マブラヴ・カーストルーム   作:EXTERMINATION

32 / 35
第31話 東京タワー崩落

午前五時二十九分。

 

東京ハイヴ中枢構造体の上昇に伴い、

東京都心部の地中観測網が一斉に警報を発した。

 

芝公園。

 

増上寺周辺。

 

東京タワー南側。

 

地下鉄施設や共同溝のさらに下で、複数の地中振動が急速に上昇している。

 

最初の反応は戦車級。

 

その後ろに要撃級。

 

さらに、地下深部から突撃級と推定される大型反応も続いていた。

 

東京防衛軍の管制官が叫ぶ。

 

『東京タワー周辺でBETA反応!』

 

『浅層坑道が地表へ接近しています!』

 

大型画面へ、東京タワーを中心とした市街地図が表示された。

 

周辺住民の大半は、すでに避難を終えている。

 

だが、完全な無人区域ではない。

 

地下避難所に残された住民。

 

医療施設の患者。

 

通信設備を維持する技術者。

 

地上部隊と避難誘導員。

 

そして、東京タワー周辺には首都圏防衛通信の臨時中継設備が設置されていた。

 

ここを失えば、東京湾西側と都心部を結ぶ通信網に大きな空白が生まれる。

 

坂柳理事長が周辺戦力を確認する。

 

正規軍の主力は東京湾へ展開中。

 

都心側に残っているのは、避難支援を担当していた

小規模な地上部隊と、候補生第四隊の五機だけだった。

 

王美雨。

 

西野武子。

 

森下藍。

 

山村美紀。

 

白石飛鳥。

 

本来の任務は、都心部の通信中継と避難経路の確認だった。

 

大型種を相手にすることは想定されていない。

 

それでも、東京タワー周辺へ即座に向かえる戦術機は、彼女たちしかいなかった。

 

坂柳理事長が第四隊へ通信を開く。

 

『候補生第四隊へ』

 

五人の回線がつながる。

 

「東京タワー周辺でBETAの地上進出が予測されています」

 

「皆さんの任務は、都心西側へ続く避難路と通信中継設備の防衛です」

 

「敵の全滅は求めません」

 

「正規軍増援部隊が到着するまで、進路を維持してください」

 

王が震えた声で返事をした。

 

『りょ、了解しました……』

 

西野は落ち着いている。

 

『敵の数は?』

 

『現時点で戦車級八百以上』

 

『要撃級六体』

 

『突撃級反応二体です』

 

王の声がさらに小さくなる。

 

『は、八百……』

 

西野は即座に言った。

 

『数えるな』

 

『え?』

 

『八百だろうが千だろうが、道路へ入れる数には限界がある』

 

『目の前へ来た奴だけ撃てばいい』

 

『でも、要撃級も……』

 

『大きいだけだ』

 

西野は簡単に言い切った。

 

『当たれば止まる』

 

森下が丁寧な口調で会話へ入る。

 

『西野武子の説明は、精神論と物理法則が絶妙に混在しておりますね』

 

『何か文句ある?』

 

『いいえ。大変頼もしく、説明不足でございます』

 

西野が僅かに眉を寄せる。

 

『今それ言う必要ある?』

 

『緊張緩和の一環です』

 

『王美雨の呼吸数が上がっておりますので』

 

王が慌てる。

 

『わ、私ですか?』

 

『はい。先ほどから一分間に二十回以上です』

 

『数えていたんですか……?』

 

『暇でしたので』

 

『今、暇じゃないですよね……?』

 

『そうとも申します』

 

山村が控えめな声で割って入った。

 

『あ、あの……漫才を続けるのでしたら、

できれば敵が出てくる前に終えていただけると……』

 

森下が返す。

 

『山村美紀に正論を言われてしまいました。私の立場が危ういです』

 

『べ、別に立場を奪うつもりでは……』

 

『安心してください。誰も狙っておりません』

 

白石が五人の会話をまとめるように言った。

 

『雑談はそこまでにしましょう』

 

丁寧で落ち着いた声だった。

 

『王さんは中央後方で通信設備を守ってください』

 

『西野さんは左前衛』

 

『森下さんは右前衛』

 

『山村さんは私と中央を維持します』

 

西野が尋ねる。

 

『白石が指揮?』

 

『現在の配置では、それが適切だと思います』

 

森下が静かに言う。

 

『100人斬りの白石飛鳥が、ついに人間関係だけでなく部隊までまとめるのですね』

 

白石の声が僅かに低くなった。

 

『その根拠のない異名を、作戦回線で使用しないでください』

 

王がおどおどと尋ねる。

 

『ひゃ、100人斬りって……本当なんですか?』

 

『違います』

 

白石は即答した。

 

『異性関係が派手だという、事実無根の噂です』

 

西野が笑う。

 

『完全な嘘でもないって聞いたけど』

 

『西野さんまで広げないでください』

 

山村が小さく言う。

 

『し、白石さんは話しやすいので、勘違いされる方が多いだけだと思います……』

 

『ありがとうございます、山村さん』

 

森下。

 

『つまり、本人にその気がなくても撃墜数だけが増えるタイプでございますね』

 

『森下さん』

 

『失礼しました』

 

『反省はしておりますが、撤回はいたしません』

 

白石は僅かに息を吐いた。

 

『皆さん』

 

その声が再び指揮官のものへ戻る。

 

『怖いのは同じです』

 

『ですが、ここで私たちが退けば、避難路と通信中継設備が失われます』

 

『誰か一人で止める必要はありません』

 

『五機で役割を分け、増援到着まで維持しましょう』

 

王が深く息を吸った。

 

『わ、分かりました』

 

『私、通信だけは絶対に切らしません』

 

西野。

 

『それでいい』

 

森下。

 

『王美雨が通信を守り、私が敵と空気を乱します』

 

山村が困ったように言う。

 

『空気は乱さなくても……』

 

白石が命じる。

 

『第四隊、東京タワー方面へ前進します』

 

五機の吹雪が芝公園方面へ移動を開始した。

 

夜明け前の都心には、避難後の不自然な静けさが残っている。

 

誰もいない道路。

 

放置された車両。

 

閉ざされた店舗。

 

その向こうに、赤と白の東京タワーが立っていた。

 

これまで何度も東京の空を照らしてきた象徴。

 

だが、その足元では、すでに異変が始まっている。

 

増上寺東側の道路が大きく隆起した。

 

最初に地下配管が破裂し、白い蒸気が道路の亀裂から噴き出す。

 

続いてアスファルトが内側から持ち上がり、

停車していた車両が次々と横へ押し流された。

 

王が声を上げる。

 

『来ます!』

 

地面が崩れた。

 

道路全体が深く沈み込み、土砂とコンクリートが巨大な穴へ落下する。

 

暗い地中から、戦車級が一斉に地表へ溢れ出した。

 

先頭の個体が道路へ上がる。

 

続いて十体。

 

数十体。

 

その後ろから、さらに多くの群れが押し寄せる。

 

西野が迷わず前へ出た。

 

『左側は私が止める』

 

吹雪の三十六ミリ突撃砲が火を噴く。

 

砲弾が道路上へ連続して着弾し、戦車級の群れを粉塵と爆炎の中へ押し戻した。

 

西野は敵の数に怯えない。

 

長い連射も行わず、進路へ入る個体だけを正確に撃つ。

 

『王、通信を見て』

 

『は、はい!』

 

『敵じゃなくて、自分の仕事を見ろ』

 

王は震える手で端末を操作した。

 

各機の位置。

 

正規軍増援部隊までの距離。

 

避難路の封鎖状況。

 

通信中継設備の出力。

 

『通信、正常です』

 

『増援到着まで十二分……』

 

白石が答える。

 

『十二分なら維持できます』

 

森下が右側へ射撃する。

 

『白石飛鳥』

 

『何でしょう』

 

『根拠を伺っても?』

 

『維持すると決めたからです』

 

森下は一瞬だけ黙った。

 

『西野武子に精神論を指摘しておきながら、白石飛鳥も相当でございますね』

 

『今は細かいことを言わないでください』

 

『承知しました。生還後に詳しく伺います』

 

右側の交差点から、別の戦車級群が現れる。

 

森下は建物へ被害を出さないよう射線を下げ、路面を削るように砲撃した。

 

爆発によって道路へ浅い溝が生まれる。

 

先頭の個体が足を取られ、その後ろの群れも重なるように動きを止めた。

 

『小さな段差でも、数が多いと渋滞するものですね』

 

西野が返す。

 

『感心してないで撃って』

 

『はい。渋滞整理を続行いたします』

 

山村は中央で白石の射線を補っていた。

 

戦車級が建物の陰から現れるたび、僅かに声を震わせながら報告する。

 

『み、右側建物の一階部分から三体来ます』

 

『白石さんの射線だと、看板が障害になると思います……』

 

白石はすぐに照準を修正した。

 

『確認しました』

 

『山村さんが一体目、私が残りを撃ちます』

 

『わ、私が先ですか?』

 

『見つけたのは山村さんです』

 

『自分の情報を信じてください』

 

山村は息を整える。

 

『はい』

 

発射。

 

最初の弾は僅かに外れた。

 

だが着弾の爆発によって、戦車級の向きが白石側へ変わる。

 

白石が二体を止めた。

 

山村はもう一度照準する。

 

今度は命中。

 

『あ、当たりました……』

 

森下が言う。

 

『お見事です。陰の実力者ですね』

 

『そ、そういう言い方をされると、逆に恥ずかしいです……』

 

『では、闇の支配者で』

 

『もっと嫌です』

 

王の回線から、僅かな笑い声が聞こえた。

 

ほんの少しだけ。

 

恐怖に固まっていた呼吸が緩む。

 

その時。

 

地中から、戦車級とは比較にならない振動が伝わった。

 

東京タワーの南側。

 

駐車場と道路の境界付近が大きく膨らむ。

 

西野が振り返る。

 

『大型種だ』

 

地面が内側から破裂した。

 

巨大な前肢が土砂を押しのけて現れる。

 

要撃級。

 

一体。

 

続いて二体目。

 

巨体が地表へ上がるたび、周囲の道路が深く沈む。

 

その後方では、さらに複数の要撃級反応が上昇している。

 

王の声が再び震える。

 

『あ、あんなの、五機で……』

 

西野は要撃級を見上げた。

 

『五機で倒す必要はない』

 

『進行方向を変えるだけ』

 

白石が周辺地図を拡大する。

 

要撃級の正面には東京タワー。

 

その背後には通信中継設備と避難路。

 

大型種が直進すれば、両方とも危険にさらされる。

 

『東京タワー東側へ誘導します』

 

山村が驚く。

 

『た、タワーの方へですか?』

 

『周辺の避難は完了しています』

 

『西側へ倒れなければ、避難路への直接被害は抑えられます』

 

森下が塔を見上げる。

 

『東京の象徴を囮にするとは、大胆でございますね』

 

白石は少しだけ沈黙した。

 

『建物は作り直せます』

 

『今は人と通信網を守ります』

 

西野が即座に動いた。

 

『私が一体目を引く』

 

『森下は二体目』

 

『白石と山村は脚を狙って、タワー側へ進路を変えて』

 

王が尋ねる。

 

『わ、私は?』

 

西野。

 

『通信』

 

『一番大事な仕事だ』

 

王は端末を見た。

 

『分かりました』

 

『絶対に切りません』

 

西野機が要撃級の正面へ出る。

 

三十六ミリ弾を肩部へ撃ち込む。

 

効果は小さい。

 

だが要撃級の注意が西野へ向いた。

 

巨大な腕が持ち上がる。

 

『西野さん、近すぎます!』

 

白石が叫ぶ。

 

『これくらいじゃないと向かない』

 

要撃級の腕が振り下ろされる。

 

西野はぎりぎりまで動かず、直前で跳躍ユニットを噴射した。

 

吹雪が地表を横滑りする。

 

巨大な腕が道路へ激突し、アスファルトが広範囲に砕けた。

 

地下配管が破裂し、水と蒸気が噴き上がる。

 

西野はすぐに反転した。

 

『今』

 

白石と山村が要撃級の右脚部へ砲撃を集中する。

 

連続した爆発によって巨体が僅かに左へ傾く。

 

東京タワーの方向。

 

西野はそのまま後退し、要撃級をタワー東側へ引き込んでいく。

 

右側では森下が二体目と向き合っていた。

 

『こちらの要撃級は、私の魅力に引き寄せられております』

 

白石が返す。

 

『射撃音に反応しているだけです』

 

『夢のない分析ですね』

 

森下は言葉とは裏腹に、機体を慎重に動かしている。

 

要撃級との距離を維持。

 

真正面には立たない。

 

腕が振られるたび、建物の陰へ入り、巨体の方向だけを少しずつ変えていく。

 

『森下さん、もう少し北へ』

 

白石が指示する。

 

『その位置なら、二体の進路が重なります』

 

『要撃級同士を衝突させるつもりですか?』

 

『できれば』

 

『東京名物、巨大生物の交通事故』

 

西野が怒鳴る。

 

『しゃべってないで動け!』

 

『はい。保険会社は泣くでしょうね』

 

二体の要撃級が東京タワー東側へ近づく。

 

最初の一体が西野を追って北西へ。

 

二体目が森下を追って西へ。

 

白石は両者の進路が交差する瞬間を待った。

 

『西野さん、右へ離脱』

 

『森下さんは左へ』

 

二機が同時に方向を変える。

 

標的を失った要撃級二体は、互いの存在を避けきれない。

 

一体の肩部が、もう一体の長い腕へ衝突した。

 

巨体同士がぶつかり、道路全体が激しく揺れる。

 

王が声を上げる。

 

『ぶ、ぶつかりました!』

 

西野。

 

『見れば分かる』

 

『山村さん、脚へ撃て!』

 

山村は驚きながらも照準する。

 

『は、はい!』

 

白石と山村の百二十ミリ砲が、一体目の要撃級の脚部へ同時に命中した。

 

大爆発。

 

要撃級の脚が大きく曲がり、巨体が東京タワーの基部へ向かって傾く。

 

白石が警告する。

 

『全機、タワーから離れてください!』

 

要撃級の肩が東京タワー下部の鉄骨へ激突した。

 

重い金属音が響く。

 

塔全体が僅かに揺れる。

 

最初の衝撃だけでは倒れない。

 

だが基部の複数箇所が歪み、赤く塗られた鉄骨の一部が大きく変形した。

 

二体目の要撃級も、体勢を立て直そうと長い腕を伸ばす。

 

その腕が東京タワーの別の支柱へ触れた。

 

さらに強い衝撃。

 

塔の下部で金属が連続して悲鳴を上げる。

 

森下が見上げる。

 

『これは、歴史的建造物に対する扱いとしては、少々乱暴ではないですか』

 

西野が叫ぶ。

 

『倒れるよ!』

 

東京タワーの照明が一斉に明滅した。

 

基部に設置された設備から火花が噴き上がる。

 

塔は最初、風に揺れるようにゆっくりと傾いた。

 

僅かに東へ。

 

続いて、戻ろうとする。

 

だが歪んだ鉄骨は、巨大な上部構造の重量を支えきれなかった。

 

一本の主支柱が大きな音を立てて折れる。

 

その破断が、隣の支柱へ荷重を集中させる。

 

二本目。

 

三本目。

 

次々と接合部が引き裂かれ、東京タワー全体がはっきりと傾き始めた。

 

王が息を呑む。

 

『東京タワーが……』

 

白石は倒壊方向を確認する。

 

『東側へ倒れます!』

 

『全機、南西へ退避してください!』

 

五機の吹雪が一斉に跳躍ユニットを噴射した。

 

その背後で、東京タワーが崩れ始める。

 

上部展望台が大きく傾き、巨大な鉄骨構造が夜明け前の空を横切った。

 

塔の途中で複数の接合部が耐えきれずに破断する。

 

展望台の窓ガラスが一斉に砕け、無数の破片が光を反射しながら周囲へ降り注いだ。

 

赤と白の鉄骨が折れ重なり、巨大な金属の塊となって要撃級二体の上へ落下する。

 

最初の衝突。

 

東京タワー上部が一体目の要撃級へ直撃した。

 

凄まじい轟音。

 

巨体が地面へ押し倒される。

 

続いて展望台部分が二体目の肩部へ叩きつけられ、

長い腕と身体をまとめて道路へ押し込んだ。

 

数千トン規模の鉄骨が、二体の大型種と周囲の戦車級へ次々と覆いかぶさる。

 

地面が大きく沈む。

 

道路が裂ける。

 

周辺の建物から窓ガラスが連続して落下する。

 

倒壊した塔の基部設備へ火が移り、複数箇所で爆発が起きた。

 

最初は下部施設。

 

続いて非常用発電設備。

 

さらに通信機器の一部が火花を散らし、赤い炎が折れ重なった鉄骨の間を走る。

 

爆風によって、崩落途中の鉄骨がさらに外側へ吹き飛んだ。

 

巨大な火球が倒れた東京タワーの中央部で膨れ上がる。

 

要撃級二体の姿は、爆炎と鉄骨の下へ完全に消えた。

 

戦車級の群れも、倒壊した塔によって東西へ分断される。

 

道路を塞ぐ巨大な鉄骨。

 

折れた展望台。

 

崩れた外壁。

 

炎上する下部施設。

 

東京タワーそのものが、BETAの進路を阻む巨大な防壁となっていた。

 

だが、東京タワーの崩落は、それだけでは終わらなかった。

 

上部構造を失った鉄骨群が互いを引きずり、

巨大な瓦礫の雪崩となって五機のいる南西側へ崩れ始める。

 

折れた支柱。

 

砕けた展望台の外壁。

 

非常用設備。

 

無数の金属片が、道路を埋め尽くしながら押し寄せてきた。

 

『全機、走ってください!』

 

白石の警告と同時に、五機が跳躍ユニットを最大出力で噴射する。

 

背後で巨大な鉄骨が道路へ激突し、

砕けたアスファルトと車両をまとめて宙へ跳ね上げた。

 

最初の衝撃波が五機へ追いつく。

 

王の吹雪が大きく姿勢を崩した。

 

『ひゃあっ!』

 

『王、止まるな!』

 

西野機が横から肩部を押し、転倒しかけた王機を強引に立て直す。

 

その直後、二機がいた場所へ展望台の一部が落下し、道路全体を押し潰した。

 

森下機の後方へ、折れた鉄骨が回転しながら飛んでくる。

 

『これは少々、洒落になりませんね』

 

森下は急制動をかけるのではなく、機体を前方へ滑らせた。

 

鉄骨は吹雪の背部装甲を掠め、

通信アンテナの一部を引き千切りながら路面へ突き刺さる。

 

『森下さん、損傷しています!』

 

山村が叫ぶ。

 

『通信可能なら軽傷です』

 

『そういう問題では……!』

 

次の爆発が、二人の会話をかき消した。

 

倒壊した基部施設が内側から吹き飛び、巨大な爆風が瓦礫を散弾のように押し出す。

 

山村機の前方へ、砕けた外壁と車両の残骸が降り注いだ。

 

山村は恐怖で一瞬だけ操縦桿を固めた。

 

『山村さん、左へ!』

 

白石の声で我に返り、機体を滑らせる。

 

大型車両が吹雪の右側を掠め、背後の建物へ激突した。

 

五機の前方にも、倒れた電柱と鉄骨が折り重なっている。

 

完全に塞がれるまで数秒もない。

 

西野が前へ出た。

 

『退路を作る!』

 

突撃砲を至近距離から撃ち込み、道路を塞ぐ細い鉄骨をまとめて吹き飛ばす。

 

爆炎の中へ開いた僅かな隙間へ、西野機が最初に飛び込んだ。

 

『王、次!』

 

『は、はい!』

 

王機が続く。

 

白石は山村機を先に通し、森下機の損傷状態を確認しながら最後尾へ残った。

 

背後では、東京タワーの残骸がさらに崩れている。

 

数十メートルに及ぶ主支柱が道路へ倒れ、五機の退路を横から押し潰そうと迫った。

 

『白石さん、早く!』

 

王が叫ぶ。

 

白石は森下機の背部を支え、二機同時に跳躍ユニットを噴射した。

 

巨体が瓦礫を越える。

 

直後。

 

主支柱が道路へ叩きつけられ、凄まじい爆風と粉塵が二機を背後から飲み込んだ。

 

警告灯が一斉に点灯する。

 

視界が完全に茶色へ染まる。

 

それでも白石は機体の姿勢を崩さず、前方の味方反応だけを頼りに操縦を続けた。

 

五機が瓦礫の奔流から飛び出した直後、

背後の道路は数千トンの鉄骨とコンクリートによって完全に埋め尽くされた。

 

爆風から逃れた五機が、南西側の道路へ着地する。

 

王は震えながら反応を確認した。

 

『要撃級二体、反応が止まりました』

 

『戦車級も……塔の向こうで止まっています』

 

西野が倒壊した東京タワーを見る。

 

『使えるものは使う』

 

森下が丁寧に言う。

 

『東京の象徴が、最後に東京を守ったわけですね』

 

普段の冗談めいた響きはなかった。

 

山村も炎上する鉄骨を見つめる。

 

『き、綺麗な建物だったのに……』

 

白石が静かに答えた。

 

『また建てられます』

 

『今は、この道を守りましょう』

 

だが、戦闘は終わっていなかった。

 

崩れた東京タワーの北側から、戦車級の一部が迂回を始めている。

 

さらに地下では、残る要撃級反応が上昇していた。

 

増援到着まで、残り六分。

 

西野が突撃砲を構え直す。

 

『まだ来る』

 

王の声には恐怖が残っている。

 

それでも、通信端末を操作する手は止まらなかった。

 

『北側道路へ戦車級が百二十以上』

 

『要撃級反応、あと四体です』

 

森下。

 

『東京タワーをもう一本用意するのは難しそうですね』

 

白石。

 

『最初から一本しかありません』

 

『では、ここからは地道に働きます』

 

山村が小さく言う。

 

『森下さんが地道に働くと言うと、不安になります……』

 

『山村さんの私への信頼が、地下へ深く埋まっております』

 

西野が割り込む。

 

『しゃべる元気があるなら撃て』

 

『承知しました』

 

白石は五機の配置を整えた。

 

『王さんは中継設備の後方へ』

 

『西野さんと森下さんが左右前衛』

 

『山村さんは左側の迂回路を監視してください』

 

『私は中央を維持します』

 

王が答える。

 

『はい』

 

『通信は絶対に守ります』

 

五機は、倒壊した東京タワーを背に新たな防衛線を築いた。

 

鉄骨の隙間から炎が上がる。

 

黒煙が都心の空へ広がる。

 

朝日に照らされるはずだった塔は、今や巨大な瓦礫となって道路を塞いでいる。

 

それでも、東京タワーが倒れたことで生まれた時間は大きかった。

 

BETAの主力は分断され、都心西側へ向かう進路を失った。

 

候補生第四隊は、その隙を使って迂回してくる個体を一体ずつ止めていく。

 

王は恐怖を抱えたまま、通信情報を送り続ける。

 

西野は誰より前へ立ち、敵の数へ怯まず砲撃する。

 

森下は敬語で軽口を叩きながらも、一度も射線を乱さない。

 

山村は目立たない位置から、小さな地形変化と敵の迂回を誰より早く見つける。

 

白石は四人の声を聞き、崩れかけた隊形を何度も組み直した。

 

増援到着まで、残り三分。

 

要撃級一体が鉄骨の隙間を押し広げようとする。

 

西野と森下が同じ脚部へ射撃を集中する。

 

爆発。

 

巨体が傾く。

 

山村が下部の赤熱部を見つけた。

 

『し、白石さん、右脚の内側です』

 

『外殻が割れています』

 

白石は全隊へ伝える。

 

『右脚内側へ火力を集中してください』

 

王も正規軍へ座標を送る。

 

『目標座標、送信しました』

 

五機の砲撃が同じ場所へ集まる。

 

さらに遠方から、接近中の正規軍機が百二十ミリ弾を撃ち込んだ。

 

直撃。

 

大爆発。

 

要撃級は倒壊した東京タワーの鉄骨へ押し戻され、そのまま動きを止めた。

 

正規軍増援部隊。

 

不知火八機。

 

陽炎六機。

 

芝公園西側へ到着する。

 

『東京防衛軍第九戦術機甲中隊、戦場へ到着』

 

白石は大きく息を吐いた。

 

『候補生第四隊、任務を引き継ぎます』

 

正規軍機が前へ出る。

 

候補生機とは比較にならない火力で、

鉄骨を越えようとするBETAへ一斉射撃を開始した。

 

道路全体が爆炎に覆われる。

 

戦車級が次々と押し戻される。

 

別の正規軍機が地下侵入口へ封鎖弾を発射した。

 

弾頭が穴の奥へ入り、数秒後に地中で爆発する。

 

芝公園全体が大きく揺れた。

 

地下坑道が崩れ、大量の土砂とコンクリートが侵入口へ流れ込む。

 

BETA反応が急速に減少した。

 

坂柳理事長の声が届く。

 

『候補生第四隊、後退してください』

 

『皆さんの働きによって、都心西側の避難路と通信網は維持されました』

 

白石が返事をする。

 

『了解しました』

 

西野は突撃砲を下げる。

 

『やっと終わりか』

 

森下。

 

『西野武子が無事で安心しました』

 

『何で私だけ?』

 

『最も無茶をしそうでしたので』

 

『それはあんたでしょ』

 

山村が小さく言う。

 

『ど、どちらも同じくらいだったと思います……』

 

王は倒壊した東京タワーを振り返った。

 

『本当に、倒れちゃったんですね……』

 

白石も同じ方向を見る。

 

炎の中に横たわる、赤と白の鉄骨。

 

かつて東京の象徴だった塔。

 

それでも、その倒壊によって多くの人間と通信設備が守られた。

 

『また建てましょう』

 

白石は言った。

 

王が尋ねる。

 

『同じものをですか?』

 

『同じでなくても構いません』

 

『東京が残っていれば、新しい象徴を作れます』

 

森下が口を挟む。

 

『その際には、白石さんの恋愛遍歴を記念した百階建てでいかがでしょうか』

 

『森下さん』

 

『戦闘終了後の緊張緩和ですよ』

 

『その噂も一緒に瓦礫へ埋めてください』

 

西野が笑った。

 

山村も、小さく笑う。

 

王の表情からも、ようやく少しだけ強張りが消えた。

 

五機の吹雪は、燃え続ける東京タワー跡から離れていく。

 

その背後では、正規軍が残存BETAを押し戻していた。

 

東京タワーは失われた。

 

だが、都心西側へ続く道は守られた。

 

地中から現れたBETAの群れも。

 

東京の中心部へ進むことはできなかった。

 

東京の各地で、別々の部隊が同じ時間を戦っている。

 

誰かが一つの道を守れば。

 

別の戦場にいる誰かが帰る時間を得る。

 

候補生第四隊が東京タワーの崩落によって作った数分もまた。

 

地下から撤退する候補生第一隊と正規軍が。

 

東京湾の地上決戦へ戻るための時間へ。

 

確かにつながっていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。