各自、装備説明を終え、各自が搭乗機の前へ移動する。
オレの吹雪は、第二侵入口で損傷した右脚部装甲の交換を終えていた。
高円寺が駆動試験の音を聞く。
「問題はなさそうだ」
「整備員になったのか」
「確認しただけさ」
高円寺が視線を向けた先。
整備区画の最奥部。
そこには普段は閉ざされている大型格納スペースがあった。
厚い防爆シャッター。
二重の警備。
一般候補生は立ち入り禁止。
その場所だけ、どこか空気が違う。
須藤が首を傾げる。
「何だあれ」
真嶋が少しだけ眉をひそめた。
「見るな」
「そう言われると気になるんだけどな」
須藤が言った瞬間。
格納スペースのシャッターがゆっくりと上昇した。
重い駆動音。
巨大な金属音。
白い照明が内部を照らし出す。
そして。
そこに立っていた機体を見た瞬間。
格納庫の空気が変わった。
紫。
深い紫色の装甲。
流麗な頭部。
洗練されたシルエット。
吹雪とも不知火とも違う。
見る者へ圧倒的な存在感を与える特別な機体。
堀北が息を呑む。
「まさか……」
真嶋が短く答えた。
「武御雷だ」
須藤の表情が変わる。
「武御雷?」
龍園も珍しく視線を向ける。
「あの斯衛軍のか」
「正式には試験配備機だ」
真嶋が言う。
「帝国政府から高度育成衛士高等学校へ預けられている」
高円寺は機体を見上げたまま口元を僅かに上げる。
「なるほど、噂は本当だったようだねぇ」
誰もが見上げる中。
格納庫奥から一人の人物が歩いてくる。
坂柳理事長だった。
理事長は武御雷の前で足を止める。
「皆さんに紹介しておきましょう」
穏やかな声。
だが格納庫全体が静まり返る。
「この武御雷は、帝国政府より試験配備された特別機です」
照明に照らされた紫色の装甲が静かに輝く。
「本来であれば斯衛軍が運用する機体ですが、
高度育成衛士高等学校の研究協力に伴い、一機だけ預けられています」
須藤が呟く。
「一機だけかよ」
「当然です」
坂柳理事長は微笑んだ。
「非常に貴重な機体ですから」
ひよりも端末から顔を上げて見つめる。
坂柳有栖は小さく頷いていた。
龍園が腕を組む。
「で、誰が乗るんだ」
理事長は答えなかった。
ただ武御雷を見上げる。
まるで未来を見ているように。
「まだ、その時ではありません」
静かな返答。
「ですが」
理事長は続けた。
「いつか、この機体を託すべき人物が現れるでしょう」
誰も言葉を返さない。
武御雷は沈黙したまま格納庫に立っている。
まるで来るべき決戦の日を待つように。
その姿を見ながら。
オレは何も言わなかった。
だが。
なぜか視線だけは自然と武御雷へ向いていた。
そこへ堀北が来た。
「作戦隊形を決めましょう」
十二機を四機ずつ、三班へ分ける。
第一班は、オレ、堀北、須藤、高円寺。
前衛と全体指揮を担当する。
第二班は、龍園、平田、一之瀬、神崎。
中央部隊として、救援と情報管理を行う。
第三班は、七瀬、宝泉、天沢、八神。
後衛と通信中継器の防衛を担当する。
堀北は宝泉の位置に懸念を示した。
「宝泉くんを後衛へ置くのは危険ではない?」
龍園が言う。
「前へ置く方が危険だ」
離れた場所から宝泉が反応する。
「全部聞こえてんぞ」
龍園は平然と返す。
「なら命令に従え」
「お前の隊じゃねぇ」
オレは隊形図を見る。
「宝泉は第三班の前衛へ置く」
堀北が確認する。
「第三班の先頭?」
「中継器担当より前」
「ただし第二班よりは後ろだ」
龍園が意図を理解する。
「前へ出た感覚を与えながら、全体からは離れさせねぇ位置か」
宝泉が苛立つ。
「ふざけんな」
「お前の反応速度が必要だ」
宝泉は黙った。
真嶋と同じ理由だった。
「左右の保守坑や分岐から接近する敵に、最初に対応しろ」
「中継器担当へ届かせるな」
宝泉は少し間を置く。
「最初からそう言え」
「今言った」
不満は残している。
それでも、配置そのものは受け入れた。
堀北が指揮系統も整理する。
「全体指揮が途絶えた場合、第一順位は私」
「次に龍園くん」
龍園がこちらを見る。
「綾小路じゃねぇのか」
堀北が答える。
「綾小路くんは前衛で、局所戦闘の判断を優先する」
「全体指揮は私が引き継ぐ」
「俺が二番か」
「そうよ」
龍園は高円寺を見る。
「お前じゃねぇんだな」
高円寺は静かに答える。
「私は指揮官役を希望していない」
龍園が笑う。
「できねぇの間違いじゃねぇか」
「必要ならできる」
高円寺も笑みを崩さない。
「だが、人を動かすのは君の方が得意だろう」
龍園は一瞬だけ言葉を止めた。
高円寺から評価されたことは気に入らない。
だが、否定もしなかった。
堀北は続ける。
「第三順位は平田くん」
平田が驚く。
「僕?」
「あなたは人をまとめられる」
「龍園くんが指揮できない場合は、第二班を中心に部隊全体を維持して」
平田は緊張した表情を見せた。
それでも、逃げずに答える。
「了解」
「第四順位は八神くん」
八神が顔を上げる。
「僕ですか」
「中継器担当として、全機の位置と回線状態を把握することになる」
「冷静な判断もできる」
八神は静かに頷いた。
「了解しました」
宝泉が口を挟む。
「俺は入ってねぇのか」
龍園が即答する。
「お前が指揮したら全機前進になるだろ」
「必要ならな」
七瀬が言う。
「だから指揮順位へ入っていないのだと思います」
宝泉は七瀬を見る。
「お前、言うようになったな」
七瀬は僅かに笑う。
「訓練で学びました」
午前一時四十五分。
候補生第一隊へ休息命令が出された。
出撃まで、残り三時間十五分。
十二人は格納庫に隣接する休憩室へ移動した。
眠れる者は少ない。
それでも身体を横にし、目を閉じるだけでも疲労は違う。
照明が落とされ、簡易ベッドが並ぶ室内へ暗闇が広がった。
オレも横になり、目を閉じた。
周囲から、呼吸や寝返りの音が聞こえる。
須藤は眠れていない。
堀北も、何度か身体の向きを変えている。
龍園はベッドを使わず、壁へ背中を預けて座っていた。
高円寺は横になり、目を閉じている。
本当に眠っているのかは分からない。
平田は端末を見ていた。
軽井沢から短い通信が届いている。
『こっちは大丈夫』
平田は返す。
『無理しないで』
一之瀬と神崎は隣のベッドへ横になり、会話はしていない。
七瀬は座った状態で目を閉じている。
宝泉は天井を見続けていた。
天沢は布団を頭まで被っている。
八神だけが、まだ作戦地図を表示していた。
「八神」
声をかけると、八神がこちらを見る。
「何でしょうか」
「休め」
「作戦経路を確認しています」
「すでに覚えているだろ」
八神は少しだけ笑った。
「そう見えますか」
「見える」
「綾小路先輩には隠せませんね」
八神は端末を閉じた。
「少し休みます」
横になった直後、天沢が布団の中から声を出す。
「八神くん、緊張してる?」
「していません」
「嘘」
「なぜですか」
「端末を見る回数が、いつもより多いから」
八神は答えなかった。
天沢が布団から顔だけを出す。
「私も緊張してるよ」
七瀬が目を開ける。
宝泉も天沢の方を僅かに見た。
天沢は続ける。
「怖いっていうより、失敗したら格好悪いなって思ってる」
宝泉が呆れたように言う。
「そこかよ」
「だって私、できる子だから」
八神が言う。
「僕は失敗しないように確認していました」
天沢が笑う。
「やっぱり緊張してる」
八神は小さく息を吐いた。
「そうかもしれません」
初めて、自分から認めた。
七瀬も言う。
「私も緊張しています」
宝泉が鼻で笑う。
「お前ら揃って情けねぇな」
天沢が尋ねる。
「宝泉くんは?」
「してねぇ」
七瀬も疑う。
「本当ですか」
「本当だ」
壁際から龍園の声がした。
「寝返り五回目だぞ」
宝泉が身体を起こす。
「数えてんじゃねぇ」
「うるせぇからな」
須藤が笑う。
「お前も緊張してるんじゃねぇか」
「黙れ、先輩」
休憩室に小さな笑いが広がった。
誰も完全には眠れない。
それでも、緊張を隠し続けるよりはよかった。
午前三時三十分。
候補生たちは起床し、軽食と水分を取った後、簡易医療検査を受けた。
強化装備を着用し、接続部や生命維持装置を確認する。
午前四時。
各部隊が格納庫へ集合した。
外はまだ暗い。
東京湾には軍用艦艇と大型輸送艦が並び、
甲板上の作業灯が海面へ反射している。
正規軍の不知火。
陽炎。
撃震。
候補生用の吹雪。
大型輸送艦。
潜水作業母艦。
護衛艦。
軌道支援用通信車両。
合計百七十二機の戦術機と、それを支える部隊が、
三つの地下侵入口と地上防衛線へ分かれていく。
西迎撃隊には、サムライ部隊、教導隊、候補生第一隊が参加する。
合計五十六機。
輸送艦三隻。
出港地点は人工島西部軍港。
茶柱が第一候補生隊の前へ来た。
強化装備を着用し、表情はいつも通り厳しい。
「最終確認を行う」
「候補生第一隊の活動区域は中層まで」
「中枢接触隊との間には、常に二百メートル以上の距離を取れ」
「爆薬運搬機が損傷した場合でも、独断で任務を引き継ぐな」
須藤が尋ねる。
「正規軍が全滅したら?」
茶柱の目が僅かに動く。
「その時は、綾小路が判断する」
「先生は?」
「私は中枢接触隊に入る」
須藤はさらに聞く。
「なら、先生たちが戻らなかった時は?」
「戻る」
「仮の話だ」
「仮でも答えは同じだ」
須藤は茶柱から目を離さない。
「また一人で残る気じゃねぇよな」
茶柱の表情が険しくなる。
だが怒鳴ることはなかった。
「残らない」
明確に答える。
「今回は、爆薬設置が不可能と判断した時点で撤退する」
「中枢を追わない」
堀北が確認する。
「約束ですか?」
茶柱は堀北を見る。
「約束だ」
後ろから星之宮が言う。
「今、ちゃんと聞いたからね」
坂上も頷く。
「全員が証人だ」
真嶋は淡々と続ける。
「破ったら、帰還後に機体から引きずり下ろす」
茶柱は三人を睨んだ。
「お前たちは自分の準備をしろ」
星之宮が候補生たちへ笑いかける。
「地下で会っても、慌てないでね」
高円寺が返す。
「我々が地下で会わない方が、作戦は順調なのでは?」
「そうとも言うね」
坂上は平田と一之瀬へ注意する。
「損傷機が複数いても、すべてを同時に助けようとするな」
平田。
「優先順位を決めます」
一之瀬。
「機体より搭乗者の救命を先にします」
「そうだ」
真嶋は須藤と宝泉へ言う。
「百二十ミリ砲弾は、一発ずつ使え」
須藤が言う。
「二発あるだろ」
「だから一発ずつだ」
宝泉が呆れる。
「二発同時に撃つ奴なんかいるかよ」
真嶋は宝泉を見る。
「お前ならやる」
「やらねぇ」
「なら、その言葉を忘れるな」
午前四時十五分。
西部軍港中央の簡易演説台へ、坂柳理事長が立った。
西迎撃隊に所属する衛士、候補生、整備員の全員へ回線が開かれる。
「西迎撃隊へ」
五十六機の戦術機が並ぶ。
「皆さんは、三つの迎撃隊の中で最も深い経路へ入ります」
「統率級の反応も、他の二隊より多く確認されています」
不安を隠すような演説ではなかった。
危険を危険なまま伝える。
「ですが、西迎撃隊には、暁光作戦と断界作戦で地下を知った者たちがいます」
教導隊。
サムライ部隊。
候補生救援隊。
「皆さんは、まったく知らない場所へ入るのではありません」
「一度生きて戻った道を、もう一度進みます」
茶柱。
サムライ3。
オレたち候補生。
「前回よりも敵は多いでしょう」
「中枢構造体も移動しています」
「それでも、前回より皆さんは互いを知っています」
「誰が前へ出るのか」
「誰が前へ出すぎた者を止めるのか」
「誰が損傷機を引くのか」
「誰が目に見えない異常を発見するのか」
それぞれの違い。
須藤の突破力。
高円寺の精度。
龍園の指揮。
堀北の調整。
平田と一之瀬の救援。
神崎と八神の情報管理。
七瀬の状況判断。
宝泉と天沢の反応速度。
地上に残る坂柳有栖とひよりの分析。
「その違いが、皆さんを地上へ帰します」
坂柳理事長は敬礼した。
「西迎撃隊」
一度言葉を切る。
「東京を、お願いします」
全員が敬礼を返した。
午前四時三十分。
輸送艦が出港した。
夜明け前の東京湾を、艦隊の灯りが三方向へ分かれて進んでいく。
北。
西。
南。
戦術機を載せた輸送艦が、それぞれの地下侵入口へ向かう。
地上部隊は人工島と東京湾岸へ展開を始めていた。
第二候補生隊も、浅層西側入口へ到着している。
指揮官は葛城。
軽井沢。
橋本。
神室。
櫛田。
伊吹。
石崎。
アルベルト。
中層へ向かう平田や一之瀬とは、ここで完全に別れることになる。
浅層入口へ到着した軽井沢から、平田へ短い通信が届く。
『聞こえる?』
『聞こえるよ』
『私たち、浅層入口へ着いた』
『こっちは輸送艦の中だ』
短い沈黙。
『絶対戻ってきて』
『軽井沢さんも』
それ以上は言わなかった。
橋本が軽井沢へ注意する。
『作戦回線を私用で使うなよ』
『一秒だけでしょ』
神室が橋本へ言う。
『橋本も、坂柳へ何か言えば?』
『俺は仕事中だ』
『格好つけてる』
『お前に言われたくない』
葛城の声が割って入る。
『集中しろ』
第二候補生隊は通信を切り、浅層防衛の準備へ戻った。
午前四時四十五分。
西迎撃隊は、予定された侵入口へ到着した。
輸送艦の周囲には、大型ブイ、潜水作業母艦、無人探査機が展開している。
海面の下には、東京ハイヴへ続く暗い縦坑。
画面へ表示された中枢構造体の深度は九百八十メートル。
上昇速度は、会議時点よりも僅かに速くなっていた。
地表到達予測時刻も更新される。
人類側へ残された時間は。
さらに短くなりつつあった。
午前四時四十五分。
西迎撃隊が侵入口へ到着した時点で、
東京ハイヴ中枢構造体の地表到達予測時刻は、当初より九分も早まっていた。
第一作戦管制室から、坂柳有栖の声が全回線へ届く。
『中枢構造体の上昇速度が、さらに八パーセント増加しました』
続いて、ひよりが西迎撃線周辺の敵反応を報告する。
『西経路で確認されている統率級は六体です』
龍園が端末上の反応を見た。
『また増えたな』
『はい。六体すべてが、中枢構造体の進行方向へ移動しています』
中枢は現在、深度九百八十メートル。
人類側が接触を予定している地点は、深度約六百メートル。
こちらは地上から下降し、中枢は深部から上昇してくる。
双方が同じ経路を進み、その途中で接触する計画だった。
だが、中枢の速度が上がるほど、
人類側が接触地点へ到達するための猶予は短くなる。
しかも、その間には六体の統率級と、大量の既知BETAが待ち構えている。
午前四時五十五分。
西迎撃隊全機へ、降下準備命令が出された。
輸送艦の甲板から戦術機が一機ずつ東京湾へ入り、
海中に設置された誘導灯と昇降ケーブルに沿って降下していく。
最初に正規軍の不知火と陽炎。
続いて教導隊。
その後へ候補生部隊の吹雪が続いた。
オレも吹雪へ搭乗しようとしていた。
だが、その時だった。
「綾小路くん」
背後から声がかかる。
振り返る。
坂柳理事長だった。
周囲には副官と整備員が数名。
理事長は静かに言う。
「少し、こちらへ」
作戦開始直前だった。
こんな時間に呼び止められる理由が分からない。
それでもオレは理事長の後を追った。
甲板後方。
大型コンテナの陰。
そこには一機の戦術機が立っていた。
朝焼け前の薄暗い空。
作業灯に照らされた紫色の装甲。
流麗な頭部。
鋭く伸びる肩部。
吹雪とも不知火とも違う。
誰が見ても特別だと分かる機体。
武御雷。
オレは無言で見上げた。
整備員たちが最後の点検を続けている。
機体状態は良好。
主機出力正常。
跳躍ユニット正常。
武装もすでに搭載済みだった。
まるで最初から出撃する予定だったかのように。
「本来であれば、誰にも使わせるつもりはありませんでした」
理事長の声は穏やかだった。
「しかし、天衝作戦の戦力分析を行った結果」
一度だけ言葉を切る。
「あなたが最も生還率を高められると判断しました」
オレは理事長を見る。
「他にも優秀な衛士はいます」
「います」
理事長は即答した。
「ですが」
その目は真っ直ぐだった。
「綾小路くんほど、状況の変化へ対応できる衛士はいません」
海の向こうでは次々と戦術機が降下していく。
時間は残されていない。
理事長は武御雷へ視線を向けた。
「東京ハイヴへ突入する部隊の中で」
「最も危険な場所へ向かうのは、あなたです」
遠くでサイレンが鳴る。
作戦開始まで、あと僅か。
理事長は静かに言った。
「綾小路くん」
オレは答えない。
ただ続きを待った。
理事長は微笑む。
それは司令官としてではなく。
教師としてでもなく。
一人の大人が、生徒へ託すような表情だった。
「この機体を使いなさい」
短い言葉だった。
だが、その重みは大きい。
帝国最高峰の戦術機。
多くの衛士が憧れる機体。
それを理事長は迷いなく差し出した。
「よろしいのですか」
オレは尋ねた。
「失うかもしれません」
理事長は少しだけ笑う。
「機体は失っても構いません」
そして。
「ですが、あなたは失いたくありません」
一瞬だけ沈黙が流れた。
東京湾を吹く風。
遠くの艦艇。
降下していく戦術機。
全てが静かだった。
理事長は最後に言う。
「必ず帰ってきてください」
「了解」
それだけ答えた。
整備員が搭乗用ラダーを降ろす。
紫色の武御雷。
その装甲へ手を触れる。
冷たい金属の感触。
次の瞬間。
オレは武御雷の操縦席へ乗り込んだ。
主機起動。
計器が順番に点灯する。
システム認証。
操縦者登録。
視界いっぱいに表示される機体情報。
吹雪とは比べ物にならない反応速度。
高出力。
高機動。
そして圧倒的な完成度。
『武御雷、起動確認』
整備員の声。
『全システム正常』
『出撃可能です』
オレは操縦桿を握る。
紫色の機体がゆっくりと立ち上がった。
その姿を見上げながら。
坂柳理事長は静かに敬礼する。
オレも短く敬礼を返した。
そして。
武御雷は甲板端へ進む。
前方には東京ハイヴ。
人類最大の敵。
天衝作戦。
その最終決戦へ向けて。
紫色の機体は朝焼け前の海へ飛び出した。
オレは甲板端へ進み、暗い海へ足を踏み入れる。
水面を越えた瞬間、外部の音が遠くなり、
視界は前照灯の届く範囲だけに限定された。
周囲には誘導灯。
機体を支える降下ケーブル。
深度と姿勢を示す表示。
水圧による軋みが装甲を通じて管制ユニットへ伝わってくる。
吹雪は一定速度を維持したまま海底へ向かい、
そのまま人工的に拡張された縦坑へ入った。
海水の中から岩盤に囲まれた地下空間へ移る。
脚部が濡れた岩盤へ着地し、重い衝撃が機体全体へ響いた。
一機。
二機。
そして十二機。
候補生第一隊は全機、地下への降下を完了した。
足元には浅い地下水が流れ、前方には正規軍機の照明が何列も続いている。
西迎撃隊は、役割に応じて複数の集団へ分けられていた。
前方でBETAを排除する制圧隊。
中枢へ爆薬を運ぶ接触隊。
その後方を支える候補生第一隊。
さらに、侵入口と退路を守る後方確保隊。
オレたちは中枢接触隊から約二百五十メートル後方に位置していた。
八神と神崎が最初の通信中継器を取り出し、壁面へ固定する。
その作業中、宝泉が前方を守り、七瀬と天沢が左右の保守坑を警戒した。
『第一中継器、起動しました』
八神の報告に、地上の橋本が応じる。
『映像と音声を受信している』
神室も各機の反応を確認した。
『候補生第一隊、十二機すべて正常』
堀北が隊形を確認する。
第一班は、オレ、須藤、高円寺、堀北。
第二班は、龍園、平田、一之瀬、神崎。
第三班は、宝泉、七瀬、天沢、八神。
配置に乱れはない。
『候補生第一隊、前進』
堀北が命令を出そうとした、その時だった。
須藤が突然声を上げる。
『おい、待て』
全員の視線が一斉に前方へ向く。
東京湾の薄暗い海中。
誘導灯の光を受けながら、一機の戦術機が静かに降下していた。
紫色の装甲。
鋭い頭部形状。
吹雪でもない。
不知火でもない。
誰もが知っている。
帝国最強クラスの戦術機。
『武御雷……』
堀北が思わず呟いた。
その機体は候補生隊の先頭へ移動してくる。
識別コードが表示される。
搭乗者。
綾小路清隆。
通信回線が一瞬静まり返った。
最初に声を出したのは須藤だった。
『マジかよ……』
宝泉が笑う。
『ハッ。随分と派手じゃねぇか』
龍園は武御雷を見上げる。
驚きはあった。
だが納得もしていた。
『当然だな』
平田が少し驚いたように尋ねる。
『当然って?』
龍園は前を見たまま答える。
『今さら誰が乗るんだって話だ』
『綾小路以外にいねぇだろ』
誰も反論しない。
今までの戦いがある。
中央講堂。
お台場。
レインボーブリッジ。
暁光作戦。
断界作戦。
天衝作戦。
最も危険な場所へ行き。
最も冷静に状況を見て。
誰より多くの仲間を帰してきた。
須藤が笑う。
『まぁ、そうだな』
『あいつ以外に乗らせる方がおかしいか』
高円寺も珍しく否定しない。
『合理的な判断だろうねぇ。
性能を最大限に引き出せる人材へ与える。極めて自然だ』
天沢が口を開く。
『悔しいですけど、綾小路先輩なら納得です』
七瀬も続く。
『私も同じ意見です、あの機体を任されるなら綾小路先輩しかいません』
八神は静かに笑った。
『ホワイトルーム最高傑作ですからね』
『むしろ遅いくらいですよ』
宝泉が鼻で笑う。
『気に食わねぇが、強ぇ奴が前に立つなら文句はねぇ』
一之瀬は武御雷を見上げる。
紫色の機体。
その中にいる綾小路。
どれだけ危険な場所へ向かうのか。
それは誰より理解していた。
だからこそ。
『綾小路くん』
小さく呟く。
『必ず帰ってきてね』
神崎が頷く。
『彼なら帰る』
平田も静かに言った。
『うん』
『僕もそう思う』
そして。
堀北は武御雷を見つめる。
出会った頃。
何を考えているのか分からなかった少年。
誰にも頼らず。
誰にも頼らせず。
ただ一人で立っていた少年。
だが今は違う。
綾小路の後ろには仲間がいる。
そして仲間たちもまた、綾小路を信頼している。
堀北は通信を開いた。
『綾小路くん』
『何だ』
いつも通りの声。
それが少しだけ可笑しかった。
『その機体』
『似合っているわ』
数秒の沈黙。
そして。
『そうか』
短い返事。
だが、堀北は少しだけ笑った。
候補生だった少年少女たち。
何度も死地を越えてきた仲間たち。
その全員が知っている。
綾小路清隆が誰なのかを。
龍園が最後に言った。
『行くぞ』
一拍。
『人類最強』
通信回線の向こう。
武御雷は静かに前へ出る。
その後ろへ。
三個班十二機が続く。
今や誰も疑っていなかった。
この部隊の先頭を走るのは。
人類最強の衛士――綾小路清隆であることを。