作戦会議室に教官が入室する。
茶柱。
Bクラス担当の星之宮知恵。
Cクラス担当の坂上数馬。
Aクラス担当の真嶋智也。
真嶋は昨日、整備区画で見かけた人物だった。
教官であると同時に、戦術機整備主任も務めているらしい。
「合同講義を始める」
真嶋が中央に立った。
「本日の内容は、戦術機部隊における役割分担だ」
立体投影装置が起動する。
四機の不知火が表示された。
「戦術機は一機で戦う兵器ではない」
一機が前へ。
二機が左右へ展開。
一機が後方に残る。
「前衛、制圧、支援、指揮。それぞれが役割を持つ」
映像の中で、BETAを模した標的が出現した。
前衛機が要撃級を引きつける。
左右の機体が射線を作る。
後方機が全体を管理する。
連携によって、標的は短時間で排除された。
「一人の英雄が戦況を変えることはある」
真嶋は続ける。
「だが、一人の英雄だけで戦争に勝つことはできない」
高円寺が小さく欠伸をした。
茶柱が視線を向ける。
高円寺は気にしない。
真嶋は投影を切り替えた。
今度は実戦映像だった。
荒れた市街地。
崩れた建物。
砲撃を行う戦術機部隊。
画面の奥から、無数のBETAが迫っている。
直接的な損傷場面は省かれている。
それでも、圧倒的な物量は十分に伝わった。
地面そのものが動いているようだった。
「これは三年前、大陸沿岸部で記録された映像だ」
教室から声が消える。
「投入された戦術機部隊は三個大隊。
支援砲兵、航空部隊、機甲部隊を含め、総兵力は一万二千」
映像の中で砲撃が始まる。
地平線に爆炎が連続して咲く。
砲弾がBETAの群れへ降り注ぐ。
土煙。
火柱。
衝撃波。
何十、何百という爆発が大地を覆う。
それでも群れは止まらない。
爆炎の中から、巨大な影が次々と現れる。
突撃級。
低い姿勢で地面を抉りながら進む。
砲撃を正面から受けても、速度を落とさない。
戦術機部隊が左右へ展開する。
重金属雲が散布され、レーザー攻撃への対策が取られる。
その直後。
遠方から細い光が走った。
空を横切った無人偵察機が、一瞬で炎に包まれる。
光線級。
教室の誰かが息を呑んだ。
「この戦闘で、人類側は防衛線の維持に成功した」
真嶋が言う。
一部の生徒が安堵する。
「維持できた時間は、四時間十一分だ」
表情が固まる。
映像が切り替わる。
後退する戦術機。
炎上する補給基地。
崩れていく防壁。
「その後、防衛線は放棄された」
真嶋は生徒たちを見渡した。
「お前たちが戦う相手は、これだ」
龍園は笑っていなかった。
一之瀬も真剣な顔で映像を見ている。
坂柳は表情を変えない。
ただし、画面に表示される部隊配置を細かく追っていた。
「質問を許可する」
真嶋が言った。
最初に手を上げたのは神崎だった。
「なぜ防衛線は突破されたのでしょうか」
「理由は一つではない」
真嶋が立体地図を表示する。
「補給の遅延。光線級の排除失敗。右翼部隊の突出。
予備戦力投入の遅れ。撤退判断の不一致」
複数の箇所が赤く表示される。
「小さな失敗が重なり、最後に全体が崩れた」
龍園が手を上げずに口を開いた。
「右翼の指揮官が命令を無視したんだろ」
真嶋は龍園を見る。
「発言する時は許可を取れ」
「答えは?」
「その通りだ」
映像が拡大される。
右翼部隊だけが、予定より深く敵陣へ進んでいる。
「戦果を焦った現場指揮官が追撃を続行。左右の部隊との距離が開いた」
龍園が鼻で笑う。
「馬鹿だな」
「結果だけ見ればな」
坂上が口を挟んだ。
「だが、その時点では光線級の反応が弱まっていた。敵が崩れたように見えた」
「罠だったってことか」
「BETAが人類と同じ意味で罠を使ったかは分からん。
だが、突出した部隊が孤立し、救援へ向かった部隊も巻き込まれた」
「つまり」
坂柳が静かに声を出した。
「個人の勇敢さが、全体にとって害になる場合もあるということですね」
「そうだ」
真嶋が答える。
「戦場では、正しい行動が常に正しい結果を生むとは限らない」
坂柳は僅かに微笑んだ。
「興味深いですね」
講義後半は、簡易戦術演習となった。
各クラスへ同じ状況が与えられる。
沿岸都市。
避難民一万人。
使用可能な戦術機は十二機。
敵は突撃級、要撃級、戦車級の混成群。
光線級の存在は未確認。
勝利条件は、避難完了までの六十分間、防衛線を維持すること。
各クラスは十分以内に部隊配置を決めなければならない。
Dクラスの机上へ地図が表示される。
誰もすぐには口を開かなかった。
須藤が最初に言う。
「正面に全部並べて倒せばいいだろ」
堀北が即座に否定した。
「敵の数が不明よ。正面へ集中させれば側面を抜かれる」
「じゃあどうすんだよ」
「市街地の道路を利用して進路を限定する」
「建物が邪魔で動きにくいだろ」
「敵にとっても同じよ」
平田が地図を見る。
「避難経路は二本ある。片方を完全に封鎖して、
一方向へ集めた方が守りやすいんじゃないかな」
「でも、それだと渋滞が起きない?」
櫛田が言う。
「避難民一万人を一本だけで移動させるのは危険だと思う」
意見は出る。
だが、まとめる人間がいない。
堀北は合理的だが、他人の意見を取り入れようとしない。
須藤は戦闘力だけを重視する。
平田は全員へ配慮するため、決断が遅れる。
制限時間は減っていく。
オレは地図を確認した。
沿岸部に大型倉庫。
南側に河川。
北側に高架道路。
西側が避難地点。
敵は東から来る。
正面防御だけでは、物量で押し切られる。
「高架道路を落とせばいい」
そう言うと、全員の視線が集まった。
堀北が地図を見る。
「どういうこと?」
「北側の高架道路を事前に爆破する。瓦礫で進行ルートを塞ぐ」
「市街地を破壊するの?」
「防衛線を維持できなければ、どのみち破壊される」
平田が考える。
「北を塞げば、敵は中央と南へ分かれる」
「南側は川がある。大型種の移動速度が落ちる」
堀北が続きを理解した。
「中央へ主力を置き、南には少数の遅滞部隊。
避難経路は北西と西の二本を維持する」
「そうだ」
須藤が地図を見ながら言う。
「中央に何機置く?」
「六機」
堀北が答える。
「南に三機。避難支援に二機。予備一機」
「予備一機じゃ少なくねぇか?」
「だから中央の六機を固定しない。状況に応じて二機を動かす」
「それじゃ正面が薄くなる」
「敵が集中した時だけよ」
時間は残り二分。
平田が全員の意見を整理する。
櫛田が役割分担を端末へ入力。
最終的にDクラスは、時間ぎりぎりで配置を提出した。
各クラスの結果が投影される。
Aクラス。
避難民を二群へ分け、戦術機を四機ずつ三層に配置。
後退しながら防衛線を縮小する。
最も損害が少ない。
Bクラス。
避難支援へ多くの機体を割き、戦闘部隊は連携を重視。
避難成功率は高いが、機体損耗も大きい。
Cクラス。
市街地中心部を放棄。
敵を倉庫群へ誘導し、燃料施設ごと爆破。
防衛線そのものを作り替える大胆な作戦。
Dクラス。
高架道路を崩し、敵の進路を限定。
中央で受け止め、河川側で遅滞。
予備戦力を柔軟に動かす。
結果は全クラス成功。
ただし評価は異なった。
総合一位はAクラス。
二位はCクラス。
三位はDクラス。
四位はBクラス。
一之瀬が結果を見て、僅かに悔しそうな表情を浮かべる。
神崎は何かを言っているが、一之瀬は首を横に振った。
おそらく、避難民を優先した判断を後悔していない。
龍園は二位でも気にしていなかった。
むしろAクラスの配置を見て楽しそうにしている。
坂柳は龍園へ視線を向けた。
二人の間に、すでに競争意識が生まれている。
「Dクラス」
茶柱が言った。
「作戦自体は悪くない」
池が喜びかける。
「だが、決定が遅すぎる」
全員が黙る。
「実戦で十分も議論できると思うな。状況によっては十秒で決める必要がある」
茶柱は堀北を見る。
「堀北。正論だけでは部隊は動かない」
次に平田。
「平田。全員の納得を待てば手遅れになる」
須藤。
「須藤。敵を倒すだけが任務ではない」
櫛田。
「櫛田。他人の補助に回りすぎて、自分の判断がない」
最後にオレを見る。
「綾小路」
「何だ」
「なぜ最初から意見を出さなかった」
「全員の考えを確認していた」
「聞こえはいいな」
茶柱の目が細くなる。
「判断できる者が黙ることも、命令違反と同じ結果を生む場合がある」
堀北がこちらを見る。
オレは答えなかった。
講義終了後。
生徒たちは食堂へ移動するため、順番に教室を出ていく。
オレが席を立つと、龍園が通路を塞ぐように立っていた。
近くには石崎と伊吹。
「お前が綾小路か」
「そうだ」
「高架を落とす案、悪くなかった」
「堀北がまとめた」
「最初に言い出したのはお前だろ」
龍園は隠す必要のない笑みを浮かべた。
相手を褒めているわけではない。
値踏みしている。
「Dクラスには、少しは使える奴がいるらしいな」
堀北が横から口を挟む。
「他クラスを評価できるほど、あなたたちは優秀なのかしら」
「少なくとも、お前らよりは上だ」
「結果は一つしか違わないわ」
「その一つがでかいんだよ」
伊吹が退屈そうに言う。
「もう行こうよ。こんなのと話しても意味ないでしょ」
「そう急ぐな」
龍園はオレから視線を外さない。
「実機演習が楽しみだ」
「そうか」
「そこで分かる。頭だけの奴か、使える奴か」
龍園たちは去っていく。
堀北が不満そうに見送った。
「感じの悪い人ね」
「お互い様じゃねえか」
「私のどこが?」
自覚はないらしい。
別方向から一之瀬が近づいてきた。
「さっきの作戦、すごかったね」
明るい声だった。
神崎も一緒にいる。
「ありがとう」
平田が答える。
「一之瀬さんたちも避難成功率は一番高かった」
「でも評価は最下位だったけどね」
一之瀬は苦笑する。
「助けることを優先しすぎた」
神崎が静かに言った。
「だが、間違ったとは思っていない」
「うん」
一之瀬は頷いた。
「次は、みんなを助けながら勝てる方法を考える」
理想論。
そう切り捨てるのは簡単だ。
だが、彼女は本気で実現しようとしている。
その姿勢が多くの人間を動かすのだろう。
最後にAクラス。
坂柳は席を立たず、こちらを見ていた。
神室が隣にいる。
橋本はすでに他クラスの生徒と会話している。
坂柳が微笑む。
「綾小路くん」
初対面のはずだ。
「なぜオレの名前を知っている」
「先ほど龍園くんが呼んでいましたから」
「そうか」
「高架道路を落とす案は、私も考えました」
「なら、Aクラスも使えばよかった」
「必要ありませんでした」
穏やかな言い方だが、自信に満ちている。
「私たちの作戦は、市街地を破壊せずとも成功します」
「結果は一位だったな」
「ええ」
坂柳は杖へ手を伸ばした。
神室が支えようとするが、坂柳は小さく首を振る。
自分で立ち上がる。
「ですが、あなたの案には興味があります」
「光栄だ」
「褒めているわけではありません」
笑みは崩れない。
「あなたが、どこまで力を隠しているのか。それに興味があるのです」
堀北が僅かに反応した。
「何のことか分からない」
「今は、それで構いません」
坂柳はオレの横を通り過ぎる。
「いずれ盤上に、すべての駒が並ぶでしょうから」
杖の音が遠ざかる。
堀北がこちらを見る。
「昨日から妙に目をつけられているわね」
「偶然だろう」
「あなたは何でも偶然で済ませるのね」
午後。
Dクラスは再びシミュレーター区画へ入った。
前回と違い、単独操縦ではない。
四機一組の小隊行動。
機体は全員、訓練用の吹雪。
オレは堀北、須藤、平田と同じ小隊になった。
第一小隊。
他の生徒たちは別の小隊へ分けられる。
高円寺は参加資格停止のため、管制室から見学していた。
茶柱の声が通信へ入る。
『本日の課題は編隊移動と標的排除。小隊長は堀北』
堀北が僅かに息を吸った。
『了解』
『前衛は須藤。右翼、平田。左翼、綾小路』
配置が表示される。
演習場は市街地を模した仮想空間。
道路。
高層建築。
地下道入口。
遠方には煙が上がっている。
『敵は訓練用無人機十二。制限時間十五分。小隊長の指示に従え』
開始。
堀北が即座に命令する。
『縦列で進む。須藤くん、先行して』
『分かった』
須藤が前へ出る。
昨日より操作が安定している。
速度は速いが、制御できている。
平田が右側。
オレが左側。
堀北は中央後方。
市街地へ入る。
最初の交差点。
須藤が止まらず進もうとした。
『待って』
堀北が命じる。
『なんだよ』
『左右の確認が終わっていない』
『敵はいねぇだろ』
『確認してから判断して』
須藤が舌打ちする。
その直後。
右側の建物の陰から、無人機が二機現れた。
訓練弾が飛来する。
平田が回避。
オレは建物の影へ入る。
須藤は正面から応射した。
一機を撃破。
もう一機が上空へ跳ぶ。
『平田くん、右へ。綾小路くんは射線を作って』
『了解』
平田が敵の着地点へ回り込む。
オレは左側から砲撃。
無人機が回避した先に、平田がいる。
二方向からの射撃。
撃破。
連携としては成功。
だが、最初の遭遇で時間を使った。
『須藤くん。命令を聞いて』
『倒しただろ』
『結果の話ではないわ』
『なら問題ねぇ』
『問題があるから言っているの』
無線上で言い争いが始まる。
『二人とも、次が来る』
平田が止めた。
前方の道路から四機。
屋上に二機。
合計六機の反応。
堀北が指示を出す。
『建物を利用して分断する。須藤くんは正面の二機を引きつけて』
『全部まとめてやる』
『命令よ』
『うるせぇ』
須藤が跳躍。
正面へ突っ込む。
無人機四機が須藤へ集中した。
屋上の二機が射撃を開始。
須藤の機体へ警告表示。
右肩損傷。
跳躍ユニット出力低下。
『須藤くん!』
平田が叫ぶ。
『援護する』
堀北が前へ出ようとする。
だが、中央の指揮機が動けば全体の視野が崩れる。
「堀北」
『何?』
「その場にいろ。平田は右の屋上。オレは左へ回る」
一瞬の沈黙。
『私が小隊長よ』
「なら決めろ」
敵の砲撃が続く。
須藤機の損傷率が上昇する。
時間はない。
堀北は歯を食いしばった。
『……平田くん、右の屋上を制圧。綾小路くんは左へ。
私は中央から須藤くんを援護する』
『了解』
三方向へ分かれる。
オレは建物の間を低空跳躍。
左側屋上へ接近。
敵無人機がこちらへ砲口を向ける。
建物の壁面を蹴る。
機体を横へ回転。
砲撃を避けながら上昇。
着地と同時に至近距離から射撃。
一機撃破。
もう一機が後退する。
追撃はしない。
中央の敵へ射線を通す。
堀北が須藤へ迫る一機を撃破。
平田も右屋上を制圧。
包囲が崩れる。
須藤が残った敵へ突撃した。
今度は一人ではない。
左右から支援射撃。
短時間で四機を排除。
残りの敵も連携を維持したまま撃破した。
任務完了。
所要時間十三分四十一秒。
全機生存。
ただし須藤機は中破。
演習終了後、操縦席から降りる。
須藤は不満そうだった。
「援護が遅ぇんだよ」
堀北が振り返る。
「あなたが命令を無視したからでしょう」
「倒せたんだからいいだろ」
「実戦なら右腕を失っていたわ」
「片腕でも戦える」
「そういう問題ではない」
「お前の指示が遅いのが悪い」
堀北の表情が硬くなる。
反論しようとした時、坂上が二人の間へ立った。
「どちらも間違っている」
須藤が眉をひそめる。
「は?」
「須藤。お前は独断専行で小隊を危険に晒した」
次に堀北を見る。
「堀北。お前は命令に従わせることへ固執し、状況判断が遅れた」
「ですが、命令系統が乱れれば――」
「乱れた命令系統を立て直すのが小隊長だ」
堀北は言葉を失う。
「正しい命令を出せば、全員が従うと思うな。
現場には、恐怖で動けない者もいれば、須藤のように勝手に動く者もいる」
「俺を例に出すなよ」
「最適な実例だ」
坂上は続ける。
「小隊長は、理想的な部下を率いる仕事ではない。
目の前にいる人間を使って、目的を達成する仕事だ」
堀北は黙って聞いていた。
「須藤の前進を止められないなら、最初から前進することを前提に配置しろ。
命令無視すら戦力へ変えろ」
須藤が笑う。
「ほら見ろ」
「お前も喜ぶな」
坂上が睨む。
「勝手に動く者が格好良く見えるのは、周囲が尻拭いしているからだ」
須藤の笑みが消える。
「お前が一機倒す間に、仲間が三機損傷すれば敗北だ。自分の戦果だけを見るな」
二人とも何も言えなかった。
次の小隊が演習を始める。
オレたちは管制室から見学した。
他クラスの演習映像も同時に表示される。
Bクラス。
一之瀬が小隊長。
神崎が補佐。
大きな突出はない。
互いに声をかけ、損傷した機体をすぐに守る。
撃破速度は遅いが、隊形が崩れない。
Cクラス。
龍園が指揮。
伊吹と石崎が前衛。
正規の隊形とは呼べない。
龍園は敵の動きを読み、わざと一機を孤立させる。
そこへ伊吹が接近。
石崎が射撃。
敵を一機ずつ削っていく。
荒いが、効果的。
Aクラス。
衛士候補の指揮は葛城。
坂柳は管制席から全体を見ている。
神室と橋本が実機側。
坂柳の指示は少ない。
だが、命令が出るたびに戦況が大きく変わる。
敵が移動する前に、待ち伏せ位置を決めている。
戦闘というより、盤面の駒を動かしているようだった。
そして高円寺。
本来は見学のはずだった。
いつの間にか、空いていた予備シミュレーターへ座っている。
茶柱が気づいた。
「高円寺。搭乗許可は出していない」
『見学だけでは退屈でね』
「今すぐ停止しろ」
『一分で終わる』
高円寺機の前に、訓練用無人機が六機表示される。
本来は教官が起動しなければ動かない。
どうやって接続したのか。
高円寺は武装を構えなかった。
最初の無人機が射撃。
高円寺機が僅かに身体を傾ける。
弾道が肩の横を通過。
二機目。
跳躍。
高円寺機は後ろへ下がらない。
敵の間へ入る。
一機の腕を掴み、その機体を盾にする。
別方向からの射撃が盾となった無人機へ命中。
そのまま投げる。
二機が衝突。
高円寺機は長刀を抜く。
一閃。
一機。
反転。
二機。
着地と同時に射撃。
三機目。
残る一機が距離を取る。
高円寺は追わない。
背を向けたまま砲口だけを後方へ向ける。
発砲。
命中。
演習終了。
五十二秒。
管制室が静まり返った。
須藤でさえ何も言わない。
高円寺の操縦は、教本通りではなかった。
機体の性能を限界まで引き出しているわけでもない。
必要な動きしかしていない。
まるで敵の攻撃位置が、最初から見えていたようだった。
高円寺が操縦席を開ける。
「これで満足かい?」
茶柱は冷たい表情のまま言った。
「命令違反として記録する」
「評価は?」
「なしだ」
「残念だねぇ」
高円寺は本当に残念そうではなかった。
須藤が近づく。
「お前、経験者か?」
「初めてだよ」
「嘘つけ」
「私は自分の身体を動かしただけさ」
「戦術機は身体じゃねぇだろ」
高円寺が笑う。
「私が乗れば同じことだ」
須藤は言い返せなかった。
オレは高円寺を見る。
動作に無駄がない。
反応速度だけでは説明できない。
空間認識。
予測。
機体理解。
初回であれだけ動かせるなら、適性は極めて高い。
それでも訓練へ参加する気はない。
能力があるから真面目になるとは限らない。
むしろ、自分の能力を疑っていないからこそ、他人の指導を必要としないのだろう。
訓練終了後。
夕暮れの中、Dクラスは寮へ戻る。
全身に疲労が残っている。
池は歩きながら何度も欠伸をしていた。
「明日も五時半とか言わないよな」
「明日は五時だ」
茶柱が後方から答えた。
池の足が止まる。
「なんで早くなってるんですか!?」
「今日、開始後の準備に時間がかかった」
「俺たちのせいですか!?」
「理解が早くて助かる」
生徒たちから一斉に不満の声が上がる。
茶柱は無視して歩き続けた。
その時。
人工島全体に、低い振動音が響いた。
昨日の警報とは違う。
一度だけ。
長く。
周囲の照明が黄色へ変わる。
また警戒警報。
生徒たちの足が止まる。
茶柱が端末を確認した。
表情が変わる。
『全候補生へ通達。速やかに各寮へ帰還せよ。教職員は第二種警戒配置』
校内放送。
昨日より一段階高い指示。
遠方の格納庫で、隔壁が開き始める。
戦術機の起動音。
補給車両のサイレン。
整備員が走る。
須藤が海の方を見る。
「また地震かよ」
誰も答えない。
東京湾東部。
夕日の沈んだ海上に、複数の軍用機が旋回している。
その下。
哨戒艦から照明弾が打ち上げられた。
白い光が海面を照らす。
一瞬。
海の上に、黒い何かが見えた。
巨大な影。
波ではない。
船でもない。
照明弾が消える。
再び暗闇。
茶柱の端末へ通信が入った。
内容は聞こえない。
だが、茶柱の顔から血の気が引いた。
「全員、走れ」
今までにない声だった。
「寮へ戻れ。途中で止まるな」
堀北が尋ねる。
「何があったんですか」
「質問は後だ」
「ですが――」
「命令だ!」
茶柱が初めて怒鳴った。
生徒たちは走り出す。
疲労していたことも忘れ、寮へ向かう。
背後で轟音。
不知火の一個小隊が発進。
続いて撃震。
さらに陽炎。
次々と防壁を越え、東京湾東部へ向かう。
オレは走りながら、海の方を見た。
暗い海面。
照明弾がもう一発上がる。
今度は、はっきり見えた。
海中から突き出す、巨大な盛り上がり。
その周囲を移動する複数の影。
司令部の発表した海底地震。
あれは誤検知ではなかった。
センサーは正しく反応していた。
問題は、軍がそれを認められなかったことだ。
あるいは。
認めたくなかったこと。
校内放送が切り替わる。
『東京湾東部にて、未確認大型生物群を確認』
全員の足が僅かに止まりかける。
『BETAの可能性あり』
空気が凍った。
その直後。
遠方の海上で、赤い光が走った。
細く。
鋭く。
夜空を一直線に切り裂く。
旋回していた軍用偵察機の一機が、光に触れた。
爆発。
炎。
機体は火球となり、海へ落下した。
誰も声を出せなかった。
光線級。
資料映像で見たものと同じ。
ただし今度は、映像ではない。
現実だった。
東京湾の上空に火が落ちる。
その光景を背に、茶柱が叫ぶ。
「走れ!」
Dクラスの生徒たちは寮へ向かって走った。
高円寺だけが、数歩遅れて海を見ていた。
いつもの余裕ある笑みは消えていない。
だが、その目は訓練中とは違っていた。
敵を見ている。
初めて本気で、自分が動く価値のあるものを見つけたような目だった。
「なるほど」
高円寺が静かに呟く。
「ようやく、退屈せずに済みそうだ」
オレはその言葉を聞きながら走った。
この時。
高度育成衛士高校の訓練期間は、まだ一週間だった。
実機へ乗った生徒は一人もいない。
小隊行動も、射撃も、跳躍も。
すべて仮想空間でしか経験していなかった。
それでも。
戦争は待たない。
人間の準備が終わるまで。
子供たちが成長するまで。
覚悟が決まるまで。
BETAが待ってくれることはない。
東京湾の海底で確認された反応は、さらに増え続けていた。
十。
二十。
五十。
百。
そして。
そのすべてが、高度育成衛士高校のある人工島へ向かっていた。