マブラヴ・カーストルーム   作:EXTERMINATION

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第04話 サムライ大隊

赤い光が夜空を一直線に切り裂いた。

 

光線を受けた偵察機は瞬く間に炎へ包まれ、

黒煙を引きながらゆっくりと姿勢を崩していく。

 

実際に墜落するまでの時間は、ほんの数秒しかなかったはずだ。

 

それでも、人工島から見上げていたオレたちには、その光景が異様なほど長く感じられた。

 

燃え上がった機体が暗い東京湾へ落下し、

一瞬遅れて巨大な水柱が夜空へ立ち上がる。

 

その衝撃は高度育成衛士高等学校が置かれた人工島にまで届き、

足元の地面が僅かに揺れた。

 

誰かが息を呑み、誰かがその場で足を止める。

 

その直後、茶柱の怒声が硬直した空気を打ち破った。

 

「止まるな!寮へ走れ!」

 

その声に突き動かされるように、Dクラスの生徒たちは再び走り始めた。

 

今朝の体力訓練によって疲労していたはずの脚を、全員が無理やり前へ出している。

 

須藤が列の先頭を走り、平田は何度も後方を振り返りながら、

遅れ始めた生徒へ声をかけていた。

 

櫛田は足元をふらつかせた女子生徒の腕を取り、

転倒しないように身体を支えている。

 

堀北は走りながらも、海上で続く異変から目を離そうとしなかった。

 

これは昨日まで行われていた訓練ではない。

 

教官が作った仮想の危機でもなければ、

失敗したところで演習終了の表示が出ることもない。

 

遠方の格納庫からは、不知火、撃震、陽炎といった

複数の戦術機が立て続けに発進していた。

 

跳躍ユニットの爆音が人工島を震わせ、白い噴煙が夜空へ幾筋も伸びていく。

 

地上では整備車両と補給車両が何列にも連なり、

格納庫と防壁の間を激しく往復していた。

 

島内道路へ埋め込まれた誘導灯は一斉に赤へ切り替わり、

校舎の窓では防爆シャッターが順番に降り始める。

 

講義棟と寮をつないでいた一部の連絡通路は閉鎖され、

その代わりに地下避難区画へ通じる装甲扉が開放された。

 

平穏な学校が、わずか数十秒で軍事施設へ変わっていく。

 

ここはもはや、生徒が勉強や訓練を行うだけの教育施設ではなかった。

 

東京湾と首都を守るための防衛基地だった。

 

「綾小路くん!」

 

前方を走っていた平田の声が飛んできた。

 

列の後方で池が遅れている。

 

呼吸は完全に乱れ、脚ももつれ始めていた。

 

このまま無理に走らせれば、寮へ着く前に転倒する可能性が高い。

 

オレは速度を落とし、池の横へ並んだ。

 

「肩を貸す」

 

「まだ、走れる……」

 

「なら走れ」

 

池の腕を取り、体重をすべて預けさせるのではなく、

姿勢を崩さない程度に支える。反対側には平田がついた。

 

「もう少しだよ。呼吸を止めないで」

 

「だから朝から走らせすぎなんだよ……」

 

池は苦しそうに文句を言いながらも、足を止めようとはしなかった。

 

そこへ、先頭を走っていた須藤が引き返してくる。

 

「何やってんだ!」

 

「池が遅れている」

 

「見りゃ分かる!」

 

須藤は池の前へ回り込み、走りながら自分の脚を指した。

 

「おい、さっきと同じだ! 俺の足を見ろ!」

 

「今は、それどころじゃ……」

 

「だから止まんな! 歩幅を合わせろ!」

 

言葉遣いは荒いが、須藤は自分だけ先へ逃げようとはしなかった。

 

今朝の五キロ走では、茶柱が全員で戻ることを課題としていた。

 

あの時はただの訓練だったが、須藤は既に、その意味を身体で理解している。

 

一人だけ速く走れても、後ろに残された者が倒れれば全員の帰還にはならない。

 

寮棟まで残り百メートルほどへ迫った時、人工島東側の防壁から、

対空砲とは異なる重い発射音が連続して響いた。

 

防壁上の火砲が閃き、曳光弾の軌跡が生徒たちの頭上を越えていく。

 

砲台が狙っているのは空ではない。

 

海面付近だった。

 

防壁を越えようとしている何かへ向け、火力を集中している。

 

「来てるのか……?」

 

山内が震える声で呟いた。

 

「BETAが、ここまで……」

 

誰も答えることはできなかった。

 

正確な状況を把握している生徒はいない。

 

それでも、防壁の砲台が実弾を撃ち続けているという事実だけで、

何が起きているのかを想像するには十分だった。

 

Dクラスの生徒たちは寮棟入口へ駆け込む。

 

そこでは教職員と武装した警備兵が待機し、到着した生徒の人数を確認していた。

 

「Dクラス、全員いるか!」

 

茶柱が叫ぶ。

 

平田は周囲の顔を一人ずつ確認し、すぐに表情を変えた。

 

「一人、足りません!」

 

「誰だ!」

 

茶柱の顔が険しくなる。

 

しかし平田が名前を確認するより先に、後方から聞き慣れた声が届いた。

 

「私なら、ここにいるよ」

 

高円寺だった。

 

誰よりも遅れていたはずなのに、呼吸一つ乱しておらず、

普段と変わらない余裕のある表情をしている。

 

「海を眺めていただけさ」

 

茶柱は高円寺の胸倉を掴みかねない勢いで近づいた。

 

「次に同じことをしたら、拘束してでも避難させる」

 

「それは困るねぇ」

 

「今はお前の希望など聞いていない」

 

高円寺は薄い笑みを浮かべたまま、茶柱の目を見返す。

 

普段であれば、さらに冗談や皮肉を重ねていただろう。

 

しかし今は茶柱の表情から事態の深刻さを読み取ったのか、

それ以上は何も言わなかった。

 

茶柱にも、高円寺一人へ構い続けている余裕はない。

 

「全員、地下区画へ移動する。教室でも寮の避難室でもない。

防衛管制棟の地下へ向かう」

 

堀北がすぐに反応した。

 

「寮の地下避難区画ではないのですか?」

 

「候補生は二つに分ける」

 

茶柱は軍用端末を操作しながら答えた。

 

「完全な避難対象者と、緊急補助要員だ」

 

「補助要員?」

 

「全員、昨日の適性検査と今日の基礎訓練を受けている。

少なくとも命令を理解し、決められた役割を遂行できるかどうかは確認されている」

 

池が青ざめた。

 

「まさか、俺たちを戦わせるんじゃ……」

 

「自惚れるな」

 

茶柱は即座に切り捨てた。

 

「実機どころか、武器にも触れさせない。

今のお前たちにできるのは、物を運び、情報を伝え、

指示されたことを正確に行うことだけだ」

 

堀北が尋ねる。

 

「それでも危険ではありませんか?」

 

「安全な場所など、もう存在しない」

 

茶柱の言葉に、その場にいた生徒たちは黙り込んだ。

 

「ここは首都防衛拠点だ。戦術機格納庫、弾薬庫、通信設備、

医療区画のどこか一つでも止まれば、防衛線全体へ影響が及ぶ」

 

茶柱は生徒たちを見渡した。

 

「戦術機に乗れなくても、戦争の一部になることはできる」

 

地下へ続く厚い装甲扉が開いた。

 

扉の向こうから、冷たく乾いた空気が流れてくる。

 

壁面には黄色と黒の警告表示が並び、非常灯が赤い光を放っていた。

 

候補生たちは列を作り、地下階段を降りていく。

 

地上から距離を取っても、爆発音は完全には消えなかった。

 

響きは小さくなっているが、人工島全体が砲撃や着弾によって振動しているため、

床や壁から重い衝撃が伝わってくる。

 

地下通路には、既に他クラスの生徒たちも集められていた。

 

全員が同じ訓練服を着ているにもかかわらず、クラスごとに空気は大きく異なっている。

 

Bクラスは一之瀬を中心にまとまり、不安そうな生徒へ互いに声をかけながら、

人数と負傷者の有無を確認していた。

 

神崎は端末を手にし、教師から伝えられた指示内容を整理している。

 

Cクラスでは龍園が壁へ寄りかかりながら、

通路に設置された海側の戦況表示を見つめていた。

 

周囲の生徒たちは落ち着きを失っているが、龍園自身は目の前の恐怖よりも、

敵の出現位置と味方部隊の動きへ興味を向けているようだった。

 

伊吹は腕を組み、石崎は何度も地上へ続く通路を振り返っている。

 

Aクラスは四クラスの中で最も静かだった。

 

坂柳は杖をつき、神室と橋本を近くへ置いている。

 

葛城は動揺している生徒へ声をかけ、列を乱さないように整理していた。

 

各クラスの担任や教官たちも集合している。

 

星之宮は普段の柔らかな笑顔を消し、

坂上は軍用端末を確認しながら短い通信を何度も繰り返していた。

 

真嶋は整備服の上から防護ベストを着用している。

 

「全クラス揃ったな」

 

坂上が全体を見渡した。

 

「これから緊急補助要員を選抜する」

 

通路の大型モニターへ候補生の名前と役割が表示された。

 

補助要員の役割は、避難誘導、物資搬送、

医療補助、管制記録の四種類に分けられている。

 

各クラスから選ばれるのは数名ずつであり、

昨日の適性検査と今朝の基礎訓練の結果を基に割り振られていた。

 

Dクラスの避難誘導には平田洋介と櫛田桔梗。

 

物資搬送には須藤健と山内春樹。

 

管制記録には堀北鈴音と、オレの名前が表示されている。

 

その他の生徒は、そのまま地下避難区画へ移動させられる。

 

池は自分の名前がないことを確認すると、複雑な表情を浮かべた。

 

選ばれなかったことへの安堵と、

自分だけが取り残されたような感覚の両方を抱いているのだろう。

 

高円寺の名前は、どの役割にも表示されていなかった。

 

「私は?」

 

高円寺が尋ねる。

 

茶柱は端末から目を上げずに答えた。

 

「待機だ」

 

「適性がないと判断されたのかな?」

 

「命令に従う適性が確認できていない」

 

「なるほど」

 

高円寺は肩をすくめた。

 

「妥当な判断だ」

 

須藤が苛立ったように言う。

 

「何を納得してんだ。お前も何かやれよ」

 

「私に必要な仕事があれば、その時に呼ばれるさ」

 

「今がその時だろ」

 

「違うね」

 

高円寺の目が僅かに細くなる。

 

「今必要とされているのは、指示された通りに動ける人間だ」

 

須藤は反論しかけて、言葉を止めた。

 

高円寺は、自分に協調性がないことを理解している。

 

認めた上で、無理に作戦へ参加しようとしていない。

 

普段の訓練拒否と似た態度に見えるが、

今は自分が余計な混乱を生む可能性まで考えた判断だった。

 

一方で、Cクラスの選抜者一覧にも龍園の名前はなかった。

 

石崎が不思議そうに表示を見る。

 

「龍園さん、入ってないっすね」

 

「見りゃ分かる」

 

「でも、龍園さんなら管制とか向いてそうなのに」

 

「俺は教官の指示に素直に従うと思われてねぇんだろ」

 

龍園は不満そうではなかった。

 

むしろ、学校側が自分をどのように評価しているのかを楽しんでいるように見える。

 

伊吹が鼻を鳴らした。

 

「妥当じゃん」

 

「お前も選ばれてねぇだろ」

 

「私は別に、やりたいなんて言ってない」

 

「そうかよ」

 

Bクラスでは一之瀬が避難誘導に選ばれ、神崎は管制記録を担当する。

 

Aクラスでは橋本が管制記録、神室が物資搬送へ回された。

 

坂柳は候補生としてではなく、特別な指揮見学要員として司令部へ同行する。

 

身体的な事情だけではない。

 

戦略指揮課程へ所属する生徒として、

早い段階から実際の防衛管制を見せる意図があるのだろう。

 

堀北が坂柳を見る。

 

「随分と特別扱いなのね」

 

坂柳は穏やかに微笑んだ。

 

「適材適所です」

 

「まだ入学から一週間しか経っていないわ」

 

「一週間しか経過していないからこそ、明確に現れる適性の差もあります」

 

堀北は言い返そうとしたが、茶柱が二人の会話を遮った。

 

「口を動かしている暇はない。各班、直ちに移動しろ」

 

地下通路は四方向へ分かれた。

 

平田と櫛田は星之宮に連れられ、西側避難区画へ向かう。

 

須藤と山内たちは真嶋と共に北部補給区画へ。

 

オレと堀北は、神崎、橋本、坂柳と共に防衛管制棟へ移動する。

 

茶柱と坂上も同行した。

 

地下通路の壁面には、人工島全体の簡易地図が表示されていた。

 

東側防壁、第三対空砲台、海上監視塔、

軍港東埠頭といった複数の区画が赤く点滅している。

 

現時点で、島内へBETAが侵入したことを示す表示はない。

 

しかし外周では、既に本格的な戦闘が始まっていた。

 

通路を進んでいる途中、天井が大きく揺れ、照明が一瞬だけ消えた。

 

堀北が壁へ手をつき、姿勢を保つ。

 

「今の衝撃は?」

 

坂上が端末を確認した。

 

「東側防壁へ大型種が接触した」

 

「突破されたのですか?」

 

「まだだ」

 

坂上は歩みを止めない。

 

「立ち止まるな。管制区画へ急げ」

 

防衛管制棟の地下へ足を踏み入れた瞬間、周囲の空気が変わった。

 

数十人の軍人と職員が端末の前へ座り、

複数の回線を通じて各部隊へ指示や情報を送り続けている。

 

正面には東京湾全域を表示する巨大な立体地図が広がり、

人工島、羽田方面、お台場、千葉側防衛線の位置が示されていた。

 

海上には小型、中型、大型へ分類された無数の敵反応が表示されている。

 

その数は刻一刻と増え続けていた。

 

「候補生を連れてきました」

 

茶柱が管制官の一人へ報告する。

 

男は一度だけこちらを振り返った。

 

「使えるのか?」

 

「最低限は」

 

「最低限で十分だ。記録端末が三台止まっている」

 

候補生たちは即座に別々の席へ配置された。

 

オレの担当は、戦術機部隊から送られてくる損傷報告と弾薬残量の入力。

 

堀北は各防衛区画に配置された戦力の増減。

 

神崎は避難状況。

 

橋本は通信記録を担当する。

 

坂柳は司令卓後方に用意された観察席へ座った。

 

与えられた作業そのものは単純だった。

 

入ってきた情報を確認し、内容ごとに分類し、間違いのないように記録へ残す。

 

しかし、送られてくる情報の意味は重かった。

 

『第十一小隊二番機、右脚部を損傷』

 

『弾薬残量三十パーセント』

 

『東埠頭付近に戦車級群を確認』

 

『第三砲台、冷却系統に異常』

 

『第七小隊、応答なし』

 

訓練用端末に表示される模擬報告とは違う。

 

停止した機体が、次の演習で再起動する保証はない。

 

損傷した部隊が、訓練後の整備時間で元通りになるわけでもない。

 

「綾小路くん」

 

隣の席から堀北が声をかけてきた。

 

「第十一小隊三番機の登録が重複している」

 

画面を確認すると、別の管制官も同じ機体番号を入力している。

 

「こちらの報告を削除する」

 

「待って」

 

堀北は戦力表示と報告時刻を比較した。

 

「機体番号は同じだけれど、報告された時刻が違うわ。

最初の報告は右腕部損傷で、後から来たものは跳躍ユニット停止となっている」

 

「損傷が追加されたということか」

 

「そういうことね」

 

堀北の表情が一瞬だけ硬くなる。

 

端末上では、損傷項目が一つ増えただけに過ぎない。

 

だが、その文字からでも、一機の戦術機が少しずつ追い詰められていることは分かる。

 

正面モニターへ、東側防壁の監視映像が映し出された。

 

海面は黒く見えた。

 

夜の暗さだけが理由ではない。

 

無数のBETAが海面を埋め、波に乗りながら、

あるいは浅い海底を進みながら防壁へ接近している。

 

その奥では、海水を押し分ける巨大な影が動いていた。

 

頭部を低く下げ、硬い前面を人工島へ向けた突撃級。

 

さらに後方には、長い前肢を持つ要撃級が海面から上半身を現している。

 

映像越しでも、その巨体が戦術機を上回ることが分かった。

 

要撃級が腕を海面へ叩きつけるたび、大量の水が左右へ跳ね上がる。

 

防壁上の砲台が一斉に火を噴いた。

 

複数の火線が夜を埋め、砲弾が海面とBETA群へ次々と着弾する。

 

爆炎と水柱が重なり、突撃級の進路へ巨大な火球が連続して咲いた。

 

一体の突撃級が衝撃によって姿勢を崩し、横倒しになる。

 

後方を進んでいた別の個体がその巨体へ衝突し、海面が大きく盛り上がった。

 

しかし、さらに別の突撃級は止まらない。

 

砲撃の中を強引に突き進み、防壁まで残り数百メートルへ迫っていた。

 

『第十三戦術機甲大隊、接敵します』

 

通信が入り、正面映像が海岸線へ展開する戦術機部隊へ切り替わった。

 

不知火を中心とした十二機。

 

肩部には銀色の兜を図案化した部隊章がある。

 

第十三戦術機甲大隊サムライ。

 

東京湾防衛軍の主力部隊だった。

 

先頭機が長刀を抜き、左右の僚機が突撃砲を構える。

 

『サムライ1より全機へ。大型種を防壁へ近づけるな』

 

『了解』

 

重金属雲が射出され、灰色の粒子が空中へ広がった。

 

光線級による照射を散乱させ、

戦術機が行動できる空間を確保するための措置だった。

 

その直後、十二機の戦術機が一斉に跳躍する。

 

跳躍ユニットの炎が夜を明るく照らし、先頭の不知火が突撃級の側面へ回り込んだ。

 

硬い前面装甲へ正面から攻撃を加えても、十分な損傷を与えることは難しい。

 

サムライ大隊は脚部へ照準を集中させる。

 

突撃砲の斉射が後脚付近へ叩き込まれ、

連続した爆発によって突撃級の巨体が僅かに傾く。

 

そこへ長刀を構えた二機が左右から接近した。

 

一機が片側の脚部関節へ斬撃を加え、反対側からもう一機が追撃する。

 

左右の脚部を同時に損傷した突撃級は完全に均衡を失い、

巨大な身体を海面へ叩きつけた。

 

衝撃によって生じた大波が人工島の防壁へ押し寄せる。

 

管制室の一部から声が上がった。

 

しかし、喜ぶ時間はない。

 

倒れた突撃級の後方から、新たに三体が現れる。

 

その間を埋めるように要撃級も前進していた。

 

『右方向から要撃級!』

 

警告を受けたサムライ大隊の一機が振り向く。

 

僅かに遅い。

 

要撃級の前肢が横から振るわれ、戦術機は咄嗟に跳躍した。

 

直撃は避けたものの、脚部を掠められ、機体は回転しながら海岸へ落下する。

 

『サムライ7、脚部損傷!』

 

『立てるか!』

 

『補助制御へ切り替える!』

 

落下した機体は片膝をついたまま、突撃砲を構え直した。

 

オレの端末へ損傷報告が入る。

 

右脚部大破。

 

歩行困難。

 

武装使用可能。

 

その内容を記録する間にも、

映像では戦術機部隊と防壁砲台による砲撃が続いている。

 

BETAの巨体が海水を押し上げ、

炎上した残骸や砕けたコンクリート片が戦場へ飛び散る。

 

搭乗者の姿を直接見ることはできない。

 

それでも、立体地図上から機体反応が一つ消えるたびに、

管制室の空気は目に見えて重くなった。

 

「この数は……」

 

神崎が端末を見つめながら呟く。

 

「映像資料で見たものより、はるかに多い」

 

「まだ先遣群です」

 

坂柳が答えた。

 

その場にいた候補生たちが彼女を見る。

 

坂柳は東京湾の立体地図を見つめ、海底に残る反応を指し示した。

 

「海底反応が減っていません。現在交戦している群れは、

最初に人工島へ到達した個体に過ぎないと思います」

 

司令卓の士官が坂柳へ厳しい視線を向ける。

 

「候補生。勝手な発言は控えろ」

 

「申し訳ありません」

 

坂柳は素直に引いた。

 

しかし、彼女が口にした言葉は管制室全体へ重く残った。

 

今見えているBETAだけでも、防衛線は大きく揺さぶられている。

 

それが本隊ですらない可能性がある。

 

「司令官到着!」

 

後方の扉が開き、坂柳理事長が管制室へ入ってきた。

 

式典で見せていた穏やかな表情は変わらないが、

服装は濃紺の司令官服へ変わっている。

 

胸元には高度育成衛士高等学校と東京湾防衛軍、双方の徽章が付けられていた。

 

坂柳理事長は司令卓へ進む。

 

「状況を報告してください」

 

副官がすぐに答える。

 

「東部海域へBETA群が出現しています。確認数は小型種約二千、

中型種約三百、大型種四十以上。海底には、それを上回る反応が残っています」

 

「光線級は?」

 

「少なくとも三体。重光線級は確認されていません」

 

「防衛部隊の配置は?」

 

「サムライ大隊が東側防壁前で交戦中。

第十二機動防衛群シールドが軍港側へ展開しています。

第七戦術機甲大隊オニキリは予備として待機中です」

 

坂柳理事長は地図全体を確認した。

 

「羽田方面へ移動している敵はありますか?」

 

「現時点では確認されていません。敵群の大半は、本校の人工島へ進んでいます」

 

管制室が静まる。

 

敵の進路は偶然ではなかった。

 

人工島には戦術機、弾薬、多数の人間、巨大なエネルギー施設が存在する。

 

BETAが何を目印にしているかは分からない。

 

それでも、複数の敵群がこの島へ集中しているという事実だけは変わらない。

 

「民間区域の避難を開始してください」

 

坂柳理事長が命じる。

 

「人工島西部居住区、整備員家族区画、

港湾作業区画に残る全員を地下へ避難させます」

 

「一部区域では既に開始しています」

 

「一部ではなく、全員です」

 

声音は穏やかだったが、その命令には異論を許さない強さがあった。

 

「生徒の状況は?」

 

茶柱が答える。

 

「大半は地下避難区画へ移動させました。

適性を確認できた者だけを補助業務へ配置しています」

 

坂柳理事長は候補生たちを見る。

 

オレ、堀北、神崎、橋本、坂柳有栖。

 

「入学直後に、このような形で現実の戦場を見せることになるとは考えていませんでした」

 

誰も答えない。

 

「ですが、皆さんが今行っている仕事も、人工島防衛の一部です」

 

坂柳理事長は微笑まなかった。

 

「正確に記録してください。一つの数字を間違えれば、現場の判断を狂わせます」

 

「はい」

 

堀北が答え、神崎も頷く。

 

橋本は普段の軽さを完全に消していた。

 

坂柳有栖だけは、静かに父親を見つめている。

 

坂柳理事長は娘へ特別な言葉をかけず、有栖もそれを求めなかった。

 

今この場にいるのは父親と娘ではなく、司令官と候補生だった。

 

その時、新たな通信が入った。

 

『サムライ1より司令部。敵増援を確認』

 

正面モニターの映像が、海面のさらに奥へ切り替わる。

 

最初は小さな島のように見えた。

 

しかし、それは海水を押し分けながらゆっくりと立ち上がっている。

 

長大な脚。

 

高く持ち上げられた胴体。

 

周囲を進むBETAが、まるで小型種のように見えるほどの巨体。

 

要塞級。

 

その姿は生物というより、歩行する巨大建造物に近かった。

 

管制室の誰かが掠れた声で呟く。

 

「フォート級……」

 

正式名称は要塞級。

 

全高は戦術機を遥かに上回り、長い脚で地形を跨ぎながら前進する。

 

巨大な身体そのものが障害物となり、通常火器で動きを止めるには、

相当量の火力を集中させなければならない。

 

海中から姿を現した要塞級が、一本の脚を前へ進めた。

 

海面が巨体の重さによって沈み、次の瞬間には周囲へ巨大な波が広がる。

 

近くを進んでいた戦車級が押し流されても、要塞級は止まらない。

 

一直線に人工島へ向かっていた。

 

『サムライ1より全機!要塞級を最優先目標とする!』

 

戦術機部隊が即座に配置を変える。

 

三機が正面へ展開し、四機が左右へ回る。

 

残る機体は突撃級と要撃級を押さえ、要塞級への攻撃を妨害させない。

 

防壁上の大型砲台が火を噴き、砲弾が要塞級へ集中した。

 

幾重もの爆炎と火花が巨体を包み、連続する衝撃によって胴体が黒煙へ隠れる。

 

しかし、その煙を突き破るように長い脚が再び前へ出た。

 

攻撃を受けても、前進は止まっていない。

 

一機の不知火が跳躍し、要塞級の脚部へ接近する。

 

長刀を関節へ突き立て、別の機体が全く同じ箇所へ砲撃を集中させた。

 

要塞級の脚が僅かに曲がる。

 

『効いている! 攻撃を集中しろ!』

 

サムライ大隊は同じ脚部関節へ火力を重ねていく。

 

その時、遠方の海面に赤い発光が現れた。

 

坂柳有栖が観察席から立ち上がる。

 

「上です!」

 

光線級が照射準備へ入っている。

 

要塞級へ攻撃を集中させたことで、重金属雲の薄くなった空間が生まれていた。

 

サムライ大隊は巨大な敵へ意識を奪われ、遠方から狙う光線級への対応が遅れている。

 

赤い光線が海上を走る。

 

一機の不知火が急回避を行い、照射そのものは機体から外れた。

 

しかし、そのまま防壁上部へ直撃する。

 

巨大な爆発が起こり、大型砲台が基部から吹き飛ばされた。

 

コンクリートと金属片が夜空へ舞い上がり、激しい火柱が立ち上がる。

 

防壁の一部が崩れ、内部構造が露出した。

 

警報表示が一斉に切り替わる。

 

『第三砲台、消失!』

 

『東側防壁、損傷率二十八パーセント!』

 

『内部への浸水を確認!』

 

管制室のモニターが赤く染まり、堀北の入力する手が一瞬だけ止まりかける。

 

「堀北」

 

オレが声をかける。

 

「分かっている」

 

堀北はすぐに作業を再開した。

 

防壁の戦力低下。

 

砲台消失。

 

残存火砲の射線再設定。

 

画面上では数字として処理されるが、モニターの向こうでは実際に炎が上がり、

人間が守っていた砲台が失われている。

 

訓練であれば、ここで状況を停止させて判断を検証できる。

 

実戦は、誰かが戸惑っても止まらない。

 

「オニキリ大隊を投入しますか?」

 

副官が尋ねた。

 

坂柳理事長は立体地図を見つめた。

 

要塞級。

 

光線級。

 

増え続ける大型種。

 

さらに海底へ残された大規模反応。

 

「まだです」

 

「しかし、サムライ大隊だけでは防壁を維持できません」

 

「敵の本隊が、まだ見えていません」

 

坂柳理事長は、感情だけで予備戦力を投入しなかった。

 

「ここでオニキリ大隊まで使い切れば、次の攻撃を受ける戦力が残らなくなります」

 

「その前に、防壁が突破される可能性があります」

 

「分かっています」

 

声は穏やかだったが、司令卓へ置かれた坂柳理事長の手は強く握られている。

 

生徒を危険から遠ざける立場でありながら、大人たちを戦場へ送り出す立場でもある。

 

どちらの命も、戦力配置の数字として扱わなければならない。

 

「シールド防衛群から一個中隊を東側へ移動させてください。

サムライ大隊を支援し、オニキリ大隊は待機を維持します」

 

「了解!」

 

命令が第十二機動防衛群シールドへ送られる。

 

シールド防衛群は、防衛線の維持に特化した部隊だった。

 

主力機は重装甲の撃震。

 

不知火のような派手な機動力はないが、優れた装甲と大火力を持ち、

味方が後退できる時間を作ることへ長けている。

 

正面映像の端で防壁格納口が開き、六機の撃震が姿を現した。

 

肩部には追加装甲が装着され、両手には大型の突撃砲が構えられている。

 

六機は跳躍せず、重い機体で地面を踏みしめるように前進した。

 

『シールド2、戦線へ入る』

 

『サムライ1、支援に感謝する』

 

『礼は後だ。大型種を止めるぞ』

 

撃震部隊が射撃位置へ到達すると、

六機の砲撃が一斉に要塞級の脚部へ集中した。

 

爆発が途切れることなく連なり、要塞級の関節部が炎と黒煙へ包まれる。

 

同時に不知火部隊は機動力を活かし、

遠方の光線級へ照準を定めさせないよう、海面すれすれを高速で移動した。

 

一機が追加の重金属雲を散布し、空を灰色の粒子で覆う。

 

その中を二機の不知火が低空で進み、光線級へ接近した。

 

再び赤い照射が海面を走り、海水が一直線に蒸発する。

 

二機は直前で左右へ分かれた。

 

一機が正面で注意を引きつけ、もう一機が大きく回り込んで背後へ入る。

 

短い突撃砲の連射。

 

爆発。

 

遠方に見えていた赤い発光が消えた。

 

『光線級一体を排除!』

 

管制室から抑えた歓声が上がる。

 

しかし、その直後。

 

要塞級が長大な脚を振り上げた。

 

海面を薙ぐように動く巨大な脚を、一機の撃震が避けきれない。

 

直撃する寸前、隣の撃震が肩から僚機を押した。

 

二機の機体が同時に転倒し、一機は海岸側へ、もう一機は防壁側へ投げ出される。

 

『シールド4、応答しろ!』

 

返事がない。

 

オレの端末へ、機体反応消失を示す警告が表示される。

 

その数秒後、別回線から声が入った。

 

『シールド4、生存! 管制系統が停止している!』

 

反応消失は搭乗者の死亡ではなく、機体通信の故障だった。

 

オレは記録を訂正する。

 

生存。

 

たった二文字を入力しただけで、周囲の空気が僅かに軽くなったように感じられた。

 

それでも安心はできない。

 

要塞級はまだ人工島へ向かっている。

 

サムライ大隊とシールド防衛群は、損傷させた片脚へ攻撃を集中した。

 

機動力に優れる不知火が長刀で関節を斬り、

重装甲の撃震が遠距離から大火力を浴びせる。

 

砲撃と斬撃が何度も同じ箇所へ重なり、巨大な脚が少しずつ傾いていく。

 

最後に、サムライ大隊の先頭機が跳躍した。

 

不知火は砲撃によって開いた亀裂へ長刀を深く突き立てる。

 

同時に、撃震六機が一斉射撃を行った。

 

巨大な火柱が要塞級の脚部関節から噴き上がる。

 

聞こえてきたのは金属が折れる音ではなかった。

 

岩盤そのものが崩れるような、腹の底まで響く低い轟音だった。

 

要塞級の片脚が完全に崩れた。

 

巨体がゆっくりと傾く。

 

そして、自らが押し分けてきた海面へ凄まじい勢いで倒れ込んだ。

 

巨大な波が周囲へ広がり、戦術機部隊は跳躍ユニットを使って回避する。

 

人工島の防壁へ大量の海水が叩きつけられ、

管制室のモニターが一瞬だけ白い水飛沫に覆われた。

 

数秒後。

 

要塞級の反応が停止した。

 

管制室から、今度こそ抑えきれない歓声が上がった。

 

しかし坂柳理事長だけは、勝利を喜ばなかった。

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