で左側を選べば、突撃級との接触を避けて前へ進むことができる。

 

しかし、その先には大きな高低差があり、健全な吹雪だけなら通過できても、

損傷機を牽引した状態で同じ道を戻ることは難しい。

 

右側には、突撃級を想定した大型標的が待っている。

 

危険は大きい。

 

だが、通路幅には余裕があり、救援対象を伴って戻ることもできる。

 

天沢は深刻さを感じさせない笑みを浮かべた。

 

『右でいいんじゃない?』

 

伊吹が呆れたように返す。

 

『軽く言わないでよ』

 

『だって、敵を倒せば通れるでしょ』

 

八神が大型反応のデータを確認する。

 

『突撃級の正面装甲へ射撃を集中しても、短時間では停止させられません』

 

石崎は右通路の地形を見回した。

 

『側面へ回れる場所はないのか?』

 

八神は立体地図を拡大する。

 

『通路の途中に、崩落した整備区画があります』

 

『そこへ二機を入れれば、突撃級の側面へ出られます』

 

天沢はすぐに役割を決めようとした。

 

『じゃあ、私が正面で引きつけるね』

 

伊吹が止める。

 

『勝手に決めないで』

 

『でも、私が一番速いでしょ?』

 

八神が静かに言う。

 

『第三小隊の指揮は僕が担当します』

 

天沢は首を傾げるような声を出した。

 

『そうだっけ?』

 

『編成上は、そうなっています』

 

天沢は楽しそうに笑う。

 

『じゃあ、指示して』

 

八神は四機の機体状態、右通路の幅、

突撃級の予測速度を短時間で確認した。

 

『天沢さんが正面へ出て、突撃級の注意を引いてください』

 

『伊吹さんと石崎くんは、崩落した整備区画から側面へ回ってください』

 

『僕は後方から標的の移動方向を調整します』

 

伊吹が尋ねる。

 

『あんたは前へ出ないの?』

 

『全体の位置を確認できる場所に残ります』

 

伊吹は少し不満そうだったが、それ以上は反対しなかった。

 

第三小隊は右通路へ進む。

 

やがて、前方の暗闇から突撃級標的が姿を現した。

 

分厚い前面装甲。

 

巨大な質量。

 

模擬標的であっても、狭い坑道で正面から迫る姿には圧迫感があった。

 

天沢機が一機で前へ出る。

 

『来た、来た』

 

伊吹が強い口調で注意する。

 

『遊ばないで!』

 

天沢は突撃級の正面装甲へ射撃した。

 

砲弾は装甲へ着弾して爆炎を広げるが、標的の進行速度は落ちない。

 

だが、撃破する必要はなかった。

 

爆煙によって視界を塞ぎ、突撃級の進路を天沢機へ固定する。

 

天沢は標的が十分に接近するまで、後退しようとしなかった。

 

八神が冷静に指示する。

 

『右へ回避してください』

 

天沢機が跳躍ユニットを短く噴射し、右側へ移動する。

 

突撃級標的も天沢を追うように向きを変えた。

 

その瞬間、整備区画へ隠れていた伊吹機と石崎機が側面へ出る。

 

二機は同じ脚部へ照準を合わせ、同時に射撃した。

 

爆発が脚部関節へ集中する。

 

八神も後方から同じ箇所へ砲撃を加えた。

 

三方向からの攻撃によって、突撃級の片脚が停止する。

 

天沢は機体を反転させた。

 

『仕上げは私ね』

 

側面へ百二十ミリ砲を向ける。

 

発射。

 

砲弾が標的の装甲の薄い部分へ直撃し、大きな爆発を起こした。

 

突撃級標的は動きを止め、撃破判定が表示される。

 

天沢は満足そうに言った。

 

『簡単だったね』

 

伊吹はすぐに言い返す。

 

『あんたがあと少し遅かったら、正面から突っ込まれてたでしょ』

 

『当たらなかったんだからいいじゃん』

 

八神が訓練記録を確認する。

 

『回避余裕は〇・八秒でした』

 

天沢は気にした様子もない。

 

『余裕あるじゃん』

 

『ないでしょ!』

 

石崎が二人のやり取りを聞きながら笑う。

 

『でも、連携自体は良かったよな』

 

八神も認めた。

 

『そうですね』

 

天沢は褒められたことに満足したようだった。

 

第三小隊は突撃級を排除し、孤立機のいる地点へ向かって進み始めた。

 

通信障害によって三つの小隊は完全に分断されている。

 

第一小隊は輸送機の護送。

 

第二小隊は脚部を損傷した七瀬機を連れて移動中。

 

第三小隊は孤立機二機の回収地点へ最も近い。

 

全体指揮官であるオレにも、他小隊の状況は分からなかった。

 

頼れるものは、事前に定められた行動規則、

目的地、合流地点、そして残り時間だけだった。

 

第一小隊は輸送物資を指定地点へ届けた。

 

平田機と一之瀬機が物資コンテナを降ろし、

その内部に搭載されていた通信中継器を起動する。

 

完全ではない。

 

それでも、強いノイズの向こうから一部の回線が戻り始めた。

 

最初に聞こえたのは、龍園の声だった。

 

『こちら第二小隊』

 

『七瀬機が右脚部へ損傷判定を受けている』

 

堀北がすぐに状況を尋ねる。

 

『自力歩行は可能?』

 

七瀬が答える。

 

『歩けますが、移動速度は通常の半分です』

 

「現在位置を送れ」

 

通信回線を通じて、各小隊の機体位置が地図へ表示される。

 

第二小隊は合流地点から約三百メートル。

 

第三小隊は、すでに孤立機二機の回収地点へ到着していた。

 

第一小隊は補給地点。

 

訓練の残り時間は十五分。

 

これから孤立機二機を回収し、さらに追撃してくるBETAを阻止しなければならない。

 

堀北が提案する。

 

『第一小隊は、第二小隊の救援へ向かうべきよ』

 

龍園はすぐに断った。

 

『来る必要はねぇ』

 

『七瀬機の速度が落ちているのよ』

 

『宝泉に引かせる』

 

宝泉が反発する。

 

『勝手に決めんな』

 

『七瀬が損傷したのは、お前の独断が原因だ』

 

宝泉は返事をしなかった。

 

七瀬が口を開く。

 

『自力で歩けます』

 

龍園は容赦なく返した。

 

『通常の半分の速度でな』

 

オレは三つの小隊の位置と、残された任務を比較した。

 

「第一小隊は第三小隊へ向かう」

 

堀北がこちらを見る。

 

『第二小隊ではなく?』

 

「孤立機二機の状態によっては、低速機が合計三機になる」

 

七瀬機を含めれば、全体で三機。

 

状況によっては、さらに増える可能性もある。

 

『第二小隊はどうするの?』

 

「龍園に任せる」

 

龍園の声が回線へ入る。

 

『聞こえてるぞ』

 

「七瀬機を連れて合流地点へ向かえ」

 

『言われなくても、そのつもりだ』

 

第一小隊は第三小隊の位置へ向かった。

 

第三小隊が発見した孤立機二機には、それぞれ異なる損傷設定が与えられていた。

 

一機は左脚部を損傷。

 

もう一機は主機出力が低下し、自力での長距離移動が難しい。

 

天沢、八神、伊吹、石崎は、二機を牽引する準備を進めていた。

 

しかし、その後方から多数の模擬戦車級が接近している。

 

八神が役割を割り振る。

 

『伊吹さんと石崎くんは一号機を担当してください』

 

『天沢さんと僕で二号機を牽引します』

 

天沢は不満そうに言う。

 

『私が前で敵を止めた方がよくない?』

 

『牽引出力は天沢さんが最も高い』

 

『後方の敵は僕が監視します』

 

『はいはい』

 

天沢は完全には納得していないようだったが、指示には従った。

 

そこへ、第一小隊の照明が見え始める。

 

伊吹が通信へ入った。

 

『遅い』

 

須藤がすぐに返す。

 

『助けに来た相手へ最初に言う台詞か?』

 

石崎は素直に喜んだ。

 

『でも、本当に助かった!』

 

第一小隊と第三小隊は、孤立機二機を囲むように配置を組み直した。

 

平田と一之瀬は輸送機役を終え、牽引支援へ入る。

 

高円寺が各ワイヤーへかかる張力を計算。

 

堀北は全体位置と進路を管理する。

 

オレと須藤が前衛。

 

天沢と八神は後衛へ回る。

 

第一小隊と第三小隊を合わせた十機で、損傷機二機の移動を開始した。

 

一方、第二小隊では、宝泉が七瀬機へ牽引ワイヤーを接続していた。

 

七瀬は遠慮するように言う。

 

『自分で歩けます』

 

『遅ぇんだよ』

 

『ですが――』

 

『黙って引かれろ』

 

七瀬は少しだけ笑った。

 

『優しいですね』

 

宝泉はすぐに脅す。

 

『今すぐ外すぞ』

 

『それは困ります』

 

龍園は隊形を決める。

 

『神崎は後方警戒』

 

『俺が前衛』

 

『宝泉は七瀬を引け』

 

宝泉が反発する。

 

『命令すんな』

 

『もう命令通りに引いてるだろ』

 

宝泉は返事をしなかった。

 

第二小隊は七瀬機の速度に合わせ、合流地点へ進み始める。

 

その途中、通路中央へ要撃級標的一体が現れた。

 

左右に迂回路はない。

 

龍園が全機を停止させる。

 

七瀬機は隊列中央。

 

宝泉が牽引。

 

神崎が後方。

 

龍園が一機で前へ出る。

 

要撃級が腕を振り上げる。

 

龍園は脚部へ射撃を加えたが、火力が足りず、標的の進行を止められない。

 

宝泉が言う。

 

『俺がやる』

 

『七瀬を離すな』

 

『今のままじゃ邪魔だ』

 

『七瀬を連れて帰るのが、お前の任務だ』

 

宝泉機は動かなかった。

 

要撃級は近づいている。

 

龍園一機と神崎の後方射撃だけでは、短時間で止めることは難しい。

 

七瀬が提案する。

 

『宝泉くん。私の機体を壁際へ固定できます』

 

『何だと』

 

『牽引ワイヤーを支柱へつなげば、短時間なら一人でも立てます』

 

宝泉は即座に否定した。

 

『無理だ』

 

『一分だけです』

 

龍園が命じる。

 

『やらせろ』

 

宝泉の声が低くなる。

 

『七瀬が倒れたらどうする』

 

『すぐ戻って支えろ』

 

宝泉は迷った。

 

七瀬が穏やかに言う。

 

『大丈夫です』

 

宝泉は七瀬機を壁際へ寄せ、ワイヤーを支柱へ固定した。

 

七瀬機が自立したことを確認すると、宝泉機は前へ出る。

 

龍園の横へ並んだ。

 

龍園が言う。

 

『遅ぇぞ』

 

『黙れ』

 

二機が要撃級へ射撃を開始する。

 

同じ脚部へ火力を集中。

 

爆発。

 

要撃級が腕を振るう。

 

龍園は左へ。

 

宝泉は右へ。

 

二方向へ分かれ、標的を挟む。

 

神崎も中央後方から砲撃を加える。

 

三方向からの集中攻撃によって、要撃級標的は動きを止めた。

 

宝泉は追撃しなかった。

 

撃破判定が出た瞬間に機体を反転させ、七瀬の位置へ戻る。

 

支柱へつないでいたワイヤーを外し、再び機体を支えた。

 

龍園はその行動を見ていた。

 

『少しは学んだようだな』

 

『誰のせいだと思ってやがる』

 

七瀬が自分の損傷表示を見る。

 

『私の機体が被弾したからですね』

 

宝泉は苛立ったように返した。

 

『お前は黙ってろ』

 

龍園が小さく笑う。

 

第二小隊も合流地点へ向かった。

 

第一小隊と第三小隊の合同部隊は、

二機の損傷機を牽引しているため、移動速度が大きく低下していた。

 

後方からは、多数の模擬戦車級が追いつきつつある。

 

八神が距離を確認する。

 

『このままでは追いつかれます』

 

須藤が後方へ向き直る。

 

『俺が止める』

 

天沢も申し出た。

 

『私も残るよ』

 

堀北は敵数を確認する。

 

『二機だけでは足りないわ』

 

高円寺は追撃経路を見た。

 

『敵が通れる道は一つしかない』

 

前方には、幅の狭い区画がある。

 

その上部には、崩れかけた構造物が残されていた。

 

断界作戦で利用した瓦礫と似ている。

 

オレは構造を確認した。

 

「今は撃たない」

 

須藤が意図を察する。

 

『また瓦礫を使うのか』

 

「敵が狭窄区画へ入ってから落とす」

 

八神が構造を分析する。

 

『支柱は左右に二本あります』

 

天沢。

 

『二本を同時に撃つ?』

 

高円寺が答えた。

 

『そうだね。一方だけでは、構造物が斜めに残る可能性がある』

 

須藤と天沢が左右の射撃位置へ入る。

 

戦車級標的の群れが狭窄区画へ押し寄せる。

 

先頭。

 

中央。

 

最後尾。

 

群れの大半が崩落範囲へ入った。

 

須藤が右支柱。

 

天沢が左支柱。

 

二機が同時に射撃する。

 

爆発によって支えを失った上部構造が一気に崩れ、通路全体を塞いだ。

 

追撃していた標的反応が停止する。

 

天沢が楽しそうに言う。

 

『須藤先輩、意外と上手いね』

 

須藤がすぐに言い返す。

 

『意外は余計だ』

 

『褒めたのに』

 

『高円寺みたいな言い方すんな』

 

高円寺が反応する。

 

『私の評価方法が正しいという証明だね』

 

『お前は黙ってろ』

 

十機は損傷機二機を連れ、合流地点へ到着した。

 

そこへ第二小隊も戻ってくる。

 

七瀬機。

 

孤立機二機。

 

合計三機の低速機。

 

そして、最後の第三課題が始まる。

 

中枢爆破部隊を模した友軍反応が、後方から接近している。

 

そのさらに後ろから、大量のBETA反応も迫っていた。

 

戦車級。

 

要撃級。

 

突撃級。

 

複数種が混在している。

 

十二機は五分間、防衛線を維持し、

中枢爆破部隊が通過するまで追撃を阻止しなければならない。

 

ただし、低速機三機も最後には連れて撤退する必要がある。

 

堀北が全体回線で指示を出す。

 

『防衛線を二段階に分けるわ』

 

第一線には、戦闘適性の高い機体を置く。

 

オレ。

 

須藤。

 

高円寺。

 

龍園。

 

宝泉。

 

天沢。

 

第二線では、平田、一之瀬、神崎、八神、伊吹、石崎が損傷機を守る。

 

七瀬機も第二線へ入る。

 

堀北が中央から全体を指揮し、第一線の直接指揮はオレが担当する。

 

龍園は右。

 

須藤は左。

 

高円寺は中央。

 

宝泉と天沢は状況に応じて左右を補助する遊撃役となった。

 

訓練開始。

 

最初に現れたのは、戦車級標的の群れだった。

 

第一線が射撃を開始する。

 

砲口炎。

 

爆発。

 

須藤は以前のように長い連射を続けず、短い射撃で一体ずつ止めていく。

 

高円寺は必要最低限の弾数で正確に標的を排除する。

 

龍園は敵が一方向へ集中しないよう、射撃と機体位置によって進路を分散させた。

 

宝泉は、より近い距離で撃とうと前へ出る。

 

天沢は左右を大きく移動し、射線の開いた場所から攻撃を加える。

 

「前へ出すぎるな」

 

宝泉が不満そうに返す。

 

『近くで撃った方が早ぇ』

 

「一歩下がれ」

 

『まだ来てる』

 

「戦車級の後ろを見ろ」

 

宝泉が敵反応表示を見る。

 

群れの後方から、突撃級標的が接近していた。

 

このまま前へ出れば、突撃級に接近された時の回避空間がなくなる。

 

宝泉機は一歩下がった。

 

命令に従った。

 

天沢がからかう。

 

『ちゃんと人の話を聞けるんだ』

 

『撃つぞ』

 

『味方を撃ったら減点だよ』

 

戦車級の群れは排除された。

 

続いて、要撃級標的二体が現れる。

 

一体は龍園側。

 

もう一体は須藤側。

 

右では龍園と宝泉。

 

左では須藤と天沢。

 

オレと高円寺は中央から両方を支援する。

 

龍園が要撃級を右壁へ誘導する。

 

宝泉は脚部へ射撃を集中させた。

 

龍園が警告する。

 

『弾を使いすぎるな』

 

『倒せば同じだろ』

 

『後ろに次の敵がいる』

 

宝泉は連射を止めた。

 

左側では、天沢が要撃級の腕を引きつける。

 

須藤が脚部へ射撃。

 

天沢が叫ぶ。

 

『もっと右を狙って!』

 

『俺に命令すんな!』

 

『当たってないから言ってるの!』

 

須藤は照準を修正した。

 

砲弾が脚部関節へ命中し、要撃級標的が停止する。

 

その間に、模擬中枢爆破部隊が第一防衛線を通過した。

 

残り時間は三分。

 

次に現れたのは突撃級標的二体。

 

通路幅は広く、側面へ回れば撃破することもできる。

 

だが時間が足りない。

 

後方では低速機三機が撤退準備へ入っている。

 

「倒さない」

 

須藤が反応する。

 

『二体とも来てるぞ』

 

「左右へ誘導する」

 

龍園が意図を理解した。

 

『中央を空けるんだな』

 

高円寺も続ける。

 

『中枢部隊の通過路を維持する』

 

第一線は左右へ分かれた。

 

右側の突撃級は龍園、宝泉、高円寺が担当する。

 

左側はオレ、須藤、天沢。

 

側面へ射撃を加え、突撃級の進路を少しずつ外側へ向ける。

 

二体の大型標的が左右へ寄り、通路中央が開いた。

 

中枢爆破部隊が中央を通過していく。

 

堀北が命じる。

 

『全機、撤退準備』

 

第二線は損傷機三機を牽引し、先に後退を始める。

 

第一線はその間、突撃級を左右へ押さえ続ける。

 

残り一分。

 

宝泉が右側の突撃級へ近づいた。

 

龍園が止める。

 

『戻れ』

 

『こいつを倒す』

 

『任務は終わった』

 

『背中を向けたら追ってくるぞ』

 

高円寺が冷静に言う。

 

『脚部を停止させれば十分だよ』

 

宝泉は一瞬迷った。

 

突撃級はまだ動いている。

 

以前なら、撃破するまで前へ出ていたかもしれない。

 

だが今回は、倒すことを選ばなかった。

 

脚部へ射撃を集中させる。

 

高円寺と龍園も同じ箇所へ砲撃し、標的を停止させた。

 

宝泉は言う。

 

『これでいいんだろ』

 

龍園。

 

『最初からそうしろ』

 

左側では、須藤が射撃を続けていた。

 

弾薬残量警告が表示される。

 

「射撃を止めろ」

 

『まだ動いてる』

 

「撤退用の弾薬を残せ」

 

天沢が前へ出る。

 

『私が引き継ぐ』

 

天沢が射撃を始め、須藤は命令通り砲撃を止めた。

 

二機が役割を交代し、突撃級標的を停止させる。

 

堀北の命令が全回線へ響いた。

 

『全機撤退!』

 

第一線が順番に後退する。

 

高円寺。

 

龍園。

 

宝泉。

 

天沢。

 

須藤。

 

オレ。

 

第二線はすでに損傷機三機を連れて出口方向へ進んでいる。

 

後方には新たな敵反応が現れていた。

 

それでも、任務時間は終わった。

 

中枢爆破部隊は通過。

 

損傷機三機も撤退経路へ入った。

 

第一線も追いつく。

 

全機が出口へ到達した時点で、訓練終了信号が鳴った。

 

地下演習区画の照明が通常状態へ戻り、すべての模擬標的が停止する。

 

通信障害も解除された。

 

七瀬機の損傷は訓練上の被弾判定。

 

孤立機二機の損傷も課題設定によるもの。

 

候補生機に、新たな損傷判定はなかった。

 

弾薬残量は、全機平均で四十二パーセント。

 

輸送任務。

 

孤立機回収。

 

中枢爆破部隊の護衛。

 

すべての課題を達成した。

 

地上管制室では、茶柱、坂上、星之宮、真嶋、坂柳理事長、

統合司令部の参謀が、訓練記録を確認していた。

 

候補生たちは戦術機から降り、ブリーフィング室へ集められる。

 

全員が強い疲労を感じていた。

 

強化装備の内側には汗が残り、緊張によって呼吸も完全には戻っていない。

 

それでも、途中で隊形を崩した小隊はなかった。

 

茶柱が結果を告げる。

 

「三つの課題は、すべて達成された」

 

須藤が僅かに笑う。

 

宝泉は平然とした顔をしていた。

 

「ただし」

 

茶柱は宝泉を見る。

 

「第二小隊で発生した七瀬機の損傷は、宝泉の命令違反が原因だ」

 

宝泉の表情が硬くなる。

 

七瀬が口を開こうとした。

 

茶柱は先に止める。

 

「庇う必要はない」

 

七瀬は黙った。

 

茶柱は宝泉へ尋ねる。

 

「宝泉」

 

「分かってる」

 

「何が分かっている」

 

「俺が前へ出たから、七瀬の右側が空いた」

 

「それだけか」

 

宝泉は舌打ちしそうになった。

 

だが、途中で堪える。

 

「龍園の命令を無視した」

 

「他には?」

 

宝泉は答えなかった。

 

龍園が横から言う。

 

「自分が敵を倒せば、全部終わると思ってた」

 

宝泉は龍園を見る。

 

「違うか」

 

宝泉は視線を逸らさなかった。

 

「違わねぇ」

 

茶柱が続ける。

 

「なら、次はどうする」

 

宝泉は少し考えた後、答えた。

 

「敵より先に、味方の位置を見る」

 

簡単な言葉だった。

 

だが、宝泉が自分の口で言った。

 

茶柱は頷く。

 

「忘れるな」

 

宝泉は返事をしなかった。

 

それでも、隣にいた七瀬は小さく笑った。

 

宝泉が気づく。

 

「何笑ってんだ」

 

「いえ」

 

「言え」

 

「宝泉くんも、ちゃんと反省できるんですね」

 

「喧嘩売ってんのか」

 

「褒めています」

 

「お前も高円寺みてぇなこと言うな」

 

遠くにいた高円寺が反応する。

 

「私の評価方法が広まりつつあるようだね」

 

須藤が即座に否定した。

 

「広まってねぇよ」

 

部屋に小さな笑いが起きる。

 

茶柱は次に第三小隊を見る。

 

八神。

 

天沢。

 

伊吹。

 

石崎。

 

「第三小隊は、通信障害発生後の判断が最も安定していた」

 

伊吹が意外そうに聞き返す。

 

「私たちが?」

 

「八神の指揮」

 

「天沢の機動力」

 

「石崎の補助」

 

「伊吹の射撃」

 

「それぞれの役割が明確だった」

 

天沢が楽しそうに尋ねる。

 

「私が一番活躍した?」

 

茶柱は即答する。

 

「一番危険だった」

 

天沢は笑った。

 

「褒め言葉?」

 

「違う」

 

八神が淡々と補足する。

 

「回避余裕〇・八秒は、実戦で余裕があるとは言えません」

 

「でも避けたよ」

 

伊吹が呆れる。

 

「あんた、そればっかり」

 

石崎も少し心配そうに言った。

 

「次は、もう少し早く避けようぜ」

 

天沢は三人を見る。

 

「みんな心配性だね」

 

そう言いながらも、忠告そのものを拒絶することはなかった。

 

茶柱は参加した全員を見渡した。

 

「今日の訓練によって、候補生部隊が

中層支援任務を遂行できる可能性は確認できた」

 

室内の空気が変わる。

 

「最終的な部隊編成は、明日決定する」

 

「今日の成績が良かったからといって、全員が中層部へ入るわけではない」

 

「逆に、今日失敗した者が必ず地上へ残るとも限らない」

 

統合司令部の参謀が続ける。

 

「必要なのは、個人の成績順ではない」

 

「部隊として、どの組み合わせが最も機能するかだ」

 

坂柳理事長が静かに告げた。

 

「候補生部隊は、東京ハイヴ最終攻略作戦へ参加します」

 

正式決定だった。

 

誰も声を上げない。

 

「作戦名については、現在統合司令部と最終調整を行っています」

 

「明日、全部隊へ発表します」

 

東京ハイヴへの最終攻略。

 

候補生部隊も、本当に地下へ入る。

 

訓練ではない。

 

学校へ迫った敵を迎撃するだけでもない。

 

正規軍とともに参加する、人類側の主力作戦だった。

 

堀北が尋ねる。

 

「候補生が担当する中層支援任務とは、具体的にどのようなものですか」

 

坂柳理事長が答える。

 

「正規軍中枢突入隊の退路確保」

 

「通信中継器の維持」

 

「損傷機の回収」

 

「そして――」

 

そこで一度、言葉を切った。

 

「深部から上がってくるBETAを、中層部で阻止します」

 

須藤が拳を握る。

 

龍園は正面の地下地図を見つめた。

 

高円寺は普段と変わらず静かだった。

 

平田は一度目を閉じ、呼吸を整える。

 

一之瀬は神崎を見る。

 

七瀬は宝泉の隣に立っていた。

 

天沢は、それまで浮かべていた笑みを消している。

 

八神は表情を変えず正面を見ていた。

 

上級生も下級生も。

 

同じ作戦へ参加する。

 

会議終了後。

 

夕方。

 

オレは校舎屋上の手すり前へ立っていた。

 

中央講堂が失われた今、校内から東京湾全体を見渡せる場所は限られている。

 

遠くにはお台場。

 

昨日まで空を覆っていた黒煙は、かなり薄くなっている。

 

東京湾には多数の艦艇と輸送船が集まり、

甲板上の作業灯が夕暮れの海面を照らしていた。

 

最終攻略へ向けた部隊集結が始まっている。

 

堀北が隣へ来た。

 

「一人?」

 

「今はな」

 

「明日、正式編成が決まるわね」

 

「ああ」

 

「私たちは、中層支援隊になると思う?」

 

「可能性は高い」

 

堀北は少し間を置いた。

 

「綾小路くんは、中枢突入部隊へ選ばれる可能性もある」

 

オレは答えなかった。

 

適性。

 

判断能力。

 

戦術機操縦。

 

これまでの作戦記録。

 

教導隊。

 

正規軍。

 

候補生。

 

誰をどこへ配置するかは、坂柳理事長と統合司令部が決める。

 

堀北は東京湾へ視線を戻した。

 

「私は以前なら、自分が中枢突入部隊へ選ばれたいと思っていたかもしれない」

 

「今は違うのか」

 

「どこでもいいと思っている」

 

少しだけ間を置いてから続ける。

 

「必要な場所なら」

 

自分が最も高く評価される場所。

 

誰よりも前へ立てる場所。

 

以前の堀北なら、そこへこだわっていたかもしれない。

 

だが今は。

 

須藤。

 

平田。

 

高円寺。

 

他クラスの候補生。

 

下級生。

 

部隊全体を生かすために、自分が必要とされる位置へ行こうとしている。

 

堀北がオレを見る。

 

「綾小路くんも、必要な場所へ行って」

 

「誰かに任せられることまで、一人でやらないで」

 

第二侵入口。

 

最後尾。

 

未知種。

 

高円寺が投げたワイヤー。

 

地上からオレを引き上げた仲間たち。

 

一人だけでは、戻れなかった。

 

「分かっている」

 

堀北は疑うように見る。

 

「本当に?」

 

「以前にも言われた」

 

「それでも、また繰り返すでしょう」

 

否定はできない。

 

堀北は小さく息を吐いた。

 

「なら、私も何度でも言う」

 

少しの沈黙。

 

オレはフェンス越しに夕暮れの空を見た。

 

ふと思い出したように口を開く。

 

「そういえば、兄がいるんだったな」

 

堀北は一瞬だけ目を瞬かせた。

 

「あまり人の家族の話をするタイプではないと思っていたけれど」

 

「そうかもしれない」

 

オレが答えると、堀北は僅かに視線を遠くへ向けた。

 

「ええ。今は留学中だけれど」

 

堀北学。

 

高度育成衛士高等学校の元生徒会長。

 

そして、アメリカ戦線へ派遣された衛士。

 

今も海外で戦っている。

 

「会いたいか?」

 

オレがそう聞くと、堀北はすぐには答えなかった。

 

だが、その横顔に迷いはない。

 

「会いたいか、じゃないわ」

 

静かな声だった。

 

それでも、強い意志があった。

 

「必ず会う」

 

夕日に照らされた瞳は真っ直ぐ前を向いている。

 

離れていても。

 

戦場が違っていても。

 

兄と再会することを疑っていない。

 

その確信だけがそこにあった。

 

オレは小さく息を吐く。

 

「そうだな」

 

堀北がこちらを見る。

 

「何?」

 

「堀北らしいと思っただけだ」

 

自分で決めたことを曲げない。

 

簡単に諦めない。

 

それが堀北鈴音という人間だった。

 

堀北は少しだけ目を細めた。

 

「当然よ」

 

その返答に迷いはなかった。

 

オレは小さく肩をすくめる。

 

「会ってまずは何を話すんだ?」

 

堀北は少し考えるように空を見る。

 

「そうね」

 

夕日に照らされた横顔が僅かに和らいだ。

 

「無機質で、表情をぴくりとも変えない、おかしな男の子の話かしら」

 

オレは数秒黙った。

 

「……勘弁してくれ」

 

堀北は珍しく小さく笑う。

 

「事実でしょう」

 

「多少は誇張されている」

 

「いいえ」

 

即答だった。

 

「かなり正確よ」

 

「それを兄に報告するのか」

 

「参考資料としては価値があると思うわ」

 

「やめてくれ」

 

「無理ね」

 

堀北は楽しそうに言った。

 

「兄なら興味を持つと思うもの」

 

「余計なことを教えるな」

 

「もう遅いわ」

 

その口調には、いつもの堀北らしい強気さが戻っていた。

 

戦場の話ではない。

 

作戦の話でもない。

 

ただの他愛ない会話。

 

それが不思議と心地よかった。

 

夕方の風が屋上を抜けていく。

 

遠くでは、戦術機が次々と大型輸送船へ積み込まれていた。

 

その夜。

 

東京ハイヴ深部。

 

断界作戦によって崩落した四本の主要幹線を前にしても、

BETAはすぐに瓦礫の除去を始めなかった。

 

代わりに、深部へ存在するほぼすべての個体が、

中央構造体の周囲へ集まり続けていた。

 

戦車級。

 

要撃級。

 

突撃級。

 

要塞級。

 

光線級。

 

巨大な中枢構造の周囲を埋め尽くす。

 

白い外殻を持つ統率級も、一体だけではなかった。

 

一体目。

 

二体目。

 

三体目。

 

さらに暗闇の奥で、四体目と五体目の巨大な殻がゆっくりと動き始める。

 

中央に存在する有機構造も変化していた。

 

これまで一定だった脈動の間隔が、僅かに速くなっている。

 

人類側の地中探査装置は、それを初めて明確な波形として捉えた。

 

一度目の振動。

 

短い停止。

 

二度目。

 

再び同じ間隔。

 

偶然の生体反応ではなかった。

 

規則性がある。

 

信号のように。

 

地上。

 

第一作戦管制室。

 

夜間担当の管制官が、深部から広がる振動波形へ気づいた。

 

同じ周期の反応が、東京ハイヴ内部の複数方向へ伝わっている。

 

断界された浅層部。

 

お台場地下。

 

都心方向。

 

人工島側。

 

すべての区域で、BETAの動きが同時に止まる。

 

そして、次の瞬間。

 

東京ハイヴ内に存在するほぼすべての反応が、中央構造体へ向きを変えた。

 

まるで、何かの命令を受けたかのように。

 

深夜の高度育成衛士高等学校へ、再び警報が鳴り響いた。

 

校内各所の照明が赤へ切り替わる。

 

坂柳理事長が第一作戦管制室へ入った。

 

「状況を報告してください」

 

管制官が深部の波形と機体反応を表示する。

 

「東京ハイヴ全域で、BETA反応の同期を確認しました」

 

「統率級と推定される大型反応も増加し、中枢周辺へ集結しています」

 

坂柳理事長は尋ねる。

 

「地上へ向かう掘削反応は?」

 

「停止しています」

 

副官が地図を見る。

 

「守りを固めているのでしょうか」

 

坂柳有栖も管制室へ入り、深部の反応を確認した。

 

「あるいは――」

 

ひよりが中央構造体の波形を拡大する。

 

巨大な有機構造。

 

規則的に速くなる脈動。

 

「別の何かを始めようとしているのかもしれません」

 

坂柳理事長は東京ハイヴ全体の地図を見た。

 

BETAは地上へ出ようとしていない。

 

浅層へ向かうこともせず、すべての戦力を中枢へ集めている。

 

人類の最終攻略を待ち構えているだけではない。

 

別の目的がある。

 

中央構造体に存在していた巨大反応が、ゆっくりと動き始めた。

 

深度二千メートル。

 

千九百メートル。

 

千八百メートル。

 

東京ハイヴの中枢そのものが、上昇している。

 

管制官の声が震えた。

 

「ハイヴ中枢構造体の上昇を確認しました」

 

坂柳理事長の表情が変わる。

 

「予測進路は?」

 

管制官が地表地図を重ねる。

 

上昇方向は、ほぼ垂直。

 

予測出現地点は、東京湾中央。

 

人工島とお台場の間。

 

「中枢構造体は、地上へ出ようとしています」

 

人類が最終攻略作戦を開始するまで、待つつもりはない。

 

人類側がハイヴへ侵攻する前に。

 

中枢そのものが、集結したBETAの大群とともに地上へ出る。

 

坂柳理事長は全校緊急回線を開いた。

 

「全職員」

 

「全正規軍部隊」

 

「候補生予備隊」

 

眠っていた者も。

 

整備作業を続けていた者も。

 

医療区画にいた者も。

 

全員が司令官の声を聞く。

 

「東京ハイヴ中枢に、大規模な移動を確認しました」

 

「最終攻略作戦を前倒しします」

 

明日ではない。

 

四十八時間後でもない。

 

坂柳理事長の声が強くなる。

 

「作戦開始は、六時間後です」

 

東京を取り戻すための最終戦。

 

その準備に残された時間は。

 

夜明けまでしかなかった。

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