マブラヴ・カーストルーム   作:EXTERMINATION

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第32話 羽田空港炎上

午前五時三十五分。

 

東京ハイヴ中枢構造体の急上昇が確認され、

地下部隊へ総撤退命令が出された直後だった。

 

第一作戦管制室の西側監視盤に、

これまで表示されていなかった大規模な赤い反応が浮かび上がった。

 

東京湾西岸。

 

羽田空港。

 

最初に異常を検知したのは、

第四滑走路地下へ設置されていた地中振動計だった。

 

地下百四十メートルで複数の振動が重なり、

数秒後には、それより浅い位置でも同じ反応が連続して観測された。

 

東京ハイヴから羽田方面へ伸びていた浅層坑道が、

中枢構造体の上昇によって押し広げられた可能性がある。

 

管制官が声を上げた。

 

「羽田空港地下でも大規模BETA反応!」

 

坂柳理事長がすぐに振り返る。

 

「規模を報告してください」

 

「戦車級、推定二千以上」

 

「要撃級十六体」

 

「突撃級反応、少なくとも六体」

 

「光線級は現在確認できません」

 

大型画面へ羽田空港全域の地図が表示された。

 

第一ターミナル。

 

第二ターミナル。

 

国際線施設。

 

複数の格納庫。

 

四本の滑走路。

 

避難用航空機と輸送機。

 

負傷者を西日本へ運ぶため、離陸準備中だった医療輸送機。

 

空港は戦闘拠点ではない。

 

だが東京湾岸に残された数少ない航空輸送基地として、

現在も数千人の軍人、整備員、管制官、医療従事者が働いていた。

 

羽田が失われれば、航空避難路だけではなく、

東京防衛軍へ送られる補給の一部も止まる。

 

さらに、空港地下には大量の燃料配管が走っている。

 

BETAがターミナル側まで到達すれば、戦闘による被害だけでは済まない。

 

副官が周辺戦力を確認した。

 

「羽田には後方支援部隊の陽炎四機、撃震六機が待機しています」

 

「戦闘可能状態は?」

 

「整備作業中だった機体を含め、即応可能なのは七機です」

 

「増援は」

 

「東京湾中央へ展開中のため、最短でも十五分以上かかります」

 

十五分。

 

羽田空港へ現れた反応規模を考えれば、

七機だけで維持できる時間ではない。

 

坂柳理事長は候補生部隊の配置を確認した。

 

候補生第一隊は地下。

 

候補生第二隊は浅層出口。

 

高育人工島に残る候補生機の多くは、

天衝作戦へ投入できない予備機か、支援装備を積んだ後方用機体だった。

 

その中に、羽田空港で補給と通信中継を担当している六機の吹雪がある。

 

長谷部波瑠加。

 

佐倉愛里。

 

三宅明人。

 

幸村輝彦。

 

佐藤麻耶。

 

松下千秋。

 

候補生第三隊。

 

本来の任務は、正規軍機への弾薬補給と、避難航空機の誘導支援だった。

 

前線で戦う予定はない。

 

坂柳理事長は一瞬だけ目を閉じた。

 

また候補生を実戦へ出す。

 

その判断を避ける方法を探す。

 

だが、画面上では第四滑走路の舗装がすでに隆起し始めていた。

 

「羽田空港後方支援部隊へ」

 

坂柳理事長が通信を開く。

 

「候補生第三隊を、正規軍防衛線の後方へ配置してください」

 

羽田側の部隊指揮官が聞き返す。

 

『候補生を戦闘へ参加させるのですか』

 

「前衛には出しません」

 

「避難航空機と補給区域へ近づく個体だけを迎撃させます」

 

『しかし、敵反応は――』

 

「増援到着まで、空港を維持しなければなりません」

 

短い沈黙。

 

やがて指揮官は答えた。

 

『了解』

 

坂柳理事長は候補生第三隊へ直接呼びかける。

 

「第三隊の皆さん」

 

「任務を変更します」

 

「正規軍後方支援部隊と共に、羽田空港の避難路を防衛してください」

 

「敵を追わず、滑走路とターミナルへ入ろうとする個体だけを止めます」

 

「十五分後、増援到着と同時に後退してください」

 

羽田空港の補給格納庫では、六人がすでに吹雪の前へ集まっていた。

 

長谷部は緊張した表情の佐倉を見た。

 

佐倉の手は、強化装備の胸元で強く握られている。

 

「愛里」

 

「う、うん」

 

「怖い?」

 

佐倉は無理に否定しなかった。

 

「怖いよ」

 

「私も」

 

長谷部は軽く笑った。

 

普段のような明るい笑い方ではない。

 

自分自身の恐怖を隠すためでもあり、佐倉を安心させるためでもあった。

 

「でも、みやっちもゆきむーもいるし」

 

三宅が横から言う。

 

「俺たちを数に入れるなら、ちゃんと指示を聞いてくれ」

 

「みやっち、こういう時まで真面目だね」

 

「真面目じゃなきゃ困るだろ」

 

幸村は端末へ表示された敵反応を確認している。

 

「羽瑠加、無駄話は搭乗してからにしろ」

 

「ゆきむーも相変わらず固いなぁ」

 

「その呼び方をやめろ」

 

「今さら?」

 

佐藤と松下も近づいてきた。

 

佐藤は外から響く警報音に耳を澄ませている。

 

「本当に私たちも出るんだ」

 

松下は整備員が実弾を接続する様子を見ながら答えた。

 

「出ないで済む状況じゃなさそう」

 

前に軽井沢を含めた三人は食堂で、服やアクセサリーを買いに行きたいと話していた。

 

女子高生らしい休日を過ごしたい。

 

三人で写真を撮りたい。

 

そんな話をしていた。

 

だが今は、吹雪の腕部へ実戦用突撃砲が接続されている。

 

佐藤が小さく息を吐いた。

 

「買い物、絶対行こうね」

 

松下が佐藤を見る。

 

「こんな時に?」

 

「こんな時だから」

 

佐藤は少しだけ笑った。

 

「帰った後の予定があった方がいいでしょ」

 

長谷部も会話へ入る。

 

「いいじゃん。愛里も一緒に行こうよ」

 

佐倉が驚く。

 

「わ、私も?」

 

「もちろん。みやっちとゆきむーは荷物持ちね」

 

三宅が呆れる。

 

「勝手に決めるな」

 

幸村も眼鏡を押し上げた。

 

「俺は行かない」

 

「そういうことは帰ってから言ってよ」

 

長谷部は吹雪を見上げる。

 

「とりあえず今は、全員で帰る」

 

誰も反論しなかった。

 

午前五時三十八分。

 

第四滑走路の中央付近が大きく持ち上がった。

 

最初にアスファルトへ長い亀裂が走り、

その下にある誘導灯と排水設備が次々と破壊される。

 

地面の隆起は、滑走路を横切るように広がった。

 

管制塔から緊急命令が出る。

 

『全航空機、離陸を中止!』

 

『滑走路上の機体は誘導路へ退避!』

 

離陸準備中だった大型輸送機が方向転換を始める。

 

だが、その動きが終わるより先に、滑走路の一部が内側から吹き上がった。

 

大量のアスファルト片と土砂が宙へ舞う。

 

誘導灯が根元から飛び、滑走路脇へ停車していた作業車両が爆風で横転した。

 

地中へ巨大な穴が開く。

 

その暗闇から、戦車級の群れが一斉に地表へ溢れ出した。

 

数十体ではない。

 

何百体もの個体が互いを押しのけるように滑走路へ広がり、

最も近くにある整備車両と人間の反応へ向かって進み始める。

 

正規軍の陽炎と撃震が、格納庫前へ防衛線を築く。

 

部隊指揮官が命じた。

 

『正規軍前衛、第一射!』

 

七機の戦術機が一斉に砲撃する。

 

三十六ミリ弾が滑走路へ降り注ぎ、戦車級の群れの中央で連続して爆発した。

 

舗装が大きく抉れ、黒煙と粉塵が空港の照明を覆う。

 

それでも後続は止まらない。

 

吹き飛ばされた個体の間を縫い、さらに多くの戦車級が前へ出てくる。

 

長谷部たち候補生第三隊は、正規軍防衛線の百メートル後方へ配置された。

 

背後には補給用格納庫。

 

その奥には、避難民と負傷者を乗せた輸送機。

 

離陸できなくなった航空機は、地上走行で別の滑走路へ移動しなければならない。

 

幸村が全体回線へ報告する。

 

『候補生第三隊、配置完了』

 

正規軍指揮官が答えた。

 

『第三隊は防衛線を越えるな』

 

『正規軍が撃ち漏らした個体だけを止めろ』

 

『了解』

 

長谷部が六機へ呼びかける。

 

『隊形確認するよ』

 

『中央は私と愛里』

 

『左をみやっちとゆきむー』

 

『右を佐藤さんと松下さん』

 

幸村が訂正する。

 

『俺が左後方から全体を見る』

 

『明人は前へ出すぎるな』

 

三宅が答える。

 

『分かってる』

 

長谷部は少しだけ笑った。

 

『じゃあ、ゆきむーが参謀ね』

 

『その呼び方はやめろ』

 

『余裕あるじゃん』

 

会話を交わしている間にも、前方の煙の中から戦車級が現れる。

 

正規軍の射撃を抜けた十数体。

 

長谷部が命じた。

 

『第三隊、射撃開始!』

 

六機の吹雪が突撃砲を構える。

 

発射。

 

候補生たちの砲撃が滑走路へ着弾し、正規軍防衛線を抜けた戦車級を止める。

 

佐倉の最初の射撃は敵の手前へ落ちた。

 

爆発によって一体が進路を変えたが、停止には至らない。

 

佐倉の呼吸が乱れる。

 

『当たらない……』

 

長谷部がすぐに声をかける。

 

『愛里、敵だけ見なくていいよ』

 

『え?』

 

『私の照準を見て』

 

長谷部機の照準情報が共有される。

 

戦車級の動き。

 

着弾予測地点。

 

佐倉は長谷部の弾道へ自分の照準を重ねた。

 

『今』

 

二機が同時に撃つ。

 

長谷部の弾丸が進行方向を限定し、佐倉の砲弾が正面から命中した。

 

敵反応が消える。

 

佐倉が息を吐く。

 

『当たった』

 

『でしょ?』

 

長谷部は明るく答える。

 

『愛里はちゃんと見えてるよ』

 

『一人で全部やろうとするから怖くなるの』

 

佐倉は操縦桿を握り直した。

 

『うん』

 

左側では、三宅が短い連射で戦車級を押し戻している。

 

射撃は正確だった。

 

だが前方へ出ようとする癖がある。

 

幸村がすぐに止める。

 

『明人、三歩下がれ』

 

『まだ余裕がある』

 

『正規軍の射線へ入る』

 

三宅は前方の陽炎と、自分の位置を確認した。

 

確かに、一歩進めば後方からの砲撃を妨げる。

 

『了解』

 

素直に下がる。

 

長谷部が言う。

 

『みやっちがちゃんと指示聞いてる』

 

『今は茶化すな』

 

『はいはい』

 

右側では、佐藤と松下が格納庫へ向かう戦車級を止めていた。

 

佐藤は初めての実弾射撃に身体を強張らせながらも、松下の指示へ合わせて撃つ。

 

松下は周囲の車両と燃料設備の位置を常に確認している。

 

『佐藤さん、右端の一体だけ』

 

『奥の群れには撃たないで』

 

『どうして?』

 

『その向こうに燃料配管がある』

 

佐藤は照準を僅かに左へ修正する。

 

発射。

 

戦車級へ命中。

 

『止めた!』

 

『次を見て』

 

松下は冷静だった。

 

だが声の奥には、明らかな緊張がある。

 

二人とも戦うためにこの学校へ来たわけではない。

 

それでも、自分たちの後ろに輸送機と避難民がいることを知っている。

 

午前五時四十一分。

 

別の地中反応が、第二滑走路付近で急上昇した。

 

幸村が警告する。

 

『左前方に大型反応!』

 

滑走路端へ亀裂が走る。

 

その直後、要撃級の長い腕が地中から突き出した。

 

巨大な前肢が舗装路へ触れ、アスファルトを深く沈ませる。

 

続いて巨体が滑走路へ姿を現した。

 

一体。

 

その後ろから、さらに二体。

 

正規軍前衛が照準を大型種へ向ける。

 

だが、その瞬間。

 

戦車級の群れが中央防衛線へ殺到した。

 

要撃級へ火力を集中すれば、戦車級が抜ける。

 

小型種を撃ち続ければ、要撃級が格納庫へ到達する。

 

坂柳有栖の声が羽田管制回線へ入った。

 

『大型種は正規軍へ任せてください』

 

『候補生第三隊は、避難区域へ向かう小型種を止めます』

 

長谷部が答える。

 

『了解』

 

佐倉が要撃級を見て身体を強張らせる。

 

『あれを無視するの?』

 

『無視じゃないよ』

 

長谷部は正規軍機の動きを見る。

 

陽炎三機が要撃級の左右へ展開し、撃震が正面から砲撃している。

 

『役割を任せるの』

 

『私たちはこっち』

 

長谷部の前には、正規軍の隙間を抜けた戦車級が迫っている。

 

『愛里、私の右をお願い』

 

『うん』

 

六機は大型種へ目を奪われず、防衛線へ入ろうとする小型種だけを撃ち続けた。

 

正規軍の百二十ミリ砲弾が要撃級へ直撃する。

 

大きな爆発が起き、巨体の一部が爆炎に包まれた。

 

だが要撃級は止まらない。

 

腕を振り上げ、空港内へ駐機されていた大型旅客機へ向かう。

 

陽炎一機が側面へ回り込み、脚部へ長刀を振るう。

 

浅い。

 

装甲を完全には断てない。

 

要撃級の腕が横へ振られた。

 

陽炎は回避する。

 

腕はそのまま旅客機の胴体へ激突した。

 

巨大な機体が横方向へ押され、固定されていた車輪が折れる。

 

主翼が隣の航空機へ衝突した。

 

金属の破砕音。

 

外板が裂ける。

 

燃料配管が損傷し、翼の下から液体が大量に流れ出す。

 

松下が気づいた。

 

『燃料漏れ!』

 

地上整備員へ警告を送る。

 

『西側の旅客機から離れて!』

 

だが、すでに周囲へ砲火が広がっている。

 

一発の流れ弾が、破損した主翼の付け根へ命中した。

 

閃光。

 

次の瞬間、巨大な爆発が滑走路脇で起きた。

 

旅客機の主翼が内側から吹き飛び、燃え上がる破片が空港施設へ降り注ぐ。

 

赤い火球が胴体を包み、熱風が第三隊の吹雪まで押し寄せた。

 

隣へ駐機されていた機体も爆風で大きく揺れ、外板の一部が剥がれる。

 

火炎が流れ出した燃料を伝い、誘導路の上を走った。

 

佐藤が声を上げる。

 

『飛行機が!』

 

松下は炎の広がる方向を確認する。

 

『炎は南へ流れてる』

 

『私たちの防衛線までは来ない』

 

『でも、避難路が一つ使えなくなった』

 

幸村が地図を更新する。

 

『輸送機は北側誘導路へ回す』

 

『第三隊は防衛線を五十メートル北へ移動』

 

長谷部がすぐに応じた。

 

『全機、ゆきむーの指示通り移動!』

 

六機が射撃を交代しながら北方向へ下がる。

 

その間も、炎上した旅客機から黒煙が立ち上り続ける。

 

空港の夜明け前の空が、炎によって赤く染まった。

 

要撃級二体目が、別の駐機区域へ侵入した。

 

その前方には、貨物機が複数並んでいる。

 

正規軍機が砲撃を集中させる。

 

肩部。

 

脚部。

 

同じ箇所へ百二十ミリ弾が連続して命中した。

 

激しい爆発によって要撃級が左へ傾く。

 

だが倒れた先には大型貨物機。

 

巨体が主翼を押し潰しながら胴体へ崩れた。

 

衝撃で貨物機の機首が浮き上がり、そのまま誘導路へ横転する。

 

内部へ積まれていた物資コンテナが外へ投げ出され、滑走路上を何度も転がった。

 

一部のコンテナには弾薬が積まれている。

 

正規軍指揮官が叫ぶ。

 

『弾薬貨物から離れろ!』

 

要撃級を包んでいた炎が貨物機内部へ入った。

 

最初に小さな爆発。

 

続いて二度目。

 

その直後、機体全体を内側から引き裂く大爆発が起きた。

 

巨大な火球が要撃級と貨物機をまとめて飲み込む。

 

空港の窓ガラスが遠方まで一斉に震え、

管制塔の監視映像も爆風によって大きく揺れた。

 

燃え上がる貨物機の外板が滑走路へ落下し、戦車級の群れを押し潰す。

 

偶然生まれた炎の壁によって、中央から流れ込むBETAの一部が進路を変えた。

 

幸村はそれを見逃さなかった。

 

『敵が火災区域を避けて北へ寄っている』

 

長谷部が尋ねる。

 

『利用できる?』

 

『北側誘導路へ集められる』

 

『ただし、輸送機の移動経路と重なる』

 

三宅が提案した。

 

『なら俺が誘導路前へ出る』

 

幸村は即座に否定する。

 

『一機では止められない』

 

『でも誰かが引きつけないと、輸送機が動けない』

 

長谷部が割って入る。

 

『みやっち一人には行かせない』

 

『私と愛里も行く』

 

佐倉が驚く。

 

『私も?』

 

『嫌?』

 

佐倉は前方を見た。

 

北側誘導路。

 

地上走行を始めた医療輸送機。

 

その後ろには、さらに二機。

 

戦車級が火災区域を避け、そちらへ集まり始めている。

 

怖い。

 

だが、逃げれば航空機へ到達する。

 

『行く』

 

佐倉は答えた。

 

『私も行く』

 

長谷部が明るく言う。

 

『よし。愛里とみやっち、私についてきて』

 

『ゆきむーは後ろから見てて』

 

幸村が反論する。

 

『勝手に決めるな』

 

『でも一番全体が見えるの、ゆきむーでしょ』

 

『佐藤さんと松下さんは右の格納庫を守って』

 

松下。

 

『了解』

 

佐藤も答える。

 

『分かった』

 

三機が北側誘導路前へ移動した。

 

長谷部が中央。

 

三宅が左。

 

佐倉が右。

 

前方には、数十体の戦車級。

 

その奥では要撃級一体が炎上する航空機を越えようとしている。

 

長谷部が三宅へ言う。

 

『みやっち、左から撃って右へ寄せて』

 

『愛里は右端へ逃げようとする奴を止めろ』

 

佐倉が小さく答える。

 

『うん』

 

幸村が後方から補足する。

 

『三機とも輸送機から最低八十メートル離れろ』

 

『誤射だけはするな』

 

長谷部。

 

『了解、ゆきむー』

 

『だから、その呼び方を――』

 

『後で聞く!』

 

三機が射撃を開始した。

 

三宅の砲撃が群れの左側へ着弾し、戦車級の進路を中央へ寄せる。

 

長谷部が正面から撃つ。

 

佐倉は右へ抜けようとする個体だけを狙う。

 

最初の一体。

 

命中。

 

二体目。

 

僅かに外れる。

 

敵は止まらない。

 

佐倉は深く息を吸った。

 

長谷部の射線。

 

三宅の位置。

 

輸送機の距離。

 

自分が守るべき区域。

 

すべてを見る。

 

三度目の射撃。

 

今度は命中した。

 

『愛里、いいよ!』

 

長谷部の声。

 

佐倉は返事をする余裕もなく、次の個体へ照準を合わせた。

 

三機の前方で爆発が重なる。

 

砲口炎。

 

アスファルトを吹き上げる着弾。

 

炎上する航空機から流れる熱。

 

異なる方向から伝わる振動。

 

それでも隊形は崩れない。

 

北側誘導路を、最初の医療輸送機が進む。

 

エンジン出力を上げ、炎と煙の向こうを通過していく。

 

長谷部が輸送機を見る。

 

『一機目、抜けた!』

 

幸村が答える。

 

『まだ二機残っている』

 

その時、地下から別の大きな振動が伝わった。

 

第三滑走路の端が大きく沈み、地表へ突撃級が現れる。

 

一体。

 

続いて二体目。

 

正面装甲を前へ向け、滑走路上を加速し始める。

 

その進行方向には、移動中の医療輸送機がいた。

 

正規軍の陽炎が射撃する。

 

砲弾は正面装甲へ弾かれ、大きな火花を散らすだけだった。

 

『突撃級、北側誘導路へ進行!』

 

幸村の警告。

 

長谷部が輸送機の位置を見る。

 

まだ走行中。

 

離陸可能な滑走路まで到達していない。

 

『みやっち!』

 

『分かってる!』

 

三宅機が前へ出ようとする。

 

幸村が怒鳴った。

 

『正面から撃つな!』

 

『側面へ回れ!』

 

突撃級の速度が上がる。

 

巨大な機体が滑走路を震わせながら進み、

進路上にあった小型航空機を正面装甲で弾き飛ばした。

 

機体は空中で横転し、滑走路脇へ落下する。

 

直後に燃料へ引火。

 

爆発。

 

炎上した機体の破片が誘導路へ降る。

 

長谷部は突撃級の進路と、滑走路脇に並ぶ旅客機を見た。

 

『左へ逸らす』

 

幸村がすぐに意図を理解する。

 

『左には退役機の駐機区域がある』

 

『人はいない』

 

『でも突撃級がぶつかったら――』

 

『飛行機ごと止める』

 

長谷部は決めた。

 

『みやっち、右側面を撃って』

 

『私は正面近くで注意を引く』

 

佐倉が声を上げる。

 

『波瑠加ちゃん、危ないよ!』

 

『愛里は左脚を狙って』

 

『倒すんじゃなくて、曲げるだけでいい』

 

佐倉は迷った。

 

だが長谷部はすでに動いている。

 

『分かった』

 

三機が突撃級へ向かう。

 

長谷部機は正面から接近し、三十六ミリ弾を装甲へ撃ち込む。

 

損傷は与えられない。

 

だが、突撃級の進路が長谷部へ向く。

 

『こっちだよ!』

 

長谷部はぎりぎりまで引きつける。

 

突撃級の巨体が迫る。

 

正面装甲が視界を埋める。

 

三宅が叫ぶ。

 

『波瑠加、離れろ!』

 

長谷部機は跳躍ユニットを短く噴射し、右へ滑る。

 

突撃級が追うように僅かに方向を変えた。

 

その瞬間、三宅が右側面へ百二十ミリ弾を撃ち込む。

 

大爆発。

 

突撃級の身体が左へ押される。

 

佐倉も左脚部の後方へ射撃した。

 

命中。

 

巨体がさらに左へ傾く。

 

進路が退役旅客機の並ぶ駐機区域へ変わった。

 

突撃級は止まらない。

 

一機目の旅客機へ正面から衝突した。

 

機体の胴体が中央から折れ、前後へ大きく引き裂かれる。

 

突撃級はその残骸を押しながら二機目へ突っ込む。

 

主翼と尾翼が砕け、何十トンもの航空機が互いに押し重なる。

 

三機目。

 

四機目。

 

駐機されていた旅客機が次々と巻き込まれ、

巨大な金属の障害物となって突撃級の前方へ積み上がった。

 

それでも完全には停止しない。

 

幸村が叫ぶ。

 

『燃料配管が損傷している!』

 

旅客機の翼から大量の燃料が流れ出していた。

 

松下も遠方から確認する。

 

『火が近づいてる!』

 

炎上していた小型機の破片から、火炎が滑走路上の燃料へ移る。

 

細い炎の線が、倒壊した航空機群へ向かって走っていく。

 

長谷部が三機へ命じる。

 

『全員下がって!』

 

三機が跳躍ユニットを噴射し、駐機区域から離れる。

 

直後。

 

燃料へ引火した。

 

最初の旅客機が大きく膨らむように燃え上がり、続いて二機目が爆発する。

 

炎が次々と隣の機体へ移る。

 

だが、爆発はそこで終わらなかった。

 

最初の旅客機から吹き上がった炎が、

翼の下へ漏れ出していた燃料へ一気に燃え広がる。

 

轟音。

 

二機目の機体中央部が内側から破裂した。

 

赤熱した破片が夜空へ飛び散り、隣の機体へ降り注ぐ。

 

次の瞬間、三機目が爆発した。

 

さらに四機目。

 

五機目。

 

まるで火薬庫へ火を投げ込んだかのように、駐機区域全体で爆発が連鎖する。

 

巨大な火柱が何本も立ち上がり、夜明け前の空を真紅に染め上げた。

 

燃料タンクが吹き飛び、数十メートル級の火球が次々と膨れ上がる。

 

爆炎は互いを飲み込みながら一つの巨大な炎の壁となって滑走路を覆い尽くした。

 

衝撃波が空港全体を揺らす。

 

ターミナルビルのガラスが連続して砕け、駐機用の車両が横転する。

 

熱風は吹雪の装甲越しにも感じられるほどだった。

 

炎の中では、旅客機の機体が次々と崩れ落ちていく。

 

溶けたアルミニウムが滝のように流れ落ち、折れた翼が燃えながら地面へ突き刺さる。

 

視界の先には、赤と橙と黒だけが広がっていた。

 

空港全体が巨大な炉と化したかのような光景だった。

 

巨大な火球が駐機区域全体を包み込んだ。

 

突撃級の巨体は、何機もの旅客機と爆炎の中へ飲み込まれる。

 

衝撃波が滑走路を走る。

 

候補生三機の装甲へ細かな破片がぶつかり、

空港ターミナルの窓ガラスが一斉に割れた。

 

炎は数十メートルの高さまで噴き上がる。

 

黒煙が夜明け前の空を覆い、赤い光が滑走路と機体を照らした。

 

佐倉は圧倒されながら炎を見る。

 

『止まった……?』

 

幸村が反応を確認する。

 

『一体目、停止』

 

『だが二体目が来る』

 

爆炎の向こうから、別の突撃級が姿を現した。

 

一体目によって作られた航空機の残骸を避け、北側へ回り込もうとしている。

 

長谷部は息を整える。

 

『まだ終わりじゃないね』

 

三宅が残弾を確認した。

 

『百二十ミリは、あと一発』

 

佐倉。

 

『私はもうない』

 

『私も』

 

長谷部は正規軍の位置を見る。

 

要撃級との戦闘で手が離せない。

 

増援到着まで残り七分。

 

医療輸送機は二機目が通過中。

 

最後の一機は、まだ格納庫前にいる。

 

右側防衛線では、佐藤と松下が戦車級を押し返していた。

 

だが敵数が増えている。

 

松下が報告する。

 

『右側、もう維持できないかも』

 

佐藤も呼吸を乱している。

 

『松下さん、下がる?』

 

『下がったら格納庫へ入られる』

 

二人の背後には、最後の医療輸送機と避難待機者がいる。

 

松下は右側にある大型格納庫を見た。

 

内部には整備中の航空機。

 

周囲には牽引車と作業足場。

 

「格納庫の扉を閉める」

 

佐藤が驚く。

 

『でも中に人がいるんじゃない?』

 

松下は施設情報を確認した。

 

『整備員は全員避難済み』

 

『中の航空機も放棄されてる』

 

『戦車級を入れてから扉を落とす』

 

佐藤は意図を理解した。

 

『閉じ込めるんだ』

 

『完全には無理でも、時間は作れる』

 

二機は射撃方向を僅かに変えた。

 

戦車級の群れを排除するのではなく、格納庫入口へ誘導する。

 

左側への射撃を強め、右側に逃げ道を残す。

 

群れの一部が開いた大型扉から内部へ入った。

 

十体。

 

二十体。

 

さらに後続。

 

松下が地上設備班へ命じる。

 

『格納庫扉を緊急閉鎖!』

 

巨大な防火扉が降下を始める。

 

戦車級が気づき、外へ戻ろうとする。

 

佐藤が扉前へ射撃した。

 

爆発によって進路が塞がれる。

 

『中にいて!』

 

佐藤は叫びながら、さらに砲撃する。

 

扉が降りる。

 

最後の数体が隙間へ入ろうとする。

 

松下の射撃。

 

佐藤の追撃。

 

完全閉鎖。

 

重い金属音。

 

内部へ閉じ込められた戦車級が、扉へ何度もぶつかり始める。

 

松下が扉の耐久値を見る。

 

『三分は持つ』

 

佐藤が息を吐く。

 

『三分だけ?』

 

『今は三分で十分』

 

長谷部の声が回線へ入る。

 

『佐藤さん、松下さん、こっちを手伝える?』

 

松下は突撃級二体目の位置を見る。

 

『行く』

 

佐藤も答える。

 

『私も!』

 

六機が北側誘導路前へ集まる。

 

幸村は残弾と機体位置を整理した。

 

『突撃級を撃破する必要はない』

 

『輸送機が通過するまで、進路を逸らす』

 

長谷部が言う。

 

『さっきと同じだね』

 

『同じ方法は通用しない』

 

『じゃあ別の方法考えて、ゆきむー』

 

幸村は周辺設備を見る。

 

滑走路脇にある大型整備格納庫。

 

その前には、旅客機を移動させるための牽引車両が複数並んでいる。

 

『牽引車を遠隔操作できる』

 

松下が施設情報を確認する。

 

『六台あります』

 

三宅が聞く。

 

『ぶつけるのか』

 

『突撃級は避けない』

 

幸村は計算する。

 

『正面では止められない』

 

『だが左右から同時に衝突させれば、進路を僅かに変えられる』

 

長谷部が笑う。

 

『さすがゆきむー』

 

『褒める前に配置につけ』

 

幸村の指示で、六台の大型牽引車が滑走路へ進み始める。

 

無人。

 

左右三台ずつ。

 

候補生第三隊は突撃級へ射撃を加え、注意を中央へ引きつける。

 

長谷部と三宅が正面。

 

佐倉と佐藤が左。

 

松下が右。

 

幸村は後方から全体を管理する。

 

突撃級が加速する。

 

幸村が残り距離を数える。

 

『二百メートル』

 

『百五十』

 

『百』

 

長谷部が尋ねる。

 

『まだ?』

 

『まだだ』

 

正面装甲が迫る。

 

『五十』

 

『牽引車、突入!』

 

左右から大型牽引車が一斉に加速した。

 

最初の二台が突撃級の側面へ衝突する。

 

車体は簡単に弾き飛ばされる。

 

だが、直後に二台目。

 

さらに三台目。

 

六台の車両が左右から続けてぶつかり、突撃級の進路が僅かに右へずれた。

 

長谷部が叫ぶ。

 

『全機、右側面へ集中!』

 

六機の三十六ミリ砲が同じ箇所へ火を噴く。

 

三宅が最後の百二十ミリ弾を発射する。

 

砲弾が側面へ直撃。

 

大爆発。

 

突撃級の巨体が右方向へ押され、進路上にあった大型格納庫へ向かう。

 

松下が緊急扉を開いた。

 

突撃級は速度を落とせないまま内部へ突入する。

 

整備中だった旅客機の胴体を正面から押し潰し、

作業足場と整備クレーンをまとめて巻き込む。

 

幸村が命じた。

 

『格納庫支柱を撃て!』

 

長谷部。

 

三宅。

 

佐倉。

 

佐藤。

 

松下。

 

五機が支柱へ照準を向ける。

 

幸村機も後方から射撃へ加わった。

 

六機の砲撃が格納庫下部へ集中する。

 

一本目の支柱が爆発。

 

二本目が折れる。

 

屋根の一部が大きく傾く。

 

突撃級は内部で方向を変えようとする。

 

だが、周囲には押し潰された航空機と整備設備が積み重なり、自由に動けない。

 

長谷部が叫ぶ。

 

『もう一度!』

 

六機が残る支柱へ射撃する。

 

連続した爆発。

 

格納庫の屋根が内側へ崩れ始める。

 

巨大な鉄骨。

 

天井クレーン。

 

整備足場。

 

航空機の尾翼。

 

すべてが突撃級の上へ落下した。

 

格納庫全体が激しい轟音を立てながら沈み込む。

 

内部で燃料へ引火。

 

最初は小さな炎。

 

やがて押し潰された航空機の燃料系統へ燃え移る。

 

次の瞬間、格納庫内部で凄まじい爆発が起きた。

 

炎が壊れた屋根を突き破り、巨大な火柱となって空へ噴き上がる。

 

外壁が外側へ吹き飛び、何十トンもの鉄骨が滑走路へ叩きつけられた。

 

爆風が候補生機を後退させる。

 

羽田空港の建物全体が震え、管制塔の照明が一瞬消える。

 

格納庫は炎に包まれた。

 

その中心で、突撃級の反応が停止する。

 

長谷部が息を吐く。

 

『今度こそ止まった』

 

幸村が答える。

 

『反応消失を確認』

 

その時、最後の医療輸送機が北側誘導路へ入った。

 

エンジン出力を上げ、炎上する格納庫と旅客機群の間を進む。

 

第三隊は輸送機の左右へ展開し、近づく戦車級へ射撃を続ける。

 

佐倉の砲撃は、もう最初ほど大きく外れなかった。

 

長谷部の照準だけに頼らず、自分で敵の動きと仲間の射線を見ている。

 

三宅は前へ出すぎず、幸村の指示に合わせる。

 

佐藤と松下も互いの死角を補っていた。

 

輸送機が滑走路へ到達する。

 

エンジン音が高くなる。

 

機体が加速。

 

炎上する空港を背に、滑走路を走る。

 

戦車級が追おうとする。

 

長谷部が全機へ命じた。

 

『最後まで守るよ!』

 

六機が横へ並び、残された弾薬を撃ち続ける。

 

砲火が滑走路を横切る。

 

着弾によってアスファルトが砕け、戦車級の前へ次々と爆発が起きる。

 

離陸速度へ到達した輸送機が地面を離れた。

 

巨大な機体が黒煙の中から浮かび上がる。

 

上昇。

 

羽田空港上空を抜け、西方向へ向かう。

 

幸村が報告した。

 

『最後の医療輸送機、離陸を確認』

 

候補生第三隊の回線へ、安堵の声が広がる。

 

だが戦闘は終わっていない。

 

滑走路の各所では旅客機と貨物機が炎上し、

格納庫からも巨大な火柱が上がっている。

 

BETAの数も依然として多い。

 

その時、北西方向から正規軍増援部隊の反応が現れた。

 

不知火十二機。

 

航空支援用の陽炎六機。

 

さらに地上砲撃部隊。

 

『東京防衛軍第五戦術機甲中隊、羽田へ到着する』

 

羽田側指揮官が答える。

 

『待っていた!』

 

『候補生第三隊を後退させる!』

 

坂柳理事長の声も届く。

 

『第三隊、任務完了です』

 

『正規軍防衛線の後方へ下がってください』

 

長谷部は炎上する滑走路を見た。

 

まだ戦車級がいる。

 

要撃級も正規軍前衛と戦っている。

 

『でも、まだ敵が――』

 

坂柳理事長は穏やかに言った。

 

『皆さんの任務は、空港の敵を全滅させることではありません』

 

『避難航空機と補給区域を守ることです』

 

『すべての航空機が退避しました』

 

『後は大人たちへ任せてください』

 

長谷部は一瞬だけ黙った。

 

茶柱が何度も候補生へ伝えてきたこと。

 

敵を追うな。

 

撃破数を考えるな。

 

任務が終われば帰れ。

 

『第三隊、後退するよ』

 

三宅が答える。

 

『了解』

 

幸村。

 

『隊形を維持しろ』

 

佐藤。

 

『帰れるんだよね』

 

松下。

 

『帰るの』

 

佐倉は長谷部機の隣へ並んだ。

 

『波瑠加ちゃん』

 

『何?』

 

『ありがとう』

 

長谷部は少しだけ笑う。

 

『まだ終わってないよ、愛里』

 

『帰ってから言って』

 

六機の吹雪が射撃を交代しながら後退する。

 

前方へ正規軍増援部隊が入る。

 

十八機の戦術機が一斉に砲撃を開始した。

 

候補生機とは比較にならない火力。

 

百二十ミリ砲弾が滑走路へ次々と着弾し、BETAの群れを巨大な爆炎で押し戻す。

 

要撃級の周囲へ複数方向から砲撃が集中。

 

大爆発。

 

巨体が炎上する旅客機の残骸へ倒れ込む。

 

別の部隊が地下侵入口へ大型封鎖弾を撃ち込んだ。

 

地中で爆発。

 

滑走路の一部が大きく持ち上がり、続いて内側へ崩落する。

 

BETAが現れていた穴へ、大量のアスファルトと土砂、

航空機の残骸が流れ込んだ。

 

羽田空港の防衛線は、辛うじて維持された。

 

すでに空港としての機能は大きく損なわれている。

 

何機もの旅客機と貨物機が炎上。

 

格納庫二棟が崩壊。

 

滑走路二本が使用不能。

 

管制塔も一部損傷。

 

それでも。

 

避難航空機はすべて飛び立った。

 

医療班も。

 

負傷者も。

 

地上作業員も。

 

候補生第三隊が守るべき人々は、空港から離れることができた。

 

六機が後方補給区画へ戻る。

 

主機を停止し、搭乗ハッチが開く。

 

最初に降りた長谷部は、昇降機の床へ足をついた瞬間、

力が抜けるように壁へ手をついた。

 

三宅が近づく。

 

「大丈夫か」

 

「大丈夫じゃないかも」

 

長谷部は笑おうとした。

 

だが声が震えている。

 

「怖かった」

 

三宅は否定しなかった。

 

「俺もだ」

 

幸村も降りてくる。

 

眼鏡を直そうとした手が、僅かに震えていた。

 

長谷部がそれに気づく。

 

「ゆきむーも震えてる」

 

「うるさい」

 

「みんな同じだね」

 

佐倉は昇降機を降りると、長谷部の前で足を止めた。

 

「波瑠加ちゃん」

 

「ん?」

 

佐倉は少し迷ってから、長谷部の袖を掴んだ。

 

「私、ちゃんと動けてた?」

 

長谷部は即答する。

 

「動けてたよ」

 

「最初は外したけど」

 

「私だって外した」

 

「でも……」

 

「愛里が撃ってくれなかったら、輸送機まで戦車級が行ってた」

 

長谷部は佐倉の肩を軽く叩く。

 

「だから大丈夫」

 

佐倉は目を伏せた。

 

それでも、僅かに笑った。

 

少し離れた場所では、佐藤と松下が炎上する空港を見ていた。

 

佐藤が呟く。

 

「飛行機、いっぱい燃えちゃったね」

 

松下は静かに答える。

 

「また作れるよ」

 

「服もアクセも?」

 

松下は佐藤を見る。

 

さっきまでの戦闘とはあまりにも違う言葉だった。

 

だが、松下は笑った。

 

「それも買える」

 

佐藤の目が少し潤む。

 

「じゃあ絶対行こうね」

 

「三人で?」

 

「軽井沢さんも誘う」

 

松下は一瞬だけ表情を止めた。

 

軽井沢は別の戦場にいる。

 

浅層出口を守っている。

 

まだ無事だと信じるしかない。

 

「うん」

 

松下は答えた。

 

「全員で行こう」

 

その時点で、候補生第三隊は知らなかった。

 

東京ハイヴ地下で撤退戦が始まり。

 

浅層西側入口でも激しい防衛戦が続いていることを。

 

彼らが羽田空港を守っていた同じ時間。

 

別の場所でも、多くの仲間がそれぞれの退路を守っていた。

 

地下。

 

浅層。

 

羽田空港。

 

東京湾。

 

離れた戦場で交わされる砲火と爆発は、直接つながっているわけではない。

 

それでも。

 

一つの防衛線が十秒持てば。

 

別の場所で一台の車両が逃げられる。

 

一機の輸送機が離陸できる。

 

一人の衛士が地上へ戻れる。

 

羽田空港から立ち上る黒煙は、東京湾の広い範囲から見えていた。

 

燃え続ける航空機。

 

崩れた格納庫。

 

砕けた滑走路。

 

その巨大な炎の中で。

 

候補生第三隊と正規軍後方支援部隊は。

 

東京ハイヴから伸びてきた新たなBETAの進路を。

 

最後まで羽田空港の防衛線で食い止めた。

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