横浜基地の地下区画は、地上から想像していた以上に広かった。
滑走路と格納庫を中心とする地上施設だけでも
一つの軍事都市に近い規模を持っていたが、
地下へ続く大型エレベーターに乗り込んでから数分が経過しても、
下降を示すランプは止まらなかった。
壁面に設置された表示板には、通過している階層の名称が順番に映し出されている。
居住区画。
医療区画。
研究区画。
戦術機整備区画。
指揮管制区画。
物資保管区画。
どの階層も独立した施設として機能できるほどの面積を備えているらしい。
「地下にここまでの設備を造るには、相当な時間が必要だったはずね」
堀北が表示板を見上げながら言った。
「横浜基地が建設された経緯を考えれば、
通常の軍事基地と比較すること自体が間違っているでしょう」
隣に立っていた千鶴が答えた。
二人は顔を合わせた時から、互いに距離を測っていた。
会話の内容は冷静だったが、どちらも相手の発言を聞き流そうとはしない。
意見が一致すれば素直に認め、疑問があれば即座に確認する。
似た性格であるからこそ、遠慮が生まれないようだった。
「この基地には、最悪の場合でも司令機能を維持するための設備が揃っているの」
千鶴は壁面の構造図を示した。
「地上施設が損傷しても、地下区画だけで一定期間は作戦を継続できます。
電力供給、空調、物資搬送も複数の系統に分かれているわ」
「しかし、完全に孤立すれば長くは持たない」
堀北が言った。
「ええ。どれほど強固な施設でも、補給を断たれれば限界は来ます」
「基地そのものを守るだけでは不十分ということね。
横浜港や主要道路を維持しなければ、最終的には機能を失う」
「その通りよ」
千鶴が頷いた。
純夏は二人の間に立ち、交互に顔を見ていた。
「二人とも、初めて来た人同士の会話に聞こえないね」
「事前に資料を確認しただけよ」
堀北が答えた。
「必要な情報を把握しておくのは当然です」
千鶴も同じように返した。
純夏は小さく笑った。
「やっぱり似てるよ」
「似ていないわ」
「似ていません」
二人がほぼ同時に否定した。
その声が重なったことで、純夏の笑みがさらに深くなる。
堀北と千鶴は一瞬だけ互いを見たが、それ以上は何も言わなかった。
大型エレベーターが減速し、扉が左右へ開いた。
目の前には、長い通路が伸びている。
床と壁は灰色で統一され、一定間隔で照明が配置されていた。
軍事施設らしい無機質な構造だが、人の往来は多い。
白衣姿の研究員。
書類を抱えた軍人。
工具箱を運ぶ整備兵。
医療スタッフ。
彼らはオレたちの姿に気づくと、一瞬だけ視線を向けた。
特にオレと武が並んで歩いていることに対して、関心を示す者が多かった。
東京防衛戦の情報が既に共有されていることに加え、
横浜基地側でも武はよく知られた存在なのだろう。
「最初に案内するのは中央管制区画よ」
先頭を歩く夕呼が言った。
その隣にはラダビノッドがいる。
まりもと茶柱は候補生たちの後方へ回り、星之宮は夕呼のすぐ近くを歩いていた。
「研究区画じゃないんですね」
星之宮が尋ねた。
「あなたたちをいきなり研究区画へ入れるほど、私は不用心じゃないわ」
「信用されてないんですか?」
「初対面の人間を無条件で信用する方がおかしいでしょう」
「でも、私たちはこれから一緒に働く仲間ですよ?」
夕呼が歩きながら横目で星之宮を見る。
「あなた、人との距離を詰めるのが異様に速いわね」
「教師ですから。生徒と仲良くなるには大事な能力ですよ」
「相手によっては警戒されるだけよ」
「夕呼先生も、もう私と普通に話してくれてるじゃないですか」
「私は質問に答えているだけ」
「それを仲良くなったって言うんですよ」
夕呼は何も答えなかった。
無視したというより、返事をすれば星之宮の思うつぼだと判断したようだった。
茶柱が後方からため息をつく。
「星之宮。基地副司令の業務を妨げるな」
「佐枝ちゃん、少しくらいいいじゃない」
「少しで終わったことがあるのか?」
「二人とも仲が良いのね」
まりもが茶柱へ声をかけた。
「腐れ縁です」
「ひどくない?」
星之宮が振り返った。
茶柱は答えず、前方へ視線を戻した。
通路の突き当たりにある厚い隔壁が開くと、その先には巨大な空間が広がっていた。
複数の大型スクリーン。
階段状に配置された操作卓。
絶えず情報を受信する通信設備。
正面のメインスクリーンには、関東一帯の地図が表示されている。
地図上には防衛線、部隊配置、観測地点、補給経路が色分けされていた。
横浜市内だけではない。
東京湾。
房総半島。
相模湾。
内陸部の主要道路。
横浜基地の管制範囲が、広範囲へ及んでいることが分かる。
「ここが中央作戦司令室だ」
ラダビノッドが説明した。
「横浜基地所属部隊の作戦指揮だけでなく、
周辺地域に展開する友軍との情報共有も行う。
諸君が実戦へ参加する場合、この場所から各機へ指示が送られることになる」
中央スクリーンへ、横浜港周辺の拡大地図が表示された。
横浜ベイブリッジ。
みなとみらい。
ランドマークタワー。
赤レンガ倉庫。
山下公園。
都市の主要地点に、それぞれ防衛上の重要度を示す記号が付けられている。
堀北は地図を見ながら眉を寄せた。
「横浜ベイブリッジ周辺の防衛設備が、他の区域より多いわね」
「海上と陸上の両方から侵攻を受ける可能性があるためです」
千鶴が答えた。
「橋そのものも、物資輸送経路として重要です。
破壊されれば部隊移動と補給に大きな影響が出ます」
「だが、橋を守るために戦力を集めれば、別の区域が薄くなる」
龍園が中央スクリーンを見ながら言った。
「敵が考えて動くなら、守りが偏った場所を狙うだろうな」
「BETAを人間と同じように考えるべきではありません」
千鶴が龍園へ言った。
「戦術的な意図を持って行動しているとは限らないわ」
「意図がなくても、結果が同じなら変わらねぇ」
龍園は地図上の港湾部を指した。
「大量に押し寄せれば、守りの薄い場所から崩れる。
相手に頭があるかどうかは関係ねぇだろ」
千鶴は一瞬黙った。
「確かに、その点は否定できません」
彩峰が龍園の隣で地図を見ている。
「……龍園、意外と考えてる」
「意外は余計だ」
「もっと勢いだけかと思った」
「俺をそこらの馬鹿と一緒にすんな」
「……焼きそばパンの話しかしてなかったから」
「お前がそれしか話さなかったんだろうが」
彩峰はわずかに口元を緩めた。
龍園がその変化に気づいたかは分からない。
少なくとも、初対面の時より会話は成立していた。
一方、一之瀬と壬姫はスクリーン上に表示された
風向きや高層建築物の位置を確認している。
「みなとみらいで狙撃するなら、ビル風の影響が大きそうだね」
一之瀬が言った。
「はい。海からの風もありますから、距離だけで計算するのは危険です」
壬姫は地図を拡大し、複数の高層建築を確認した。
「ランドマークタワーから狙えば視界は広いですけど、敵からも発見されやすくなります。
射線が通る場所は、相手からも攻撃される場所ですから」
「それなら、一か所に留まらず射撃地点を変えた方がいいかな」
「戦術機での狙撃なら、それが基本です。
でも、高速移動の直後に正確な射撃を行うには慣れが必要です」
一之瀬は壬姫を見た。
「壬姫ちゃんはできるの?」
「できます」
迷いのない答えだった。
一之瀬は楽しそうに笑う。
「やっぱり、一緒に訓練するのが楽しみだな」
「私もです」
壬姫は答えた後、一之瀬の横顔を見上げた。
一之瀬が視線に気づく。
「どうしたの?」
「何でもありません」
壬姫はすぐに前を向いた。
その顔には、まだ少し複雑そうな表情が残っている。
狙撃の腕前では負けたくない。
しかし、外見については最初から勝負になっていないと思っているのかもしれない。
その後も基地内の案内は続いた。
医療区画では、戦術機から負傷者を直接搬送できる専用通路を確認した。
居住区画では、候補生用の部屋、食堂、浴場、休憩室の説明を受けた。
食堂へ入った時、彩峰は真っ先に売店の棚を確認した。
龍園もその視線を追う。
「あるじゃねぇか」
棚には複数のパンが並び、その中に焼きそばパンも置かれていた。
彩峰は一本を手に取る。
龍園も同じものを取った。
「さっき食ったばかりじゃないのか?」
「……別腹」
「焼きそばパンに別腹なんてあるのかよ」
「ある」
彩峰は真顔で答えた。
龍園は代金を支払いながら笑う。
「中坊の頃、昼休みになると売店まで走る奴が多くてな。
焼きそばパンはすぐ売り切れてた」
「……龍園も走った?」
「俺が走る必要はねぇ。先に買わせておけばいい」
「人に?」
「ああ」
「……悪い人」
「今さら気づいたのか?」
彩峰は焼きそばパンの包装を開け、一口食べた。
「……でも、分かる」
「何がだ?」
「売り切れると困る」
「そこに同意すんのかよ」
龍園は呆れながらも、同じように焼きそばパンを口へ運んだ。
龍園と彩峰の間にある距離は、
互いに好意的な態度を見せたことで縮まったわけではない。
相手へ無理に合わせないことが、かえって二人には合っているようだった。
図書資料室では、ひよりと霞が自然に同じ棚へ向かった。
軍事関連の資料だけでなく、小説や一般書も一定数保管されている。
長期間基地内で生活する者のために、娯楽用の書籍も集められているらしい。
ひよりは棚へ並ぶ背表紙を丁寧に見ていく。
霞はその隣に立っていた。
「この本は読んだことがありますか?」
ひよりが一冊を手に取った。
霞は表紙を見る。
「……ない」
「戦争の中で生きる人たちのお話です。
少し重い内容ですが、登場人物がとても丁寧に描かれています」
「ひよりは、重い話が好き?」
「重いから好きというわけではありません。
ただ、苦しい状況の中で人が何を考え、どのような選択をするのかには興味があります」
霞はひよりの顔を見た。
「……綾小路みたい」
ひよりは少し驚いた。
「綾小路くんが、ですか?」
「人を見る」
霞は短く答えた。
「ひよりも、人を見る。でも、違う」
「どこが違うのでしょう?」
霞はすぐには答えなかった。
言葉を探しているようだった。
「綾小路は、分かるために見る。ひよりは、寄り添うために見る」
ひよりは霞の言葉を聞き、柔らかく微笑んだ。
「社さんは、よく人を見ていますね」
「……霞でいい」
「では、霞さんと呼びます」
霞は小さく頷いた。
「私のことも、ひよりと呼んでください」
「……ひより」
二人の会話はそれだけだった。
しかし、図書資料室を出る時には、
霞が選んだ本をひよりが持ち、ひよりが選んだ本を霞が持っていた。
互いに相手へ勧めるため、交換したらしい。
基地内の案内が終わると、オレたちは再び地上の戦術機格納庫へ戻った。
格納庫では、整備兵たちが各機体の最終点検を進めている。
夕呼は全員を中央へ集めた。
「ここからは、あなたたちが使用する戦術機を確認してもらうわ」
格納庫の照明が順番に点灯し、並んでいる機体が照らされた。
中央に立つ三機の武御雷。
その左右には不知火。
後方には支援装備を施された吹雪改。
夕呼は最初に武御雷を示した。
「武御雷へ搭乗するのは、綾小路清隆、白銀武、御剣冥夜の三名」
高円寺が腕を組む。
「私に武御雷を用意していないとは、見る目が足りないようだね」
「あなた用の機体は別に用意してあるわ」
夕呼が答えた。
「通常の調整では、あなたの出力に機体側が耐えられない可能性があるそうよ」
高円寺の表情が満足そうなものへ変わる。
「なるほど。私が機体へ合わせるのではなく、
機体が私へ合わせる必要があるということだね」
「そう解釈しておけば機嫌が良いなら、それで構わないわ」
高円寺には高出力調整を施した不知火が割り当てられていた。
龍園、堀北、千鶴、彩峰、美琴も不知火。
一之瀬と壬姫には、長距離支援装備を搭載した狙撃仕様の不知火。
櫛田とひよりには、索敵・情報支援能力を強化した吹雪改が用意されている。
坂柳は前線での機動戦よりも指揮と戦況分析を担当するため、
指揮管制機能を強化した機体へ搭乗する予定だった。
鬼龍院には高機動戦を想定した不知火が用意されている。
「私も武御雷ではないのか」
鬼龍院が少し残念そうに言った。
「家柄だけで配備する機体を決めるほど、横浜基地は余裕がないの」
夕呼が答える。
「それに、あなたの操縦記録を見る限り、不知火の方が向いているわ。
武御雷よりも癖が少なく、自由な機動ができる」
「私の能力を見た上で決めたのなら、異論はない」
鬼龍院は素直に受け入れた。
冥夜がその隣へ立つ。
「鬼龍院の戦い方には、不知火が合うのかもしれないな」
「私もそう思うことにしよう。ただし、いずれ冥夜の武御雷とは競ってみたい」
「望むところだ」
二人は静かに笑い合った。
坂柳が武御雷を見上げる。
「御剣さんにとっては、特別な機体なのでしょうね」
「ああ」
冥夜は紫色の機体へ視線を向けた。
「この機体には、私個人の力だけでは背負いきれないほど多くのものが込められている。
ゆえに、搭乗するたびに自分が何者であるかを問われている気がする」
「綾小路くんには、そのような感覚はないでしょうね」
坂柳がオレを見た。
「機体は機体だ」
オレは答えた。
「性能を引き出せるなら、背景は操縦に影響しない」
冥夜はオレを見た。
不快に感じた様子はない。
「綾小路の考えも理解できる。戦場では、機体に込められた思いだけで勝つことはできぬ」
「ですが、思いが人を強くすることもあるでしょう」
坂柳が言った。
「綾小路くんには理解しにくいかもしれませんが」
「否定はしない」
「認めるのですね」
「感情によって限界以上の力を出す人間はいる。
ただし、同じ感情によって判断を誤る人間もいる」
その言葉を、少し離れた場所にいた武も聞いていた。
武は何も言わず、オレの武御雷を見上げた。
機体確認の後、一之瀬と壬姫は格納庫奥の訓練区画へ向かった。
実機へ搭乗する前に、狙撃装備の適性を確認することになったためだ。
訓練区画には戦術機用の長距離射撃シミュレーターが設置されている。
大型スクリーンには、みなとみらいを模した仮想市街地が映し出された。
高層ビル。
高速道路。
港湾施設。
遠距離を移動する複数の標的。
射撃地点から標的までの距離は、最短でも八百メートル。
最長で三千メートルを超えている。
さらに風向き、気温、建造物による気流の乱れ、標的の移動速度が常に変化する。
「第一段階は固定位置からの射撃よ」
まりもが説明した。
「命中率だけでなく、目標選択の順番も評価するわ。
敵を撃つことだけ考えて、味方の進路を塞ぐような真似はしないこと」
「はい」
一之瀬と壬姫が同時に答えた。
二人はそれぞれのシミュレーターへ入る。
観測室には、純夏、堀北、千鶴、櫛田、ひより、霞たちが集まっていた。
龍園と彩峰も焼きそばパンを食べ終えた後、興味を持って見に来ている。
夕呼が開始信号を送った。
画面上へ十二体の標的が現れる。
一之瀬が最初の標的へ照準を合わせた。
発射。
長距離砲弾が仮想空間を横切り、要撃級を模した標的の中枢へ命中した。
一之瀬は着弾を確認する前に、既に次の標的へ照準を移している。
二射目。
三射目。
全てが正確に命中する。
一方の壬姫は、一之瀬よりも射撃開始がわずかに遅かった。
しかし、標的を捉えてから引き金を引くまでの時間が短い。
移動速度が異なる複数の目標に対し、ほとんど迷わず射撃を続けていく。
命中部位も正確だった。
「壬姫ちゃん、速い」
一之瀬が通信越しに言った。
「一之瀬さんも、狙いが正確です」
「話している余裕はあるの?」
まりもが注意する。
「すみません」
二人は返事をしながらも、射撃の速度を落とさなかった。
後半になると、標的の一部が建物の陰へ隠れ始めた。
一之瀬はすぐには撃たなかった。
周囲の地形を確認し、標的が次に現れる位置を予測する。
建物の間から標的が姿を見せる。
その瞬間、一之瀬は既に引き金を引いていた。
砲弾が標的の進行方向へ飛び、避ける間もなく命中する。
壬姫は別の方法を選んだ。
建物そのものへ射撃し、外壁の一部を崩す。
瓦礫によって標的の進路が変わる。
動きが鈍った瞬間、二射目で確実に仕留めた。
全標的の撃破が終わった。
結果がスクリーンへ表示される。
一之瀬は命中率百パーセント。
壬姫も命中率百パーセント。
一之瀬は標的選択の正確性でわずかに上回り、
壬姫は射撃完了までの時間で上回っていた。
総合評価は同点。
シミュレーターから出てきた二人は、結果表示を見上げた。
「引き分けだね」
一之瀬が言った。
「次は勝ちます」
壬姫は真剣だった。
「私も負けないよ」
二人は握手を交わした。
壬姫は一之瀬の手を握りながら、改めてその姿を見上げる。
「狙撃まで上手で、背も高くて、綺麗で、少しくらい何か弱点はないんですか?」
一之瀬は困ったように笑った。
「私だって苦手なことはたくさんあるよ」
「例えば?」
「自分のことを優先することかな」
その答えに、壬姫の表情が少し変わった。
冗談として返したのではないと分かったのだろう。
「一之瀬さんは、優しすぎるんですね」
「壬姫ちゃんも、人のために無理をするタイプに見えるけど」
「私は、それほど立派じゃありません」
「じゃあ、お互いに無理しそうになったら止めようか」
一之瀬が言った。
壬姫は少し考え、頷いた。
「約束です」
「うん。約束」
狙撃訓練が終わった後、いよいよオレと武の模擬戦が行われることになった。
夕呼が最初から予定していたのか、武が申し出たことで決まったのかは分からない。
少なくとも、基地側にとっても、
二人の武御雷がどの程度連携できるかを確認する必要があった。
模擬戦用の区域は、基地の外れに設けられた広大な訓練場だった。
仮設建造物。
崩壊した市街地を模した障害物。
高低差のある地形。
戦術機が高速機動を行っても、一定範囲から外れない限り安全を確保できるよう設計されている。
今回の訓練は単純な一対一ではない。
仮想敵として配置された無人機を撃破しながら、
指定された救助対象を確保し、制限時間内に脱出地点へ到達する。
オレと武は別々の開始地点から行動する。
互いへの攻撃は禁止。
ただし、救助対象をどの順番で確保するか、
どの敵を優先して排除するかは自由だった。
「ただ敵を多く倒した方が勝ちじゃないわ」
夕呼の声が通信へ入る。
「救助対象の生存数、味方無人機の損耗、
作戦完了までの時間、使用した弾薬量を総合して評価する。
自分だけ生き残ればいいという内容ではないから、そのつもりで」
「分かってる」
武が答えた。
オレも短く返事をした。
武御雷の操縦席へ身体を固定する。
管制システムが起動し、機体各部の状態が表示された。
跳躍ユニット。
主機。
関節駆動系。
推進剤。
武装。
全て正常。
正面モニターへ、仮想市街地の情報が映し出される。
救助対象は三つ。
第一地点には民間人を想定した輸送車両。
第二地点には負傷した友軍機。
第三地点には基地職員を乗せた装甲車。
それぞれ異なる方向にあり、全てを救助するには効率的な移動が必要になる。
開始信号が表示された。
武の機体が先に動いた。
跳躍ユニットを噴射し、最も近い第一地点へ高速で向かう。
オレはその場ですぐには動かなかった。
周辺地形と敵配置を確認する。
第一地点へ向かう経路には、多数の小型無人機が配置されている。
武なら正面から突破できる。
しかし、その間に第二地点へ大型無人機が接近していた。
負傷した友軍機は自力移動ができない。
到達が遅れれば破壊される。
オレは第二地点を優先した。
武御雷を急加速させ、建造物の間を抜ける。
正面から二機の無人機が接近する。
長刀を抜く。
最初の一機が射撃姿勢へ入る前に間合いを詰め、胴体を横から切断する。
そのまま機体を回転させ、二機目の腕部を斬り落とした。
完全に破壊する必要はない。
追撃能力を失わせれば十分だ。
弾薬と時間を節約しながら、第二地点へ向かう。
武は第一地点へ到着していた。
無人機群の攻撃から輸送車両を守るため、自機を盾にしながら戦っている。
「右側から三機来るぞ」
オレは通信を送った。
「見えてる!」
武は突撃砲を連射し、接近していた無人機を撃破する。
その直後、輸送車両の後方から別の一機が現れた。
武は機体を強引に滑り込ませ、無人機の射線を遮る。
模擬弾が武御雷の肩部へ命中した。
損傷判定が表示される。
致命傷ではない。
しかし、回避することはできたはずだった。
「機体を盾にする必要はなかった」
オレは言った。
「避けたら輸送車両に当たってた」
「敵の出現位置を予測していれば、先に排除できた」
「結果だけ見て言うな」
武は輸送車両へ脱出地点までの進路を送信し、次の場所へ向かった。
オレは第二地点へ到着した。
負傷した友軍機へ大型無人機が迫っている。
突撃砲で脚部を破壊する。
大型無人機が倒れた。
しかし、それだけでは行動を止められない。
地面へ伏せた状態で武装をこちらへ向ける。
オレは射線から外れながら接近し、長刀を中枢へ突き刺した。
友軍機の状態を確認する。
片脚が動かず、跳躍ユニットも損傷している。
自力脱出は不可能。
牽引装置を接続し、友軍機を引きながら移動を開始した。
速度は大きく落ちる。
その間に、第三地点へ複数の敵が接近していた。
「武、第三地点へ向かえ」
オレは通信を送る。
「お前は?」
「第二地点の機体を脱出させる」
「一人で運ぶつもりか?」
「問題ない」
「俺も手伝えば速い」
「第三地点が間に合わなくなる」
武は一瞬黙った。
「分かった。そっちは任せる」
武が第三地点へ方向を変える。
初めて、互いの判断が一致した。
オレは損傷機を引きながら、脱出地点へ向かった。
敵は牽引中の速度低下を狙って接近してくる。
一機を突撃砲で排除。
二機目は建物の陰へ回り込む。
オレは牽引装置を一時的に解除し、建物の外壁を長刀で切断した。
崩れた壁が無人機の進路を塞ぐ。
完全に倒す必要はない。
時間を作ればいい。
再び牽引装置を接続し、移動を続ける。
一方、武は第三地点へ到着した。
装甲車を囲む四機の無人機へ突撃する。
射撃で二機を破壊。
残る二機へ接近し、長刀で切り込む。
一機を倒した直後、最後の無人機が装甲車へ武器を向けた。
武は攻撃を止めるより先に、自機で無人機へ体当たりした。
二機が地面を転がる。
武御雷の脚部へ軽度の損傷判定。
武は倒れた状態から無人機を押さえ込み、長刀を突き立てた。
「また機体を盾にしたな」
オレは通信を送った。
「守れたならいいだろ」
「損傷が蓄積すれば、最後まで動けなくなる」
「目の前でやられるよりはましだ」
「自分が動けなくなれば、残りを救えない」
「だったら動けるうちに全部救う」
武の考え方は変わらない。
合理性よりも、目の前の人間を優先する。
その判断によって自分が危険になっても、迷わず行動する。
単純な無謀ではない。
自分の操縦能力を信じた上で、限界まで危険を引き受けている。
オレには選ばない戦い方だった。
しかし、その行動によって救われる者がいることも事実だった。
第三地点の装甲車が脱出を開始する。
その時、訓練区域全体へ新たな警報が鳴った。
追加条件。
大型敵機三体が出現。
脱出地点へ向かう全ての救助対象を襲撃する。
予定にはなかった展開だった。
夕呼が途中で条件を変更したのだろう。
「最後の試験よ」
通信から夕呼の声が聞こえる。
「三つの救助対象を守りながら、敵を排除しなさい」
大型無人機の位置が表示された。
一体は第一地点から脱出中の輸送車両へ。
一体は武が守る装甲車へ。
最後の一体は、オレが牽引する友軍機へ向かっている。
それぞれを別々に相手にすれば、時間がかかる。
さらに小型無人機も残っている。
「武」
オレは周辺地形を確認した。
「三つの救助対象を中央道路へ集めろ」
「集めたら一か所を狙われるぞ」
「一か所へ集めるから守れる」
「どうする?」
「中央道路の両側に高層建築がある。敵の進路を限定できる」
武が地図を確認する。
「建物を崩すつもりか?」
「片側だけだ。完全に塞げば救助対象も通れない」
「お前がやるのか?」
「オレが敵の進路を変える。お前は中央で三つを守れ」
「一人で三体を引きつける気か?」
「逆だ。三体をお前のところへ集める」
武が笑った。
「随分と信用してくれるじゃないか」
「お前なら、目の前の三つを見捨てない」
一瞬、通信が静かになった。
武はすぐに答えた。
「当然だ」
オレは武御雷の出力を上げた。
牽引中の友軍機へ自動移動経路を設定し、中央道路へ向かわせる。
その後、大型無人機の側面へ回り込んだ。
突撃砲で注意を引き、中央道路へ誘導する。
別方向から接近していた二体も、
武が救助対象を集めたことで同じ場所へ向かい始める。
中央道路には、三つの救助対象が集まった。
武の武御雷が、その前に立つ。
オレは左側の建物へ長刀を突き刺し、支柱を切断した。
建物の一部が崩れ、大型無人機の進路を狭める。
三体が一列に近い形で中央道路へ入る。
「武、正面を止めろ」
「言われなくても分かってる!」
武は最前列の大型無人機へ突撃した。
真正面から長刀を振り下ろし、相手の攻撃を受け流す。
二体目と三体目が後方から迫る。
オレは建物の上部へ跳躍した。
武御雷が壁面を蹴り、三体の頭上へ出る。
空中から突撃砲を連射。
最後尾の敵機の脚部を破壊する。
倒れた機体が後方の進路を塞いだ。
二体目が武へ攻撃しようとする。
オレは着地と同時に横から長刀を振り抜き、武装を切断した。
武は最前列の敵を押し返しながら叫ぶ。
「右を頼む!」
「分かっている」
右側から接近する小型無人機を射撃で排除する。
武は大型無人機の攻撃をかわし、その懐へ入った。
長刀を中枢へ突き刺す。
一体目が停止。
二体目が武の背後へ回り込む。
オレはその腕部を切断した。
武が振り返り、残った脚部を破壊する。
最後尾で倒れていた三体目が起き上がろうとする。
武とオレは同時に距離を詰めた。
オレが敵の武装を斬り落とす。
武が中枢を貫く。
三体目が停止した。
救助対象は全て無事。
制限時間内。
味方無人機の損失なし。
訓練終了の表示が出た。
武の武御雷は肩部と脚部に損傷判定を受けている。
オレの機体はほぼ無傷。
作戦完了時間は、想定より短かった。
格納庫へ戻ると、候補生たちが待っていた。
「最後は随分と息が合っていたわね」
堀北が言った。
「最初からそうすればよかったのに」
純夏も続ける。
武は操縦席から降りながら、オレを見た。
「お前のやり方は気に入らない」
「オレも同じだ」
「でも、最後の判断は悪くなかった」
「お前が三つの救助対象を必ず守ると分かっていたから成立した」
武の表情が少し変わった。
「それは信用したってことか?」
「行動を予測しただけだ」
「素直じゃないな」
「事実だ」
武は笑った。
「まあいい。次は最初から俺に合わせろ」
「お前がオレに合わせればいい」
「やっぱり気が合わないな」
「ああ」
オレたちはまだ相棒ではない。
互いの考えを理解したわけでもない。
武はオレの合理性を冷たいと感じている。
オレは武の行動を危険だと判断している。
それでも、最後の瞬間だけは、互いが次に何をするか分かっていた。
武が目の前の人間を守る。
オレがそのための状況を作る。
正反対の判断基準が、初めて同じ結果へ結びついた。
夕呼が観測室から降りてきた。
「評価を伝えるわ」
全員が夕呼を見る。
「個人能力は二人とも問題なし。
綾小路は無駄が少なく、戦場全体を見る能力が高い。
武は損傷を恐れず、救助対象へ向けられた攻撃を確実に止める」
夕呼は端末を閉じた。
「ただし、二人とも自分の答えを優先しすぎる。
最初から連携していれば、機体損傷も作戦時間もさらに減らせた」
まりもが腕を組む。
「武。機体を盾にする前に、他の方法を考えなさい」
「でも、あの場面では」
「守れたから正解だと思わないこと。
実戦なら、その損傷が次の戦闘で命取りになるわ」
「はい」
茶柱もオレを見る。
「綾小路。正しい判断をしているつもりでも、周囲へ説明しなければ独断と変わらない」
「必要な情報は伝えました」
「最低限だけだ。お前の意図を理解できなければ、他の者は動けない」
「改善します」
「本当に分かっているのか?」
「理解はしています」
茶柱はそれ以上追及しなかった。
まりもが苦笑する。
「あなたのところも大変ね」
「そちらほどではありません」
「武の方が素直よ」
「綾小路の方が命令には従います」
「従うだけじゃ駄目でしょう」
「感情だけで動くよりはましです」
武とオレの話をしていたはずが、いつの間にか教師同士の議論になっている。
星之宮が夕呼の隣で楽しそうに見ていた。
「二人とも、生徒のことになると熱いですね」
夕呼は冷静に答える。
「あなたは見ているだけ?」
「私は褒める係ですから」
「便利な立場ね」
「夕呼先生も、ちゃんと二人を褒めてましたよ」
「事実を評価しただけよ」
「そういうのを褒めたって言うんです」
夕呼は返事をせず、格納庫の出口へ歩き始めた。
一日の訓練はそこで終了となった。
候補生たちは居住区画へ戻り、各自の部屋へ荷物を運ぶことになった。
オレが格納庫を出ようとした時、武が隣へ並んだ。
「綾小路」
「何だ」
「今日の最後の動き、悪くなかった」
「さっきも聞いた」
「俺は、お前みたいな考え方は好きじゃない」
「それも聞いた」
「でも、お前が誰かを見捨てたいわけじゃないことは分かった」
オレは武を見た。
「一度の訓練で判断するのか?」
「お前は負傷機を最後まで引いてた。見捨てる方が速かったのに」
「救助対象として設定されていた」
「そういう言い方をするところが気に入らないんだよ」
武は呆れたように笑った。
「でも、少しは分かった。お前は冷たいんじゃなくて、
冷たく見えるやり方しか知らないのかもしれない」
「随分と勝手な分析だな」
「お互いさまだろ」
武は先に歩いていった。
オレはその背中を見る。
白銀武は、これまでオレが出会ってきた誰とも違う。
オレの判断を黙って受け入れるのではなく、間違っていると思えば正面から否定する。
それでも戦場では、守るべき者の前へ必ず立つ。
面倒ではあるが、行動の芯は読みやすい男だった。
しかし、戦場で背中を預ける相手としては、信用できる部分もある。
目の前に守るべき人間がいれば、武は必ずそこへ向かう。
その行動だけは、計算するまでもなく予測できる。
基地の外では日が沈み始めていた。
横浜港の向こう側が赤く染まり、
みなとみらいの高層建築が長い影を落としている。
遠くには横浜ベイブリッジが見える。
防衛用の照明が点灯し、橋の輪郭を白く浮かび上がらせていた。
美しい景色だった。
だが、この街の地下では、観測装置が再び異常を捉えていた。
横浜沖の海底で確認された振動は、前日よりも明確になっている。
最初は一点だけだった反応が、今では複数の地点へ広がっていた。
中央管制室では、担当者が過去のデータと照合を続けている。
地震活動とは一致しない。
海流の変化でもない。
大型艦艇の航行による振動でもない。
原因不明。
その表示を見た研究員が、夕呼へ報告を送った。
居住区画へ向かっていた夕呼の端末が鳴る。
夕呼は足を止め、送られてきた観測結果を確認した。
星之宮が隣から画面を覗こうとする。
「何かあったんですか?」
「まだ分からないわ」
夕呼の声から、先ほどまでの軽さが消えていた。
「ただの観測機器の異常かもしれない」
「違う可能性も?」
夕呼は答えなかった。
端末へ表示された横浜沖の海底図を拡大する。
振動の発生地点は、少しずつ陸地へ近づいている。
横浜ベイブリッジ。
みなとみらい。
横浜基地。
三つの地点を結ぶように、地下の反応は伸びていた。
夕呼はすぐに通信を開いた。
「中央管制室へ。観測レベルを一段階引き上げなさい。
海底だけじゃなく、地下水脈と地盤変動も全て調べて」
『了解しました』
「それから、この件はまだ候補生たちには伝えないで」
星之宮が夕呼を見る。
「不安にさせたくないんですか?」
「確証がない段階で騒がせる意味がないだけよ」
「優しいんですね」
「合理的なだけ」
夕呼は端末を閉じた。
しかし、その表情から警戒は消えていなかった。
横浜の地下で動いているものが何なのか。
それが明らかになるまで、残された時間がどれほどあるのか。
この時点では、夕呼にも判断できなかった。
ただ一つだけ確かなことがあった。
観測された振動は、自然に発生したものではない。
何かが横浜へ向かっている。
人類の希望と呼ばれる基地の真下へ、ゆっくりと近づいていた。